アメリカ最初の銃規制法、サリバン法-12月23日英語説教(その2)

Sanctuary Church Sunday Service 12 23 2018

2018年12月23日 日曜礼拝 英語説教

翻訳:Harry

都市部で初めて定められた銃規制法を皆さんは知っていましたか。1911年に施行されたサリバン法です。今日話そうと思って調べました、後ろのテーブルにあります。

それは何かというと、まったく腐敗した政治家のトマス・サリバンが関わったものです。彼はニューヨークのタマニーホールの職員でした。サリバンはギャングと共謀していました。ギャングが彼を買収したのです。そうして彼に一般人から武器を取り上げる法律を作らせたのです。
(訳注:タマニーホールは1790x20161206_corner-view_Updated_for-web-1024x683.jpg.pagespeed.ic.5RBBtKv112.jpg年代から1960年代にかけて存在したアメリカ民主党の派閥、関連機関)

ニューヨークといえば資本主義のメッカです。宝石店やレストランなどいろんな店があります。ギャングはどうしたかというと、自分たちが店を守ってやるといって店を回りました。俺たちの申し出は断れないぜ、というわけです。「あのキャンディ・ショップが襲われてつぶれたのを知っているだろう。」こうして「警護(用心棒)」のための金を払わなければ、誰かが押し入って店を潰すかもしれないぞ、といって脅したのです。

人々が銃器(武器)を持っていればどうでしょう。ギャングは撃たれるでしょう。ギャングは用心棒代をせしめたいのです。しかし(武装していると)店を襲うことは簡単ではないでしょう。一般人を怖がらせるなら自分が撃たれるからです。店に押し入るなら必ず撃たれる。(笑)

人の良いおばさんが美容院を開いていたとして、おばさんが引き金を引けば暴漢はそれで終わりです。タフガイのルイージでも死んでしまう。ギャングのボスでも、子分でも殺されてしまうというのです。

彼らは用心棒業を無理にしようとしても、暴漢は撃たれるでしょう。人々には銃を所持する権利があり武器を持っているのですから。いいですか。

そういうことがありました。1911年にこの愚かなトマス・サリバンがギャングと結託してやったことです。組織犯罪イコールギャングであるように、組織犯罪イコール政府ですから同類です。どちらも盗人のために働いているのです。政府は強制的に国民から盗んでいます。力づくです。イタリア人マフィア(ギャング)がいうことは「金を出せば、護ってやる」です。これはまさに連邦政府が言っていることと同じではないですか。「金(税金)を払えば、守ってやる」。そこに大きな違いはありません。わかりますか。

大都市では連邦政府とその腐敗した役人と・・・(ニューヨークの場合は)タマニーホールでしたが・・ギャングが結託する。互いに平行に並んで走る電車のような関係です。互いに強め合って共存しているのです。そのあおりを食うのは一般市民です。

1911年以前は、つまりサリバン法が施行される前は、店の経営者は自分とその生活を守るために武器を持つことが許されていました。彼らは誰も傷つけることはありません。生活を営んでいるだけです。クリスマスにはクリスマスセールの準備をします。在庫の準備をしたり、いろんな人にものを売ったりサービスをしているだけです。他人を傷つけることはないのです。

そこに結託したギャングが割り込んできて1911年にサリバン法を施行したのでした。それがニューヨークでの銃の隠匿携帯を禁止しました。つまりシャル・イシュー・ロー(Shall-issue law)(注:銃所持のライセンスは必要だが基本的に持ちたいものはほぼ所持できる軽い銃規制)を変えてしまいました。憲法修正第2条のもとで銃の隠匿携帯を望むならアメリカ人なら誰でもそれができるという法律がシャル・イシュー・ローです。そこでは政府が銃所持できる人を選ぶことはできません。それが1911年にサリバン法が施行されて以降、シャル・イシューからメイ・イシュー(may- issue)に変わりました。これでニューヨーク警察が銃所持の許可権を持つことになりました。

法を守る市民であろうと、自分でビジネスを営んでいる市民であろうと、誰であれ、いくらかの防御は必要です。それは子供を20ブロック離れた保育園に子供を送っていかなければならないお母さんかも知れません。しかし、ニューヨークはシャル・イシューからメイ・イシューに変更したのです。(注:銃規制の度合いを高めた)それで警察官に大きな権力を与えることになりました。連邦政府からの命令で誰に権利を与え誰に与えないか自由に選べる力を得たのです。興味深い話だと思いませんか。

だからこれは偶然ではありません。その結果、自分の身を護ることがとてつもなく難しくなりました。

一般の人たちが銃器を所有することをプレデター(略奪者)たちがいかに恐れを感じたかということが分かります。彼らを一瞬で奈落の底に送り返すことができるからです。プレデターの心の内で何かが起きたのでしょう。もしこの部屋にいる者たち全員が内に天の銃である聖霊を宿し、同時に地の銃器を持っているとするならば、それはプレデターにとって恐怖でしかありません。

なぜならプレデターは略奪を行う場合、受ける抵抗を最小限にとどめたいからです。もし銃器を持っているとき、悪をなそうとする場合、その抵抗は最大限にまで強まるでしょう。いいですか。

だからこのような法律(サリバン法)は、60代70代の普通のお父さん、お母さん、おじいさん、おばあさんを武装解除するものです。ある人は身体障害者かも知れません。バス停やスーパーなどに行かなければならない。近所のガラの悪い場所を通らなければならないときもあるでしょう。

つづく

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インターネット礼拝で前立腺がんが治った-12月23日英語説教(その1)

Sanctuary Church Sunday Service 12 23 2018

2018年12月23日 日曜礼拝 英語説教

翻訳:Harry

今日読むのは伝道の書(コレヘトの言葉)第3章です。

皆さん手元に聖書はありますか。
伝道の書は「知恵文学(訳注:旧約聖書の正典の中ではヨブ記、箴言、伝道者コレヘトの書、詩篇の一部がそれに属する)」の1つですが、この知恵文学は重要です。

ところで、あそこにいるのはエジプトから来た兄弟ですね。ちょっと前に来てください。サムでしたね。エジプトから来たサムに大きな拍手を送ってください。神様が彼に触れました。マイクをまわしてください。

サム、よく来てくれました。お会いできてうれしいです。
何が起きたのか、私に話してくれたことを皆に証してください。

サム
「私は医者からライム病だと診断されました。2016年のことです。とてもひどくて歩くこともできませんでした。だから歩行器を使っていました。医者は入院を勧めました。だから4日間入院しました。そこで何度も血液検査を繰り返した結果、医者はライム病の診断を下したのです。

Sanctuary Church Sunday Service 12 23 2018 YouTube

そこで感染症の専門医を紹介され、その専門医は抗生物質を2度投与し「これ以上、抗生物質は使えません」といいました。それが3カ月前で、その頃にここに来ようと思ったのです。私はまたお医者さんに「体が弱っています。おそらく肺にも何か病気があると思います」と伝えました。そこでまた血液検査をしました。そこで20項目にわたる検査をして「このうちの4つまで陽性なら大丈夫ですが、あなたは7つが陽性です」といわれました。そうしてまた抗生物質を与えられました。その2週間後にここにやってきたのです。
そうして(亨進ニムに)祈ってもらった後の血液検査では陰性になっていました。ライム病が治っていました。」
神を称えましょう!サム、証をありがとう。

神様はそのように善きお方なので、韓国でも一人の人が奇跡的に病から回復したという証があります。その人の写真はありますか。前立腺がんが完全に治りました。PSA検査の数値が2700あったというのです。前立腺がんの腫瘍マーカーです。インターネッを通して見てくれていたのですが、一緒に祈り、熱烈な聖霊への祈りの中で、インターネットで礼拝を見ている彼の部屋の中で神様が役事をされました。翌日、病院に行くと2700もあった腫瘍マーカーが0.65になっていたというのです。実質的には0だということです。

神の御手による奇跡以外のなにものでもありません。ただ信じることです。時が来るまでは誰一人として(霊界に」行って欲しくありません。神様が「終わりだ」とおっしゃる前に誰一人行かせたくないのです。「栄光から栄光に」移される、「勝利から勝利に」「力から力へ」移されるということの意味を理解するのです。なぜなら私たちはキリストの身体として動いているからです。誰かに奇跡が起こるとき私たち全員がそれを受けたことになるのです。

だからサムを衰弱させたライム病が治癒するという奇跡を受けたとき、それは彼だけにとどまらず、それを証することによって今朝、皆が恵みを受けたのです。アーメン?
神に栄光をお返しし、サムが証をしてくれたことに感謝しましょう。

では「知恵文学」である伝道の書3章を読みましょう。
ここで知っておかなければならないことは箴言のすぐ後にくる伝道の書の全体が「知恵文学」に属し、「知恵」について語っているということです。伝説によれば、これらは死の床にあったソロモンが次の王となる子に語った内容だとされています。次の王に知恵を残そうとしたというのです。「知恵文学」の語る者は「コヘレト」と呼ばれていますが、コヘレト(קהלת)は知恵を教え伝える「伝道者」「教師」のことです。

この伝道の書(コヘレトの言葉)の3章は「すべての時」を教えています。そのいくつかを読むことにしましょう。

第 3 章 伝道の書(コレヘトの言葉)
1 天が下のすべての事には季節があり、すべてのわざには時がある。
2 生るるに時があり、死ぬるに時があり、植えるに時があり、植えたものを抜くに時があり、
3 殺すに時があり、いやすに時があり、こわすに時があり、建てるに時があり、

キリスト教のことをよく知らないものが「十戒では『汝、殺すなかれ』とあるではないか」といいますが、「殺す」という言葉は他のバージョンでは「人を殺す」となっています。この違いは「蚊を殺すkill」と「蚊を殺す(人殺しするmurder)」でわかるでしょう。いいですか。間違って人を死なせる(kill)ことは交通事故などであり得るでしょう。しかしそれは計画的ではありません。

だから旧約聖書が「十戒」で「殺し(kill)てはならない」というとき本当の意味は「殺し(murder)てはならない」なのです。なぜなら神様は(動物)を殺すことを命じられことがあります。犠牲に捧げる動物がそうです。あるいは戦いのとき、敵軍を打ち負かすことを命じられる場合があります。それは敵を殺すことです。ご自分の民に約束された土地を占領する者たちを殺しました。

知識不足の左翼がキリスト教徒にぶつける思想は「殺してはいけないと(聖書に)あるから、平和主義者でいなければならない」ですが、それはマルキオン派の異端にすぎません。

聖書の神様は決して「平和主義者」ではありません。(左翼は)また「もう片方の頬を差しだせ」とあるではないかといいまが、その背景を知っているのですか。この言葉は福音書の中にあります。これは伝道するときの心構えです。伝道している時に「イエスなど信じるおまえはバカだ、クズだ」とののしられても、そこで忍耐を示さなければなりません。自己防衛のとき戦う場合ではないのです。それは伝道するときでしょう。イエス様の良き知らせを伝えるときです。

その何も知らないバカ者は取るに足らない言葉尻だけとらえて、また伝え聞いたことだけを根拠にキリスト教徒に向かってくどくどいっているのです。神様のみ言など何も理解していないのです。だからこそ神様のみ言を聞いてそれを骨を貫くまで、魂を貫くまで悟ることが重要なのです。骨髄を貫く剣のように。み言を細切れにしてはいけません。自分が気分良くなるだけでは駄目なのです。み言が突き刺さらなければなりません。

いいですか。

それ(み言)は罪と悪を苦しめます。そしてそこから自由にされるのです。

3 殺すに時があり、いやすに時があり、こわすに時があり、建てるに時があり、
4 泣くに時があり、笑うに時があり、悲しむに時があり、踊るに時があり、
5 石を投げるに時があり、石を集めるに時があり、抱くに時があり、抱くことをやめるに時があり、

キリスト教を社会主義的キリスト教に売り渡すさまをご覧なさい。そこでは「すべてを愛せよ」「神は愛なので、すべて愛せ」と命じます。神様がいつ「姦淫を愛せ」といわれましたか。いつ「サタンを愛する」といわれましたか。神様を愛するとき、何かを憎まなければなりません。

こうして左翼はアメリカ文明、そして西側文明を洗脳していったのです。
もし何かを真に愛するとき、それを破壊するものを憎むべきです。子供を愛するなら、小児性愛者、子供の人身売買を憎むべきです。またその組織を葬り去り破壊することを願わなければなりません。あなたの妻を愛するなら不倫を憎むべきです。いいですか。

「神は愛なり」だから何でもかんでも愛するという考えは「相対主義」と呼び、これは異端です。なぜなら神様は何でもかんでも愛されるお方ではないからです。悪を憎み、罪を憎むお方です。なぜなら悪と罪は破壊に導くからです。

キリスト教会、特に政府の補助金を受け取っている、政府という名の組織犯罪に関わる多くの社会主義的キリスト教会には問題があります。

(アメリカで)最初の銃規制法のことを知っていますか?ビデオの用意ができたら見ましょう。そこで政治家は嘘ばかり言っています。黒人社会を活性化させるとか言いながら、それは全くの嘘っぱちです。

(ビデオの主役は)真面目なラッパーです。銃規制反対の活動家になりました。周りの人を力づけようとしているのです。本当に街に出て路上生活者を助けようとしています。このビデオのいいところは、路上で「銃器の安全な取り扱い方」を教えているところです。

われわれもしなければいけません。なんと素晴らしいミニストリでしょうか。(笑)

彼は社会主義的キリスト教を説くフェイクな牧師以上のことを黒人社会のためにしています。フェイク牧師はかつてのナチスのように「国には従順にしていろ」と教えているのです。ロマ書13章の「上に立つ権威に従うべきである」を根拠にそういっているのです。これはバカげています。政府は僕であって主人ではありません。キリスト者にとって主人はたった一人です。それは羊飼いの頭だといいました。聖書はそれがイエス様だといっています。キリストを大牧者と呼んでいるのです。
私たちも牧者の一人です。キリストのようにならなければなりません。キリストは大牧者です。

つづく

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マティス国防長官がトランプ大統領に宛てた手紙

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親愛なる大統領閣下            2018年12月20日

私はわが国の第26代国防長官を奉ずる栄誉に浴し、わが国の国民と理想を守るべく国防総省の男女の諸君と共に職責を果たしてまいりました。

過去2年間、わが国の国家防衛戦略における重要な目標のいくつかにおいて進展を遂げることができたことを誇りに思っております。それらは、省の予算の健全化、わが軍の即応性と攻撃力の向上、より優れた能力のための我が省の実務の改革です。わが軍は、戦闘に勝利し合衆国の強力な世界的影響力を支援するために必要とされる能力を継続して提供しています。

私が常に抱いてきた我国の核心的信念は、我々の国家としての力はわが国の比類なきかつ包括的な同盟と相互関係のシステムの力と密接につながっているというものです。アメリカ合衆国は依然として自由世界にとってなくてはならない国でありますが、それら諸国との強力な同盟関係の維持と(同盟国に)敬意を払うことなくしてはわが国の利益を守りその役割を効果的に果たすことができません。

大統領閣下同様、私も当初からアメリカ合衆国の軍隊は世界の警察であるべきではないと申してまいりました。むしろ、同盟国と共同防衛のために、アメリカ軍は効果的な指導力を含むわが国の力を、あらゆる手段を通じて投入すべきであり、NATOの29カ国の民主主義国家は9.11に続くわが軍と共にした戦闘行動で見事にそれを実証しました。ISIS(イスラム国)を倒すための74カ国連合もさらなる証左です。

同様にわが国との戦略的利害が緊張を増大する国々に対してわれわれは断固とした、曖昧さのない姿勢を取らなければなりません。

例えば、中国とロシアが、近隣諸国、アメリカとその同盟国を犠牲にしても自国の利益を追求しようとする彼らの独裁主義的な国家モデルと同類の世界を―他国の経済、外交、安全保障の決定に対する拒否権を得ることで-形成することを望んでいることは明らかです。

だからこそ共同防衛のためにアメリカ軍の有するあらゆる手段を用いなければならないのです。

同盟国に敬意をもって接すること、また悪意ある国家、戦略的に競合する国家にたいして冷徹な眼を持つという私の考え方はこれらの問題に40年以上関わってきたことから強く実感させられ学んできた事柄です。

私たちは、安全、繁栄、そして価値観に最も資する国際秩序を前進させるために、可能な限りの努力をしなければなりません。そして、私たちは同盟国の連帯によるこの努力によって強くなるのです。

これらの問題、また他の問題に関して、閣下の見解とより一致する見解を有する国防長官を持つ権利を閣下はお持ちなので、私は現在の職を辞任するのが正しいと信じます。

私の任期は2019年2月28日に終了します。これは後任者が推薦され承認されるのに十分な時間を与え、また、2月の議会の公聴会やNATO国防大臣会議を含む今後のプロセスにおいて省益が適切に連結され保護されることと思われます。

さらに、新国防長官への全面的な移行が(来年)9月の統合参謀本部議長の交代のかなり前におこなわれることで国防総省内の安定性を確保すると信じます。

215万人の米国軍人と732,079人の文民に対して国防総省はいささかの動揺もなく常に気を配り、その必要と利益を確保し、アメリカ国民を守るという彼らの重要な24時間体制の使命を果たすことができるよう、円滑な移行のために私は全力を尽くします。

この国とこの国の兵士諸君のために仕事をする機会を与えてくださったことに深く感謝申し上げます。

ジェームズ・N・マティス

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翻訳:Harry

マティスさんが辞任した理由が
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「40代のクイーンたち」-12月16日英語説教(その3:最終回)

Sunday Service December 16 2018 Rev Hyung Jin Moon Unification Sanctuary Newfoundland PA on Vimeo

2018年12月16日日曜礼拝

翻訳:BAMBOOS

霊の賜物の1つ。信仰の賜物・・・。賜物について調べましょう。第1コリント12章(3節)です。

3:そこで、あなたがたに言っておくが、神の霊によって語る者はだれも「イエスはのろわれよ」とは言わないし、また、聖霊によらなければ、だれも「イエスは主である」と言うことができない。4:霊の賜物は種々あるが、御霊は同じである。5:務は種々あるが、主は同じである。6:働きは種々あるが、すべてのものの中に働いてすべてのことをなさる神は、同じである。7:各自が御霊の現れを賜わっているのは、全体の益になるためである。8:すなわち、ある人には御霊によって知恵の言葉が与えられ、ほかの人には、同じ御霊によって知識の言、

ここにあります。知恵の言葉と知識の言葉。それはまさに我々が伝道の書で話していたことです。「神は、その心にかなう人に、知恵と知識と喜びとをくださる」。神様は我々に霊の賜物を与えています。

我々が道徳的に高い立場にある時、神様の王国のために働く時、知恵と知識の霊の賜物、そして喜びの賜物(が与えられる)。

9:またほかの人には、同じ御霊によって信仰、またほかの人には、一つの御霊によっていやしの賜物、10:またほかの人には力あるわざ、またほかの人には預言、またほかの人には霊を見わける力、またほかの人には種々の異言、またほかの人には異言を解く力が、与えられている。11:すべてこれらのものは、一つの同じ御霊の働きであって、御霊は思いのままに、それらを各自に分け与えられるのである。12:からだが一つであっても肢体は多くあり、また、からだのすべての肢体が多くあっても、からだは一つであるように、キリストの場合も同様である。

「光が暗きにまさるように、知恵が愚痴にまさるのを、わたしは見た」。もし暗闇が悪い判断をするなら、知恵が光となります。良い判断をするようなものです。そしてこの知恵の本は、次の王に警告しようとしています。次の支配者、責任者は、判断をしたり人生を歩んだりする時に馬鹿なことをするなということです。良い判断をするように注意しなさいというのです。

そうでないと歩く死人のようになってしまうからです。そしてむなしい生活をするようになります。人生全体を無駄にすることになります。そして死に際に、賛美ではなく後悔するようになります。

丘の上の光のようになりなさい。暗闇や愚かさ、悪い判断から離れなさい。そうしたことから離れて、光のようになりなさい。人生の中でキリストの知恵を探しなさい。より高い目的のために生きなさい。キリストに屈服しなさい。自分の栄光のために生きてはいけません。何かに屈服するようになるものです。お金、名声、ハリウッドでも何でも。神様に屈服しなさい。

そしてキリストに屈服するようになれば、キリストが働き始めます。簡単ではないかもしれません。前は自分でやっていたのですから。漫画やアニメの宗教を信じるのですか。自分のスーパーマンのような力を信じるのですか。必要なのは、自分がスーパーヒーローではないとすぐに教えてくれる経験だけです(笑)。

自分の理解を当てにしないでください。あらゆる道で神様を認めなさい。なぜなら虚栄心につながるからです。結局むなしい栄光になります。

妻が夫のために美しくなろうとする場合、それは虚栄心ではありません。その妻には目的があります。むなしい栄光のような者ではありません。

例えば我々は金曜日に訓練をしました。シゲルが訓練をしに来ました。青帯の人たちが金曜日にやってきました。格闘技だけではなくブッシュクラフトの訓練もやるためです。彼がやってきたので私は「君のクイーンは、奥さんはどこですか」と聞きました。すると「彼女は帰ってTJマックスに買い物に行きました」と答えました。私は「よくやった。こいつめ!」と言いました。私は嬉しかったのです。

なぜかというと、彼は「君が訓練に来て終わったらTJマックスに買い物に行きなさい。我々の訓練が終わったら迎えに行くから」と彼女に話していたからです。外で寝て、徹夜で野外の訓練をするのはみじめで、濡れるし、寒いし、暗いので、女性はそれが好きではないのです。何と賢い男でしょう。それは良い知恵の賜物です。彼はウィン・ウィンの関係を作りました。

彼は彼女を非難しませんでした。彼女は自分のむなしい栄光のために買い物に行こうとしたのではありません。彼女は買い物をして夫のために美しくなりたいと思っています。より高い目的は、神様に喜びを与えるのです。神様は子供たちがお互いに喜ばせ合おうとするのを見て、父親のようにうれしくなります。男の子たち!分かりましたか。

しかし、男の子たちはこれが分かっていません。シゲルも以前は分かっていませんでした。それで妻がどうして不機嫌なのか分かりませんでした。「彼女はどうしていつも怒っているのだろう」と言っていました。彼女を女性らしく扱うということです。ウィン・ウィンの関係を作らなければなりません。特に彼女が自分自身の栄光のためにやっているのではないと分かっているなら。

(略)

我々は韓国語でアジアの人向けに新しい番組を作ろうとしています。アジアのコミュニティに向けて発信されます。王妃とイモ、それからミキが中心となります。3人の女性が中心です。韓国の年齢では40代になるからです。40代には見えませんね。王妃は19歳に見えますよ。火のように魅力的に見えます。

彼女たちは、自分たちの訓練の様子を撮影してVLOGにします。走ったり、射撃したり、お互いにインタビューをしたりするところが見られるでしょう。普通の韓国女性とは全く違ったライフスタイルを送っています。40代になると挫折して、見苦しく、怠惰で、韓国ドラマを見ながらポップコーンを食べてソファーに1日中寝そべっています。自分の人生はなんて大変なのだろうと思いながら。愚かな韓国ドラマを見ているから大変なのです。

実際そうなのです。彼女たちがそれとは全く異なるライフスタイルを見せます。別の王国にいるのです。まだ分かりませんが、「40代のクイーンたち」とか、「40代の鉄のつえのクイーン」といったような、40代を中心としたものです。30代、20代の人が見ても良いでしょう。すると「まあ、あなたたちは40代なの。信じられない」と言うでしょう。

重量挙げ、ワークアウト、首絞め、ナイフと棒を巧みに使うところや、ランニングや射撃を見せます。アジアの人たちは「ええっ、この女性たちはどこの出身だろう」と言うでしょう。間違いなく異なる文化のように見えます。この女性たちは美しいだけでなく、強くて恐ろしい、と。

(中略)

この番組は素晴らしいものになるでしょう。それを見て欲しいのです。そして40歳の女性であっても大丈夫だし、全く違った現実の中で生活できるし、体制に教えられたやり方に合わせる必要はないのだ、ということを分かってもらいたいのです。韓国やアジアの、社会がこうあるべきだというような型にはまる必要はありません。そのようにはなりません。私はもっと強く、もっと元気です。子供と一緒にもっとよく訓練します。もっと冒険的なライフスタイルを送ります。自分は犠牲者だとずっと不平を言い、一日中韓国ドラマを見ません。全く異なるモデルです。

彼女たちは有名になって、何百万ビューも得たいと思うでしょうか。もちろんそうです。有名になりたいという願望があるでしょうか。そうです。それは虚栄心でしょうか。間違った意図であれば、確かに虚栄心である可能性があります。

もし何百万ビューも得られたらチャンネルが彼女たちを圧倒し、飲み込んでしまいます。ですからユーチューブのチャンネルを作っている子供たちは、それが自分たちを支配するようにならないよう注意してください。それが支配するようになると、あなたを追い詰めるようになります。するとユーチューブ燃え尽き症候群のようなことになります。

(中略)

番組で面白いのは、小さな画面の中で話し合っているのを見る時です。彼女たちがスタジオに現れる時、ハリウッドのように見えるでしょう。超グラマーで同時に非常に恐ろしい、完全に極端な並びです。女性がやりたくない、やるのが怖いことをしています。この女性たちはどうしてこんなことをやっているのだろう!というような。これはどういう文化から来ているのだろう。彼女たちが世界に見せているこの文化の哲学と使命は何なのだろうか。

私はその中には入りません。裏方の仕事をします。私はしゃべりませんし、番組には参加しません。背後で歩き回っていたり、技を教えたりするのが見られるかもしれませんが。中心は女性たちです。そして、韓国や日本、世界の女性に、あなたたちは共産主義体制がこうあるべきだとしているようにする必要はないのだ、と示す意図があります。

あなたが与えられているエンパワーメントのイメージは、奴隷のイメージなのだ、と。なぜならそのイメージは、あなたは自分を支配する政治家の奴隷、政府の奴隷なのだ、というものだからです。あなたは自由な女性ではありません。自分の土地を所有できません。民衆を略奪するカバールの一部です。圧政の一部です。自由の一部ではありません。

ですからこの女性たちが、鉄のつえの王国の40代の王妃が話すのを聞けば、全く異なる考え方から来ているのです。その世界観はとても強力でとても解放をもたらし、とても主権と自由、責任を中心としており、女性たちは言い訳をせずに悪い判断に対して責任を持ち、強さと信仰を持ちます。

それにはとても深い哲学的な意味と共有する文化的なメッセージがあります。もちろん我々全員を代表しています。神様の王国の全員を代表しています。彼女たちが広報担当者となるだけです。人々が見てメッセージを聞くことのできる顔になるということです。全ての女性に対するメッセージを伝える人です。全女性の中でアベル型の人たちは、悪を望んでいません。カバールの一員になりたくありません。

しかし、こうしたこと全ては、インターネットやソーシャルメディアで、華やかに着飾って、ハリウッドの髪型、ハリウッドのまつげといったものによって、本当に虚栄心に入り込む可能性があります。しかし、その虚栄心の中には、人々にメッセージを聞いてもらうために必要な側面もあります。

そういう意味で、できるだけ美しく見せようとする虚栄心の中には、メッセージを伝えることができるようにするという面もあります。ですからその目的はむなしい栄光のためではありません。目的は人々にそれを聞いてもらうことです。それが世界の現実だからです。

これについての社会学的研究があります。容貌の良くないとされる人と、良いとされる人が講義を行います。(参加者の誰かが言うのを聞いて)同じ人でみすぼらしい格好をするのですか。私が聞いた話では、あまり均整の取れていない人と、均整の取れた人ということでした。すると誰もが美しい人がいたほうが多くの情報を覚えていたと答えました。人は自然と美しいほどもっと学びたいと思います。

神様を信じる人もそれをサタンに対抗して利用できます。なぜなら人々は残念ながらとてもレベルが低く、若者の多くはそういうレベルだからです。彼らがもっと深く入っていくための出発点ということです。美しい女性が話しているので引き付けられているのかもしれませんが、その内容を聞いてみると彼らは変わっていくのです。

同じように、外に出て信仰の証しをする時には、物乞いやホームレスのような恰好はしません。ヘロイン中毒者のような服を着て「神様はあなたを愛しています」と言わないのです。きちんとした服を着て、模範を示します。

また、メディアの世界でもユーチューブの女性たちの世界でも、彼女たちはとても魅力的です。マーケットに浸透して、魂を救うため、そこに到達して引き付けるため、彼らを罠から救い出すためのことです。ほとんど潜入任務のようなものです。ジェームズ・ボンドに出てくる女性のように敵の領域に入り込みます。次世代の女性達を救うために。

もう一度言いますが、虚栄心という言葉に混乱してはいけません。神様を目的としてそれを利用するなら、神様の与えた才能を使って人々を救い、王国へと導くよう手助けできるのです。アーメン。

おわり

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ソロモンの警告と悟り(伝道の書)-12月16日英語説教(その2)

Sunday Service December 16 2018 Rev Hyung Jin Moon Unification Sanctuary Newfoundland PA on Vimeo

2018年12月16日日曜礼拝

翻訳:BAMBOOS

私はちょうどトランプがそのようなイベントに参加しないよう祈ったところです。トランプはこの会議に参加してはいけません。彼は頭が良いです。誰が敵か分かっています。誰が世界政府の共産主義者か知っています。ジョージ・ソロスが悪いと知っています。マクロンやメルケルのことも。彼らはそこに行くでしょう。マクロンやEUの代表者たち。「素晴らしい、聖なるイベントだ」と言って。我々はトランプが行かないよう祈ります。

bip

見てください。あれが共存(COEXIT)のサインです。銃コミュニティで共存のサインを見たことがありますが、様々な種類のライフルが集められていました(笑)。

しかしそのような多文化主義です。トランプ大統領が行かないよう祈りましょう。国連やEUよりもっと危険です。というのも、同じカバール(陰謀団)とマフィアのグループが関わっているからです。しかし今彼らは、自分たちがキリストとキリスト教、ユダヤ・キリスト教の価値観を代表しようとするつもりだと言ってかき立てています。しかし彼らは、世界共産主義運動のリーダーなのです。これはとても危険なことです。

私はトランプが知恵を持って、このようなイベントに行かないよう祈りました。とても危険で邪悪なイベントです。オルタナティブ・ニュースがそこに入って、このサンヘドリンの、第3の神殿の奉献に誰が資金を出しているか探ろうとしています。これは深刻だからです。子牛の犠牲から出た煙で、荒廃を招く憎むべきものが生まれ始めています。エルサレムからです。嘘ではありません。

一方では、フランスやヨーロッパのように、世界的な再編成が始まっています。イエロー・ベストが至る所に現れています。今そうした革命が、歴史的なフランス革命の方向に行かないようにしなければなりません。それは独裁的な共産主義へと向かうからです。実際そうなりました。その結果がナポレオンでした。ナポレオンがいいですか。違いますね。政府による完全な支配へと進んだのです。それがフランス国民の望みではなかったのに。

國進様が何度も説明されたように、アメリカとフランスの革命の違いは、アメリカの革命では上から下まで分断があったということです。エリート階級にも分断がありました。フランスではエリートから一般国民まで分断がありましたが、一般国民はエリートの支持を得ませんでした。

エリートを転覆させても、自分たちが追い出した独裁者と同じように独裁的になりました。政治家は自分たちの欲望のために絶対的権力を利用しました。なぜなら、絶対的権力の危険性を警告されなかったためです。それを利用すれば独裁政権ができます。それが現実となり、ナポレオンが現れました。

アメリカの革命は違います。上から下まで分断がありました。ジョージ・ワシントン、トーマス・ジェファーソンといった特権階級の人たちは、億万長者でした。ジョージ・ワシントンの資産総額は、今の貨幣価値で約5億ドルです。トーマス・ジェファーソンや他の建国の父と共に、億万長者でした。超エリート階級の一員でしたが、それが奴隷制へとつながると分かっており、アベル型だったので、これは神聖なものではないと気づいていました。虐待が起こると分かっていました。

それで分断が上から下まで、ちょうど神殿の幕が裂けたように、分断されました。キリストが十字架で死んだときのことを覚えていますか。聖句には、幕が上から下まで裂けたとあります。上から下まで分断があり、下で裂かれるだけでは終わりません。上が無傷のままであれば、全体主義に取って代わられるだけです。

ですからフランスのトップのエリート階級が、金銭的な支援を提供するだけでなく、知的な議論をもたらすことが非常に重要です。知的な領域でも論争があるということです。そうすると、絶えずなぜ革命が必要か説明するようになります。それがオルタナティブ・メディアと、ウェブで声を上げる人々の役割です。彼らは、革命が必要となる道徳的理由をもたらしています。それが文化的な革命であろうと、思想的な革命であろうと。最悪の場合は、アメリカの革命のような暴力的な革命であっても。絶えず人々の中に高い道徳的立場を植え付ける必要があります。

我々は、神様の手によって、また自由と解放、王国を追求する全ての人の手によって揺さぶられているヨーロッパと団結することが重要です。彼らは、理由はわからずに王国を求めています。

そして全く同時に、神様は我々の小さなコミュニティを準備しておられます。国際的なメディアを我々のところに送り込んで。我々は1ペンスも支払っていないのに(笑)。彼らは何万ドルも費やしています。取材団と高価な機材を飛行機で送ってきます。中には十万ドルもするカメラもあります。我々は1セントも払っていません。

それをどう説明しますか。人の力では説明できません。彼らに来るように頼むことはできません。しかし神様が道を整えています。世界が没落して揺さぶられている時に、神様の王国のメッセージがそれに合うように高まっています。驚くべきことです。

同時に素晴らしく、また大変な時代でもあります。恐ろしい瞬間でもあります。花と実だけではありません。

・・・・

伝道の書の2章1節から読みましょう。(以下、青年たちに読ませる)

1:わたしは自分の心に言った、「さあ、快楽をもって、おまえを試みよう。おまえは愉快に過ごすがよい」と。しかし、これもまた空であった。2:わたしは笑いについて言った、「これは狂気である」と。また快楽について言った、「これは何をするのか」と。3:わたしの心は知恵をもってわたしを導いているが、わたしは酒をもって自分の肉体を元気づけようと試みた。また、人の子は天が下でその短い一生の間、どんな事をしたら良いかを、見きわめるまでは、愚かな事をしようと試みた。4:わたしは大きな事業をした。わたしは自分のために家を建て、ぶどう畑を設け、5:園と庭をつくり、またすべて実のなる木をそこに植え、6:池をつくって、木のおい茂る林に、そこから水を注がせた。7:わたしは男女の奴隷を買った。またわたしの家で生れた奴隷を持っていた。わたしはまた、わたしより先にエルサレムにいただれよりも多くの牛や羊の財産を持っていた。8:わたしはまた銀と金を集め、王たちと国々の財宝を集めた。またわたしは歌うたう男、歌うたう女を得た。また人の子の楽しみとするそばめを多く得た。9:こうして、わたしは大いなる者となり、わたしより先にエルサレムにいたすべての者よりも、大いなる者となった。わたしの知恵もまた、わたしを離れなかった。10:なんでもわたしの目の好むものは遠慮せず、わたしの心の喜ぶものは拒まなかった。わたしの心がわたしのすべての労苦によって、快楽を得たからである。そしてこれはわたしのすべての労苦によって得た報いであった。11:そこで、わたしはわが手のなしたすべての事、およびそれをなすに要した労苦を顧みたとき、見よ、皆、空であって、風を捕えるようなものであった。日の下には益となるものはないのである。12:わたしはまた、身をめぐらして、知恵と、狂気と、愚痴とを見た。そもそも、王の後に来る人は何をなし得ようか。すでに彼がなした事にすぎないのだ。13:光が暗きにまさるように、知恵が愚痴にまさるのを、わたしは見た。14:知者の目は、その頭にある。しかし愚者は暗やみを歩む。けれどもわたしはなお同一の運命が彼らのすべてに臨むことを知っている。15:わたしは心に言った、「愚者に臨む事はわたしにも臨むのだ。それでどうしてわたしは賢いことがあろう」。わたしはまた心に言った、「これもまた空である」と。16:そもそも、知者も愚者も同様に長く覚えられるものではない。きたるべき日には皆忘れられてしまうのである。知者が愚者と同じように死ぬのは、どうしたことであろう。17:そこで、わたしは生きることをいとった。日の下に行われるわざは、わたしに悪しく見えたからである。皆空であって、風を捕えるようである。18:わたしは日の下で労したすべての労苦を憎んだ。わたしの後に来る人にこれを残さなければならないからである。19:そして、その人が知者であるか、または愚者であるかは、だれが知り得よう。そうであるのに、その人が、日の下でわたしが労し、かつ知恵を働かしてなしたすべての労苦をつかさどることになるのだ。これもまた空である。20:それでわたしはふり返ってみて、日の下でわたしが労したすべての労苦について、望みを失った。21:今ここに人があって、知恵と知識と才能をもって労しても、これがために労しない人に、すべてを残して、その所有とさせなければならないのだ。これもまた空であって、大いに悪い。22:そもそも、人は日の下で労するすべての労苦と、その心づかいによってなんの得るところがあるか。23:そのすべての日はただ憂いのみであって、そのわざは苦しく、その心は夜の間も休まることがない。これもまた空である。24:人は食い飲みし、その労苦によって得たもので心を楽しませるより良い事はない。これもまた神の手から出ることを、わたしは見た。25:だれが神を離れて、食い、かつ楽しむことのできる者があろう。26:神は、その心にかなう人に、知恵と知識と喜びとをくださる。しかし罪びとには仕事を与えて集めることと、積むことをさせられる。これは神の心にかなう者にそれを賜わるためである。これもまた空であって、風を捕えるようである。

青年たちが読んだそれらの聖句の中で分かることは、実に文脈として説明されているということであり、ただ読んだだけでは、また社会主義者が文脈や最後に書いてあることを考えずに読むと、労働や家を建てたりすることも全てむなしいことなのだ、と言うでしょう。だから勤勉に働くべきではないし、政府を使って人から盗むべきだと。

しかし24節を見てください。ここで全ての文脈が説明されています。伝道の書はここで知恵について話しています。家を建てたり勤労したりすることがむなしいとは言っていないのです。著者はソロモンだとされていて、死に際に自分の人生を振り返ったものだと言われています。彼がそうしたことを行い、王国を拡大し、召使いを抱え、あれこれの国を支配していた時、むなしいことのためにそれをやってしまったということです。それを行ったのは、人から称賛を受けたかったからです。人々が自分を愛するようになると思ったから行いました。自尊心のためでした。虚栄心のためだったのです。

振り返ってみると、空虚なことであり、心を煩わされることだったと言っています。翻訳によっては、決して捕まえることのできない風を追うようなものだとされています。捕まえようとしても、決して捕まえることができません。

私は子供たちを訓練する時にこう言います。我々はメダルを追っているのではありません。単に金メダルや銀メダルをもらおうとしているのではありません。それが我々の訓練の目的ではありません。我々はメダルを追求しているのではなく、魂を求め、王国を求めています。搾取者や悪が勝つことができないように、神様の王国の文化としてやっているのです。

ブラジリアン柔術でもMMAでも、その熟練者が30台、40台になってもう戦うことができなくなり、深い絶望に陥ることがあります。もう勝つことができません。体が老いて動かなくなるのです。それから若い元気な人たちが出てきて、その多くはステロイドをやっていますが、勝利します。ADCCの超ヘビー級に若いモンスターが現れるのです。

(中略)

こうした偉大な格闘家が年を取って没落するのは悲しいことです。なぜなら彼らはまだ、ソロモンがここで話している空虚さを切望しているからです。それは空虚になります。世界チャンピオンになることは一時的なものであって、それは空虚になります。彼らの確立したアイデンティティの中心。それは偉業であり、達成がとても困難なことです。しかし、彼らがその上に自尊心を築いてそれがもうなくなってしまうと、今度はつぶれてしまうのです。

ひどいことです。なぜなら、アイデンティティはそのようなものの上に築くべきではないからです。アイデンティティは、土台の岩であるキリストの上に築かれるべきです。アイデンティティはキリストの中に現れます。キリストによって、我々がキリストのために物事を達成するための才能を与えられるのです。そうして達成したことは偉大になり、強力になります。

それらは本当にキリストの栄光を生み出します。またそこから身を引く時も栄光があり、栄光から栄光へと移ります。なぜなら、自分の栄光を追求してはいないからです。キリストの栄光を追求しているのです。力と名誉をもって移行して進んでいくことができます。また慈悲深さをもって。その階級の普通の相手も倒せなくなって、もう一度チャンピオンになりたい、と願う年老いたチャンピオンとは違います。それを見るのは悲しいです。ファンであっても意気消沈します。

格闘技界でも、自分のキャリアを諦めた時に大きな欠乏を感じるために、キリストに頼るようになる人たちもいます。コーチなどに転向しても心が満たされず、多くの人がキリストの下に来ます。そしてより深い関係性を追求して、自分たちが築いてきたアイデンティティを排除します。

(中略)

ウィキペディアの例でも言っていますが、これが伝道の書の中の変わらないテーマであり、つまり全てが空虚であり、全ての業績も空虚なもののためであれば、満足を生むことはないのだということです。

しかし、24節がそれに対してほのめかしていますが、伝道の書全体で一貫したテーマがあり、人生の中での小さなことを捕えるようになります。家族と一緒に食事をするとか、愛する人たちとお酒を飲むとかいったことです。簡単なことです。

彼は死の間際にあって、自分がやった全てのこと、全てのパーティー、自分が征服した者たち、その全てが空虚なもののためであり、むなしい栄光のためであったと分かります。最終的に彼が死にかけた人として最も感謝することは、子供たちと食事をすることなのです。あるいは孫と会うことです。そうした簡単なことです。それだけで感謝なのです。孫が遊ぶ姿を見たいだけです。若い時には世界を征服するナポレオンになりたいと思い、死にそうな時には孫が遊ぶのを見たいというのです。大きな変化です。

(24節について)パーティーで飲み食いすることのことを言っているのではありません。その前の部分では、召使いを抱え、パーティーをしていたことを非難しています。彼はただ食べて飲むだけのことを言っています。そして、労苦によって得たもので心を楽しませるべきだ、と。言い換えれば、彼のした仕事ではむなしい栄光が問題ではなく、魂の充足が問題だということです。

自分の人生の状況を説明し直しているのです。もし自分が働いている時に知っていたら、神様の栄光のために自分の心を楽しませようとして働いただろう、と。そうすれば労働は空虚とならなかったかもしれないのです。

「その労苦によって得たもので心を楽しませるより良い事はない。これもまた神の手から出ることを、わたしは見た」。我々の心は労働によって楽しむことができます。古い格言で、「好きな仕事をするのであれば1日も働かずに済む」というものがあります。彼が言っているのは、我々のする仕事は、ただ功績を得て全ての人から称賛を受けるためだけのものであるべきではないということです。

それは本当に楽しみをもたらすものでなければなりません。またもちろん彼は、それが神様の贈り物であり、神様とつながりのあるものでなければならないと言っているのです。すると人は、働く時に意味を見出します。働くなとは言っていません。働かなければならないが、仕事に喜びを見つけなければならないと言っています。

人が働く時に、何から喜びが来るのでしょうか。より高い目的のために働く時です。それは何かサウンドオブミュージックのように、毎日花畑でくるくる回るというようなことではありません。仕事は心を楽しませるものでなければならないということです。ですから働く時には心の中に圧倒的な喜びを感じるということです。その喜びは(自分の)栄光のためではありません。なぜならその喜びを自分に向けるなら、ソロモンが警告しているように消えてしまうからです。ただのむなしい栄光となります。

より大きな目的、神様の栄光、神様の喜びのためのものでなければなりません。それが神様の喜びのためのものである時、平凡な仕事が超自然的なものになることができます。自分のできる小さなことも超自然的な意味、超越的な意味を持つことができます。それは、自分の意志で植え付けているようなものではなく、より大きな意志につながっているということです。自分を動機とした意図というような、若者が教わっているばかげたこととは違います。

一方、人生には自分で意志を持たない時があります。力を持ちません。持っているのは神様だけです。大人の人はきっとほとんど経験しているでしょうが、人生で全てを失うことがあります。人生がめちゃくちゃになります。できることは神様に頼ることだけです。それしかありません。私がどん底を経験したことについて何度も話しました。

我々はそれを通過しなければならず、多くの人も通過しなければなりませんでした。しかしその中で、あなたは最も豊かな人になります。神様がいれば、最も豊かな人になるのです。ここに来た時、私は何も持っていませんでしたが、この世で最も裕福な人間でした。ロスチャイルドよりも裕福だったのです。なぜなら我々にはお父様がいて、お父様を裏切らなかったからです。

全てを失い、名声を失い、誰もが非難し、軽蔑し、死ぬほど非難しました。それでも我々にはお父様がいました。だから裕福でした。お父様の国歌を歌っていました。荒野に出て栄光の賜物を歌ったのです。興南の死の収容所から生まれた歌を。賛美の歌が荒野から上りました。お香が焚かれるように。神様の喜びの芳香です。

それからもちろん、神様の超自然的な業が起こりました。もちろんそれは危険なことです。何もないところから来て、神様が奇跡を起こし始めて、最大の危険は何か。これはむなしい栄光のためだろうか、むなしい栄光を追求しているのだろうかと考え始めることができます。ですから常に心の持ち方を守らなければなりません。

神様の御手が動くようになって、我々が対処すべき放送局と神様が行われることにはバランスがあります。我々は、神様が送ってくる様々な放送局の人々との関係を完全に破壊することはできません。罪人よ去れ、とは言えないのです。神様が送ってくる放送局の人たちに協力しなければなりません。そして私欲を抑えなければなりません。誰もが私欲を持っているからです。誰もがある程度の私欲を追求しています。しかし人々を否定できません。

例えば青年たちも私欲を追求しています。ニンジャになりたい。かっこよくなりたい。人にすごいと言われたいのです。それは自然なことです。しかしまた、それに注意しなければなりません。その誘惑に気付かなければなりません。それに支配されてはいけません。

つづく

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いまエルサレムの丘で犠牲が捧げられた意味-12月16日英語説教(その1)

Sunday Service December 16 2018 Rev Hyung Jin Moon Unification Sanctuary Newfoundland PA on Vimeo

2018年12月16日日曜礼拝

翻訳:BAMBOOS

(以下、映像の解説をしながら)
ここは国連本部(訳注:国際連合休戦監視機構  UNTSO 本部のことかのすぐ近くです。毎日ユダヤ人が祈っている壁の目の前です。神殿があったとされる場所ですが、おそらくそれは間違っています。なぜならローマ軍駐屯地の広さと全く同じだからです。聖書から、神殿が水の便がある場所にあったことが分かっています。水場が神殿の中心でしたし、実際、入る前に体を洗う清めの沐浴の儀式が行われていました。ですから泉のようなものの近くなのです。

Sunday Service December 16 2018 Rev Hyung Jin Moon Unification Sanctuaryundland PA on Vimeo

そしてエルサレムには泉が1カ所しかありませんでした。ギホンの泉です。それは山の下のほうであって、「神殿の丘」のような山の上ではありません。ユダヤ人はみなその神殿の丘に祈りきに行き、エルサレムに行く人はたぶん壁のところに行くでしょう。トランプ大統領も行きましたし、誰もがそこに行きますが、それは間違った神殿です。おそらく間違った場所でしょう。なぜなら泉も水源もないからです。

2000年前の古代の時代には、水を簡単にくみだすことはできませんでした。それで山の下にギホンの泉があったのです。おそらく現在のギホンの泉はあの東でしょう。

現在は正方形の土地の上にモスクがあります。その土地がまさしく、ローマ軍の駐屯地の範囲と一致しています。ローマ軍の要塞のような物です。彼らが世界中に建設していた物であり、大きさが全く同じなのです。その偶然はどういうことでしょうか。その大きさは聖書に描かれた神殿の大きさと同じではありません。

ローマ軍の駐屯地には1万人以上の人が住んでいました。中に市場や町があって基本的にはローマの都市です。その駐屯地の中にはあらゆる異教のサタン的神々の祭壇や神殿がありました。

その動画で合っていますか。違いますね。サンヘドリン(ユダヤにおける最高裁判権を持った宗教的・政治的自治組織)の動画を見つけてください、第3の神殿建設で、サンヘドリンについての物です。サンヘドリンとは裁判官です。ユダヤ主義の律法に従う裁判官です。例えば彼らはイエス様を裁きました。

数日前のことですが、サンヘドリンたちが正体不明の国際的な出どころから資金を受けて集まりました。おそらくソロスや国際的犯罪者のトップの誰かかもしれませんが、そのスポンサーは明らかになっていません。1週間以内に起きた話です。それで合っていますか。少なくともこの動画は3,4日前に投稿されました。それでクリスチャンのコミュニティで大きな話題になったのです。というのも、これが予言的な瞬間だからです。

神殿での犠牲の供え物はイエス様の殺害以来全て停止されたということを思い出してください。祭壇は壊れ、幕は引き裂かれました。

Sanhedrin  Third Temple  Ritual in Jerusalem  R E    YouTube.png

今神殿の丘の前に嘆きの壁がありますが、そこにイスラエルの裁判官であるサンヘドリンが集まって、仮の祭壇を建てました。彼らの話ではこれが第3の神殿の祭壇となるのだとされており、彼らはその神殿奉献のための資金を受けています。こういう服装をして・・・これが今エルサレムで起こっていることです。

このことの推進の仕方が興味深いです。それは我々が数年前に耳にしたことそのものです。彼らは1つの世界秩序のようにして推進しようとしています。全ての国のための神殿となるように推進しようとしています。

この男がサンヘドリンの1人です。彼は全ての人のための神殿となるのだと話しています。これはもちろん、彼らが推し進めたい1つの世界宗教、または多文化宗教であり、何年も前から取り組んでいることです。トランプは彼らの計画を大きく挫きました。しかし彼らは神殿建設によって前進しつつあります。

あの地域で許可を得るのがどれだけ難しいか分かりますか。イスラム教徒のアル=アクサー・モスクがある場所に建てようというのです。そこで許可を得るのはほとんど不可能です。しかしもし許可を得ているとすれば、非常に強力な人たちが関わっているということです。非常に高い権力レベルの人です。

サンヘドリンが出てきて、実際に犠牲の儀式を行いました。今分かるように祭壇で火を焚きました。また火の上に動物の犠牲も捧げました。

これは単に、1000ドルほどで小さなコンクリートでできたものを建てて、薪をくべたというだけのことではありません。これは非常に重要な予言的な瞬間です。なぜならこれが示しているのは、神様の王国が到来するということだからです。

なぜなら黙示録では、終わりの時に何が起こるかというと・・・クリスチャンの多くが予言として信じているのは、反キリストが聖なる人間、つまり世界を1つにしようとするキリスト的人物を装って現れるのが、その第3の神殿の地域だということだからです。しかし彼は基本的に、1つの世界の多文化主義を教え、我々は1つになるのだと教えます。聖書でこれは、荒廃を招く憎むべきものと呼ばれています。これが起こるのが有名な第3の神殿です。

それについては議論があります。というのもダニエル書9:26をはじめとする様々な内容があるためです。現実の第3の神殿だとは言っていないのです。キリストの体が神殿となるのであり、キリストの体が本当の生きた神殿なのです。しかし今、支援者がいて、第3の神殿建設のために様々なユダヤ団体を後押ししています。そしてサンヘドリンのメンバーの1人が、国連の支援、援助が必要だと言っているのです。するとそれは共産主義の神殿になります。

少なくとも、黙示録に対するクリスチャンの標準的な予言の分析では、その神殿で反キリストが現れるということなのです。第3の神殿に反キリストが、荒廃を招く憎むべきものをもって現れ、キリストのふりをするというのです。またもちろん、世界を破滅へと導きます。

興味深いことに、反キリストの人物はキリストのふりをするために白い馬に乗っています。それは王冠を持ち、弓と矢を持っています。何度もこの話をしたことを思い出してください。

これがたまたま、まさしくロスチャイルド家の紋章のクレストであり、家紋なのです。王冠と弓矢です。ですから基本的には遠くから殺すことができます。陰で矢を放ってあなたを粉砕することを象徴しています。

もちろん彼らは世界で最も強力な一族であり、最もサタン的な一族であり、あらゆるサタン崇拝、魔女の集会、カバラのユダヤ教神秘主義に関わっています。一族は基本的に自分たちがキリストの再臨だと宣言しています。彼らは現代のイスラエル国家の建国に責任を持っていた人たちです。彼らがそれを支持し、後押ししました。アメリカのほとんどの正統派ユダヤ教徒コミュニティは、シオニスト運動とイスラエル建国に反対でした。なぜなら、彼らがユダヤの律法を中心とした国を作ろうとしていなかったからでした。基本的に世俗的なユダヤ人と世俗的な律法のための楽園を作ろうとしていたからです。

とにかくこれが起きていて、今が非常に重要な瞬間なのです。なぜなら、2000年の間エルサレムには神殿がなく、犠牲も捧げられていなかったからです。動物の犠牲はありませんでした。

それは、標準的キリスト教神学においては、イエス様が最後の犠牲となられたためです。そのためもう犠牲は必要ではなくなりました。それが今、第3の神殿を建設し、動物の犠牲を再び捧げ始めています。それはもちろん、憎むべきことです。必要のないことです。それが罪の対価を支払うことはありません。山羊でも、若い雌牛でも、大人の雌牛でも、人間の罪を清めることはありません。そのための潜在能力を持たないのです。

とにかく、サンヘドリンのやっているようなことは、イエス様を拒否することです。イエス様を拒否すると宣言することなのです。十字架で死なれたことに力はない、ということです。そのため山羊でも雌牛でも何でも処分してしまいます。それはイスラエルの罪を清めるためです。全くイエス様に対する拒否です。

お父様はエルサレムでイエス様に戴冠しました。古代の動物の犠牲は捧げませんでした。イエス様を王の王として戴冠しました。

彼らは赤い雌牛が今年生まれたとも言っていました。覚えていますか。赤い雌牛とは再臨主のしるしです。メシアの時代の象徴です。そしてサンヘドリンは赤い雌牛の予言が成就し、今度は実際に祭壇を建て、それをクリスチャンがこのビデオに収めました。若い人たちのグループが儀式のためにそこに行って、ビデオに録画したのです。20代、30代の若いクリスチャンです。

参加した若い人たちは、この背後にある象徴的、預言的意味が何なのか分かっていません。しかし2000年の間、エルサレムの丘では犠牲が捧げられることはなかったのです。それを今始めたというのは、荒廃を招く憎むべきものの兆候なのです。反キリストの兆候が今、知られるようになりました。

管理人から:二代王が説教の前に語られた話によると、亨進様が黄色のベストを着ていることには、フランスで起こっている「黄色ベストデモ」に対する「連帯」と、フランス革命のような暴力革命に堕することがないようにとの「警告」の2つの意味が込められているそうです。

つづく

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G20(主要20カ国・地域首脳会議)でトランプ大統領だけが拒否したこと

2018年11月30日から12月1日の日程で南米アルゼンチンの首都ブエノスアイレスで開催されたG20(主要20か国・地域首脳会議)、これがその全体写真だ。

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ところでG20に参加した首脳が毎年胸につけるお揃いのピンがある。

China 2017 Germany Hamburg G20 Summit Special Leaders Lapel Pin Gold Silver Souvenir Emblem Metal Badge China Metal Badge Lapel Pin

これは2017年のピン

G20 pin 2018 Google 検索

これが今年のピン

Hyungjin Moon

トランプ大統領だけがG20’クラブ’のピンをつけず、アメリカ合衆国国旗のピンをつけていた

文亨進二代王のコメントInstagramより)

Hyungjin MoonさんはInstagramを利用しています 「Snubbed those globalist tyrants Good job Trump Oss 」

「(トランプに)鼻であしらわれたグローバリスト、圧政者たち!トランプ、お見事!押忍!」

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皆が泣いた国進兄さんの証-12月9日英語説教(その3)

Sunday Service   December 9  2018   Rev  Hyung Jin Moon   Unification Sanctuary  Newfoundlan.ld PA on Vimeo.png

2018年12月9日 日曜礼拝 英語説教

翻訳:Harry

聖書の観点でいえば武器を最初に造ったのは人間ではありません。聖書を見る限り人間が最初に武器を作ったのではないのです。最初の武器は神が創られ天使に与えられました。神様こそはじめて武器を創った方です。天使を配置して武器を与えられたのです。興味深い話です。聖書的観点で見ると面白いと言えます。そしてその武器は火の威力をもつものです。これによって堕落したアダム、エバは恐怖を感じたのです。

そしてその火の力が楽園(パラダイス)を護り、再び現れるエルサレム、王国を守護したというのです。この火の力、火力は非常に危険なものです。悪にはまった人間の心には恐怖が突き刺さるようなものです。しかもある領域を守るものです。黙示録の「鉄のつえ」と見事に一致します。王国を護り、邪悪な者に恐怖が突き刺し、(悪なる)国を粉々にする。しかしこれは独裁権力ではありません、羊飼いのように導き護るような統治です。

王国の王妃は羊飼いのように導き護るのです。いいですか。
まったくこれまでと異なる倫理観ですが、ずっと調べていくとこれを発見しました。これまで一切教えられなかったことです。いかなる聖書学校でも聖書研究機関でもわからなかったのです。

最初に武器を作ったのは「エホバ(神様)」または「ヤハウェ」だったのです。ヤハウェこそはじめて武器を作った方です。最初に宇宙を設計されたりフィボナッチ・スパイラル、黄金比などを用いて数学的に創造されたお方です。だから神様がある領域を守るための武器を設計されたからといって驚く人はいないでしょう。

しかしここで興味深い事実は、堕落人間が最初に武器をつくったのではないということです。恐るべき必殺の道具として特に設計されたのです。神様が準備された王国を守るため、またその境界を守るための「回る炎の剣」として。これはすごくおもしろいことです。

いずれにせよ、核心は鉄のつえの王国のメッセージが世に出たということ。そして百万を超える人びとがそのメッセージに触れたということです。もちろん多くの左翼の人々やクリスチャンが叫び声をあげています。そうした人びとは好みません。彼らにとっては悪夢です。彼らにとってとびきりの悪夢は他の国民が武器を所有することです。自分たちの気ままに振る舞うことができなくなるからです。社会主義者、共産主義者にとっては最悪です。しかしそうなるべくしてなっていくのです。なぜなら人間の堕落以降、彼らにとっては最良の日々が継続してきたのです。そろそろ交代してもいい頃ではないでしょうか。
ハレルヤ!
抑圧されてきた人々、サタンの拳の下で苦しめられてきた人々のため、ついに神の王国がもたらされるのです。そこでキリストの共同相続者、王、王妃になることができます。

・・・

きのうはトム・ライアンのベトストック(退役軍人支援の非営利団体)のイベントに行きました。ビル・グランビルの栄誉を称えるためのものでした。第二次世界大戦にUDT(NAVY SEALsの前身)の一員として戦いました。最初のネイビーシールズです。彼は生涯を軍役に捧げました。だから91才のビルを称える会をもったのです。驚くほど謙虚な人です。生ける英雄であり、連邦議会の名簿録に先週その名が刻まれました。昨日公表されたのですが、彼の名は軍人として永久に連邦議会の記録に残されるのです。彼はここパイク郡の出身です。アメリカ合衆国が強力で豊かである限り彼、ビル・グランビルの名は連邦議会に残ります。そのような方がいるということが恵みです。チーフ(トム・バーク)もそうです。そこで驚かされました。インスタグラムを出してください。今朝投稿したものです。ビル・グランビルを祝うイベントだったのです。20才になるかならないかで、4つ5つの戦場ですでに戦っていました。現在のNAVY SEALsのやることをこなしていました。スキューバダイビングで機雷を解除するなど・・・・。

この中に20歳の人はいますか?彼はその年齢でもう第二次世界大戦で世界の4つの戦場で、戦闘経験をすでに持っていました。Under Water Demolition Team(水中破壊部隊)の隊員でした。写真中央の人物です。

 

このような人を称えることがどれほど重要でしょうか。とても重要です。なぜならこの人たちのおかげで今私たちは自由に暮らせるのです。EUやその他の馬鹿げた組織の下で生きなくて済むのです。真の英雄です。彼らはそのために命を賭けたのです。いつ死んでも不思議ではなかったのです。イベントが進み、ビルを称賛して祝っている間に、この赤いシャツを着たトム・ライアンが突然、ところで彼も真の愛国者であり、ベトストックの代表者でもあります。彼がとてつもなく大きなアメリカ国旗を私たちに贈ってくれました。大きなアメリカ国旗です、そこにはKAHRアームズというロゴまで入っていました。木製の国旗です、ペンシルベニア北部の若い愛国的な芸術家が作ったものです。これを感謝の印にと、常日頃、退役軍人のために尽力している国進兄さんに贈呈したのです。素晴らしい瞬間でした。

そこで国進兄さんが皆に伝えたことは、「この場にいるすべての退役軍人の皆さんに感謝します。もし皆さんがいなければ、もしマッカーサー将軍(元帥)やアレクサンダー・ヘイグ将軍がいなければ、そして共産軍から強制収容所を解放してくれていなければ、北朝鮮の死の強制収容所に収監されていた私の父が解放されていなければ・・・もし皆さんが居なければ、父は命を落としていました。そして私も生まれていなかったでしょう。皆さんのおかげで私は今日ここにいるのです。だから私は退役軍人の皆さんのためにできる限りのことをさせて頂きたい。」

出席者はみなテーブルについていたのですが、国進兄さんが「もし退役軍人の皆さんがいなければ私は生まれていませんでした」といった瞬間、すべての女性が驚いて涙を流し始めたのです。証が強力だったので皆が知らないうちに聖霊に心を打たれたのです。

*よく聞くと動画の最後に  Oh,MY Gosh!という女性の驚きの声が聞こえます。

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