1月3日説教 文亨進師 【英語説教日本語訳】 その1

2016年1月3日説教より-

Jan. 3  Sunday Service   YouTube

これはある本屋さんで買ったものです。かなり以前から用いています。
私たちは毎朝の訓読会はお父様の伝統を守り朝5時に行っています。それは小さな子供がいたり、学校に通う子供がいる時には厳しいものがあります。
うちには17歳から9歳までの子供がいます。全員を朝5時に起こすのは結構大変なのです。
ですからリマ(Rheema)としてこういうものを用いています。リマは霊的闘いのさなかに与えられるみ言です。悪魔や困難に出会う時、時に応じて神様がくださるみ言です。霊的闘いの武器としてくださるものです。その武器を得るためにはしかしみ言によらねばなりません。神様のみ言は霊的な剣となるからです。

エペソ人への手紙6章では神の武具について語っています。闘いの剣は「御霊の与える剣」だというのです。だからこのみ言から剣を得ます。毎朝、私の子供たちはここからみ言を引くことでリマを得ます。少し実演してみましょう。

(亨進様がメンバーのところを回って‘み言のカード’を一枚ずつ引かせる)
新年の目標などをよく決めますね。何キロやせるとか…(笑)
そこで(今年は)イエス様からの贈り物を贈ろうと思いました。これほど大きな贈り物はないでしょう?神様の贈り物を贈るのです。お父様の権限圏にある者としてつねにみ言に返り、また子供にもその力を与えてあげるのです。これは新年にたてる目標としては貴重なものになるでしょう。

(カードを引いたメンバーに向かって)あなたはどんなみ言を引きましたか?

-あなたは私の避け所となるでしょう 詩編61.

このように私たちは引き当てたリマを読み、また次の子供がみ言を選んでいきます。問題は子供たちがリマを読んだ後すぐまた眠りだすことです(笑)。だから自分のみ言について考えることをしません。だから私は彼らに例えば「避け所」とはどういう意味か、と聞きます。このように私は訓読会をしています。み言を選んでそれについてしばらく思いを巡らす。これは私の選んだみ言ではなく神様が選んだ今日のみ言です。

そこの兄弟のえらんだみ言は何ですか?

-夜も光が私を照らし出す 詩編139

皆さん、昼に光が必要でしょうか。
光は闇において力を発揮します。様々な困難に直面するときに神様のみ言が威力を発揮するというのです。月明りもないまったく闇に包まれた森の中に入ったことのある人はいますか。恐ろしいですね。それが光に包まれるということです。

いつもこのようにしてリマを選ぶのです。このように子供の大人もリマを得て、それについて深く考えることで大きな恵みを得ることができます。

(別の兄弟が一枚選ぶ)み言を読んでください。

-主に愛される者、彼は安らかに主のそばにある 申命記33:12

「主に愛される」とはどういう意味ですか。心情的に近いということです。「安らか(peace)」とはどういう意味ですか―とこういう風に子供たちに聞いていくのです。普通は「争いのない事」などと答えます。しかし真の「安らかさ」はキリストであるということです。戦争、困難、審判のさなかにあったとしても安らかであるのです。われわれは往々にして、外に安らかさを求めます。しかしそれはキリストというお方であるというのです。

(次の兄弟が読む)
-主がすべての災いを遠ざけてあなたを見守る 詩編121:7

すべての災い、「すべて」とありますね。このとき(ダビデは)逃げ回って洞窟に隠れていたのです。このとき神様はダビデにすべての災いから守ると言われたのです。サウル王がダビデを殺そうとしていた時です。ダビデはジグラグの洞窟に隠れていたのです。そのときのみ言です。洞窟ではダビデ独りきりでした。彼は誰に向かって話しかけたのでしょう。自分自身に向かってです。自分に向かって神様が真実なお方であると言い聞かせているのです。自分に向かって語ることも時には必要なことです。神様の約束の言葉を自分に言い聞かせるのです。このように小さなみ言から大きな恵みを得ることができるのです。

(次の姉妹が自分の選んだみ言を読む)
-主を畏れる人には何も欠けることがない 詩編34:10

今日、神様は詩編を与えられるようです。祈りの時にも詩編を読む用意をしていました。

こういうことを子供たちとして下さい。子供に神様からの贈り物を与えることになります。受け身で説教を聞くのとは違い神様との関係性の中でみ言を聖霊によって頂く。そしてそのみ言を味わうことでより大きく見えてきます。

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