失われた世界的基盤―10月8日礼拝説教「王国の王冠」(その2)

「王国の王冠」サンクチュアリチャーチサンデェーサービス、10月8日 洋介のブログ

2017年10月8日 王国の王冠

翻訳:管理人

全世界に臨もうとしている試錬の時に、あなたを防ぎ守ろう。(ヨハネ黙示録3:10)

試練が全世界に臨むというのです。
権力や欲望、お金や地位を選びますか、それとも神様を選びますか。
主権と自由を選びますか、そのために喜んで死ぬ覚悟で立ち上がりますか、それとも「いい人であれ、抵抗するな、そうすれば事は丸く収まる」という、全体主義者の考えにひざを屈しますか。事が収まることは決してなく逆に悪化するだけです。「レイプされそうになったら抵抗するな」と。FBIが護身のクラスでそう教えているのです。レイプされそうになったら小便を漏らせ、後は抵抗するなと。「反撃するな」と教えられてきました。レイプされても、抑圧されても、「反抗するな」と。大人しく、人種差別せずに・・・あの人たちは戦地を逃れてきたのだ、レイプしたいだけなのだ、何が悪い、何をこだわっているのか。キリスト教徒なんかになるな・・・。

このように言う人々は気違いです。狂っています。皆さんを破たん、絶望させ、心をいたぶりたいから、どんな扱いを受けても黙って耐えろと言うのです。
それに従う人々、そのように生きている国民は、独裁者に立ち向かう可能性はゼロです。まったくありません。ましてや銃器をもつことなど考えもしない、心をかすめることもないというのです。とんでもない状況だということです。

もし、(当時)アジアで協力体制が確立していたら・・・ワシントンタイムズの基盤がありました。他にもアメリカには組織的基盤があったのです。リバタリアン党のジョン・ストッセルを招きました。今は党もグローバリストに売り飛ばされましたが、彼は自由の運動に従事していました(当時)自由の運動とワシントンタイムズを結び付けようとしていたのです。私がワシントンタイムズのトップになって最初にしたことは、ジョン・ストッセルを招いたことです。ストッセルが基調演説で、開口一番「自分がなぜここにいるのか分からない。ワシントンタイムズが自分を入れるなんて驚きだ」と言っていました。

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新しい指導力が、自由を愛する人々を繋げようとしていることに彼らも気が付いていたのです。インフォウォーズのアレックス・ジョーンズやブライトバートなどの人々。彼らは今、マクロでトランプ大統領と共に立って頑張っています。

その(ワシントンタイムズの)会合にラムズフェルド(元国防長官)もいました。9・11の真実をまだわれわれが知る前でしたが。ラムズフェルドも当時私たちと一緒でした。しかし新たに招き入れたストッセルが基調演説をしたのでした。われわれがストッセルを選んだのでラムズフェルドは少しがっかりした様子でしたね。

ワシントンタイムズはその方向を進むべきでした。そうすればワシントンタイムズがインフォウォーズになり、ブライトバートになり、主権のため最前線に立っていたのです。
その場にいれば分かるのです。本当に保守の有力者、超大物が大勢いました。マスコミ、報道の大物もいたのです。ネオコンに行った人たちも多くいました。ワシントンDCのエスタブリッシュメントに自分を売り渡した者たちです。しかし、お父様が私たちに任されてから着実に自由運動の方向に向かっていました。覚醒した人々、主権に立つ人たちと協力して。実際、その方向に進めていました。ジョン・ストッセルに基調演説させたことでわかるでしょう。
もしその筋書き通り事が運んでいたなら、ここにはいなかったでしょう。全世界的基台がありました。いま文字通り、北朝鮮と話ができる者が誰一人いなくなりました。当時のわれわれにはそれができました。クリントンも、他の大統領もわれわれを通して初めて北と対話が可能だったのです。まったく奇妙な事でした。お父様は一生涯かけて共産主義を激しく非難してきました、しかし共産主義者はお父様を尊敬したのです。お父様は金日成に対して説教したのです。叫びながら。

「神様を受け入れなさい!くだらない共産主義、主体思想なんか捨てなさい!」

それを聞いた金日成は
「何と言うことだ」。(笑)
「この男はどんな肝っ玉の持ち主なんだ。気に入った!」
「レバレント・ムーンが気に入った!」

お父様は何と、面と向かって
「主体(チュチェ)思想を捨てて神様を受け入れよ」といったのですよ。

「一体私に向かってそんなことを言うとは何者だ」そう言ったと言います。

それは神様の役事であり、驚くべき事でした。本当に奇妙なことです。誰にも説明できないでしょう。お父様は公然と共産主義を世界中で非難してこられた方です。世界中で統一運動がありましたから、それがロシアであれ、文字通り世界中で批判してきたのです。勝共連合のネットワークがありました。教育であれ何であれ共産主義の悪と戦ってきたのです。

お父様は、はっきりと、マルクス主義の本質は、「神様を排除すること」だと言い切っておられました。
「宗教を消し去ること」だと。
お父様が、宗教という時それはキリスト教を指しています。

他のもの、たとえば小児崇拝、小児性愛など、これなら(彼らは)一向に構わないのです。しかしキリスト教だけは目の敵にします。実際に健全な道徳と強力な文明を築く力があるからです。(サタンは)その力をそいで弱々しく、病んだ精神をもつ者の集団をつくりたい。そうすれば容易に支配できるからです。

このようにとても奇妙で不思議な状況でした。われわれだけが北朝鮮に強いコネクションを持っていました。おそらく私は、わずかな時間ですが、金正恩に直接会った世界でも数少ない一人でしょう。金正日が死んだときの話です。お父様も90歳を過ぎておられたので、私を代身として送られました。往路は文字通り38度線を解放して、38度線をまっすぐ超えて行きました。韓国の大統領でもそのようなことはできないでしょう。小さな車に乗って38度線を突き抜けてまっすぐ平壌に向かいました。それも北朝鮮が用意した車です、これも、そのような待遇を受けた者はあまりいないでしょう。

もちろんすべて盗聴され記録されていました。どこに行ってもです。「とても危険な状況だ」といったものです。私は行ってすぐに帰ってきました。しかしとても奇妙で不思議な状況でした。38度線を突っ切って南に戻ってきた時、「話を聞きたい」とKCIAも待っていて、「北朝鮮は何と言ったか」などと聞きました。私は、韓国に戻ってきてうれしい、と言い、また、私はアメリカ人(国籍)だ、ともいいました。私は自由を貴重に思っている、と

今、どう思い返しても神様の役事としか考えることができません。あの、悪なる血に飢えた独裁者に、レバレント・ムーンが実際に神を畏れる心を入れた。そして(金日成は)興奮して「親しい友に出会った」と。そして戸口を少し開いてそのまま開き続けました。全世界はそこを通って北朝鮮に会いに行ったのです。文字通りそれだけが実際の出会う道だったのです。どんな手段でも入って電話もしてみる、そのようなつながりではありません。正式な道です。どう説明すればよいでしょう。お父様は生涯を通して猛烈な反共主義者でした。そして反主体思想。主体思想と言うのは彼らのイデオロギー、サタンのイデオロギーです。

もし正しい道を進んでいたなら・・・神の王国とお父様の王権が正しくその位置に立っていたとするなら、天一国文化が始まり、それを強め、トランプ革命ももっと早く、何年も前に起きていたことでしょう。アジアでも、日本でも、そのような主権の運動が拡大していたことでしょう。とくにワシントンタイムズが大いに活躍して、全力で主権側の人々を糾合していったはずです。

4年前、アレックス・ジョーンズも全くマイナーな存在でした。「インフォウォーズ」を見ていると言えば人は「何それ」といいます。それが、いまではニューヨークタイムズを超える影響力を持っているのです。ワシントンポストよりも!どこよりも大きいのです。

これが4年前なら、インフォウォーズを見ていると言えば、とんでもない変わり者だと思われました。陰謀論者だとか呼ばれる。

それが今、ニューヨークタイムズより大きな存在になりました。日々彼の言葉を引き合いに出しては攻撃しているのです。フェイクニュースである自分たちを正当化しようとして。お父様の王権がどれほどの力をもっているか分かるでしょうか。

その位置にあったなら天一国文化を世界に確実に拡大していたでしょう。
主権の文化を全世界に。人々が、サタン主義者、サタン主義から自由になるため、王冠と鉄の杖を世界中の人々に持たせて。

全世界に臨もうとしている試錬の時に、あなたを防ぎ守ろう。
わたしは、すぐに来る。あなたの冠がだれにも奪われないように、自分の持っているものを堅く守っていなさい。黙示録3:10,11

もし、試練の時に韓氏オモニが、尊敬すべき神の人として行動していたなら、神の血統、万王の王の血統を高く掲げていたならば・・・もしそうしていたなら、お父様の血統と王権の前にへりくだっていたなら、王冠はそこにあったのです、世界を解放するために。

3年の艱難期間を貫くようにして、いま行っている王冠摂理も、お父様が聖和された年に、栄光と力をもって行なっていたことでしょう。もちろんサタン側、サタンの王国からの攻撃もあったでしょう。しかし、状況はまるで違ったものになっていたことでしょう。

しかし、われわれは何もないところから築き上げなければなりません。

今すべてが崩れています。北朝鮮を主権の側に押し出し、自由市場と人々に自由を与える方向に説得する、そういう機会が消え失せました。そしていま、全く、全く、全くの破壊の淵に立っています。トランプは「嵐の前の静けさ」といっています。聞いた人はいますか。昨日か、おとといのことです。

軍の将軍たちとの食事会の席で「嵐の前の静けさだ」と。レポーターは「大統領、何の嵐のことですか」と聞いていました。すると大統領は「そのうち分かる」と答えて、親指を二本立てました。

深刻な時代に生きています。しびれるような時です。だからこそ、あちら、こちら、ふらふらしていては駄目です。この試練の時、神様の御旨の中に留まらなければなりません。最も安全な場所は神様の御心の内です。

わたしは、すぐに来る。あなたの冠がだれにも奪われないように、自分の持っているものを堅く守っていなさい。黙示録3:11

なぜサタンの王国(世間)はあなた方の王冠を、「正統性がないものだ」と思わせたいのでしょうか。自分たちのものこそ非正統であるにもかかわらず。

一体、誰が(英国)ウィンザー家の王冠が正統だと言えるのでしょうか。ヨーロッパの男爵、男爵夫人のどこが正統なのでしょうか。一体なぜ正統だといえるのか。

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お父様と韓氏オモニの結婚はいつ破棄されたのか

 

これはエルダーさんが、質問に答える形でブログにアップした内容ですが、重要な内容であるため、拡散のためここに転載します。

質問にお答えしますから

【引用開始】

天宙完成祝福聖婚式   2017/10/10 00:07

最近行われた天地人真の父母様天宙完成祝福聖婚式に関した質問をいただきました。ご本人にも直接返信しましたが、他にも同じような質問をもっている方がいらっしゃるかもしれないので、その内容を掲載します。

問:今回の真のお父様と姜賢実先生の御成婚式には驚きました。お聞きしたい点が二つほどあります。お父様が決められた姜先生とアウグスチヌとの祝福を、どういう根拠で破棄されたのでしょうか。また、お父様とお母様の結婚はいつ破棄されたのでしょうか、教えて頂ければと思います。

答:お答えします。

まず、真のお母様とアウグスティヌスとの祝福の件ですが、私たちが共に祝福を受ける対象者は、祝福を受けたのちにも文鮮明真のお父様に属します。摂理上必要となる場合、お父様にはその対象者を取り戻す権限があります。

少なくとも私たち一般シックが知る限りにおいて、お父様はこれまで一度もそうされませんでした。しかし、韓鶴子の背信という、摂理の一大危機を乗り越えるためにはそうする以外に方法がなかったように思われます。

次にお父様と韓鶴子の結婚破棄の問題ですが、これはお父様のご聖和以前の2012年に遡ります。

お父様は本来2012年のご生誕祭を前後して、韓鶴子真のお母様(当時)との完成級聖婚式を予定されておられました。ところがその直前になってその儀式を1年延期されました。私は当時国進様の専属通訳者として勤務していたので、延期の事実が国進様に報告された時もその場にいました。

あとになって分かったことですが、韓鶴子はお父様が留守をしておられる間に自分が「神」と称する得体のしれない霊物と「結婚式」を挙げていたのです。完成級聖婚式1年延期の決定は、この「結婚式」の事実がお父様に報告された直後に下されました。

他の霊物との結婚は韓鶴子自らお父様との結婚を破棄する意思を示したものでしょう。しかしお父様は韓鶴子に1年の猶予を与えたのです。

しかも韓鶴子が悔い改めてお父様に戻ってくるときに、サタンがこれを讒訴できる条件をすべて除くために地上界から身を引かれました。お父様がおられない環境での悔い改めはサタンが讒訴できなかったでしょう。

ところが韓鶴子は悔い改めるどころか、自分を「メシア」「神」「無原罪」「独生女」などと称し、お父様のみ言葉を変えるなど、背信行為を重ねました。しかも、お父様が本来D-Dayに指定された天基3年天暦1月には、天一国の王座を奪い、そこに参加したすべての祝福中心家庭をサタンに明け渡しました。

私が思うにお父様はこの時から韓鶴子に替わってエバの使命を全うする女性を立てるための摂理を始められたのではないでしょうか。

2016年12月には康(姜)賢実会長(当時)を二代王様の下に呼ばれ、本来韓鶴子が成すべき役割を果たすよう導かれました。それはすなわち、シックに対してお父様を証して2代王様と将来3代王となる文信俊君を祈祷で守ることでした。

そして9カ月間の勝利を条件として康賢実真のお母様を立てられたのです。

【引用終わり】

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今「試練の時」やってきたのです、世界的に・・・地球規模で―10月8日礼拝説教「王国の王冠」(その1)

康賢實真のお母様、御聖誕おめでとうございます!

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10月8日礼拝、お知らせから

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2017年10月8日 王国の王冠

翻訳:管理人

さあ今日の説教に入って行きましょう。
大西洋の海辺から戻ってきたばかりです。
神様の霊は本当に力強い!
あの写真はすぐに出せますか。準備できたら私に一番に見せて下さい。
海岸での写真が準備でき次第、挟んで海をお見せします。

黙示録第3章。これは私が良く引用する部分です。7節から見ていくことにしましょう。

7 ヒラデルヒヤにある教会の御使に、こう書きおくりなさい。『聖なる者、まことなる者、ダビデのかぎを持つ者、開けばだれにも閉じられることがなく、閉じればだれにも開かれることのない者が、次のように言われる。
8 わたしは、あなたのわざを知っている。見よ、わたしは、あなたの前に、だれも閉じることのできない門を開いておいた。なぜなら、あなたには少ししか力がなかったにもかかわらず、わたしの言葉を守り、わたしの名を否まなかったからである。
9 見よ、サタンの会堂に属する者、すなわち、ユダヤ人と自称してはいるが、その実ユダヤ人でなくて、偽る者たちに、こうしよう。見よ、彼らがあなたの足もとにきて平伏するようにし、そして、わたしがあなたを愛していることを、彼らに知らせよう。
10 忍耐についてのわたしの言葉をあなたが守ったから、わたしも、地上に住む者たちをためすために、全世界に臨もうとしている試錬の時に、あなたを防ぎ守ろう。
11 わたしは、すぐに来る。あなたの冠がだれにも奪われないように、自分の持っているものを堅く守っていなさい。
12 勝利を得る者を、わたしの神の聖所における柱にしよう。彼は決して二度と外へ出ることはない。そして彼の上に、わたしの神の御名と、わたしの神の都、すなわち、天とわたしの神のみもとから下ってくる新しいエルサレムの名と、わたしの新しい名とを、書きつけよう。アージュ。

いくつかの聖句に注目したいと思います。
「試練 (誘惑) の時」。もちろん「試練の時」があります。世界をおおっているのを今目にしています。それは韓オモニの試練でした。それが今世界的な試練として迎えています。ミクロからマクロへと、後に世界は内部破裂するでしょう。世界は文字通り地獄に落ち、過去3,4年で事態は急速に悪化しました。3年前、韓国で誰かに「韓国は審判を受けるだろう」などと言おうものなら、大笑いしたことでしょう。繁栄の絶頂にあったからです。問題がすぐそこまで迫っていることなど、何の予兆もなかったのです。そしてお父様が築き上げた全世界的な基盤も圧倒的影響力を及ぼす位置に存在していました。東アジアに主権をもたらすべく。もし当時われわれに非常に近かった韓国の軍部、国防省が耳を傾け、われわれのアドバイスに従っていたなら―10年前、国進兄さんと関わる話ですが-火器銃器をもっと国民に身近なものにしていたなら。韓国では男は皆軍に入らなければなりません。韓国軍で働くのです。しかし、退役して家に戻ると、各自武器を持ち帰るべきなのです。それを通して妻や子供に訓練させることができるのです。もし悪魔のような北朝鮮や強大な軍事力を築く共産主義中国にそれによって備えることができると、10年も前に韓国の将軍たちに進言していたのです。何人かの将軍がわれわれの行事に参加しましたが、それらは星をつけた将軍たちです。五つ星(元帥)もいました。大きな大きな力をもつ人々です。しかし全く用意できておらず、方向性もわかっていない状態でした。そこで将軍たちは神様側の指示を受けて、韓国が備えなければならない備えについて教えられていたのです。

彼らがそれを実践していたならば、ちょうどスイスやイスラエルのようになっていたことでしょう。軍隊に行って戻ってきたら妻や子供に訓練をほどこす。そうすることで「鉄の杖(銃)」は連邦政府が独占する軍事力だけのためではないことを知るのです。ここ(アメリカ)でも自分を守るためには家に銃が必要でしょう。

夫が出張か何かで留守の間、「銃の使い方を教えているから大丈夫だよ。何者かがここに来て悪いことをしようとしたら、自分の護り方を君は知っているね。」と言えるのです。それこそが自然な牧羊犬の心構え、われわれが再興し、始めようとしているアベル型文化なのです。それによって韓国人は国家の奴隷から離脱しはじめて、より主権的な人になるのです。そしてひとたび北なり中国なり、責めかかってきた時、一瞬にして軍事国家に変身するのです。他の「捕食者国家」が襲い掛かってきたら、一瞬にして危険な軍事国家に変わるのです。1時間で1千万の兵士が立ち上がります。それだけの兵力を当てにできる計算になります。

ヒトラーもスイスには手を出しませんでした。1時間で数百万単位の訓練された戦士が参戦するからです。このシステムをとっていたからです。スイスに攻め入れば、数時間でドイツも何百万の犠牲を出すとわかっていたから手を出さなかったのです。それはまずい、ということで攻め入りませんでした。全ヨーロッパを攻略したヒトラーですが、スイスに攻め入らなかったことは不思議です。

イスラエルも周囲を敵に囲まれています。急進的イスラム勢力に囲まれてきたのです。時々、砲撃したりはしましたがイスラエルには勝てません。征服できないのです。国民皆兵だからです。若い女性もイスラエルでは訓練を受けるのです。素晴らしい天一国文化です。少女も後成遺伝子を解放して真の女性になるのです。強くなるのです。ミニスカートをはいてAR-15を持ち歩く。海岸をビキニで歩きながらも、AR-15をもって。(笑)

レイプもされません。余談は終わりにして、全市民が全軍に早変わりします。侵略を狙う者に対して、六百万人の軍隊です。過去の例ばかりでなく、現代でも第一イスラエルのようにアメリカがそうでした。もちろんアジアでも朝鮮半島の韓国でそれを実践することがとてもとても重要だったのです。絶好のチャンスでした。エリート層にこのような話をしているのは私たちだけでした。他にいません。80%はグローバリストでした。アベル型も多くいましたが、方向性を与えて導いていかなければなりません。なぜならこういう考え方は洗脳教育を受けたものには想像もつかないものだからです。国家の奴隷として洗脳されて、完全に無力、全く主権意識もありません。一般国民がどれほどの洗脳を受けているかを理解しなければなりません。特にエリート層については加害者でもあります。ジョージソロスや国際銀行カルテルと結託してこういう狂った体制をつくったのです。その本質は共産主義です。たくみに自由市場を装っていますが。しかし現実には奴隷国家です。誰も、誰一人として、軍隊さえもそのように考えないのです。

レバレント・ムーンの息子だけが、真のお父様だけが、息子を(韓国)国防省に送って共に仕事をさせたのでした。われわれの行事にも将軍たちは参加しました。なぜかと言えば、韓国で銃器の事業を韓国で初めて始めたのはお父様だったからです。後にはバルカン砲まで扱うことになりました。キングスレポートを見ているとテーブルの上に丸いものがあるでしょう。私がいつも叩いているガラスの机です。神様の霊が降りてきて時に怒りを感じるからです。

あのバルカン砲はチーフ(酋長)が私にくれたものです。火力が強いので樹木でも粉々になると言っていました。チーフがバルカン砲のことをバンシーと呼びます。と言うのも、バルカン砲はバンバンバンという音ではなく、ブーンと言う音を立てるからです。音がつながって聞こえるのです。それでバンシーです。その音で、悪漢は逃げ出します。

真のお父様だけが、韓国軍を強化するためにバルカン砲を開発していたのです。それはお父様が独裁国家北朝鮮から逃れてきたからです。全体主義者にほとんど殺されかけたのです。
ある者は吊るされ、ある者は目をくりぬかれ、また頭を撃ち抜かれて、だから若い時から全体主義の実態、その本質が政治的サタン主義だと知っておられたのです。そこで暮らし、そこで見て、そこで息をして、そこで迫害されたのです。

だからお父様は生涯をかけて世界的に共産主義と闘ってこられたのです。世界的中央共産主義、国連という世界的中央政府、共産主義、その他もろもろと。

ワシントンタイムズも保守政策のために戦ってきました。もしアジアが、もし韓国が、当時その様に改革できていたとしたら、日本を最大の同盟国として。国進兄さんは首相になる前の安倍(晋三)にも会いました。大統領になる以前の朴槿恵にも会っています。アジアの地政学的な高位の人たちと交流していたのです。アメリカも同じですが、それらに対して責任を持っていたのです。彼らを強め、侵略者から、共産主義者から、他のあらゆる略奪者から自分の国を守れるようにと。

特にアジアの国々は50年間の平安がありました、妄想としての平和です。だから文字通りお花畑だったのです。世界は良くなる、良くなる、良くなると。

他方で、略奪者、略奪国家は、どんどん力を蓄え、強化していったのです。
私たちは韓国のエリート層に、中国は空母を建造しようとしている、と警告してきたのです。2007年か2008年頃です。韓国のトップ層に、中国は空母をもつと警告を発してきました。そしていま空母をもちました。当時の主流メディア(韓国)はフェイクメディアであり、CNNと同じで、現実を報道しません。国民をずっと幼いままにして、何も気づかず、脳の偏桃体を機能させずに、周りの略奪者を見えなくしていたのです。

もし、私たちが天一国の文化文明を、東アジア、つまり韓国、日本で築いていたなら。そして民主国家の同盟を確立させていたなら。お父様が作り始められたアベルUNを確立していたなら、環太平洋国家群など。今とは全く様相を呈していたことは間違いありません。現実は問題だらけ。東アジアに大問題です。わたしたちこそ、北朝鮮と本当に交渉できる者でした。北朝鮮は金正恩より、ずっと以前から核をもつ技術を持っていました。裏で彼らの核開発にストップをかけていたのはお父様だったのです。世界を吹き飛ばそうという狂気に。
われわれは単に、大きな影響をもっていただけではなく、アベル型心構えをもつ中心国家でした。強くなる準備をして、悪に対して立ち上がり立ち向かう気構えです。

そこに今「試練の時」やってきたのです、世界的に・・・地球規模で。

つづく

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康(カン)真のお母様の美しい経歴-10月1日礼拝英語説教(その4:完結)

 

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2017年10月1日 日曜礼拝

翻訳:管理人

ここで、偉大な歴史的瞬間を迎えます。韓氏オモニの(王権)簒奪(さんだつ)の罪を、再蕩減復帰したのです。この時点ですでに康お母様は、真の母になっていました。祝福の誓いもして、祝祷も受けて、すでに真のお父様と結婚していたのです。

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そして「真のお母様」として、神の王権の前に敬礼を捧げました。それを成し遂げたのです!それを成しました!万王の王の願いを尊重して。自分の願い、私たちの願いに応じたのではなく、お父様の願いを重んじたというのです。まさに歴史的瞬間です。霊的な観点から見れば、真のアダムと真のエバ、カインとアベル、このすべての位置、このサタンに対する戦術的な位置-この戦術的な摂理的位置、これが埋まったのです。これでサタンの侵入する余地がなくなりました。ただ自分の王国が崩れ落ちるのを見つめることしかできないのです。もちろん、(私たちは)懸命に戦わねばならないし、守っていかなければなりませんが、サタンは崩壊を見るしかないのです。

では次の写真を。

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何人かのメンバーが日本の兄弟姉妹を手伝って、様々な角度から写真を撮ったのです。サワダさんが、サワダ・レポートをつくりました。何人か見た人もイルでしょう。色々な角度から写真を撮って、あのあたりに座って、iPhoneか何かで写真を撮っていました。式典のとても面白い見方を提供しました。讃美歌が変わるたびに違ったアングルから撮るのです。同じ顔を違う角度で撮る。だからこの写真もiPhoneやビデオでめいめいが撮影してインターネットでアップしたものの一部です。そして自分はここにいた、と指し示すのです。ここにいてこの行事を見ていたと。

この写真も素晴らしい!(拍手)

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真の母を得ました。決して、金や権力に自分を売らない方です。
自分の夫が息子に、孫に与えたものを、息子から奪うことも、横取りしようともしない人です。お姿がなんともエレガントで美しくはないですか。なんとも美しい。

驚くべきことは、この期間を通して、真のお母様が口を開けば、それは神様のみ言であり、生命のパンが出てくるのです。流れる水のようであり、神様を讃え、キリストを讃美する。聖句聖典を高く掲げる。

一方、韓氏オモニが口を開くたびに、異端の黒い雲を吹きだす。文字通り、異端のスモッグが出てきます。生きた命を殺し、人の魂を殺すスモッグだ!

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カン真のお母様が話をされるとき、ところで、真のお父様は異なるカンの漢字を与えられました。パンフレットでも説明しています。カンお母様が話をされるときは、神のみ言を語ります。自分の気持ちを語るのではありません、神様の御旨と神様のみ言を話されるのです。聖句に導いてくれます。み言に連れ戻してくくれるのです。それがカンお母様の中心です。もちろん人間ですから、式典の前は動揺もして、困り果てたことでしょう。気分も悪くなり、不安にもなるのです。その時、どこに癒しを求めると思いますか。韓流ドラマ、女性ポルノなどではありません。神様のみ言に平安をもとめられたのです。それは大きな文明的な違いだというのです。

その文明は別の種類の女性を創り出すのです。神様のみ言を中心とする尊敬すべき女性、強力であるけれども神様の前に謙虚で、自分を売ることなく、社会の気まぐれや流行と姦淫もせず、真の名誉であるキリスト、堅き岩の上に留まる。

これも素晴らしい写真です。
今回、カンお母様は素晴らしい話を兄弟姉妹にしてくださいました。天一宮で韓国人メンバーがいるときです。

あるとき、お父様が自分 (カンオモニム) を海外開拓伝動に出されるとき、-カンオモニムはどこの国かははっきりしませんでした、なぜならあまりにも多くの国に行ったからです-とにかく、お父様が「どこどこの国に海外開拓伝動に出かけよ」と言われたのです。それに対して「お父様、私はもう何もできるとは思いません。年も取りましたし・・・もう何もできません」と言ったそうです。「お前はその国の開拓者としていくのだ、行きなさい。」「もう無理です、できそうにありません。誰か若い人を送ってください。」そう言って台所の方に逃げたそうです。すると、再臨主がその後を追いかけてきた。(笑)そして、「おまえが、行くんだよ。」「無理です」「いや行くんだ」。お父様がこう来たら、そっちに逃げて、またお父様がおって来て「おまえが行かなければだめだ」。凄い光景です。美しいではありませんか。前線に送られるというのです。

(カンオモニムの)経歴を出してください。

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もちろん、前線に行ったのです。お父様はカンオモニムの二の腕を叩いて「行かなければならない」と言われたのです。「わかりました。では行きます」とこうなりました。何と可愛らしい話でしょうか。康(カン)真のお母様の経歴です。

1927年陰暦の8月20日(9月15日)生まれ。
1949年3月釜山(プサン)の長老会派の教会、凡川(ポンチョン)教会の伝道師になる。
1952年5月10日、韓国での真のお父様の最初の弟子になる。
1953年7月20日、大邱(テグ)の真のお父様の最初の教会を開拓する。
1954年4月、韓国の巡回師に任ぜられ、霊通者やキリスト教会指導者を尋ねていく。
1956年6月、大田(テジョン)での最初の教会を開拓する。
1957年7月、光州(クァンジュ)での最初の教会を開拓する。
1959年7月、ソウルのパゴダ講演で7年間、日々の路傍伝道を実践。
1967年7月、馬山(マサン)の地区長に任命される。
1970年1月、釜山鎮教会を開拓。

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どのような方であるか、皆さんお分りですか。名前だけの真の母ではなく、お父様が送った開拓者としての真の母だということです。人類歴史における、文字通りの伝道開拓者だったということです。人々とともに常に第一線に立つ人でした。兄弟姉妹たちと共に前線の塹壕に入っていたというのです。象牙の塔の中でただ座している人ではなかったのです。最前線で兄弟姉妹と共に路傍伝道をしていた!韓流ドラマと言うポルノにうつつを抜かす時間もなかったのです。教会の開拓者として活動してきた方でした。

1971年1月、特別国家巡回師
1974年10月、教派を超えたキリスト教協会
1991年7月、日本巡回師
1994年3月、東東京地区のリーダ
1996年8月、ロシアの国家メシアに任命される。
1999年2月7日、聖アウグスティヌスと祝福を受ける。
2000年ソウル西大門の委員長。
2001年韓国栄州の委員長。
2001年から現在まで、女性平和連合顧問を務める。
そして、
2016年12月、アメリカ、ペンシルバニアの二代王、文亨進に合流。

私たちの真のお母様はなんと、誇らしくも信仰深い方でしょう。神のみ言に戻るから誇らしいのです。路傍に出てあまたの反対者と闘ってきたことが誇らしいのです。宣教師として活動されたことが誇らしく、神のみ言を語るために、へりくだったことが誇らしい。路傍伝道をするために墓場の傍で寝なければならなかったことが、私には誇らしい。そして彼女は1952年から今日まで主に対する不滅の信仰をもって、一貫して変わることなく過ごしてきたのです。迫害困難が何するものと、ニューヨークタイムズのスキャンダルがなんだと。信仰と愛と従順の上に立ってこられた。これは真実のシンデレラ物語です。彼女は僕でした。神の僕でした。喜び勇んで神様の御旨を果たしてきました。象牙の塔にこもることもありませんでした。王宮にも住んだことはないし、いつも最前線にいたのです。御旨を行い、御名をたたえ、福音を説き・・・その間ずっと、他方で、韓氏オモニはその対極にいました。ますます傲慢になり、偉そうになり、象牙の塔で一人こもって孤立化、浮世離れし、そして悪に囲まれ、闇の蛇に取り囲まれたのです。自分が神だと信じはじめ、自分こそが救世主だと・・・。異端的、サタン的スピリチュアルにのめり込み、そういうすべての流れの中で、お父様の聖和があり、万王の王は天に昇り、御旨がいかに成されているか見守っておられます。地上で成就されることを。ご自分の働きの実をご覧になるのです。壮大な血統をめぐる戦いをご覧になる。神の血統とサタンの血統。ご自分の子女がいかに振る舞うのか。ご自分の後継者とその兄がどう行動するのか。その魂を金と権力と地位に売り渡すことはないか。あるいは、すべてを失っても立ち上がり、組織から厄介者扱いされたあげく、追い出される、しかし、神のみ言と御旨とともに荒野から、また新しい文明を立ち上げる。誰がそれに同参するのか!それは世界的開拓者であり、最初の弟子-お父様は「教会の母」の称号を贈りました-最初の弟子が合流して9カ月を経てむかえた9月23日。太陽と月と星が天宙的最後の日に整列する時。サタンの権力とその王国が崩壊し始めるその時。神の王国が姿を現すのです。

(康お母様を指して)この可哀想な女性、闘いの最前線、塹壕戦を戦ってきたこの女性こそがその人です。この女性こそ真の母の資格を備えた方なのです。私たちの選びではありません、お父様が送られたのです!自分がなぜここに来たのか理解できないかもしれません。この女性は貴重な人・・・ただ尊敬すべき開拓者と言うだけでなく、いまや真のお父様の花嫁なのです。天地人真のお母様です!もう心の内で涙を流しながら、御一人でおられるお父様のお写真を見なくてもいいのです!またお父様を真の御父母様として見ることができるということです。そしてお父様とともに(新しい)お母様も、また名誉ある方、栄光の方なのです。

彼女の生きてきた人生がどれほど驚くほど素晴らしいものであることか。完璧な信仰と献身です。

写真に戻りましょう。ここでカンお母様が億萬歳される姿が良いと思いませんか。

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ああ。ここで国進ニムとチエニムが手を貸すために出てきました。素晴らしい!まさしく適任者です。
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この写真も素敵です。とても美しい写真です。前に歩き進む一瞬をとらえたものです。公式な写真ではないようです、自然に即興で撮ったものです。

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天地人真の母を得ただけではなく、ミスユニバースのチエニムも得ることができました。
これは王たちの昼食会です。
ビルダーバーグ・グループなどを思ってみて下さい。ヨーロッパの王室からも多く集まります。そこでは皆がそこに参加したいと願っているのです。あの中に入ることができたら・・と切望している。しかし中身は冗談にもなりません。近親相姦者たちの自己愛、小児性愛者、悪魔主義者の集まりです。まさに正統性に欠くまねごとに過ぎません。しかしこの神の式典に参加した人々を見てください。ビデオでも見ることができます。

王冠がとても似合って美しく見える人もいるのです。周囲にオーラを放っている。その美しさを見ることができるのです。真の正統の王権です。真の正統性。ビデオを見てください。どうして見ないのですか。

 

素晴らしい食事会が始まりました。
いまある兄弟姉妹がとても美し写真を制作しているところです。90才のお父様と90才のカンお母様が一緒に入っているものです。ロッド、(呼びかけ)君が作っているんだろう。

また別に白黒の歴史的、伝説的な写真も作る予定です。皆さんもどうぞ自由に自分の好きなように造ってください。最高の写真に賞をだしてもいいと思っています。素晴らしい記念食事会で、私たちはまさにその場にいました。アブラハム、イサク、ヤコブの食卓についていたのです。

私たちもいたし、皆さんもいました。
信じられません。これがどれほど天宙的なものであったことか。サタンの力がまさに今、崩れ落ちるのを感じました。サタンたちはこれからどうすると思いますか。悪魔はどうする。敗北するほかないのです。トランプがマクロで宣言したように、「われわれは勝利に勝利を重ねる」というのです。日本と韓国のすべての兄弟姉妹、すべての神の皇族が集って。

正統性をもたない、悪魔の貴族は、皆さんのことを鼻で笑うかもしれません。天一国が世界を主管しようとしている時に笑っているのです。

祝宴があり、神を賛美する数々の催しが行われました。素晴らしいコーラスの中に王妃がいます。マーサもいますね。美しいですね

マーサはどこにいますか。優しい小柄なおばあさんのようです。赤いベストを着て「ヒョンジンニム、こんにちは。」まるでイギリスの女王様のようです。

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(マ―サさんに)あなたの出身はどこですか。(スコットランドです)スコットランドですか。近いですね。韓国人、日本人を前にするときはいつも、神様の霊が下って来て、私もお父様に体を譲らなければなりません。お父様が話されたいことを話すのです。6、7時間話し続けるのはざらです。

過去四日間、・・・最後のグループが帰ったのはいつですか。おとといですか。文字通りこれまでの五日間、少なくとも30時間から40時間は話しています。神様の霊が留まるのです。かなりきついのです。(語り終えると)文字通り体も死んだようになるのです。神様の霊はあまりに強く、驚くべきものです。

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これは国歌(栄光の賜物)を歌いながら涙ぐんでいるところです。黙示録の14万4千人が新しい歌を歌うというところを覚えていますか。キリストの軍勢、14万4千人が、キリスト教徒ですら知らない、新しい歌をうたう。黙示録では「今まで聞いたこともない新しい歌」とあります。皆さんは知っていますね。歌っている全員が涙ぐんでいるのです。この日、神様の霊はとても強力でした。真のお母様も、確かに体は小さいですが神様の目から見るとき巨大な方なのです。素晴らしいみ言、生命のみ言を語ってくださいます。

信じがたいこの天宙的出来事の意味を振り返ることがいかに重要であるかということが分かりました。覚えておくということが重要です。起きたことを記憶にとどめる。神様の命を知る。これがただ盲目的についていくことと、信仰によって従うことの違いです。信仰によって従うものは、しっかりと記憶している。

神様によってこれこれを乗り越えられた。神様のおかげであれを乗り越えた。神様がいなければ私は失敗していた。神様が強めて下さった。神様が私を持ち上げて下さった。死ぬかと思った時、神様が生かしてくださった。われわれは、そういう記憶を持っている!

だからサタンはそういう記憶を消そうとする!その記憶を消すことで、サタンが新しい過去を書き換えることができる。奴隷の歴史を。

だから中央主義者、政治的サタン主義者、共産主義者、左翼の馬鹿者たちは、つねに歴史に干渉する!我々が建国の父を思うのを快く思わない、主権や自由につながることを考えさせたくない、むしろ、すべてを忘れさせようとする!そして自分たち流の別の歴史、すなわちマルクス主義、共産主義、奴隷主義などをすり込もうとする。サタンはいつも記憶を奪おうとするのです。盲目的に従うことと信仰によって従うことには大きな違いがあるからです。
ただ愚かに信仰によらず盲目的につき従って来る者たちのために、神様は繰り返し、繰り返し、繰り返し、御自身を証してこられた!それを忘れないように!神様が難しいことをお命じになるとき、それによって忘れない。はい、それをやります、と言った自分を忘れないでしょう!盲目の馬鹿だからそうするのではなく、覚えているからそうするというのです。
とても重要なことです。

ここにいるのは神の人々です。神様の王権がここにあります。真の御父母様もここにおられます。そしてサタンは屈服する。さあ、立ち上がって神様を讃美しましょう!

おわり

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王様はどこに行かれたのか

   
  
メーン州のダブリング・ポイントに滞在されました。
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ダブリング・ポイント灯台(LighthouseGuy Photo’s & Giftsより

以下、Facebook:Moon Hyunginより

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That’s one for my Father!(これはお父様の分!)

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信宮ニム

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Deuky got one!(信得が一匹ゲット!)

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国進様も合流

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「天の父母様」という祈祷の間違い 偽りの神名と異端的歴史観 -永田正治

 
 
1   混乱期の改ざん
2  2016・天一国指導者会議,アンドリュー・ウィルソン教授,「天の父母と真の父母」
   《アボニム不在の神名》
   《食口が馴染めない祈り》
   《神がのぞむ呼称は「父」》
   《「原理原本」引用の矛盾》
   《性別不詳の神名》
3  信仰の故郷を奪う歴史観
   《成約聖歌がキリスト教の歌?》
   《アボニムの歴史観と宗教の光源》

*各項目をクリックするとジャンプします。


「天の父母様」という祈祷の間違い

 -偽りの神名と異端的歴史観
  永田正治

1, 混乱期の改ざん

 2012年9月、私たちを襲ったアボニム聖和の衝撃を思い起こしてください。もはや、アボニムは生きて自分たちを導いて下さらないという悲しみと不安、今後の世界がどうなるかという危惧の念で、心が動揺しない食口はいなかったでしょう。しかも、あれほど待ち望み、精誠を尽くして準備していた基元節まで半年もない時点でした。当時、聖和と基元節のはざまで、食口は途方に暮れ、冷静に教会内外の動きに目を配る余裕はありませんでした。
 この混乱期に乗じ、韓氏オモニは、電撃的に、二つの重大な信仰上の改ざんを断行しました。アボニムが定めた「栄光の賜物」の天一国国歌を廃し、別の歌に変え、また、神の呼称、祈りの神名を「天の父母様」に変えたのです。
 この二つの改ざんは、後の、狂気の独生女論を導入する布石でした。韓氏オモニは原罪なし、アボニムは原罪ありとする独生女論は、家庭連合の異端行為の核心です。天一国国歌改ざんは、食口からアボニムを慕う心情を削ぐ異端行為です。そして「天の父母」という偽りの神名は、「天の父」という真の神とつながる道を閉ざす異端行為でした。それはまた、「天の父母様」と祈り始めた偽天一国時代を中心とする歴史認識を生み出しました。これは家庭連合の異端行為を歴史観で正当化する役割を演じたのです。

2,2016・天一国指導者会議,アンドリュー・ウィルソン教授,「天の父母と真の父母」

 《アボニム不在の神名》

昨年の2月、清平に、世界の高位公職者が集められ、家庭連合の教義を確認する会議が開かれました。ここで4人の学者が語った内容は、アボニム聖和後に改ざんされた新教義で、韓氏オモニの強い意向があり、出席者はこの内容を受け入れることを暗黙のうちに強要されるものでした。特に、アンドリュー・ウィルソン教授の、「天の父母」という神名を正当化する講義は、各国の教会で食口の教育に活用されました。
アボニムは、「真の父母」は神の代身者であり、偉大な価値を有し、一つであると幾度となく強調されました。家庭連合は、韓氏オモニの逸脱行為を正当化するために、「真の父母一体」というみ言を徹底的に利用します。アボニム原罪あり、自分原罪なしとアボニムをおとしめる説を唱えながら、異端行為を正当化するときには、アボニムのみ言を利用するのです。
 ウィルソン教授の講義も、大部分、「真の父母一体」を強調するものです。それは、韓氏オモニ独断で命じた「天の父母」という改ざん神名を、あたかも、アボニムも含めた「真の父母」が命じた如く偽装するためです。
 しかし、アボニムは「天の父母」などという呼称は認めていないのです。それが天地の真実です。この事実を覆い隠すため、「真の父母一体」を最大限に利用し、ウソの論理を無理強いします。しかし、化けギツネが人間に化けても尻尾は隠せないように、ウィルソン教授の講義には、うまく騙したつもりでも、随所に誤りと矛盾があらわれます。私たちはこの尻尾をつかまえなければなりません。それではまず、ウィルソン教授の神の呼称の変化に関する説明から見てみましょう。

宗教の歴史を振り返ると、神さまに対する人類の理解は、時間が過ぎれば過ぎるほど発展し、変化してきたということが分かります。旧約前の時代とシャーマニズムにおいては、人々は、山の神や川の神など、自然に向かって祈祷しました。旧約時代には、神さまがみずからを主、あるいは王としてあらわし、イスラエルの人々は神さまを自分たちの敵を打ち破り、エジプトから解放し、約束の地につれて行ってくれる、強力な主だと思っていました。それから新約時代では、神さまを天の父と呼ぶ時代に入りました。そして、今、私たちは、新しい時代である天一国時代に進入しています。では、ずっと私たちは、神さまを天の父と呼ばなければならないのでしょうか。神さまは、真の父母様を通して、私たちが神さまを天の父母様と呼ばなければならないと教えてくれました。ですからこれが、神さまの本性に対するより完全な理解なのです。

  これを整理すると、以下になります。

① シャーマニズム時代:山の神や川の神など自然に向かって祈祷した
② 旧約時代:神は自らを「主」あるいは「王」とあらわした
③ 新約時代:神を「天の父」と呼んだ
④ 天一国時代:神は真の父母様を通し、神を「天の父母様」と呼ばなければならないと教えた

 お分かりになるでしょうか。何でもないような内容ですが、ここに重大な誤りとウソが隠れています。旧約時代には神を「主」や「王」とあらわし、新約時代には、神を「天の父」と呼んだ。これはほぼ間違いない指摘です。
 しかし「原理講論」には、新約時代の後に、神の呼称、祈りの神名が変わるなどとは、何処にも書かれていません。祈りの神名が「天の父」から「天の父母」になるという、数千年に一度の摂理歴史上の大改革を原理で言及しない訳はないのです。それ以上に、アボニムの発言に、統一教会の祈りの神名が変わるというみ言もありません。神の呼称、祈りの神名の変更は、原理にもアボニムのみ言にも無いのです。ですから、真の父母が、神を「天の父母」と呼ぶように教えたというのは全くのウソです。
 当のウィルソン教授も「お父様も祈るとき99パーセントは、神さまを父と呼んでおられます」と、アボニムが「天の父母」という祈りをほとんどしなかった事実を認めています。私の知る限りでは、アボニムが天の父母と祈られたのは2010年1月1日の祈祷、一度だけです。アボニムはこの日「天の父母」と祈り、その後は「天の父」に戻し、ずっと聖和まで「天の父」と祈られました。この事実は、アボニムは神を「天の父」と祈るべきと判断したことを示す動かぬ証拠です。ですから、後に、誰かがそれを変えることは許されない事なのです。
 家庭連合の「天の父母」という祈りは、アボニムが認めない、アボニムの意志を完全に無視したものです。この祈りの対象は、神とアボニムと無関係の、神ならぬ霊的存在です。それが、知らず知らず、食口の心霊に与えるマイナスがどれほど致命的か、想像を絶します。

《食口が馴染めない祈り》

 また、ウィルソン教授は、この祈りはいまだに食口が馴染んでいないと指摘します。

 今でも一部の食口のなかには、神さまを天の父母様と祈ることに対し、なじめない人もいます。皆さんの教会ではどうですか。教会のメンバーが祈祷するとき、天の父母様で始めますが、中盤になるほど、お父様、お父様、お父様と、言わないでしょうか。これをしばしば経験したとか、みずからも時々、こんなふうに言ったりとか。それは私たちの天の父母様に対する理解が、相変わらず形式だということを意味します。神さまを天の父母様として理解できる霊的利点、すなわち、本当の利点を明確に知るために、霊魂の奥深くまで受け入れなければならないのに、それができていなかったということです。

本当に一部の食口のことだったら問題はないのです。「私たちの天の父母様に対する理解が相変わらず形式」、「天の父母様として理解できる霊的利点、―― 霊魂の奥深くまで受け入れなければならないのに、それができていなかった」、という言葉でわかるように、全体の雰囲気として、「天の父母」という祈りを、霊的、心情的に「霊魂の奥深くまで」受け入れられない状況があるから、あえて教授はこの問題に言及したのです。
新しい祈祷の制定からこの講義まで、すでに3年の歳月が流れていました。「天の父母」が真に恵みを実感するよい祈りであったら、食口は親しみを感じ、喜んで祈り、すぐに馴染んだはずなのです。そんな恵みを感じず、3年たっても馴染めない祈り、神の呼称、それ自体が異常なことです。「天の父母」になじめないのは、なじめない食口の信仰に問題があるのでなく、偽りの神名の霊的背景に問題があるのです。
アボニムが、「天の父母」という呼称を避けたのは、人の信仰、心情において、神の呼称、祈りの神名にはなり得ないと、霊的に感じ取られたからでしょう。私たちはそれに従うべきなのです。
アボニムが、陽・陰の二性性相を属性として備える神を強調したのは、神の父性しか問題にしないキリスト教に向けられたものです。アボニムは二性性相の神を認めますが、神の呼称はどこまでも「天の父」と定めました。その教義上の根拠は、創造原理に明記されています。

―「男は、神のかたちであり栄光である」と記録されている聖句は、正にこのような原理を立証しているのである。このように、神は性相的な男性格主体であられるので、我々は神を父と呼んで、その格位を表示するのである。(P47)

この原理の内容が、神を「父」と呼ぶことを明確に教えています。これは長く、全ての食口が共有してきた神観でもあります。アボニム聖和の年である2012年に出版され、全ての食口に学ぶことを命じられた「原理本体論」にも同じ内容が記されています(P,83‐84)。「原理講論」はアボニム46才の経典、「原理本体論」はアボニム晩年の経典です。統一運動の二大経典は、神を「父」と呼ぶことを明記しているのです。サンクチュアリ教会は「原理本体論」を尊び、家庭連合は、真理が書かれている、自分たちに都合の悪い経典を、絶版にしました。
こんな確かな指針があるにもかかわらず、韓氏オモニはそれを無視し、「天の父母」という偽りの神名を制定したのです。このような異端の呼称は、神とアボニムのみ心を踏みにじる、反神様・非アボニムの神名以外の何ものでもありません。

《神がのぞむ呼称は「父」》

創造原理では、存在物は主体と対象という関係性で成立していると説きます。性相と形状、陽性と陰性は、それぞれ主体、対象の関係にあります。ならば、神の両性も、陽性が主体で陰性が対象です。神がご自身の名をあらわす、或いは、人間と対するときには、当然のこととして、主体である、陽性としての、男性・父としてご自身をあらわされることは、天地自然の理なのです。創造原理の内容からみても、神は、人間がご自身を「父」と呼ぶことを望んでおられるということを理解できます。
また、神は歴史を導かれました。宗教において、数千年ものあいだ、歴史的に継承されたものは、神が良きものとして、人間に受け継ぐように摂理されたもので、永遠性をもちます。
神が人間の「父」であるという認識は、悠久の旧約時代から歴然として存在するのです。聖書には、「イスラエルはわたしの子、わたしの長子である」(出エジプト記4.22)、「主はあなたを生み、あなたを造り、あなたを堅く立てられたあなたの父ではないか」(申命記32.6)などという記述がみられ、ユダヤ教徒も神を「父」と認識していた事実が分かります。
ですから「父」は、旧約、新約、成約の三時代をつらぬく神認識です。「父なる神」は、ながい歴史を通じ受け継がれ、伝統があり、それ自体が完成され、永遠性をもつ不変の神名なのです。
それだけでなく、「主」も「王」も、旧約、新約、成約の三時代で使われているのです。神とメシアを示す「主」は、私たちの聖歌に頻繁にあらわれます。「王」もおなじです。「神様王権即位式」など、様々なかたちで使われます。ですから、「父」、「主」、「王」は、全ての時代に使われ、しかも、相互に葛藤なく、それぞれ固有の意味に基づき神を表現し、高い宗教的価値を有する神名なのです。
ですから、神の呼称の歴史は、決して、ウィルソン教授の説のように、不正確から正確に発展したなどと単純化はできないのです。教授の言い方は、「神さまを天の父と呼ばなければならないのか」、「天の父母様と呼ばなければならないと教えてくれた」。「霊魂の奥深くまで受け入れなければならないのに」など「~なければならない」と、神の呼称について、義務や強制のようにとらえる表現を多用します。
人は神の強制で「天の父」と呼んだのではありません。「天の父母」と呼ばなければならないと強要するのもおかしいのです。また、それに馴染まないと言って「霊魂の奥深くまで受け入れなければならない」と叱責するのもおかしいのです。
更にウィルソン教授は、「主なる神」、「王なる神」は争いの時代の産物、「父なる神」は男尊女卑の時代の産物だと指摘しています。一方、「天の父母」は神の本性を正確にあらわした優れた神名とし、神の呼称に優劣の差をもうけました。当然、教会で劣った祈りはできず、家庭連合では他の祈りをさせません。そのため「天の父母」は、歴史的に融和してきた「父」、「主」、「王」と共存できず、葛藤しているのです。
神の呼称は、神が導き、また、人々の自然な信仰心から使われてきたものです。しかも、ゆっくり、ゆっくり、数千年をかけ、他の神名と融和し相互に葛藤なく使われた、神と人がしっかり守り続けた、心の通った呼び名なのです。
神の呼称は、ある人物が、突然、一方的に命令し、押し付けるようなものではありません。「天の父母」という呼称は、神の導きも、アボニムの許しも、歴史的伝統も踏まえない、韓氏オモニが、偽基元節直前の虚を突いて導入した、偽りの神名なのです。

 《「原理原本」引用の矛盾》

 ウィルソン教授は、アボニムが65年前に書かれた「原理原本」が、「天の父母」を確信する手助けになったと言っています。彼は、「天の父母」という神名を正当化するために、アボニムが1951年に書かれた「原理原本」の内容を数ヵ所引用します。

 原理である夫に対する夫人たちは、美で現わさなければならない。天のお母様の代身分体として、第2の善を愛一体で完成して、基本の善との一つの道を探し立てればこそ、理想の善を造成するようになるのです。夫婦は、天の父と天の母を代身する者たちなので、極めて貴い対象の位に立っている。だから、各自は天の父母を代身して、お互いを貴く敬わなければなりません。
(『原理原本』wpk 172)

 1952年に書かれた「原理原本」のつぎに「原理教本」(1957)、そして「原理講論」(1966)が書かれました。「原理原本」には「天の父母」に対する記述がおおく見られます。しかし、「原理原本」から14年後に書かれた「原理講論」には、「天の父母」に対する記述は大きく後退しました。これは、アボニムが、神の正しい認識は「天の父」であると判断した、厳然たる事実を示すものです。もしアボニムが「天の父母」が正しいと思われたなら、「原理講論」で明確に教義化しないはずはないからです。
ウィルソン教授は、「原理原本」を持ち出し、アボニムが早くから「天の父母」という神認識に強い関心をもっていたと主張します。しかしアボニムが、神の呼称という、宗教上の重要問題に強い関心をもっていたならば、神に祈り、模索し、何が正しい神名なのかを、真剣に考えたはずです。
そして、もしアボニムが「天の父母」が正しいと判断したら、とうの昔に、統一教会の祈りは「天の父母」に変わっていたはずです。1952年から聖和に至る60年ものあいだ、アボニムが「天の父」と祈り続けた事実そのものが、「天の父母」は神の呼称、祈りの神名にはなり得ないと判断されたことを証すのです。
ウィルソン教授はこのような「前後関係」に気が付かないのでしょうか? 家庭連合は、食口が共有していていない、到底信じられない教義を信じ込ませるため、膨大な過去のみ言から、自分たちに都合のいい部分を見つけ出し、はなしを組み立て、偽の教義をつくります。教授の「原理原本」利用も、み言の中から、自分に都合のいい内容を探し出し、話を組み立てる、家庭連合の教義ねつ造の典型例と言うべきです。

《性別不詳の神名》

もっと自然な感覚として、「天の父母」がおかしいと感じるのは、性別が不詳だからです。父性の神を信仰するユダヤ・キリスト教のみならず、日本を代表する新宗教である天理教も、神を「親神様」と親しみを込めて呼びますが、「親神天理王命」という男性・父性を強くあらわす神名を持ちます。
祈祷は、自分という「個」が、神という「個」と、一対一で向き合い対話するものです。それが祈りの基本です。容易に存在を実感できない、見えない神と個と個の対話をするには、個を示す存在感をもつ呼び名が必要です。そのため性別は明確でなければならないのです。
しかし、「天の父母」は「個」ではなく、性別も不詳です。この神名の矛盾は、「男」でも「女」でもなく、「父」でも「母」でもないということです。人間は男・女という別の性で、「個」として存在します。例外はありません。動物や、すべての存在も陽・陰があるのです。ですから私たちは、そもそも「性別をもたない存在」をイメージできないのです。人間の感性から、この神名では、個と個の対話は不可能です。
イエス様の「アバ、父よ!」(マルコ14.36)という「アバ」は、古代アラム語のかなりくだけた、生活化した表現で、「お父さん」という語感です。アボニムも、「アボジよ!」と祈りました。「アボニム」、「アボジ」も「父」、「お父様」も生活化した親しみある言葉です。
しかし、「天の父母」のばあい、「父母よ!」という呼びかけは成立しません。それは「父母」が生活化できない言葉だからです。ウィルソン教授が奇しくも「天の父母に対する食口の認識は形式」と批判しましたが、元来、「天の父母」が形式的な用語なのです。「父母様!」と呼びかけるのでしょうが、どう考えても、「お父様!」のように生活化し、神と深い情緒的関係を結べるような呼びかけではありません。ですから教授が指摘したように、食口は「お父様、お父様、お父様」と呼びかけてしまうのです。
面白いことに、家庭連合の月刊誌「世界家庭」をみれば、「天の父母様(神様)」〈9月号P,28〉というように、あえて、天の父母様に、(神様)とただし書きをしていることです。「天のお父様」ならばこんな必要はありません。この呼称を使い始めて5年も経っているのです。いまだに「神様」とただし書きをしなければならない神名。これを見れば、「天の父母様」が、「神様」を表現するのに、信仰上、イメージ上、解決不可能な問題をもつ呼称であることが、一目瞭然です。
そのため、ウィルソン教授は、男性は「天の父」、女性は「天の母」に祈り、それぞれの性にかなったよい解決策を求めよと言います。こんな提案は、まさに「天の父母」が欠陥神名であることを告白するようなものです。神を「父」と「母」と二分し、それぞれの性に応じた神に祈れという神信仰は、旧約、新約、成約時代を通じて存在せず、アボニムのあらゆるみ言の中にもありません。このウィルソン教授のアイディアは、宗教としても、信仰の慣習としても極めて陳腐なものです。
アメリカの巨大教団モルモン教には、神は「父なる神」と「母なる神」があるという神認識をもちます。しかし、イエス様の教えに従い、天の父と祈ります。187年の歴史をもつモルモン教の神の呼称は、私たちやキリスト教会とおなじ「天のお父様」です。おなじくアメリカ発祥のエホバの証人も、「エホバ」という神名を持ちますが、やはり「天のお父様」と親しみをこめて祈るのです。
キリスト教は、「天のお父様」という神名を共有します。これはキリスト教諸派の融和、協力にとって重要なポイントなのです。せっかく同じ祈りで統一されているキリスト教のよき伝統を、家庭連合は「天の父母」などという、不可解な神名を採用し、孤立することになりました。いくら韓氏オモニが「天の父母様」はいい呼び名だと誇っても、世界のキリスト教徒がこの呼称を相手にすることはありません。
それでは、アボニムの神観を考えて見ましょう。アボニムの「天の父」は、ウィルソン教授がいうような、男尊女卑の思想が反映したものではありません。アボニムの「天の父」は、男性的な強い神であるとともに、悲しみと切なさの思いをたたえる、女性的心情も強く兼ねそなえた神です。

・神様の心情には、創造理想を失われた悲しみと、このみ旨をなすために預言者、聖人たちを送ってサタンと闘わせた歴史的な悲しみがある。 ・切ない神様の事情を知る者なら、悔い改める前に、身を置く場所を失い、自分の足りなさに涙するであろうし、お父様と呼ぶ前に、慟哭するであろう。 『み旨の道』

メシア・アボニムが祈った「天の父」の個性は、悲しみと切なさなど、人間の悲哀を受けとめ、つらい復帰歴史を人に先駆け歩まれた、「心情の神」です。「天の父」のなかに、豊かな「母性」があるのです。また、聖書の、ダビデの詩編は女性的で、ソロモンの箴言は男性的です。日本人の神はより母性的で、韓国人の神はより父性的です。男性にとって神は、男性的要素を強く感じ、女性にとって神は女性的要素を強く感じるでしょう。私たちは、男は男なりに、女は女なりに、人のあらゆる心情を包容することができる、広大無辺で海のように深い心をもった「天のお父様」に祈りを捧げれば良いのです。

3,信仰の故郷を奪う歴史観

《成約聖歌がキリスト教の歌?》

ウィルソン教授は、「天の父母」という神名を歴史観で正当化します。

私たちが天一国を建設するのであれば、神さまを正確に理解しなければなりません。そのことが、神さまをいっそう理解できるように手助けし、真の愛を実践するのを導いてくれるでしょう。私たちの教会もキリスト教から出発したので、このような転換がおこったのです。真のお父様は、キリスト教から出発されました。主の祈りをみれば、イエス様は祈祷するとき、我らの父といわれました。また、お父様も祈るとき99パーセントは、神さまを父と呼んでおられます。そして、「新エデンの歌」のような聖歌をみれば、すべての内容が父に関するものです。また、私たちの聖歌の大部分は、真のお母様が登場するまえに、聖婚式以前の1950年代に作詞、作曲されたものです。日付をしらべ、聖歌を研究してみれば、その大部分がキリスト教の歌であることが分かります。また、真のお父様が書かれた歌詞は、ほとんど1950年代に書かれたものです。教会では、統一教会の根、草創期の心情に帰ろうという話をしていますが、私たちが注意するべき点は、教会の草創期と現在、私たちがいる天一国とはまったく異なるという点です。

この発言も何でもないような気がしますが、アボニムの教えを否定する内容が満載です。まず、分かりやすい部分は、「日付をしらべ、聖歌を研究してみれば、その大部分がキリスト教の歌であることが分かります」と指摘しています。
はたして聖歌を「キリスト教の歌」と思って歌っている食口がいるでしょうか? みな、私たちの聖歌、成約聖歌と思っています。教授は極めて珍しい感覚の持ち主です。彼は、多くの成約聖歌を「キリスト教の歌」に分類しましたが、ならば、「統一教会の歌」とは何なのでしょう。聞いてみたいものです。
教授の学説では、神の呼称が「父」、「主」、「王」となっている聖歌はキリスト教の歌で、神を「天の父母」と呼ぶ聖歌は「統一教会の歌」ということなのでしょう。そんな歌は聖歌集に一曲もありません。「自分が何を言っているか分かっていますか?」と問いかけてみたくなる話です。
教授の説にしたがえば、1950年にアボニムが作詞した「栄光の賜物」などは、それこそ代表的「キリスト教の歌」ということになります。「統一教会の歌」ではないのですから、アボニムの天一国国歌「栄光の賜物」を廃することに何の抵抗もなかったはずです。
また、「私たちが天一国を建設するのであれば、神さまを正確に理解しなければなりません」と、偽天一国以前の神認識が不正確だったような、一方的な主張をしています。教授にとっては、「天の父母」の神名を受け入れることが神の本性を正確に理解することで、それ以外の、「父」、「主」、「王」と呼称する者は、神認識が不正確だということです。何と荒唐無稽で強引な論理でしょうか。
「私たちの教会もキリスト教から出発したので、このような転換がおこったのです。真のお父様は、キリスト教から出発されました」と指摘します。これなどは、教授の原理観、摂理観がどうなっているか、まったく不可解です。統一原理から、ユダヤ・キリスト教の要素を除いたらどうなりますか? 統一教会は、ユダヤ・キリスト教を土台とします。復帰摂理の中心宗教であるキリスト教から出発するのは、神の摂理以外の何ものでもないのです。キリスト教と統一教会はひとつの流れです。
ですから、キリスト教の神、メシア思想、世界観、歴史観、文化などの、多くのよき伝統は、引き継ぎ、当然、讃美歌、聖歌も引き継ぐのです。それをことさら「キリスト教の歌」と分類するのは、アボニムの摂理観と、統一教会の信仰をわきまえない奇妙な見方です。
ウィルソン教授の歴史観を要約すれば、「神を〈父〉としか呼べなかった遅れた時代と、神を〈天の父母〉と呼び、神の本性をより正確に理解できる、進んだ天一国時代とはまったく異なる」というものです。教授の説は「天の父」をいただいたアボニム時代をおとしめ、「天の父母」をいただく韓氏オモニ時代を高める意図が歴々としています。
そして、ウィルソン教授の学説が導く恐るべき結論は、「天の父母」という神名を確信できず、「天の父母」と祈ることができなかったアボニムは、神の本性を正確にとらえていない方であったとなることです。
では、み言を見てみましょう。アボニムは、神と人の父子の因縁についてこう述べます。

 ・これから神様の真の姿を知るように努めなさい。そして次には、「お父様!」と叫ぶだけで痛哭する先生に学びなさい。 ・父子の間の心情は、革命を起こすことができない。それは神さまもなすことができない。神様は、父子の因縁を教えるのが最後の目的である。世界を統一することのできる武器は、父子の因縁である。 『み旨の道』

ウィルソン教授は、このアボニムのみ言をどう評価するのでしょうか。神を「父」と呼んでいるので、神の本性について不正確で、価値が低い内容とでも評するのでしょうか。アボニムも私たちも親しみをこめ、神を「父」と呼んできました。すなわち、「父」という神名で神との因縁を築きあげてきたのです。それを家庭連合は、韓氏オモニの一片の命令で、「天の父」を廃し、「天の父母」に改ざんしました。その暴挙を、学者の知性で正当化したのが、ウィルソン教授の講義です。しかし、考えてみてください、アボニムの前でこんな講義ができたと思いますか?
皆さんは、インターネットで、ウィルソン教授の講義を見ることができるので、ぜひご覧になってください。小山田天一国最高委員、トーマス・ウォルシュUPF世界会長、宋龍天総会長、徳野会長など、家庭連合の最高幹部たちが顔をそろえて出席しています。この映像には、韓氏オモニの異端行為を正当化し、その権威を高める講義を、世界の指導者が熱心に傾聴している光景が映し出されます。アボニムが、ご自身が認めない偽りの教義に納得し、拍手をおくる弟子たちの姿を見つめ、どれほど嘆かれておられるでしょうか? これが、今の家庭連合指導者たちの情けない実態です。

《アボニムの歴史観と宗教の光源》

それでは、アボニムの歴史観を見てみましょう。ワシントン大会の翌年、1977年5月1日のみ言に、このような内容があります。

1947年から統一教会の公的な復帰が始まる1954年までの7年間は、統一教会が実に信じ難い苦難を通過した期間であり、この7年間に実体的な組織を発足するための実体的な条件を立てるために北韓共産陣営での苦役等、言語を絶するようなあらゆる苦難を通過したのです。

きょう、統一教会の創立24周年を迎えましたが、この24年間は教会の外的な歴史であり、教会創立の基台をつくろうとした創立以前の歴史こそ本当の統一教会の歴史です。そしてそれはわずかな人々のみが知っています。そして先生が真に信頼できるのは、そういう時代を共にしたこの人々だけです。    (両み言とも『御旨と世界』,「創立以前の内的教会史」から引用)

アボニムの歴史観は、教会が創立された1954年以前の時代、お一人で、あるいは数人の食口と歩んだ苦難の時代を「本当の統一教会の歴史」、すなわち、最も重要な時代とします。「先生が真に信頼できるのは、そういう時代を共にしたこの人々だけ」と語りました。今日、この時代を共にされた方は、女性では、最元老食口として、アボニムが、統一教会の母と讃えた康賢實先生がいらっしゃいます。昨年の11月、康先生は命がけでアメリカに赴き、文亨進二代王に帰依なさいました。
そして9月23日、先生は、天と真のお父様の導きにより、文亨進二代王が主管する「天地人真の父母様天宙完成祝福聖婚式」において、真のお父様とご聖婚をなさり、「完成級の真のお母様」に推戴されました。まさに、上のお父様のみ言どおり、康賢實先生こそ、アボニムを心から愛し侍ることにより、韓氏オモニの反逆行為を克服し、真のお母様になることができる、アボニムが唯一信頼できる尊い御方だったのです。
 実に、アボニムがお一人で、或いは少数の群れを率いて苦難を受けた時こそ、神とアボニム、そして私たちにとっても、一番重要な時代なのです。この期間が、統一食口すべての「信仰と心情の故郷」と言えるものです。ですからアボニムは、2006年、天正宮入宮に際し、1950年にご自身が作詞した「栄光の賜物」を国歌に制定し、天一国国民が永遠に歌い継ぐ歌と定めたのです。
 これは多くの宗教についても言えることです。キリスト教は、イエスの馬小屋誕生、苦難の生涯、十字架の苦しみと復活をつねに想起します。ユダヤ教ではモーセが導き、荒野で苦難を味わった出エジプトの記憶がどんなに貴重でしょうか。仏教ではブッダの過酷な修行と菩提樹の下の悟りが重要です。これら宗教の信徒たちは聖人の苦難の歩みを生命視し、ここに最も深い思いを向けます。
 宗教は、教祖が生きて苦難の歩みをした時代を、自らの宗教のみならず、宇宙史、人類史の光源(光のみなもと)とします。この光源が天宙と森羅万象のすべてを照らすのです。メシア・アボニムの正統歴史観は、それをご自身の苦難の時代とします。
ところが家庭連合は、偽天一国時代、すなわちアボニムの聖和後を、最も重要な時代とし、何かと言えば天一国新時代を宣伝します。すなわち韓氏オモニが支配するようになった偽天一国を、家庭連合の光源としているのです。これは、統一教会信仰の真実の光源を奪い、偽りの光源に置き換えることです。すなわち、アボニムと私たちの「信仰の故郷」を奪う異端の歴史観なのです。
家庭連合は、アボニム聖和から5年、アボニムの血統、真理、伝統、文化を葬り去ろうと、多くの陰謀を企てて来ました。2017年、いよいよ今年はその陰謀が完成します。アボニムは原罪を持って生まれ、それを隠していた偽り者とする独生女論を、全食口に強要しようとしているのです。この教義が定着すれば、韓氏オモニがアボニムの上に立つ女性メシアになり、家庭連合の陰謀は成功します。今まさに統一食口は最大の危機に直面しています。
私たちサンクチュアリ教会は、韓氏オモニの陰謀を必ず阻止します。7月16日、文亨進二代王は、「適正な秩序の王国」の説教のなかで、このように述べました。

お父様は ―、文字通り、すべての瞬間を私たちのために苦難の道を歩いて下さいました。10億の何兆倍のそのまた何兆倍もの苦難です。私たちはその全体を理解することなどできません。しかしその苦難の理由、背後の心情、それを介して少し理解できるのです。

今まで私たちは、アボニムの苦難を多くの言葉で表現して来ましたが、このような宇宙的スケールで語った方はいません。文亨進二代王は、アボニムの苦難の路程が天宙のすべてを照らす光源であると、最大級の表現で私たちに教えて下さっているのです。二代王こそが、統一運動にアボニムの真の光源を取り戻し、全ての統一食口を、信仰の故郷に帰還させることができる唯一の指導者です。家庭連合の皆さん、文亨進二代王に一刻も早く帰依し、メシア・アボニムの真理のみ旗を高くかかげ、家庭連合の異端陰謀を打ち砕くため、共に闘いましょう!

日本サンクチュアリ教会HPより転載

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完成級の真の父母の祝福-10月1日礼拝英語説教(その3)

 

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2017年10月1日 日曜礼拝

翻訳:BAMBOOS

美しくまばゆいカン真のお母様を見てください。最高に優しいおばあさんであるだけでなく、真にすべてが美しく、その魂が輝いています。信仰的な女性であり、権力の地位のためにすべてを売り払うことはありません。真の愛を心に持っています。キリストに対する真の愛を心に持っているのです。本物です。口だけではなくそのように歩みました。自分の周りのグループ全体が反対しても、ただ一人で「お父様が言われたことに反逆できない」と言ったのです。炎の中をくぐりぬけ、神様が導いてここに送りました。どうして私が選ぶことができたでしょうか。

何が起きたが見たはずです。みな隠れていたのです。アジア、韓国ではみな恐れていました。北朝鮮で禁止されているものを見るように隠れてビデオを見ていました。子供が来て「お母さん何を見ているの?」と言われても「知りません。出ていきなさい」と言って(笑)。しかし、カンお母様はそれを聞いて知り、お父様は生きていると言いました。そしてこんなことには従えない、と。

全世界、天宙の前で罪状を読み上げました。非常に明確です。ジャマールとロバートは約1カ月の間準備してきました。ほとんど時間がない中・・・2、3週間だったかもしれません。君たちには特別な任務があると伝えました。二人は法的な文書と訴訟内容を書き上げました。神様はほのめかしていませんでした。私は、君たちは正しいと言ったのでした。信じられないほど素晴らしい仕事ぶりでした。正直な心と良心を持つ人はみな、ここで起きていることを目撃し、起訴内容を聞きました。何の反応もありませんでした。煽りのようなものもなく、家庭詐欺連合がお金を払ってライブチャットで何か書かせるとか・・・否定的なものはほとんどありませんでした。多少はあったでしょうがほとんどありません。何の反論もありません。なぜなら自分たちが間違っていると分かっているからです。自分たちがうそつきだと分かっているからです。自分たちがすべてを売り払い、堕落した尻軽女だと分かっているからです。

次は姉妹たちですね。台所のスタッフに拍手を送りましょう。約250名分以上の食事を追加で魔法を使ったように見事に作りました。ホームパーティで250人が更に参加することになることを想像できますか。食事のチームに拍手を送ってください。大変よくやってくれたと思います。次の2月にはおそらくもっと多くの人が参加するでしょう。

お父様は本来1月13日に完成レベルの祝福を全祝福家庭に与えたいと願っておられました。完成レベルの真の父母の祝福として行うつもりでしたが、それは今に至るまでできなかったのです。今、お父様が言っておられた1月13日の準備をしています。天歴なので陽暦では2月28日になります。すべての人がその日に再度祝福を受けなければなりません。なぜならそれは、天地人真の父母様の完成レベルの祝福の後、お父様が与えたい完成レベルの天宙祝福式であるからです。お父様がされたいと言われたことであり、教材教本にもみ言がありますのでそれを実現しなければなりません。それが2月の終わりごろに行われます。ここにももっと人が来ますので、食事のチームはとてもストレスと不安を感じるでしょう。

今度は子供たちですね。式典の前に子供と楽しい時を過ごしました。式典の前に子供たち全員に話をしました。これから起こることを前もって話すことができたので、恵みがあり幸運でした。私たちのときと違います。私たちは何が起こるか知らされることがありませんでした。ただそこに連れて行かれて「どうしたいいのだろう」という感じで何が起こるか分かりませんでした。子供たちはどれほど恵まれているか分かっておらず、そういう意味ではとても甘やかされています。しかし、造園をして、這いつくばって汚れながら一生懸命仕事をしました。

それでお父さん(亨進様)が子供たちの前で話をしたのです。三代王の信俊が式典に出ることや、式典の進行について説明しました。そして自分たちのことが中心ではないことを忘れないようにということ、お父様のためにこれをやらないといけないのだといったようなことを話しました。そして訓読会をして素晴らしい時間を過ごしたのです。そして過去に起こったことを吟味しました。もちろん、真の母、行われようとしていた式典のことも。韓マザーについても話し合いました。そして数日後に祝福を受ける真のお母様についても。とても素晴らしいことでした。

私たちはただ王冠とローブを身に着けて座っているのではありません。私たちは実際、前もって宿題をします。それでサタンは攻撃できなくなります。

これまであまりにも多かったのですが、サタンが子供たちを攻撃し、「何が起こっているんだ」と言っているうちに、不意打ちを受けて、渦の中に巻き込まれるのです。それで、カラカラに干上がってしまいます。それで家族と、子供たちと必ず話をして、子供たち全員がそれについて知り、精神的に、霊的に式典のために準備するのです。

あの素晴らしい王冠を見てください。とても素敵な王冠もあります。嫉妬せずに、「良い王冠だね」「お似合いだ」と言います。「素晴らしい」「自分の王冠もアップグレードしたい気にさせる」それは嫉妬の文化ではなく、神様に対して感謝するのです。なぜなら誰も王冠に値する人はいないからです。神様が恩寵として私たちにくださったものです。見せびらかす人がいれば「神様を称えなさい」と言うのです。お互いに嫉妬し合います。それは美しい文化です。力を授けられた文化です。

この場面は王妃がお父様の王権の前に来るところです。二代王と三代王がいて王妃が立っています。王妃は敬礼します。神様の血統が主体の立場にあるということの例示です。私が死んだら王妃は三代王を彼の対象として支持します。王妃に拍手を送りましょう。美しいだけでなく、称賛に値する人です。しかも死ぬほど危険です。

本当に素晴らしいのは、王妃が訓練し始めたばかりの信俊より長く訓練を受けているからです。信俊をまだ負かすことができます。叫び声をあげて彼の首を絞めています。ですからお母さんのことを本当に尊敬しているのです。いつかもっと強く大きくなって王妃より強くなるでしょう。しかし、彼は彼女が平和警察平和軍の文化をすべて理解しているのだということが理解できています。それは信じられないほど健全なことなのです。彼女は地面で取っ組み合いをしますが、そのようなことができるお母さんは多くはありません。ダブルレッグテイクダウンをして投げ飛ばしてマウントし、バックを取り、首を絞めて「なんて楽しいの!」と。逃げだしたところを転ばせて、背負い投げをして・・・。お父さんが男の子と遊ぶことはありますが、お母さんもできればそれはなんと健全なことでしょうか。男の子と密着できます。抱き着いて組み合うのです。組み合ってキスするという秘密の技もあります(笑)。

あの時点ではカン先生はまだ式典の準備をされているところです。本当に美しい。真のお母様のローブを着る資格のある方。それが私たちの完成レベルの天地人真のお母様です。謙虚に神様に仕える僕。その生涯がシンデレラの物語のように、神様に仕え、福音を伝える使命を果たし、地球の小さな地域で開拓者となって、飛行機のチケットだけを持って。文字通りこの運動全体のマザー・テレサのようです。何もない中で寝袋だけを持って出て行きました。下層から。いつも下からなのです。

バビロンの淫婦、韓マザーと並べて比べてみましょう。完全な贅沢の中で暮らしています。贅沢、サタン的文化、フェミニズムのようなサタン的思想に病みつきになっています。それは女性を殺し、国の奴隷にするものです。韓マザーはどのようなところで慰めを見つけるのでしょうか。サタン的なエンターテインメントの中に慰めを見つけるのです。韓国ドラマのことです。まったく新しいレベルの中毒です。感情的、ロマンティックな喜びをそのようなサタン的なドラマから得るということです。それは必ずフリーセックスの文化を推進しています。略奪者は良い人だという文化です。ばかげたことです。全くの嘘なのです。そのようなところから慰めを求めていたのです。誰もが知っていることです。中にいる人はみな知っています。

王妃のお母さんが亡くなったとき、韓国ドラマを見ていて、何かのことで非難をしていました。「残念なことに母が亡くなりました」と言っても、ばかげたビデオを見続けていたのです。それでお父さんが何かバカなことをしたとかそんなことを言っていました。それほどのレベルの中毒だというのです。何の同情心もなく、他人に同情するということもありません。サイコパス的です。

それでカン真のお母様を並べてみると、神様のみ言に向かうのです。聖書を読んで引用し、お父様の演説を読むのです。それが慰めを求めるところであって、それはサタン的なエンターテインメントではなく、ロマンティックなドラマという女性のポルノではないのです。偽のエンドルフィンを増加させ、偽のロマンティシズムを促すのです。男性にとってのポルノと同じような働きをしています。常にばかげたメッセージを教えています。「悪い男が良い男だ」「あなたを得たら悪い行いを改める」それで次の日には浮気するのです。

黙示録全体の中に二人の女性がいます。バビロンの淫婦。もちろんそれは、破滅と死に至ります。不倫、姦淫、破壊。そしてもう一人が黙示録12章の女性です。乙女座です。その女性は王権を守っています。太陽と月を身にまとい、12の星の輪を身に着けて。ところでそれはすべて起きたのです。キリストの肢体にある人はみな携挙されると思っていました。全員まだここにいます。どこにも行きません。彼らは何が起こっているか分かっていません。起こったことというのは、神様がついにエバを復帰したということです。天宙的な転換が起こりました。どこかに行くことはありません。非聖書的な教えです。逃げようとするのはやめて私たち全員といっしょに患難を突破しましょう。

美しい写真を見ましょう。三代王が座っています。とてもよくやってくれました。とても謙虚でしたね。誇りに思います。上の息子たちも誇りに思います。拍手してあげてください。お父さんが良く訓練しました。そしてもちろん彼らには、最高のお手本として真の兄、國進様がいます。どれほど容易でしょうか。生きた、歴史的な、すべての天一国の歴史で壮大な伝説となっているお手本がいますのでそれほど難しくありません。

信俊はよくやったと思います。何回か前のこと、反抗していたとき、自分でも知らずに、ただ自然にもっと注目を集めたいという気持ちがありました。悪意があるわけではなくただ子供だからです。それで連れ出して「たくさんの人がいるところで注目を集めようとしていたことに気づいていたか」と尋ねました。「他の人がみんなそこでパフォーマンスをしているとき、注目を集めようとするようなことをしていたが、それはそういうふうに注目されることが好きだからだ」「パレスにいたときに注目を集めたようなことが好きなのだ。それを自覚しないといけない」「韓国の兄弟姉妹が来るときにそのことに注意しないといけない」「彼らは君に贈り物やお金をあげようとさえするかもしれない。どうすべきだろうか」「『お父さんが贈り物を受け取るのを許しません。結構です。ありがとう』と言いなさい」「もし渡そうとしたら逃げなさい」「王権の文化の中では気を付けなければならない。賄賂を渡そうとする人がいる。気を付けなさい」

本当のことです。自分たちの子供でも、武装させるのです。私自身、こういうことが起こる前に自分の子供を武装させています。なぜなら分かっていなくても引っかかったり、巻き込まれたりするからです。子供たちがこのような現実の問題に注意するように教えています。

みなさんが自分の王権を立てて、王冠ももっと本物のようになれば、同じような問題が出てきます。それに注意すべきです。子供にそのような問題があることを必ず理解させるようにしてください。

スーマンハジャマラがコンピューターグラフィックで描いた絵がありました。彼は美しいローブを着たカン真のお母様をそこに書き加えています。三大王権と王妃、それにカン真のお母様が一つのコンピューターグラフィックの絵に描かれているのです。美しくなかったでしょうか。本当に美しいものでした。もちろん今、真の父母様のイメージを作成しているところです。真の父母!真の父母!女性はもうかわいそうな立場ではありません。お母様が、真のお母様がいるのです。尊敬できる真のお母様がいます。そして、「年を取ったらあのような信仰的な女性になりたい」と言うのです。今別れていますが一つの写真に合わせるようにします。

つづく
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本物の天一国が生まれ、本物の王冠と本物の鉄の杖で立ち上がる-10月1日礼拝英語説教(その2)

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2017年10月1日 日曜礼拝

翻訳:BAMBOOS

他のスポーツも良いですが通過儀礼にはなりません。その通過儀礼によって人間は動物の王国やそれ以外のあらゆる王国の頂点に立つのです。人間が頂点にあるのはその通過儀礼を経験するからです。社会主義者、共産主義者、左翼、グローバリスト、そして政治的悪魔崇拝者は人々からそれを取り去ってしまいます。彼らはそれをこの奇妙なサタン的通過儀礼に融合させたいと考えているのです。それによってエピジェネティクスを解放させて、殺すために、ルーシェルを喜ばせるために、悪のために殺させようというのです。そのようなことはやりたくないのです。子供には、悪魔崇拝に巻き込まれてサタンのために殺すようになる前に、早くから信仰的なやり方でやらせたいと願うのです。

サタンは、そのようなエピジェネティクスを解放できるということを知っています。悪に向かっても解放できるし、善に向かって解放して生命に感謝して生命を守りたいと思うようになることもできるということを。「そういうことをしたことがあるので自分は生命を守りたいと思う」というように。そして食事をするたびに食べ物に感謝するのです。(動物などを)捕獲するのが一番良い方法です。それは文化の一部なのです。天一国の文化です。

韓国人に、特に女性にこう警告しました。みなさんは王冠をかぶりたい、もっと高価なものにして金や宝石を付けたいと思うかもしれません。それは良いでしょう。しかし、鉄の杖を忘れないでください。この場にいる女性たちはいつも訓練していますのであまり問題ないだろうと思います。しかし、アジアの様々なところから来ている夫婦は、たとえ私が毎週大声で叫んでいるのを聞いて内心では分かっていても、私たちがここでやっているように訓練することもできません。銃を、鉄の杖を買うこともできません。手に入れることができないのです。

ライセンスを取るのにも時間のかかる厳しい手続きがあります。狩猟ライセンスだとか警察への登録だとか。警察の登録にも1年以上かかり、ライフルを使えるようになるには10年間散弾銃を使用していなければならないとか。このように奴隷のような法律があるのです。そういうことから、聖霊が降りてお父様が私を通して彼らに行動しなさいと叫ばせることがあります。なぜならただ王冠をかぶって無責任に杖を持たなくても良いということではないからです。

杖は責任、権威を示すものです。それが日本の女性、韓国の女性にしつこく言い聞かせていることです。王冠をかぶってもっと宝石もつけて、もっと本物の宝石や金で、と私が言うと彼女たちは笑みを浮かべます。しかし、鉄の杖を忘れてはいけません。なぜならその王冠に対する責任があるからです。天一国を守り、神様の王国を守るという責任です。自分の子供を訓練する責任があります。なぜなら、そうしなければ子供が夜中にあなたの寝首を掻きに来るようになるからです。王冠を盗みます。子供に通過儀礼を解放させないからです。生死に対する主管性を持つときに学ぶ非常に重要なことを学んでいないからです。

ですから本当の戦争をするのと人を殺すことを除いて、狩猟と魚釣りといったスポーツはお父様が天一国の教育の要素として指定されたものであり、それには総合格闘技、ブラジリアン柔術といった強く実戦的な武術も含まれています。これは私たちの文化の一部であり、男性にとってだけでなく女性にとっても非常に重要なことです。一歩前進することに挑戦してください。エバが弱くなったのでサタンが侵入しました。ですから女性にとっても訓練が非常に重要です。

「それは夫がやりますので」と言ってぼんやりとしてその場所を空けておくのは無責任なのです。自分の鉄の杖に対して無責任です。韓マザーのように王冠と栄光に対してその豪華さを喜んでいるだけです。真の母、カンお母様のように鉄の杖に責任を果たしていないということです。

カンお母様が鉄の杖を売っていたことを知っていますか。お父様が韓国で初めて銃のビジネスを始められたときのことです。最初のビジネスでした。そこで銃を売っていたのです。60年代の初め、カンお母様は通りで銃を売っていました。私たちも知りませんでしたが、証しの中でその話をされたのです。

タキシードを着て素敵な王冠をかぶっていれば良いということではありません。タキシードを着てとても粋でかっこよく見えます。しかし、責任という見地を忘れないでください。式典の日に外見を良くするのは良いことですが、休みの日にどれだけ一生懸命に努力して訓練しているか誰も分かりません。現実のものにしておかなければならないのです。格好をつけているだけであってはなりません。本物でなければなりません。なぜなら神様の文化と王国は現実のものだからです。格好だけのことではないのです。王国でどのような自分であるのか、ということです。

そのような王冠、美しい外観、信じられないほどの本当に聖書的な姿。黙示録にあるヨハネが見た王国、開かれた天。天国の姿を目撃したもの。玉座があり、長老が王冠をかぶり・・・それは文字通り聖句にある場面のようです。とてつもない・・・。イエス様の周りにいた人々は自分たちがどのようなマクロ世界の中核にいたか分かっていたでしょうか。分かっていなかったのです。これはまさに今まさに到来しつつある王国のためのミクロ世界の中核です。文化がそれほど近いものだと分かります。文明が築かれるのが分かります。男女の間の栄光が分かります。美、愛、信仰があります。神様の栄光があります。自慢はありません。神様を高い位置に置くことです。

ところで國進兄さんはひもの王冠を身に着けていました。銀行の信用枠で作ったものでした。しかし本当に秘密の王冠を被っていたのです。捕食者を狩るときの戦術的なステルスの王冠です。私たちには本当にかっこいいカインのお兄さんがいます。真のお兄さんです。オーシャンチャレンジにも参加されますので、みなさんもぜひ参加してください。

あの美しい人たちを見てください。あの王冠を被った姿を。みなが集まりました。本当に天宙的な行事です。

そこに王の王のローブが置かれました。ウィリアム・ゲイジが最後まで取り組んでいました。ジョンも他の人のために40以上の王冠を作るのに忙しかったのです。スケジュールが完全に埋まっていました。複数の宝石職人がいたことを感謝します。ウィリアムは最後の瞬間までそのために働いていました。最初のところで少し遅れがあったことに気づいたでしょうか。彼は徹夜してまるで乞食のようなぼろぼろの格好で王冠の追い込みをしていたのです。寝てないのかと聞いたらそうだと答えていました。

長いポールがあって、王の王の美しく刺しゅうされたローブと王冠があります。

王冠ですが、時間と予算の都合がありました。銀ですがもちろんいつかプラチナにしないといけません。

衝撃的な場面を見てください。みんなの王冠を。興味深いことに、家庭詐欺連合は簒奪者に魂を売って、ポリティカル・コレクトネスを受け入れて、自分たちは罪を犯していないというふりをして、そして同時にお金を盗もうとしながら、このような恩恵を得られると考えていました。それで何を得るのでしょうか。彼らは恩恵を得ることはありません。彼らが受けるのは呪いだけです。

彼らは奴隷のままです。完全に奴隷です。文字通りの奴隷の城にいるというのに、それで大丈夫だ、あるいはそんなものは存在しないというふりをしようとしています。神様の権威の下で王冠を被ることができると想像することさえできないのです。それは禁止されています。しかし、お父様の権威の下にいる人々は、キリストの共同後継者として、また氏族の王と王妃として正しい位置に立っています。そこに立つ美しい場面を見てください。

それを見て、中にはウォルマートの王冠やイーマートの王冠を身に着けているのを見て、異端たちは笑っているかもしれません。あそこに残っている人たちは、ソシオパスかサイコパスのどちらかです。人口の10パーセントはサイコパスだということが分かっています。完全に共感や思いやりを持っていません。そして心理学者によると30から40パーセントがソシオパスです。つまり、悪人やサイコパスに同調して利益と権力を得るのです。家庭詐欺連合に残っているのは全てそのような人たちです。ある場合は、社交クラブの恩恵・・・ずっとこれまで続けてきて愚かな社会的恩恵を捨てないという場合もあります。あるいは本当にお金を盗もうとしている場合もあります。プロジェクトのためだとかなんとか。「もうついて行けない。自分はお父様に、三大王権に従う」と言っている人たちは、普通の人々、熱心で正直な人々なのです。

家庭詐欺連合はあなたがそのようなことをすれば頭がおかしいと思います。なぜなら彼らがソシオパス的だからです。

普通の人たちです。それでこのような話をします。「文先生が聖和されてその妻がこういうことをしてひどいことだ」「とても苦痛だ」「もうついて行けない」「彼女(韓マザー)は明らかにするなと言われたことをしている」「私はお父様の後継者に従う」そのようなことを普通の人に話せば「それはもっともだ」「理解できる」と言うのです。

それで私たちの話を聞くときに「父が私に相続させましたが母がそれを取ってしまって・・・」などと話せば、「それはひどいことだ」「正しいことをした」と言うのです。全員がそう言います。なぜなら彼らは普通だからです。ソシオパスの略奪者ではないからです。あるいはソシオパス的、サイコパス的略奪者に従う者ではないからです。まじめに働く普通のクリスチャンの人たちです。実際まったく問題なくそれは良いことだと考えるのです。「名誉あることだ」「尊重できる」「正しいことをした」と言うのです。

家庭詐欺連合は私たちにそれについて考えさせたいと思っているかもしれませんが、今回はとても静かにしているので面白いです。ただ衝撃を受けているだけです。

王妃がまだ家庭詐欺連合にいる親戚と話したのですが、本当にばかげたことをでっち上げているのです。「私たちは亨進様のためにやっている」「亨進様のために盗んでいる」「彼のためにやっているのだがそれが分からないのか。感謝すべきだ」「彼のために盗んで信託基金に入れているのだから感謝すべきだ」そうしてそれを自分の子供に与えて、また親せきと同性愛者を甘やかしているのです。それが一番目です。

普通の人にそれを話せば、まったくひどい話だと言うでしょう。しかし彼らの社会的な集まりの中では、それがすべてもっともなことにされます。同類のサイコパス、ソシオパスなのです。「彼のためだ」「そうだそうだ」と。これはばかげた話です。

二番目はこうです。「韓マザーが真のお父様と離婚したかったということを認めるが、そうしたかった理由は、お父様は二人が愛を交わすビデオを作ってYouTubeに流したいと思っていたからだ。だから強硬な態度を取ったのだ」

金曜日にその話を聞いたそうです。その人は牧会者です。彼らは上から文字通りにそのような教育を受けているのです。

そして最後にもう一つあります。「DNAテストをして韓マザーが真のお父様の娘であることが判明した」というのです。それなら私の姉になるので、更にもっと非難すべきだということになります。それで王妃は言いました。全部本当だとしても、もちろん何の証拠もありませんが、まず彼らは離婚したということを認めました。二番目にそのようなことがあったとしても、み言を変え、お父様を消し去ったことを正当化できないと言ったのです。一つも正当化できないのです。

それから王妃は、あなたのことは愛していますが、あなたたちは天使長に洗脳されているのだと話しました。彼らは、急いでトップが一体化しないといけない。どうすべきか言ってくれと言いました。まるで自由意思を持っていないかのようです。それで王妃は、そんなことは許されないと答えました。

自由意思を持っているのですから、人が悪いことをしているときに「いや、私は従わない」と言って決めることができるのです。簡単なことです。ここにいる人はみな、サンクチュアリの人はみなそうしました。

それで友達と会ってこう話すとしたらどうでしょう。「私はずっと文先生に従ってきて、先生が亡くなったときその妻が先生の望みを簒奪し、先生を消し去り、するなと言われたことを全て行い、ただ私腹を肥やすことだけをしましたが、私は良い人間なので彼女に従いました」それはひどい言い訳です。

サイコパスやソシオパスでない普通の人々は、「それはいい考えだ」などとは言わないでしょう。「なんだって?なぜそんなことをしたのか」と言うでしょう。もしかしたら、ビルダーバーグのサイコパスは「よくやった」「我々の悪魔崇拝サークルに招待しよう」と言うかもしれませんが。

「私は迫害され友達をすべて失いました。しかし私は文先生との関係に忠実であろうとしているだけです」「私は先生の息子とその運動を支持することに決めました」「神様が通過させたことだと思うので幸せです」と言うのを普通のクリスチャンの人が聞けば、「尊重する」と言うでしょう。

なぜなら彼らはサイコパスではなく、ソシオパスではなく、狂った人ではなく、普通の人なら何が起きているか理解できるからです。

重要なことは、この王冠を身に着けているすべての人がそれを経験したということです。全員が通過しました。王冠のためにいくらか負担したでしょうが、神様は全ての対価を支払い、私たちは恩恵として受けるのですが、私たちは信仰から踏み出さなければなりませんでした。「神様の約束に同意し、社会的圧力を気にしません」「ポリティカル・コレクトネスを気にしません」「誹謗中傷を気にしません」「私は正しいことをしなければならないと言わなければなりませんでした」「自分の生涯をお父様に従い、最後までついていくと断言します」

しかし、「私はお父様に一生従います。その基盤がすべて盗まれ共産主義の組織に変えられても、私はそれに従います」と言ってはならないのです。

ソシオパスとサイコパスの部類の中ではそれが理に適っていることになります。「なぜそうしないの?」「あなたはなぜそんなに変わり者なの?一体どうしたの?」といったように。

なぜなら彼らはソシオパス的、サイコパス的部類の人たちだからです。権力を手にするなら必ず地上に地獄を作る人たちがいるのです。それはもちろん、彼らの憲法に反映されています。それは文字通り北朝鮮のような独裁制を世界全体に作るものです。

せいぜいそれで頑張ってください。特に本物の天一国が生まれ、本物の王冠と本物の鉄の杖が立ち上がろうとしている中で。

 

つづく
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泥棒と詐欺師の巣 VS 神の正統と名誉と騎士道-10月1日礼拝英語説教(その1)

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2017年10月1日 日曜礼拝

翻訳:BAMBOOS

本当に信じられないような一週間でした。途方もない摂理的な週でした。ついに完成レベルの真の母と真の父母が生まれたのです。飛ばすことのできないことですので少し思い出を振り返ってみましょう。じっくりと話す必要があります。

とてもパワフルなことなので家庭詐欺連合は倒れこんで取り乱しています。彼らにできることは侮辱することだけです。本当の議論ができず、神学的立場も持っておらず、自分たちの行っていることを正当化することもできません。カン(康)先生が最初から真の英雄だと分かっているのです。最初の弟子です。

ジャマールは起訴内容を明らかにするという仕事を大変よくやってくれました。あれでも短縮版なのです。天一国や他の団体に対して犯した150の罪があります。それらをすべての人に明確に示しました。もちろん異端たちは全く反論できません。それらの犯罪は実行され、すでになされたからです。彼らは裕福になれると思い、泥棒と詐欺師の巣から一時的に利益を得ることができると考えて自分自身を売り渡したのです。もちろんそれはうまくいかなかったのであり、歴史的にもうまくいったことはありません。それが理解できていないのです。

不道徳で、低レベルで、権力に擦り寄り、低劣なことをすれば、最後にはうまくいかなくなります。必ず自分のところに帰ってくるのです。なぜなら泥棒の集団の中に身を置いているからです。そうすると、時間が経って必要が生じて有益になるときにはあなたを裏切るようになります。

人は神様を信じる人の中に身を置きたいと思うのです。ですからコミュニティがとても重要です。信徒の集まりがとても重要だというのです。兄弟姉妹の信仰がとても重要なのです。なぜなら私たちには神様の中に身を置く人がおり、最高の権威の中に身を置く人がいるからです。名誉を重んじる人々であり、神様の名のゆえに迫害をうけ、迫害されることを喜んで受け入れる人々です。

そのような人物と文明、尊厳が文明を作ります。詐欺ではなく、簒奪ではなく、嘘ではなく、異端ではありません。それは文明を作るのではなく、文明を破壊します。もちろん彼らはそれを失い、それから相対主義の基準が押し寄せ、サタン的なイメージ、象徴が押し寄せます。そしてフリーセックスの文化が押し寄せるのです。

家庭詐欺連合はまるでデートの場所のようになっています。それでもう何でもして良いというのです。何度も堕落するのと全く堕落しないのが同じだというのです。神様の前の完全な基準を失っています。ですから文明は生まれません。文明を破壊するだけであり、弱体化させるだけです。文明を異教信仰と悪魔崇拝に譲り渡してしまいます。そして性的逸脱もそうです。若者は社会に洗脳されて道徳的指針を持っていません。完全に洗脳された相対主義のカルトのメンバーです。相対主義がカルトだと分かっていません。それが論理的にどれだけ弱いものかも分かっていないのです。

性別についても混乱し、自分は同性愛者だと考えるのですが、そういったことは全て摂理的意義がないためです。彼らは堕落し、サタンの社会に加わっています。他の人と違いがありません、堕落しているのです。そしてもちろんそれに気づきません。なぜなら堕落などあきれたことだ、あはは、と笑っているからです。本当に惨めです。

しかし、地上には行く場所があります。40カ国以上の国の100カ所以上がお父様の権威、キリストの権威の下にあり、伝統と文化と文明を守っています。そして私たちはもちろん発展し、もちろん拡大し、もちろん祝福を受けるのです。なぜなら私たちは正統であり、名誉を重んじるからです。異端たちは私たちを攻撃しますが、どんな言葉も気にしません。私たちが気にするのは神様が語られたことであり、お父様が語られたことです。そのような基盤の上に文明が築かれるのです。先週素晴らしかったのはそういうことなのです。いくつかその写真を見ましょう。ゆっくり時間を取っていきましょう。大きな天宙的イベントが行われたのです。ちょっと待って。速すぎます。戻してください。王冠を忍者の手裏剣にして投げますよ(笑)。

素晴らしい介添人です。本当にパワフルな場面がありましたが、皆さん家に帰ってビデオを見ましたか。だめですね。帰ったらビデオを見てください。聖なる王冠が信じられないほど素晴らしいです。ウォルマートの50ドルの王冠を見て笑われるかもしれません。300ドルの人もいます。しかしすぐに王冠はより良いものになるでしょう。金メッキした本物の銀の王冠をしていたグループもいました。これによってあなたの家族や子供に王権の重要性、血統、伝統、遺産の重要性を教えるのです。それが私たちの由来です。ところでみなさんの王冠は全て一人の非常に重要な方に端を発しています。その方はメシヤ、王の王、アルファ・オメガなどと呼ばれました。すべてがその王権に遡るのです。

ですからその王冠を誰にも取られてはいけません。聖書に「あなたの冠がだれにも奪われないように」と書いてあるのがそれです。神様があなたに与えたものですから愚か者に取られないようにしてください。継続していけば、だんだんもっと尊いものに、パワフルなものになっていくでしょう。

韓国のメンバーに注意したのですが、王の王の文化を守らなければならないのです。さもなければ、子供が貪欲で自己中心的になって、文字通り保険金をもらうために夜中にあなたの寝首を?くようになるでしょう。ですから、子供たちに平和警察平和軍の訓練を受けさせる必要があります。動物を捕まえて生殺与奪の力について学ぶ必要があります。お父様がなぜ子供たちを訓練するスポーツとして狩猟と魚釣り、そして激しい武術、射撃がお好きだったかについて話したことを覚えているでしょうか。生命を奪うスポーツは魚釣りと狩猟だけなのです。実際に何かを殺さなければなりません。これは生死を主管する練習なのです。創造主、神様はそれを持っています。神様は生命を与え奪うのだと聖書にはあります。

お父様が与えられたそのような技を実践するとき、それはベア・グリルス(訳注:サバイバル冒険家)のようにただアウトドア活動をするというようなことではなく、お父様の文化と教育に参加しようとしているのです。その教育というのは世界を主管し、宇宙を主管し、神様の似姿として主管する方法を学ぶということです。それを行うとき生命を奪う方法を学ばなければならないのです。そうしなければ神様の力の中にないのです。

その動物を捕まえて血が流れ出るのを見るのです。そして生命を奪ったのだということを確認します。それには途方もない責任と倫理、感謝の気持ちが伴うのです。あなたは成熟していなければなりません。神様はもう生殺与奪の力についてあなたを信頼するようになります。もう成熟したということであなたを信頼するのです。赤ん坊ではないのです。お父様が私たちに与えたアウトドアの訓練は、このような教育なのです。それによって生死に直面しそれを主管せざるを得なくなります。殺したことのない人は生死に対する主管ができていないということです。まだ怖いと思っています。

なぜ天使長はこのようなことに参加させたくないと思っているか分かるでしょうか。なぜなら鹿の皮の剥がし方を学ぶとき、わなを仕掛けて動物を捕まえるとき、高レベルのハンターや漁師は楽しむために殺すのではないからです。殺すこと自体が狩ることではないのだということを学ぶのです。それは狩りの一部にすぎません。しかし、暴君となるのは動物を殺さない人々や、道徳的に殺す訓練、道徳的に生死の主管をしない人々だということを誰も悟っていません。歴史を見ればカエサルや中国の皇帝のような暴君、ものすごい暴君になった人は、若いときに動物を虐待しており、「殺すために殺す」ことを好んでいたのです。

しかし、狩猟をして肉の処理をするというのは、殺すためにやっているということではありません。家族に食べさせるため、その方法を学び、もっと自立する方法を学ぶためです。もっと大きな使命と目的があります。そして他の高レベルな成熟した道徳的な人といっしょに学んでいるのです。クリスチャンの道徳と信仰を持つ人たちです。明らかにそれが最善です。

生死と主権を背景にしてそれを理解するとき、そのような訓練は非常に重要です。そのようなエピジェネティクスを解放することがとても重要なのです。私たちは人間が何千年もの間そのようなエピジェネティクスを解放してきたということを知っています。それは通過儀礼と呼ばれるものです。若者は熊やライオン、セイバートゥースタイガーを捕まえなければなりませんでした。その通過儀礼の中でそのようにして生死に対する主管性を持つ方法を学ぶようになります。それによって本当に生命を守ることができるようになり、憎しみから死を招くことがなくなり、あちらこちらで暴れまわることはなくなります。なぜならそれはもうやったことだと分かるからです。人間にはやりたくないと分かるからです。

皮肉なことに道徳的に生死を主管すること、スポーツの中で殺すことを通してまず学ぶことが、ただ殺すのを楽しむのではないということなのです。しかし、また同時にもっと大きな背景に気がつきます。スーパーでステーキを手に取る甘えん坊ではありません。動物は自分のために、食料となるために死ななければならなかったのだと理解するのです。それはとても重要なことです。なぜかと言えば、そのような市民は強いからです。殺したことがあるので殺したいと思いません。狩猟シーズンには毎回殺しているのです。それがどんなことか分かっています。人間に対してやればどうなるか容易に推定することができるのです。やりたくないと思います。自分の命を失うのがどれほど簡単なことか、死ぬのがどれほど簡単なことかということが現実として分かるのです。

子供たち、若い人は良く分かっていないので、自分たちは無敵だと思っています。AR15でホローポイント.223を一発撃ったら死ぬということを理解していません。一発で死にます。愚かなビデオゲームでハイスコアを取れるのか知りませんが、君は死ぬのです。若者は錯覚した世界にいます。エンターテインメントやビデオゲームばかりで、生死に直面することがありません。魚釣りだと動物は哺乳類的でなくなり、逃げだせると思うこともあるでしょうが、鹿のようなものの皮をはぐなら、赤い血と筋肉があります。魚のような白いものではありません。人間の体の構造とは非常に異なっているようですが、実際動物は人間と似ています。

生死を主管することはとても重要です。その理由は次世代の子供に道徳的に殺す方法を教えるからです。王冠を得るために人を殺し、宝石の付いた金の王冠を盗むために眠っている親を殺す暴君にならないようにするためです。なぜなら殺すことがどれほど残酷なことかを学んだからです。それが楽しいことではないということを学ぶのです。死んだらもう生き返らないということを学ぶからです。結果がどうなるか学ぶからです。

自分たちはいつでも死ぬ可能性があるのだと学ぶので、生命の尊さが分かるのです。動物が最後の息をするとき、自分が死ぬ時もそうなるのだと気づくのです。

皮肉なことですが、学びの適切な環境で生死に対する主管性を持つ道徳的な人と一緒に何かを殺すとき、もっと生命に対して感謝するようになります。そうしてそれが反映されて「自分もいつかあのように死ぬのだ」「自分も死体になるのだ」と言うようになります。

無敵ではないのですから若者がそれに向き合うことは重要なことです。殺すのは簡単なのです。我々と訓練をすれば人を殺すことがどれ程簡単なことか分かるようになります。

私が素手で訓練していない人を殺すのは難しいことではないと言うから、自慢していると思ったでしょうが、人はそれが分かっていません。生命に感謝していないのです。なぜなら正しい道を進んだことがないので、自分が強いことを証明しようとします。骸骨やペンタグラムを身に着けて。強い人のふりをするクズのような人です。楽しんでいるようなふりをします。

映画の中で全員が死ぬと「イェーイ。かっこいい」などという子供がいます。それは偽物だ。役立たず!誰も殺すことのないビデオゲームの世界に住んでいるのです。

名誉と騎士道の雰囲気の中で「この動物は我々ために命を捧げた」と言ってくれるような人々に囲まれて学ぶのです。「君もそのように死ぬのだ」と。

このようなことを理解すれば原理が分かるようになります。このような地球のものは永遠ではないということです。いつか地面で死んで冷たい死体になるのだと。誰かに腹を切られたら豚のように腸が飛び出すのであり、それが自分なのだと。ナイフや銃で人にふざけたことをしてはいけないのだと学ぶのです。

つづく
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