「恩寵を相続する王国」 英語説教6月11日から(その2)

Kingdom Grace Inheritance June 11 2017 Rev. Hyung Jin Moon Unification Sanctuary Newfoundland PA on Vimeo (2)

「恩寵を相続する王国」Kingdom Grace Inheritance 6月11日【英語説教日本語訳】

頭のおかしなリベラルたちは、カトリック教会と同じで、イエス様を弱々しくローブをまとってふらふらしている人物に描きたいのです。修正主義者だというのです。イエス様は自分でムチをつくって、それをもって、神殿で両替商人たちを打ちすえたのです。計画的行為だということです。攻撃することを思い立って、そのための武器をつくり、それを手に持ち、悪党たちを神殿から追い出したのです。しかもイエス様の攻撃は非常に巧みだったのです。

人々は、まむしの血を受け継ぐもの、白く塗られた墓です。そして父親はサタンです。
イエス様は悪に対しては、手厳しい、上品ではないのです。愚かなリベラルが勝手に作り上げたいイエス様ではありません。彼らは自分たちを上品に見せますが、反対する者には地球上で最も寛容でない者たちです。
彼らの中央権力に反対でもしようものなら、中央による教育、これに反対しようものなら間違いなく監獄行です。危険人物です。国とは別に銃をもつなどと。それは絶対に駄目だ。

全体主義的性質がむきだしになります。だからイエス様を弱々しく歩き回る人間に仕立て上げるのです。小声でキーキーつぶやく人に。イエス様は当事者、主役だというのです。イエス様こそ一家の頭(かしら)なのです。冗談はやめなさい、この愚かで頭のおかしい者たち!あまりに哀れです。

聖句を見ると、

「あなたがたのことをいつも神に感謝せずにはいられません」テサロニケ第2:1章3

これは「絶え間ない感謝(constant Thanks giving)」と呼ばれるものです。神様に常に感謝をささげるのです。私たちは必ずしもそうしていません。神様は私たちの貴重な、名誉ある人々の中に置かれました。何という大きな祝福でしょうか。それは必ずしもわれわれの人格が優れていることを意味しません。ただ貴重な人々とともにいること。これが大きな恵みだというのです。強盗の巣の中にはいないのです。世界中の笑いものになっても意に介さず、神様を愛し続ける。それが素晴らしいのです。それこそ神の国の真の宝です。見せかけだけは仲良くやっているフェイク(偽りの)学術の世界にはもううんざりです。裏では憎しみあっているのです。アイビーリーグや超名門校によくあることです。マルクス主義者が運営しているのです。小学校から大学まで、すべてです。支配しようとする者たち。子供たちを洗脳して国を信仰させようとしているのです。哀れとしか言いようがない。

哀れなあなた方にイエス様は見えない。
そのような人々、そのような天使長的人々には。
イエス様は一家の頭(かしら)なのです。

キリストはこの天宙の頭(かしら)です。だからキリストがボスを決めるのです。だから全体主義者は嫌うのです。天使長は嫌うのです。「一体どうして神はアダムとエバに、生育せよ、殖えよ、万物を従えよ…などといわれたのか」といって。従えよ(dominion)とは、菜園でも造るということですか。そこでトマトなどを作ることですか。弱々しくなれ、攻撃されても無抵抗で受け止めろという思想にかぶれることですか。

それは馬鹿げたことです。サタンの神学です。そのサタンの政治システムも、そう信じ込ませるのです。他人を傷つけない、善良で道徳的な人々は、侵略者から人々を守ります、それが自然な本能だからです。他の善良な人が、危害を受けると黙っていません。罪のない人々を守り、寡婦を守り、子供を守ろうとするのです。黙って子供たちが小児性愛者に売られていくのを見ていないというのです。

トランプはこれまで1万人の小児性愛者を逮捕しました。アメリカだけでその数が1万を超えたのです。信じられません。だからワシントンDCで大騒ぎです。小児性愛者のコミュニティはワシントンDCにまでつながるからです。彼らはパニックです!
ウィナーやヒラリー・クリントン、ポデスタ兄弟、ビル・クリントン、ジャック・エプスタイン、皆正体が明らかになりました。

司法、検察もトランプによって強化されました。ゴーサインを出したのです。そのバケモノたちを追っています。だから彼らはトランプを亡き者にしたいのです。暗殺したいのです。内戦をすぐにでも起こしたいのです。シャリア法に基づき暴動がシアトルでも、フィラデルフィアでも激しいのです。神様はアメリカで許しませんでしたが他の国で、昨日、おとといと起こっています。暴力、逮捕、ペッパー・スプレー、大騒ぎです。

とんでもない時だということです。文字通り世界を牛耳るサタンの群れが、全世界の人々の目の前で内部爆発を起こしているのです。驚くべき時代です。

常に神様に感謝するのです。神様は良きお方です。キリストの名のゆえに、世間の非難と嘲笑、あざけりにも動じることなく、富と快楽と世間に受け入れられることを優先させてこなかった人には真の見返りがあるのです。

正義があります。聖句は何と言っていますか。
神の判定は正しく、神は正しいことを行われます。神様の正義の中に、善と悪の分立が起こるのです。聖句の前半で、神の人が互いに慰めあいなさい、といっています。それによって信仰は成長し、神の知識を得ることで信仰は育つのです。ペテロ第一、3章8節です。天一宮の池のそばの石に刻んでいます。

救い主、キリストの恩寵と知識において成長しなさい。神がどのようなお方であるのか知りなさい。父を知りなさい。再臨主を知りなさい。

自分勝手に心でイメージを作り上げてはいけません。自分の都合のいいように曲げてはいけません。あなた自身をキリストに合わせるのです。決して簡単ではないかもしれません。迫害され、あざけられるでしょう。しかし、最後の最後には正当化されるでしょう。名誉と美徳があります。あなたを超えて血統とともに継続するのです。名誉と正義と徳。それはそれは貴重です。この世の金、銀を超えるものです。

あなたがたの信仰が大いに成長し、お互いに対する一人一人の愛が、あなたがたすべての間で豊かになっているからです。

これはテサロニケや他の教会で喧嘩や争いがなかったことを意味するのでしょうか。そんなことはありません。喧嘩も争いもありました。殺し合いはしませんでしたが。

家庭詐欺連合では、韓国の老幹部、日本人指導者グループが殺し合いでもやりかねません。、ウェスタンの指導者たち、権力をめぐって競争です。文字通りの殺し合い。互いに消してしまいたいのです。ところが表面上は、そぶりも見せません。平和を愛するふりをして。もはやショーです。組織内にいたものは皆知っているのです。公にはイメージ作りのために、いい雰囲気をつくりだしていますが、PC(ポリティカル・コレクト)のイメージです。現実ではありません。サンクチュアリ人も喧嘩します。それはそれでいいのです。ただ殺し合いはしないで下さい。兄弟姉妹の意見が違えば喧嘩します。殺し合わなければいい。物理的に傷つけあっては駄目です。それが指針です。

わたしたちは事実を隠しません。なぜなら人間は時に意見を異にするからです。しかし基本において我々は意見は同じです。あの人は嫌い、この人は気に入らない・・・なんであれ構いません。

「キリストとともに立ち、迫害され嘲られてもともに行く」これに異を唱える人はいないでしょう。われわれはこれには反対しないのです。(天一国)文明の核心部分です。天一国憲法にも反対しないでしょう。核心だからです。天一国の法です。お父様の三代王権にも賛同するのです。お父様はどういうお方か。ここにも同意します。様々な人間と性格があって色々なことがあります。お父様の代身者としては「次は何ですか?」というのみです。解決しましょう。はい、次の方どうぞ。

大したことではないというのです。

自由が大きくなれば、ますます神様を知ることができます。関係性です。お父様をもって知るとき信仰はより成長します。お父様像を歪めず、創作せずに。そのままのお父様を受け入れるのです。そのままのお父様を愛するのです。これを韓オモニにはできなかったのです。お父様をそのまま愛することができずに、かえって自分の幻想の世界、韓国ドラマの中の姿を求めました。そうしてきたのです。そしてバビロンの淫婦になりました。お父様を裏切って、背中から刺したのです。世界の目の前で。もう人々も自分の目で見ることができます。自分の口で語っているというのです。関係です。自分の都合でお父様を捻じ曲げないで、お父様に合わせて自分を曲げるのです。なぜなら、お父様が中心だからです。

サンクチュアリのコミュニティの中にいろいろな人がいて、意見が合わない時もあるでしょう。しかし根本には大きな愛がるということです。サンクチュアリのすべての人々のこれまでの個人個人が行ってきたことに対して、世間から疎んじられ嘲られてきたことに。友人もすべて失って・・・・。共通の敬意を払うべきです。誰もできない時に難しい選択をしたのです。たとえ目に見えなくても、根底に愛があります。根源的な敬意です。根本的な感謝です。

これはパウロがテサロニケの人人に向けて語った内容です。

わたしたち自身、あなたがたが今、受けているありとあらゆる迫害と苦難の中で、忍耐と信仰を示していることを、神の諸教会の間で誇りに思っています。

裁きにも耐え、神様の判定は正しい。

勇敢な戦士は最後に賞揚されなくとも、神様が称賛してくださるでしょう。これまで常に2級市民の立場でした。韓国幹部たちの奴隷でした。阿呆な指導者の。しかし神様は御存じです。あなたの先祖、あなたの性格をご存知です。神様があなたを選んだのです、神様があなたが持っているものを知っておられたからです。後から来る人たちはずっと楽に来れるでしょう。受ける憎しみも第一波によって軽減されるからです。しかしその第一波、3%の人々によって独立革命にアメリカは勝利しました。重荷を背負い、戦争を戦ったのです。その後アメリカで暮らす者たちは、少なくとも200年間、大きな自由と主権の中で暮らすことができました。建国の父は、選ばれた少数です。すべてをかけたのです。同じような歴史があらわれたのです。天一国の先祖がいま自由と責任と権威の中で生きています。それに相応しいからではありません。ひとえに神様の恩寵の故です。キリストの勝利の故に、万王の王、キリストの勝利の故に得たのです。天国は現れます。これらの人々が忘れられることはないでしょう。

 

翻訳:管理人
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「一体誰が創設者の意を体現しているのか。彼らは完全に破壊されるでしょう」英語説教6月11日から(その1)

Kingdom Grace Inheritance   June 11  2017   Rev. Hyung Jin Moon   Unification Sanctuary  Newfoundland PA on Vimeo (2).png

「恩寵を相続する王国」Kingdom Grace Inheritance 6月11日【英語説教日本語訳】

天国の善き人びと。虐げられても、嘲られても、サタン主義者によるポリティカル・コレクトにも屈しはしません。罪悪感をもたせて、主権を放棄させようとするのです。サタン主義者の足台にしよう、支配しようと欲しているのです。それは地上の地獄、地獄の王国に他なりません。

Kingdom Grace Inheritance   June 11  2017   Rev. Hyung Jin Moon   Unification Sanctuary  Newfoundland PA on Vimeo (1).png

この写真のいいところは、あらゆる議論を最前列に呼び込むことです。家庭連合も郭グループも、再臨主、お父様を都合のいいように描きます。お父様がどのような文明を目指すのか、どのような天国をつくろうとされたのか。まるでお父様が国連職員であるかのように描いています。あるいは、ヒラリー・クリントン政権の政治顧問か何かであるかのように。いい加減にしろというのです。

まったく大笑いです。彼らや彼らのブレイン・デッドの子供たちが何やらあれこれ言っているのです。阿呆な子供たち、親は公職者でサラリ-をもらって。もうお父様を信じてもいないくせして。給料のために愚かにも争っているのです。それが彼らの偽らざる姿です。「ああ、なんてことを‥御父様ならそんなことは・・・」。愚か者だというのです。アボジは私の実の父なのです。愚かものたち。信じられないくらい愚かな者たちです。

私の父であるだけではなく、私は相続者、後継者なのです。私が自分でそうなりたいと言ったのではありません。多くの者たちのように「自称」後継者ではありません。討論が始まれば明らかになるでしょう。お父様がなぜ銃器事業を始めることが重要であったか、み言も出てくるでしょう。韓国でも最初に始められた事業でした。最終的には韓国でバルカン砲まで製造しました。仮に軍事衝突が勃発すれば、それで共産主義者の「再統一」に対抗できるでしょう。共産主義者の「統一」を目指しているのです。全国民を統一して支配下に置くためです。彼らにとってはそれが「統一」の意味です。それが韓国で進行中です。文在寅はミサイル防衛システム、THAADをストップしようとしています。狂気の沙汰です。

この写真をあげるやいなや、ミクロ-マクロです、今週の大ニュースは、チェコ共和国での出来事でした。チェコ共和国では全体主義EUの反対にもかかわらず、銃所持の権利が認められました。「われわれ市民の銃所持の権利にEUが反対することを許さない!」といったのです。チェコの大統領が公の場で、「国民全員が武装することを支持する」と発言しました。チェコはドイツのすぐ隣の国です。

この写真が出るやいなや世界で、旋風が起きたのです。ミクロの銃所持が、マクロ(世界)で大嵐を呼んだのです。今EUの国家間で闘っています。彼らはEUがヨーロッパのソビエトだと悟ったのです。EUは、一時言われていたようなユートピアではなく、ソビエト型の選挙で選ばれていない官僚による支配が行われているのです。人の人生に口をはさみ、国々を規制しようとしています。あなたの町が他の国からあれこれと規制されるのです。まったく気違い沙汰です。ヨーロッパの人々も気づき始めたのです。移民危機で地域社会が破壊されようとしているのです。経済難民によって。まさにヨーロッパ文明を内部から破壊しようとしているのです。最も急進的なスウェーデンはいまや強姦のメッカになっています。子となる文明をせっせと受け入れたからです。中東、北アフリカの人々が流入すると、ヨーロッパを維持することができません。

EUが崩壊し始めました。1千万のひとびとがEUのクソッタレ、お前たちの銃規制など従いなどするものか。1千万人です。壮観です!ポーランドやハンガリーもこれに続くでしょう。人々は目覚め始めています。自分を守ることができなければなりません。それは人権です。成長する樹でさえ自分を守ります。ちいさな植物ですら自分を守ります。自分個人を守れなくてどうしますか。それは自然権です。自分を守れないものは人ではありません。悪から自分を守ることは神の国では絶対的中心です。絶対の礎石だというのです。

また先週、リチャード・パンザーたち一行がベルギーに行った時、大きく家庭詐欺連合と郭グループの欺瞞を暴きました。徹底的に家庭連合と郭グループを粉砕しました。その異端の神学を。すると今週何が起きたか。ヒラリー・クリントンとその一味が、コーミー(前FBI長官)の議会証言によって大変なことになっています。彼の自爆です。コーミーは自分の偽証を認めたのです。以前は、「圧力は受けていない」といっておきながら、「圧力があった」と証言したのです。オバマ政権当時の司法長官ロレッタ・リンチから圧力を受けたと。リンチがやって来て捜査は辞めろと。コーミーの偽証が明らかになりました。宣誓証言です。クリントンがFBIの捜査に介入したと認めたのです。捜査をやめさせ、ヒラリーが3万の法律を破ったスキャンダルです。e-mailのリーク。コーミーは今回の件をもって自分が臆病者であることも世間に晒しました。腐敗に対して立ち上がり真実を語らなかったのです。それに加えて、トランプとの私的な会話の内容をリークしました。これは連邦法違反です。
コーミーは、法を破り、臆病者であると認め、犯罪者である自分をさらけ出しました。ロレッタ・リンチとヒラリー・クリントン、そしてオバマ政権の犯罪も。これでロシア・ゲートも終了です。トランプが完全に正当化されました。とてつもなく大きな自由の勝利です。彼らは自滅しました。すべて嘘です。権力を守るためには嘘のつき放題です。少しでも権力を長引かせようと嘘に嘘を塗り重ねるのです。自分の組織が揺れ始まると・・・内部の人間はいかさまに満ちていることを知っているのです。嘘がどんどん大きくなるのです。家庭詐欺連合も郭グループも同様です。もうお金がないのです。お金を払って人をつなぎとめているからです。ヒラリー・クリントンと同じです。オバマと同じです。すべてが白日の下になってきています。FBI長官ですよ!FBIのトップです。地上でも最高峰の権力者です。哀れにも自爆し、過去の政権の犯罪行為も明らかになりました。ミクロとマクロの関連です。
公開討論会です。世界中の大学教授たち、大歓迎です。家庭詐欺連合の異端的神学を検討するのです。世界の学術界の前でやろうではないですか。郭グループも、異端の教説をもって参加しなさい。一体誰が創設者の意を体現しているのか。彼らは完全に破壊されるでしょう。嘘の上に論を組み立てることはできないのです。マクロ(世界)も同じです。
次から次へと勃発です。ミクロとマクロの連関性は即座に現れるのです。シャリア法にしてもそうです。

今度は8月ですか、10月ですか。若者も参加しなさい。場所はワシントンDCですね。終わりの日の摂理の進み方の速さには驚くばかりです。光速のような速さです。9月23日に向けて光速で進みます。天の印があらわれる日でした。黙示録にある通り、女が太陽をまとい、12の星の王冠をかぶり・・・9月23日です。NASAのページから何回もお見せしました。

全く信じられないことが目の前で起こっています。神様が大きな恵みを与えて下さったので、摂理の中を進んでいくことができます。ペンシルバニアを文字通り摂理の中心におかれました。この州が、この州の北東部が世界の大統領ドナルド・トランプを決定したのです。ここが、勝敗のカギを握っていたのです。ここが激戦地だったのです。最後の鍵です。ペンシルバニア州全体というよりもその北東部です。もちろんお父様が私たちをここに送られたのには理由があります。地域に対する私たちの影響力を即座に高めて下さいました。そして神様が働かれました。信じられません!

この地域の有力者はトランプに票を入れるような人たちではないのです。そこに(エリック)トランプがトミーガン・ショップ(KAHR)に来て、2時間以上かれらと話をしました。その後われわれが会ったら、彼らは「トランプに入れる」と言い出したのです。全く驚くべき話です。神様の役事をみました。興奮すると同時に恐ろしいのです。嵐の真っ只中にいるかのようです。

このように真実があらわれ、家庭詐欺連合や郭グループの嘘を排して、真のお父様が顕現されました。略奪とクーデター、裏切り行為を正当化するようにお父様を書き換えたのです。将来、間違いなく裁かれ、罰せられることでしょう。そういうこともありながら、私たちは加速度的に、神の国に向かって進んでいます。神の王国が、どのようなものであり、自由と責任の王国がどのようなものになるのか。前進するたびに、どんどんはっきりして来るでしょう。われわれは神の恩寵の中にいます。摂理を導かれるお父様の恩寵の中にいるのです。ワクワクする時代です。

さて先週の続きですが、「恩寵を相続する王国」です。テサロニケ第2の手紙から読みましょう。先週はテサロニケ第一を読みました。今週は第2の手紙に入ります。先週の話に関係します。読みましょう。1章の第3節から第12節まで、一緒に読みましょう。
 
テサロニケ第2の手紙
1章3節から12節
 
01:03兄弟たち、あなたがたのことをいつも神に感謝せずにはいられません。また、そうするのが当然です。あなたがたの信仰が大いに成長し、お互いに対する一人一人の愛が、あなたがたすべての間で豊かになっているからです。 01:04それで、わたしたち自身、あなたがたが今、受けているありとあらゆる迫害と苦難の中で、忍耐と信仰を示していることを、神の諸教会の間で誇りに思っています。 01:05これは、あなたがたを神の国にふさわしい者とする、神の判定が正しいという証拠です。あなたがたも、神の国のために苦しみを受けているのです。 01:06神は正しいことを行われます。あなたがたを苦しめている者には、苦しみをもって報い、 01:07また、苦しみを受けているあなたがたには、わたしたちと共に休息をもって報いてくださるのです。主イエスが力強い天使たちを率いて天から来られるとき、神はこの報いを実現なさいます。 01:08主イエスは、燃え盛る火の中を来られます。そして神を認めない者や、わたしたちの主イエスの福音に聞き従わない者に、罰をお与えになります。 01:09彼らは、主の面前から退けられ、その栄光に輝く力から切り離されて、永遠の破滅という刑罰を受けるでしょう。 01:10かの日、主が来られるとき、主は御自分の聖なる者たちの間であがめられ、また、すべて信じる者たちの間でほめたたえられるのです。それは、あなたがたがわたしたちのもたらした証しを信じたからです。 01:11このことのためにも、いつもあなたがたのために祈っています。どうか、わたしたちの神が、あなたがたを招きにふさわしいものとしてくださり、また、その御力で、善を求めるあらゆる願いと信仰の働きを成就させてくださるように。 01:12それは、わたしたちの神と主イエス・キリストの恵みによって、わたしたちの主イエスの名があなたがたの間であがめられ、あなたがたも主によって誉れを受けるようになるためです。

翻訳:管理人
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「神氏族メシヤ即位式」の名称について

 
日本サンクチュアリ協会HPより

亨進二代王様の御指示により、日本でも「神氏族メシヤ即位式」を行うようになりました。
 
これに当たり、何名かのメンバーより「氏族メシヤ」ではなく「氏族メシヤ」ではないかとの問い合わせをいただきました。真のお父様の御聖和後の2014年11月19日付けの(統一教会の)公文によってこの変更が発表された故の混乱だろうと考えます。
 
2007年の春、真のお父様は全世界200カ国で「天宙平和神文明開闢宣布大会」を持たれました。
 
その中で「環太平洋圏に安定と平和が定着するとき、人類の平和も保障されるでしょう。怒濤のごとく押し寄せてくる周辺の強大国の途方もない津波を、単独では阻止することができません。環太平洋圏のすべての島嶼国が一つに団結し、神様が願う神文明圏の祖国を創建しなければならない時が来ました。」と語られ、天宙平和を神様の祖国創建として実現して欲しいと願われました。

 
これらの大会の中で、真のお父様に「新氏族メシヤも神氏族メシヤですか」という質問があり、お父様がそれに対して「そうだ」と仰ったことを江利川会長が直接聞かれています。このような経緯から、「神氏族メシヤ」が正しいことをここにお知らせいたします。 (2017/6/12)

 
 
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韓オモニは「鳩を裂く」ことに失敗しました。孝進兄、興進兄について-5月26日亨進様ヨナ様質疑応答から(その2)

(質問者)
三代王権について質問します。三代王権はどの時点で完成すると考えることができますか。
三代目の王が王位にある間ですか、それとも三代王が聖和されて四代目に継がれる時ですか。なにか、明瞭な境目があるのでしょうか。

(二代王)
この問題は韓オモニの過ちという観点からお話ししてきました。韓オモニの失敗の結果、真の父母の使命は、三代に延長されて完成されることになったのです。真の父母の完成は三代王権を介して果たされるのです。イスラエル民族を立てるという約束はアブラハムに与えられましたが、それはイサク、ヤコブまで待たなければなりませんでした。その後、実際に民族が立てられました。

約束は事前に与えられているのです。お父様はアダムとしての責任を完全に果たしました。ところが韓オモニは「鳩を裂く」ことをしませんでした。その結果、摂理は、イサク、ヤコブの世代まで延長されることになったのです。われわれはイサクの世代です。すなわち、鳩を裂かなかったために、荒い鳥が舞い降り、すべての捧げものを奪っていったのです。それと同様に韓オモニが、自分自身を裂かなかった結果-サタンから自分を切り離して、お父様の血統と王権の前に屈服することができなかった結果、オモニはサタンに奪われたのです。お父様の遺産も、サタンに奪われることになったのです。

イサク世代の者たちは、だから祭壇に上がって、失ったものを取り戻すために犠牲になる覚悟をもたなければなりません。三代王の継承が、失ったすべてを取り戻すときになるでしょう。三代王の治世の開始するとき、王妃(ヨナニム)は、かつてここで象徴的に捧げた祈祷を、実践しなければなりません。今王妃は、様々な訓練を通してその日のための準備をしているのです。最後の欠けたピースを王妃が埋めるとき、真の母の使命が成就するのです。実際の真の母、真の王妃。自己愛(ナルシシズム)を断ち、支配と権力への欲求に勝ち、それらすべてを投げ捨て、万王の王の願いに栄光を返すのです。たとえ地上に居られなくとも。

オモニは自分の信仰と力で、お父様がおられなくても、一人で超えなければならない試練でした。それに失敗したのです。

三代王が王位に就くとき、われらの王妃は全人類の真の母となること、これを確信しています。真の王妃になるでしょう。

(質問者)
もう一つ伺います。孝進ニムと興進ニムは今、霊界に居られます。お二人は真の父母様の孝子として聖和されました。お二人はどうなるのでしょうか、何かお二人との思い出はありますか?

(二代王)
興進兄さんは・・・何歳年上だったでしょうか、おそらく20は年長だったと思います。いや、15~18才年上でしょうか。だから世代が異なるのです。しかし私が本当に幼い時、興進兄さんがいつもそばに来て、沢山私の写真を撮ったり世話をしてくれたことを覚えています。赤ん坊の頃の私は可愛かったのだと思います。だから興進兄さんが取った赤ん坊の頃の写真が山のようにあるのです。何か、ジープに乗っていたことを覚えています。でも、はっきりとは興進兄さんのことを覚えていません。国進兄さんは沢山、思い出があるでしょう。ある時、サイコロを興進兄さんに投げつけて、こっぴどく殴られたことがあります。いつでも、人物には表に出ない面もあるのです。家庭連合は、どうにかして神格化させたいようですが、兄さんも一人の若者です。いたずら好きで、弟たちを時には痛めつける・・・。

孝進兄さんのこともよく覚えていません。多くの問題を抱えていましたが、お父様に対して、忠孝の人でした。それは皆が、確実に知っていることです。しかし二人を神格化するのは間違いです。何か月前の質問と同じです。そこで、オモニの母親について、あるいはお父様の、両親について質問されました。そのような人々を神格化しないようにしなければなりません。キリストが中心であり、頭(かしら)なのです。お父様の位置はわれわれの信仰にとって、唯一のものなのです。それを理解することが本当に大切です。

孝進兄さん、興進兄さん、二人とも、個人的な問題は別にして、お父様に対して本当に忠実な兄たちでした。お父様への愛は本物でしたし、お父様に悪意を抱くことは決してありませんでした。しかし、神格化しないように注意しなければなりません。多神教の真似をして二人をパンテオン(神殿)に祭ってはいけないのです。地上にお父様の生ける代身者がいて、天上に万王の王がいるのですから。
 
 
翻訳:管理人 
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み言を訓読していれば、王国も王権も必要ないのか?-5月26日亨進様ヨナ様質疑応答から

2017年5月26日の王と王妃の質疑応答の中で、ある質問者が以下の主旨の質問をしました。

「 私がサンクチュアリに来るきっかけを、次男が作ってくれたが、今彼は『お父様のみ言の中に六世代を過ぎれば完成した人間になるというものがあり、お父様のみ言を信じていればいい』と主張している。このように韓お母様の間違いを理解していながら、よりどころなく放浪する人達に向けて一言お願いします」

この質問に対する亨進様、ヨナ様の回答です。

King and Queen’s Q A   May 26  2017   Unification Sanctuary  Newfoundland PA on Vimeo.png

知らなければならないことは、摂理には中心人物がいるということです。
そこを通して摂理は進みます。一般に人は自分が「中心人物」だと思い込んでいます、そうでないにもかかわらず。分かりますか。
それは偶像崇拝と同じです。自分が中心だというのです。自分さえ完成すれば、神様の王権も王国も、メシアも神様も必要ないという。

そうすると神様の祝福から遠ざかるのです。それも自分の選択です。息子さんがどういう意味で言ったのか私は詳しくは知りませんから、ここで問題をはっきりさせました。

韓オモニは、摂理において他の女性と異なっています。摂理において中心的役割を担っていたのです。原理もそう教えています。中心人物がもし失敗すると、世界に壊滅的な結果をもたらします。なぜなら中心的位置に選ばれているからです。

だからただ「あなたも完成できる」という聖句に固執して、自分も中心人物だなどと考えるなら…実際そう考えている人もいるのです。それは愚かな考えであり、天使長的です。中心摂理から離れるからです。そこではあなたが中心ではありません。

中心摂理は、真のお父様と、その王統を通してもたらされる実体の王国です。ここが理解できないところがキリスト教世界観が分からない人々の問題です。多くの日本人食口、キリスト教の背景をもたないアジアの食口の陥るところです。キリストの中心性を重んじなければなりません。キリストなしでは、価値なき者にすぎません。汚れたボロ切れであり、神様の前のただの罪人に過ぎません。たとえ完璧に善行を行ったとしても、仏教の瞑想、神道の祈りを続けても、ただ「人間的完璧に近い」というだけです。マザーテレサの10倍、善行を積んだとしても、神様の前では汚れた罪深い存在にすぎないのです。自己崇拝するとき、自己中心の思いに満ち、嘘をつき、神の栄光を奪っているからです。父の栄光を自分のものにしているのです。大きな罪人です。パリサイ人の問題は、他の宗教者もそうですが、自分が何か相応しいことをしたから救いを得る、と思っているところです。それがキリスト教と、他の多くの宗教との違いです。とてつもなく大きな違いです。すべての宗教は、善い行いをすれば、良い見返りがあると教えます。

善行を行なえば、救いも得るし天国にも行ける、解脱者になると。すべては自分の行いに基づいているのです。すべて自分次第です。すべての宗教がこう教えています。一体なぜお父様が王権を打ち立てたのか分からなければ、その人はまだ堕落した宗教圏内にいるのです。キリストの中心性を理解していないからです。キリスト教的世界観をもっていません。だから王権がなぜそこまで重要なのかが分からないのです。神の摂理、神様の世代を超えてつづく王国と王権とから離れて個人の完成はありません。それは神様ご自身が立てられたものではないですか。中心になりたいというのは人間の傲慢です。私たちは中心を選ぶことはできないのです。中心は神様が選ぶのです。私が中心になることを選択したのではありません。神様が私を中心に選んだのです。私が望んだことではありません。ただそれを果たさなければばらないからここにいるのです。私の選択ではないのです。ここが善行に基づく他の異教との違いです。そこでは自分の行いが自分を清めるといいます。キリスト教は現実を突きつけます。マザーテレサもキリストを抜いては罪人に過ぎないのです。すべての善行を行い、何百の孤児院を建てたとしても、まだ利己的で、政治的に動き、神様の栄光を自分の物とし、生命と祝福を与えて下さった真の栄光に相応しいお方にそれを返さない限り…神様とは関係ないところでの自己完成など何の価値もないのです。

パリサイ人も自分たちは完全だと思っていたのです。神のみ言葉をもち、モーセのみ言葉をもっていると自負していました。そして生きた神殿、生きたキリスト、神様の実体であるイエスに従わなかったことが問題だったのです。屈服しなかった。

確かにお父様はわれわれにみ言葉を残されました。しかしその実体も残されたのです。それが私です。そして息子、信俊を残されました、お父様が選んだのです。お父様のみ言葉を訓読したから、お父様の権威に戻れたのではないのです。家庭詐欺連合もみ言葉を訓読しているのです。皆さんがいまお父様の権限のもとにいるのは、お父様御自身が立てられた摂理のラインにつながっているからです。私が立てたラインではありません、お父様が立てられたのです。分かりますね。だから王権が非常に重要なのです。それは皆さんが世代を超えてお父様に仕える道なのです。万王の王の直系である天一国の王を通して。皆さんの権利は天一国憲法から来るのであって、6年かけて自分を完成させ、ブッダのように、あなたが成ったからではないのです。

キリストが全人類のためにすべての苦難を受け、血を流し、一万の十字架を超えられて、皆さんに恩恵として与えられたから、そして王国と王権をたてられたからなのです。だからあなたの権利が守られるのです。あなた方が何かを成したからではないのです。それにふさわしい善行を行ったわけではありません。皆さんが偉大だからではなく、キリストが偉大だからです。これが違いです。

仏教や神道など、他のすべての宗教との違い・・・皆さん様々な文化圏から来ているので、宗教や信仰の理解がそれぞれの文明に基礎を置いています。その背景からじぶんを切り離さなければなりません。それは神様の文明ではないからです。お父様のみ言葉を読むからと言って天国に行けるのではありません。悪魔もお父様のみ言葉を読むのです。家庭詐欺連合は、3冊の異端の経典をもっていますが、それがお父様のみ言葉だと主張して、そのみ言葉を読んでいます。しかしお父様の王国にも、お父様の館にも入ることは許されません。

お父様のみ言葉を読むことが必ずしも、お父様の家に入るとは限らないのです。大きな違いです。
お父様はみ言葉だけを遺(のこ)されたのではありません。肉的王統も遺されたのです。私は二代目の王ですが、あとに何代、何十代と続くことでしょう。だから未来のすべての世代が、万王の王の直系ラインに実体的につながることができるのです。すべての王国の中心、全世界、全天宙、神様の御旨と創造目的の中心です。それがキリストです。キリスト教では、イエス様を抜いては、人間に何の価値もないのです。私もそうです。仏教や神道など他の異教では、あなたは何にでもなることができます。神様を超えることもできるというのです。神にもなり、完全になるというのです。非キリスト教の文化圏のアジアの兄弟姉妹にとって、「完成」という言葉は本質的に仏教的、神道的に響くのかもしれません。そこを意識しなければなりません。聖書的ではないのです。だから「六世代で、清くなり完成する」ということが重要なのではありません。むしろ重要なものは、神の国と血統、摂理の流れの中心、摂理の動きと共に、血統を通して世代を超えて動くこと、これです。

質問の詳しいニュアンスまでわかりませんが、とにかく、これについて、全く的外れな主張をする人たちもいるので、その人たちに向けて、こういう答え方をしました。これで答えになりましたか? どうですか。

(ヨナニム)
私からも、短くお答えします。王様の発言に関連することです。みなそれぞれ、お父様のみ言葉を訓読していると言っています。郭グループも訓読しています。様々な分派も、お父様のみ言葉を訓読して、どうだこうだと言っています。しかし本当にお父様をメシアとして信じ、み言葉を大切に思うのなら、その人にとってお父様の代身者こそもっとも貴重なものではないでしょうか。「(亨進ニムは)代身者だ」というのもお父様のみ言葉です。しかもそれはほとんど遺言に近いものではありませんか。真のお父様が本当にメシアであり、そのみ言葉を重要と思うのなら、このみ言葉こそ最も重要なみ言葉ではないでしょうか。だから六世代み言葉を信じていれば完成するなどと納得するのは矛盾しています。亨進二代王がいつも言われるように、王の位置は自分で決めたものではなく与えられたものです。これは私たちの行いに由来するものではないのです。純粋に神様の賜物であり、ここで、お父様に選ばれた、などとと言って誇っているのではないのです。「お父様はあなたを選んでいません、残念でした」などと言いたいのではないのです。私たちはただお父様のみ言葉を皆さんと共に地上で尊重したいのです。だからここにいるのです。

(二代王)
5%の責任分担があります。お父様はその責任を私にくださいました。私はその5%を果たさなければなりません。もちろん私が失敗しても摂理は継続します。王妃も同様に三大王が王位を継承するとき彼女の責任を果たさなければなりません。責任分担があり、自由意志があるのです。しかし、あなたの質問を正しく理解しているならば…郭グループも三代王権は必要ないと言っています。韓オモニも王権は必要ないと言います。ただみ言葉だけで十分だというのです。そういいながら、自分の都合のいいようにみ言葉を選びだしたり、切り捨てたりしているのです。自分達に好ましいみ言葉を選んでいるのです。すなわち郭グループであれ異端者であれ違いはないのです。どちらもお父様の家に入ることはできません。この(質問内容)ようなことを言う者も同じです。

「モーセの律法があるから、われわれにはイエスは必要ない」とかつてユダヤ人が主張したことと同じです。同じことをしているのです。決して「必要ない」ことなどないのです。イエス様が絶対的に必要であることはキリスト教徒なら皆知っています。イエス様を抜きにして神様の下に帰ることなどできないのです。イエス様が必要です。イエス様は王国を創建し、王権を立てられました。地上の実体的な王国をみ言葉と共に。み言葉と王権は切り離すことができません。人が選べることではありません。お父様はそうされませんでした。自分の好きにはできないのです。もしそうするのなら、異端を選択したということです。すべてあなたの選択次第です。

翻訳:管理人
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「異端の家庭連合、正統のサンクチュアリ教会」

 

明日6月11日の首都圏礼拝は、柳在坤(유 재 곤)ユ・チェゴン鮮文大学名誉教授が「異端の家庭連合、正統のサンクチュアリ教会」という題で講話をされます。まだ席に若干の余裕があります。興味ある方々は是非、御参席ください。ちなみにユ教授は、真のお父様の自叙伝「平和を愛する世界人として」の日本語版作成委員も務められました。

サンクチュアリ教会 日本サンクチュアリ協会

参加申し込みフォームはこちらから↓

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6月4日「名誉の王国」【英語説教日本語訳】(その3:完結)

Kingdom Honor   June 4  2017   Rev. Hyung Jin Moon   Unification Sanctuary  Newfoundland PA on Vimeo.png

名誉の王国 Kingdom Honor

さて、身代わりの償いの問題ですが、神様が何の罪も犯していない無実の人に罪を負わせることは公平なことでしょうか。善なる神様がそのようなことができるというのでしょうか。

あなたが何か罪を犯したら、裁判官が「身代わりの償いをさせることにします」と言って、町を歩いている人を見て「あの人を捕まえて連れてきなさい」、「あなたはこの人の代わりに罪を償いなさい」と言ったとすれば、それを偉い裁判官だと言うでしょうか。それはその裁判官の正当性と道徳的性質を示すのでしょうか。それは奇妙なことです。法律学的に見ても良い裁判官とも良い人とも思えません。

このような身代わり(代理人)が成立するために必要な5つの要素とは何でしょうか。

1番目に、罪が同じ性質で罰せられるために、罪人と代理人に共通の性質がなければなりません。そしてもちろん、動物の生贄では十分でありません。

2番目に、代理人の自由意思による同意が必要とされます。その人は自由意思のボランティアでなければなりません。先程のたとえ話で裁判官が町で誰かを適当に選んで罪を償わせると言う話をしましたが、問題はその人が自発的にやっていないことだということが分かります。裁判官が自分の権限でそうすることを申し付けたとすれば、そのような裁判官は悪でしょうか善でしょうか。他人の権利を侵害しているのですから全くの悪です。彼は正義を司っているのですから、それは悪だと言えるのです。

ですから同じように私達とその罪、犯罪のために身代わりになろうとする人は、そこに自由意思による同意がなければならず、自発的にそうすることを選択していなければならないのです。

3番目に代理人は、正当にそれに甘んじることを決定できる、自分自身の人生に対する力を持っていなければなりません。彼は同意しているだけでなく力を持っていなければなりません。18歳以下であるために代理になるために両親がサインするようなこととは違います。

4番目に代理人は、私達すべての人に由来するすべての罰に耐える力を持っていなければなりません。それはつまり、神人(キリスト)が要求されるということです。普通の人は自分自身の罪の重荷を持っていますのでそれができません。それに加えて私達すべての人の罪の身代わりになろうというのですから、私達によるすべての罰を償うことはできないのです。それは彼が自分の罪も持っているからです。

キリストについて言えば、それはお父様の言う本体であって、神様が地上に現れた本体である方は自分自身の罪の重荷を持っていないのです。これは独生女についてもまったく同じで、韓お母様は、お父様は罪があるが自分は罪が無いと言っており、罪が無いという問題全体が非常に大きいということなのです。なぜならそれが神人を決定し、誰がキリストであるのか否かを決定するからです。

ですから代理人は力を持たなければなりません。それは簡単です。すべての罪の罰を耐えることができるために、罪がないこと、完全に無実であることです。なぜなら彼が私達の罪を、世界中の罪を負っていながら更に自分自身の罪も負うなら、彼はすべての罪による罰に耐えることはできないからです。ですから彼は罪が無い者でなければならず、それで彼はすべての罪を負うことができ、すべての罪に対して正義が下されるようにできるのです。

5番目に代理人は他人にも自分にも満足を与える必要がないように、罪のない人でなければなりません。彼は神様に何の負債も持たない人でなければならず、罪のない人でなければなりません。それは4番目ともつながりがありますが、これで身代わりの償いがある場合に必要な5つの主要な点が分かりました。

神様とイエス様との関係性という観点だけではなく、私達はお父様の価値が分かります。お父様がどのような道を歩まなければならないか理解するとき、それは私たちが蕩減の道と呼んでいるものです。そしてお父様がどのような正義を自分自身にもたらさなければならなかったのか。お父様は罪人や人類と共通の性質を持っておられました。ですからその代理となることができ、そして有罪であるという同じ性質で罰を受けることができました。

お父様は自分で選択しなければならない自由意思による同意をしていました。それは人間の側として選択しなければならなかったのです。イエス様がゲッセマネの園で御心のままになさってくださいと言って選択しなければならなかったのと同じです。この盃を去らせてくださいと求め、自由に、自由な働きとして決定しなければなりませんでした。

これは非常に重要な問題なのです。なぜなら、前のスライドに戻りますが・・・絶対に間違いのないバロメーターと言う話があります。バロメーターというものを知っていますか。それは気圧を教えてくれるものです。絶対に間違いのないバロメーターというものがあったとします。つまりどのような環境であっても、100パーセントの正確さで未来の気圧の予測を示してくれるということです。それは今から1分後、10分後、そして100年後や1万年後の気圧が分かるのです。絶対に間違いのないものです。

ここでの問題は、信仰という点で私たちが神学的運命論と呼ばれるものに陥ってしまうかもしれないということです。それは決定論とはことなるものです。神学的な運命論と言うのは、神様は私が選ぶものを知っていて、私が選ぶものを運命づけているというようなことです。ですからもう最初から終わっているのです。私がやることも分かっているので私は自由意思を持ってはいないということです。それが神学的運命論と呼ばれるものです。

その問題は、この絶対に正確なバロメーターの例を理解していないということです。そのバロメーターは今日も明日も、1000年後も1万年後の気圧も分かりますが、それはそのバロメーターがその気圧を作っているわけではないのです。それがここでの勘違いです。それが私たちの自由な働きの話の良いたとえになっています。それはもちろん身代わりの償いの2番目のポイントです。

自由な働きは、私達がロボットのようにならず、神様と愛を授受するために重要です。それは天一国憲法の根本です。神様が人間に与えた贈り物と言う点で。もちろん神様がその中心です。

しかし、もしあなたが試練を受けた最後のときに立ち上がったことを神様が知っていたら・・・しかし神様はそれが起こるようにしたのでしょうか。神様は知ってはいたのです。しかし、それが起こるようにしたのではありません。

王妃がおいしい寿司をここに持っていて、とてもおなかがすいていたとします。地虫かミールワーム、爬虫類とか・・・いっそミミズのパスタだとしましょう。彼女はその2つの料理から選ぶのですが、私は間違いなく100パーセント、彼女がミミズのスパゲッティではなく寿司を選ぶことを知っています。しかし、私が彼女に寿司を選ぶようにさせたわけではありません。私は彼女のことを良く知っていただけです。少なくともそこで彼女が寿司を選ぶとはっきり分かっていました。

神様は私たちが何をしようとしているか分かっていますが、しかしそれは神様がそれをもたらしたのでしょうか。神様は私たちのことをとてもよく知っておられるので、私たちが何をするか分かるのです。しかし、私たちがそれを行うことを選ばなければならないという意味で、そこには依然として自由の働きがあります。

その様な意味で神様は、予知はできても、ある結果になるように運命づけることはできないのです。前もって知ることはできてもそれをもたらす事はできず、私達は依然として自由な働きを持つのです。これが絶対に間違いのないバロメーターのたとえについて人々が間違うことなのです。彼らは神学的運命という観点からそれを理解しています。そして予知と因果関係の性質を理解していません。神様の予知は物事が起こる原因とはなりません。最終的に私達は選択しなければならず、自由意思が働くのです。代理に対して自由な同意が要求されるということです。

さて成約の時代で天一国の王国についてこれを考えてみましょう。なぜキリストの身代わりの償いの性質には自由な働きがなければならないのか分かるでしょう。それは私たちが救われるために絶対に重要です。キリストの側での自由な働き、そして私たちの側でもそれを受け入れることを決定しなければなりません。

あなたが法廷にいて裁判官がその裁判を検証していると、誰かがその犯罪に対して自分が身代わりになると言います。しかしあなたは、いや、その人に身代わりになって欲しくないと言うことができるのです。それは人々がキリストを拒絶する場合に起こることです。するとあなたはその負債と反目、そして犯罪に対して完全に責任を負うことになるのです。

自由な働きと言う要素は神様とその息子が自由意思を持つという一方通行ではなく、私たちが救われるようにするための自由意思を持たなければならないということなのです。神様や裁判官が、私たちが受け入れると言うか、受け入れないと言うかを知っているかは重要ではありません。それが原因とはなりません。それは運命論ではないのです。神様はそれを知っているだけで、それを引き起こすのではないのです。

すべての状況を天一国の神様の王国に照らしてみると、また終わりの日に起こるすべての状況において、神様はここにいるすべての一族が選択するということは知っておられ、家庭詐欺連合が拒否することを選択すると知っておられましたが、神様がそれをもたらしたのではないということが分かります。そこにはまだ5パーセントの責任分担があるのです。

しかし同様に、神様は私達のことを良く知っておられるので、最終的に私たちが正しいことをすると分かっておられたのです。

そのようにして私達は創造主の美と知識の両方の中にあります。ペテロへの第2の手紙の聖句で「わたしたちの主また救主イエス・キリストの恵みと知識とにおいて、ますます豊かになりなさい」とあります。3章18節でしょうか。

私達がキリストの中心性を理解するとき、なぜ彼は私達の永遠の生命にとって重要なのでしょうか。完璧な神様、完璧な法廷、完璧な審判の前に全く正当な永遠の罰を避けるために。どれほどキリストの性質と人格とその関係性が中心であるのか。そういうわけですべての神の形に作られた人の心には穴があります。それは他のものでは満たされず、他のものでは代えられません。

タレンタインは次のような考えを提起しています。私達が神様の前に来てキリストを受け入れるときだけではなく、私達がお父様の権威の下に立つときに私達は罪を軽減されているのか、つまり罪が洗い流されているのかというだけでなく、私達には正義、忍耐として知られているものがあり、つまりキリストにますます似ていくということです。

それは通常、神聖化、義認と呼ばれており、罪を赦免することですが、ゼロにするということではありません。神聖化の過程は、いわば神様が債権者として持っている神様の肯定的な信用と肯定的な資産の転嫁です。

それは私達に転嫁されますが、ゼロになるのではなく、肯定的な評価になります。私達の人生にキリストを持てば多くのことが起こるのです。キリストを持たない人々は、この保証のない、仲裁人のない、罰を支払う償いのない、空虚の中に生きています。

毎日このようなことを深く熟考することができ、キリストの唯一性について考えれば考えるほど、もっと多くの喜びが心から自然にわき出て、もっと賛美の歌を歌いたくなります。私は先日キングズ・レポートで歌っていました(笑)。私は聖霊の声がするといつでも歌います。

自然とあなたの心が神様を賛美し神様に感謝しなければなりません。神様への賛美を歌うのです。私達が恵みと知識を深め、その知識・・・それは私達の父の尊さを理解することです。

立ち上がってすべてを救われた神様とキリストに栄光を捧げましょう。アーメン、アージュ。

天聖経を読みます。

天聖経1262(英語版ページ)
私たちにメシヤが必要な理由は、救いを受けるためです。それでは、救いに必要な根本的な基点とは何ですか。それは、神様の愛の接触点へ帰ることです。

 

翻訳:BAMBOOS
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6月4日「名誉の王国」【英語説教日本語訳】(その2)

Kingdom Honor   June 4  2017   Rev. Hyung Jin Moon   Unification Sanctuary  Newfoundland PA on Vimeo.png

名誉の王国 Kingdom Honor

 

プロテスタントの宗派で、あるスイス系フランス人の改革者がいます。フランソワ・タレンタイン(Francois Turrentine)という名前です。彼は非常に興味深い議論をしていますのでご紹介したいと思います。キリストを深く理解するということです。

真のクリスチャンのキリストに対する愛がどれだけ豊かなものか十分お分かりでしょう。彼らはキリストがどれだけかけがえの無い、尊い存在か分かっています。キリストなしには私たちには何もありません。それが、私たちがすばらしい神の国を持つか、それとも地獄に変わるかの絶対的な核心です。それはキリストを中心としなければなりません。

これは因果応報と神様の償い、息子であるイエスによる神様の受難についての議論です。私たちの罪を背負い、私たちの悪を負い、イエス様は苦難を受け、残酷で悲惨な死を迎え、それを耐えなければなりませんでした。そして原理で言うところの霊的救いを私たちに与えるのです。

私達はこれを探求すべきなのです。なぜなら霊的救いが原理で否定されているわけではないからです。 クリスチャンは救いを受け、神の家(教会)にいます。なぜなら彼らは霊的救いを受けているからです。

神様の不可欠な性質について興味深いことに、もちろん善とかいろいろある中で、その1つに公正さ、正義というものがあります。神様は高潔で公平です。

誰かが他人の罪の代価を支払うということが本当にできるのだろうかという問題があります。因果応報。その罪を犯していない人を代わりにして、誰か他の人の罪を償わせることができるのでしょうか。

刑法についてのすばらしいくまとめられた調査があります。あなたが法律家であればそれを調査して説明できるでしょう。因果応報についての刑法的、法的な正当化です。

多くの法的な状況があり、アメリカでもまさしくこれが実際の裁判で使われたことがあります。それはまた別の話ですが、そのような研究があります。

この改革者タレンタインは、罪について3つのことを述べています。1つ目は負債です。私たちが神様に負っている負債です。もっと正確には神様の正義に対する負債です。
「私達は神様に道徳的な義務を果たすべき義務がありますが、それを果たしていないので私達は神様に対して負債があります」

私達には完遂していない義務があり、私達は従うことなくそれを果たしていないので、これらの道徳的義務を与えた神様に負債があるのです。神様は私達に命を与えた方なのですから神様に果たすべき義務があるのです。私達は神様に借りがあります。

ですから罪は負債と見なすことができます。私たちが何か行って神様から離れ、神様を傷つけるならば、それは神様に支払うべき負債と見なすことができます。

また罪は、相互反目としても見なされます。ここで重要なのは相互と言う点です。私たちが神様とその戒律に対して反逆しているというだけでなく、神様の聖なる怒り、罪を憎む怒りが私達に対して向けられるということです。真に善であり正義である神様は、罪を憎むのです。なぜなら罪は悪であり、善ではないからです。

ですから神様は罪を拒絶し、非難します。ですから私たちが神様に対する罪の、反逆の人生を選ぶとき、私たちが神様に対して敵対するだけでなく、神様もまた私達に対して、聖なる公正と正義において敵対するのです。ですから私達と神様が相互に反目することになります。

そして3番目に、罪は犯罪であるということです。これが彼と対立したソシナスとの違いです。ソシニアンは、現在の教会の中でさえ一般的です。つまりそこでは罪は神様に負っている負債であると信じているのです。またそれは相互に反目していると。しかし、彼らはそれが犯罪だとは信じていません。

タレンタインはそれに対して、それは私たちが神様に対して犯した犯罪でもあるのだと言っているのです。そしてその罰は永遠の死であると。つまりそれは地獄であり、永遠に神様から離れることです。そして私達と、私達を正当に裁くことのできる最高の主権者の間で刑事責任を負わされるということです。

ですから、負債だけではなく、また相互の反目だけでなく、それは犯罪でもあるということなのです。

次に神様と罪に関してタレンタインが説明しています。先程のスライドで見た、私たちの罪が負債であり、相互反目であり、犯罪であるというのと同じように、3つのパターンに分けてそれを説明しています。

1つ目に神様は私たちの負債の債権者であるということです。神様の側から見ると債権者のようなものだということです。

反目については、神様は対立関係にある被害者となります。ただ許しを乞えば許されるというような簡単なものではないということが分かります。これが、神様はどんな罪でも許されると信じるソシニアンとの分かれ目になります。

そして人々は神様の正義を理解することができます。

3番目に私達の罪ということから、神様は最高の裁判官であり主権者であります。その方が何を作られたのでしょうか。法を作られたのです。私たちが従うべき命令です。それは恣意的に神様の頭から出てきたものであり、それらは神様の人としての性質の延長です。

因果応報を1番目と2番目の負債と反目という形でのみ見るならば、神様はすべての罪を許されるだけだと言えます。クリスチャンの中には繁栄の福音を求める人や、ユニテリアン・ユニヴァーサリズム的な人もいます。神様はとにかくすべてを許されるというのです。それは明らかに本当の福音ではありません。ソシニアンの福音です。

あなたが誰かにお金を貸していたとしたらその負債を完全に許してあげることができます。あなたにはその負債を完全に許して上げる力がありますね。それで神様が単に債権者だとすれば神様はその負債を許してあげることができるのです。

神様が相互反目していて被害者であるなら、神様はあなたを訴えないことを選択することができます。

しかし、あなたが犯罪を犯して神様が裁判官であるなら、神様はあなたを罰する義務があるのです。この人を罰したくないと言う選択肢は無いのです。なぜならその法全体を損なうことになってしまうからです。私達は原理と呼んでいます。原理的に行動するということです。神様が原理を作ったので原理的に行動するしかないということです。

ですから私たちの罪も犯罪であると理解すれば、神様はただの債権者ではなく、ただ傷つけられた存在なだけでなく、私達を罰しなければならないのだということが分かるのです。そして神様は、それを全く公正に、正しく行うことができます。良い裁判官が大量殺人犯を完全に公正に、正しく罰することができるのと同じように。

ですから私たちの罪の性質とその重大さ理解するなら、大きな罪から小さな罪まで関係なくそれらは私達を神様の性質から引き離すものであり、小さな嘘であっても神様から引き離すことになります。どれだけ自分が完璧だと思っていても、私達は神様の完璧さ、完璧な道徳的性質、完璧な道徳的性格の前では罪があります。

私達の罪は許してもらえる負債や反目だけではなく、犯罪であるのだと理解することが重要です。それは神様が宇宙全体の性質を破壊することなしに、また神様自身がご自分の性質に反対することなしには、簡単に許すことのできないものです。

そういうわけで私達ユニフィケーションは、原理または原理対原理に言及します。神様も原理を裏切り否定することはできません。ですから例えば、アダムとエバを許してあげることはできないのです。何らかのレベルの責任が必要なのです。何らかの蕩減を払わなければなりません。あるレベルの因果応報が、その負債だけも反目だけでなく、犯罪に対して支払われなければならないのです。神様だけが、正義の神様、善なる神様だけが犯罪に対して罰するのです。私たちが理解できるいかなる国であっても、そこで善良な裁判官が行うのとまったく同じことです。

学者が多くの韓国人は土着の信仰を持っていると指摘しているように家庭詐欺連合でも2つの神を信じていますが、今日においてさえ、まだソシニアン的な状態にあります。つまり神様は自分の負債を許して下さり、自分の反目を許してくれるのだと。1つ問題なのが、罪は犯罪でもあるということです。神様は犯罪を単に許すことはできません。あらゆる面で法を損なうことになります。自分自身の性質を損なうのです。すべての創造を損なうのです。罪の性質を犯罪としても理解するなら、そこから逃げるのは簡単ではありません。なぜならあらゆる国が生き残るのに不可欠な法律学と正義の様相全体を追求すれば・・・。

ジェフリー・ダーマー(訳注:17人の青少年を殺害した連続殺人犯)に判事の気まぐれで恩赦を受けさせたいと思いますか。ソシニアンによれば、皆さんは偏狭で憎しみに満ちた悪いクリスチャンということになります。

神様の性質はその法、戒律の源泉です。嘘をつかない、騙さないというのは、神様がそのような方ではないからです。そしてもし神様がご自分の性質から生まれたその法を損なうのであれば、被造世界全体と最終的には自分自身を損なうことになります。それが私たちの言う原理というものです。

ですから私たちが自分の罪、神様から離れることが本当に犯罪だと理解するとき、なぜ神様が愛していると同時に悪を憎まなければならないかが理解できます。

少数の良いクリスチャンと、またダイエットコーラのクリスチャン、つまり軽いキリスト教ということですが、あるいは家庭詐欺連合は、5分だけでも考えてみることをしようとしないのです。神様が債権者で自分が負債を負っており、自分が神様を傷つけたということは問題なく、それはすべて許されます。今度は罪が犯罪であるというとき大きな問題になります。

最後のときに神様が十字架の道で用いなければならない人々がいたのはこのためです。イエス様は十字架の道を歩まなければなりませんでした。もちろんそれは神様の因果応報であり、イエス様が負った罪は、負債だけではなく、反目だけでなく、正義の神として罰しなければならない創造主に対する犯罪でありましたが、それを通して救いが得られるのです。

タレンタインは、神様は負債を免除する債権者の権利を持っていますが、宇宙の最高の統治者と裁判官として、神様は犯罪を見逃すことができないのだと言いました。神様の正義と善なる性質において、犯罪を見逃すことは不可能なのです。正直な裁判官が、誰が犯した犯罪であっても見逃すことができないのと同じことです。

私達は、自分の気に入った人を見逃すような裁判官を腐敗した裁判官と呼ぶのではないでしょうか。神様が宇宙で最高に偉大な存在であるなら、最高に正直で最高に正当でなければなりません。ですからそのように腐敗することはあり得ません。

そしてキリストについては、人間の犯罪を償う贖罪としての3つの役割があります。1番目に、負債に関しては、キリストは私たちの保証であり、負債に対する確かな返済であり、その支払いの保証なのです。誰かがあなたに貸しているとするとあなたは彼らに支払いを準備しますが、それが保証です。確実性が得られるということです。

反目については、キリストは仲裁人となります。裁判官と犯罪を犯した人の間に立ってその過程の仲裁人となります。

そして犯罪については、キリストは犠牲的な死によって犯罪に対する罰を償う司祭であり犠牲者です。

以上のことからキリストは私達の罪の免除と救いに対する3つの関係性を持っているということです。興味深いこと思いませんか。

もっと深く探求すれば、キリストにどれほど価値があるのか、再臨のイエス様がどれほどかけがえないのかが分かります。再臨のイエス様も同じイエス様です。キリストはそれほど重要です。絶対に不可欠なのです。キーホルダーのアクセサリーではありません。

つづく

翻訳:BAMBOOS
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6月4日「名誉の王国」【英語説教日本語訳】(その1)

Kingdom Honor   June 4  2017   Rev. Hyung Jin Moon   Unification Sanctuary  Newfoundland PA on Vimeo.png

名誉の王国 Kingdom Honor

パンザーとウィリアムズに拍手を送りましょう。彼らはロンドン・スクール・オブ・エコノミクスに招待されており、そこでもまた討論をすることになっています。ヨーロッパのサンクチュアリからもそこに参加できるでしょう。

家庭詐欺連合が彼らの信仰をそこで弁護するというのは良いことです。それが自分の立場であり、お父様のみ言を聞いており、それでお父様の後継者、相続者を認めないというのなら自分の神学を弁護すれば良いのです。彼らが弁護しようとすればするほど、彼らがその遺産を継続しているという創始者とは全く一致しないということがもっと明らかにされるのです。

この討論は素晴らしいことです。これによって真実がもっと明らかになるだけです。ケリーとリチャードについても、彼らはとても謙虚です。真実というのは簡単なのです。真実を語れば真実それ自体が語るのです。人々は何が本当に起きているかを理解します

リチャードとケリー、ありがとう。次の討論もうまく行くことを祈ります。スイスの平和警察、平和軍会議も良いことです。世界で初めてのことだろうと思います。50口径ベオウルフ仕様のAR-15の写真を彼らは気に入るだろうと私が言ったのです。全体の話し合いで、スイスで会議を行うのが良いということになりました。

私達が主権と天一国の第2の権利を喜ぶ理由は何でしょうか。それを説明して示すのです。それは非常に刺激的な会議です。日程が決まればそれについて詳しい情報を出します。もしかしたら何人かが学術チームと一緒にスイスに旅行するかもしれません。旅行には良い口実かも知れませんね。

今日の説教に入りましょう。「名誉の王国」です。テサロニケ人への第一の手紙第2章6節からです。

6:また、わたしたちは、キリストの使徒として重んじられることができたのであるが、あなたがたからにもせよ、ほかの人々からにもせよ、人間からの栄誉を求めることはしなかった。7:むしろ、あなたがたの間で、ちょうど母がその子供を育てるように、やさしくふるまった。8:このように、あなたがたを慕わしく思っていたので、ただ神の福音ばかりではなく、自分のいのちまでもあなたがたに与えたいと願ったほどに、あなたがたを愛したのである。9:兄弟たちよ。あなたがたはわたしたちの労苦と努力とを記憶していることであろう。すなわち、あなたがたのだれにも負担をかけまいと思って、日夜はたらきながら、あなたがたに神の福音を宣べ伝えた。10:あなたがたもあかしし、神もあかしして下さるように、わたしたちはあなたがた信者の前で、信心深く、正しく、責められるところがないように、生活をしたのである。11:そして、あなたがたも知っているとおり、父がその子に対してするように、あなたがたのひとりびとりに対して、12:御国とその栄光とに召して下さった神のみこころにかなって歩くようにと、勧め、励まし、また、さとしたのである。

すばらしい聖句ですが、テサロニケの教会に対して述べた、最後の部分に注目しましょう。
「あなたがたもあかしし、神もあかしして下さるように、わたしたちはあなたがた信者の前で、信心深く、正しく、責められるところがないように」
彼はパウロと一緒に福音を述べ伝えていた他の使徒のことについて話しています。
「そして、あなたがたも知っているとおり、父がその子に対してするように、あなたがたのひとりびとりに対して、御国とその栄光とに召して下さった神のみこころにかなって歩くようにと、勧め、励まし、また、さとしたのである」

福音を説くと・・・パウロがここで例を挙げているように、父親が子供に神の目から見てもっと良くなるように、もっと強い人になるようにと勧め、励まし、またさとすのと同じように・・・福音を教える者も・・・。
人は誰も完璧でありませんが、キリストに似るために努力しなければならないということです。それは子を持つすべての父親と同じなのです。完璧でなくても最良の父となるよう、幼い子供にとっての最良の手本となるように努力しているということなのです。

それは王国において非常に重要なことでもあります。なぜなら私達は世代間の王朝と王権のことを話しているからです。次の世代のことに目を向けるとこれが非常に重要になるのです。子供の中で誰が王国の福音と一致していくのか。誰がそれを支えていくだけの信頼に足るのか。あなたが戦ってきた国にとって。

社会主義者のように平等に分配するというのではありません。気分良くさせれば良いということではないのです。誰が王の王と天一国の王国に仕えて、親としてのあなたの願いを尊重し続けるのか。それが重要です。主権としてそのような役割を持つことを理解しなければなりません。居心地が悪くてもやらなければならないことがあるのです。自分の血統に王朝が作られていくのです。私たちが完璧だからではなく、神様がその王国と栄光に私達が入るように呼ばれたので私達は特別なグループだというのです。

主権には責任が伴います。そして皆さんが氏族の王冠を準備して王の王と王権と共に立ち、神様の王国、天一国が来るのです。

そのとき皆さんは賢く決断しなければなりません。なぜならそれは自分の氏族圏の王と王妃としての、自由と責任による自分の治世だからです。自分の子供について感情的に考えてはいけません。もちろん子供たちを平等に愛するのですが、1人が、あるいはもしかしたらカインとアベルが準備されなければなりません。それは文明と使命を尊重するということであり、あなたはそのために命がけで追及し戦っています。自分の王国の王朝を無駄にしてはいけません。もしそれを間違った子供に渡してしまえば滅んでしまいます。

ですからそれは主権にとって非常に重要な責任の分野なのです。王権のための責任の分野です。そのようなことを考えていなかったのは、皆さんが僕(しもべ)によって、天使長によって訓練されてきたからなのです。奴隷意識の中で訓練されてきました。皆さんは王国の意識を持たなければなりません。王冠は単に象徴的なものだけではありません。全く新しい領域に入るということです。

世代間にまたがる展望です。王国を維持し守るべく、義務と責任として持たなければなりません。自分の感情が問題ではありません。神様が任命し選ばれ、最後の時にご自身にもたらされた王朝を守るのが、主権としての義務なのです。サタンから分立されたものです。

これらの王朝は自分のものというだけでなく神様の王国の一部であるので、勝手に扱うことはできませんし、与えられた責任を勝手に考えることはできません。私たちが王権と王国の意識を育てていくことが非常に重要なことです。これは明白なのです。

同様に皆さんが子供を育てると・・・。子供たちは完璧ではないということを理解しなければなりません。私達は賢くはっきりと本質を見通さなければなりません。その子供は言われたことをすべてやっているかもしれませんが、私の使命や目的に対して本当に心を込めていないかもしれません。彼は点数稼ぎをするためにやっているかもしれないのです。そのようないんちきを見抜かなければなりません。

彼があれとこれをやったからと言って報酬を与えることはできないのです。その心情、性格、その子供の本質を見つめなければなりません。その子供は本当にあなたのために生きているのか。あなたが命を懸けて戦っているビジョンのために戦っているのか。単に子供があなたをどのように扱うかとかいった表面だけを見てはいけないのです。子供の深いところまで見なければなりません。親として子供を審判できなければならないのです。それは非常に難しいことです。主権として子供が自分の相続者としてふさわしいかどうか審判しなければなりません。

そのような観点から、それを受ける人はそれが世界で最も良いことだとは思わないのです。なぜならそこには非常に大きな責任が伴うからなのです。國進兄さんはそれを黄金の檻と呼んでいます。あなたが両親からその王朝としてすべてを相続すると、同時に自分のために生きることはできなくなるというのです。自分自身の夢を追い求めることはできません。選ばれなかった兄弟は実際自分の夢を追い求めることができます。自分で作る自分自身の王朝を追求することはできるかもしれません。しかし、選ばれた者はそのような願望を捨てなければなりません。親のために、王朝のために自分自身の願望を捨てる者にならなければならないのです。

未来を熟慮し見つめる場合に求めるべき特別な質があります。最後の時にお父様に選ばれて立ち上がった14万4千のすべての人々は、自分の王朝をずっと王の王の血統とつながって存続させることが重要です。私達はこれらのことを未来に向けて考えなければなりません。今の世代のことだけで子供を見ることはできません。彼らはやがて成長し信頼に足るようになり、次の世代を育て、やがては天一国の王国を追い求めてそれに責任を持つようになります。

ここに座っている子供たちは、「何てことだ。彼は私達を裁くことについて話している」というように思っているかもしれません。ええ、そうです。それが現実の世界です。そしてあなたの性質、性格によって選ばれることになるのです。必ずしも私の後継者になることは世界で最高の仕事というわけではありません。あなたは自分の王朝と王国のために生きなければなりません。あまり自分のために生きることはできないのです。そのように犠牲になる者とならなければなりません。

ですからこれらは皆さんすべてが自分の未来を見つめて良く考えるべきことなのです。王権の意識というのは将来を展望する捉え方であり、一時的に誰かを喜ばせて、自分の子供を心地良くさせて生きることはできないのです。子供たちはとても人を騙すようになり得ます。彼らはあなたから利益を得るためにあなたを騙して、面と向かって嘘をつくことができます。そのようなことを見抜くことができなければなりません。

そしてあなたは、彼らが悪気は無くてもときどき自分で知らずにそうしていることを悟るのです。なぜなら彼らは十分に思慮深くないかもしれないからです。しかし、私達は親として誰が立ち上がるのか、誰が王朝をこれから何世代も継続させるのか見定めることができなければなりません。

孔子の一族で何が起きたか話したことがあると思います。彼らは没落しました。何世代だったかちょっと思い出せませんが・・・。70だったでしょうか。それで道端で中国の装身具のようなものを売っているのです。その一族は完全に没落しました。何の関係もありません。それは中国の主要な一族だったのです。

そのようなことになってはいけません。そのようになればあなたの失敗です。なぜなら警告を受けたからです。ですから王権について考えるとき、将来の王朝の展望について考えなければなりません。孔子を例として皆さんの家庭がそのようになってはいけないということです。ですから王権の相続においては小さなグループ、1人の相続者か・・・お父様の場合は経済的な基盤を國進兄さんに授け、そしてこの霊的基盤を(私に)与えて・・・それはお父様が、私たちが一緒に働くと分かっておられたからであり、公正であり、お父様のために共に戦う者だと分かっておられたからなのです。

ですからカインとアベルのチームを作ることもできるでしょうが、このようなことを考えなければならないのです。

世界では酷いことがたくさん起きています。ロンドンではテロ攻撃がありました。ヨーロッパでは毎週起きています。7名が殺されました。先週マンチェスターで爆弾テロがあったところです。このようなことは馬鹿げています。彼らは自分の身を守る手段を持っていません。そしてそれは思想的なものでした。全体主義、共産主義の左翼はイスラム過激派と手を組んでいるのです。これらの国を不安定にして全体主義を正当化するというのです。

しかしこれらは皆、あらゆる異なる思想とキリスト教を基盤とした道徳との間の1つの境界線にたどり着きます。そしてそれがキリストの唯一性なのです。キリストの唯一性から離れると、多文化主義、相対主義になります。ヨーロッパは新しい宗教を完全に受け入れました。その結果としてこのような悪魔のフランケンシュタインが出てきて彼らを殺しています。

そしてもう逃れることができません。ヨーロッパが崩壊しつつあることを否定できません。今や誰もそれを否定できないのです。まったくばかげたことです。

これは昨夜のニュースです。ジハーディストが「これはアッラーのためだ」と叫んでいましたがイスラム教徒は関係ないことだと言っています。イギリスの首相が出てきて「これはイスラムとは関係ありません」などと言うでしょう。黙りなさい。私たちがどれだけばかだと考えているのでしょうか。 その男たちは「これはアッラーのためだ」と言っていたのです。

彼らの預言者は800人のユダヤ人の首を切りました。(皮肉を込めて)そこには何かつながりがあります。もう沢山です。
「5カ所でナイフの狂乱」とあります。銃を禁止したのでナイフを使おうというのです。ナイフを禁止すれば石を使います。石を禁止すれば車を使います。キリがありません。悪を規制することはできないのです。

そうではなく善人に力を与えれば悪人が何かやりたくてもためらうか、やったとしても打たれるのです。ですからスイスのジュネーブでアベルUN平和警察平和市民軍会議を開くことが重要なのです。それで國進兄さんが言うように、スイスの軍の士官学校でできればもっと良いでしょう。他のヨーロッパの国よりもスイスのモデルが天一国に近いです。

さてこのように毎週のように(テロが)起きており、ヨーロッパはもう無くなりました。彼らは多文化主義に自分を売ったのです。満足感を与える新異教徒思想に自分を売りました。人の感情を害さないようにしたら今度は人の感情など気にしない人たちが来ました。キリスト教文化もイスラム教文化もすべて同じだと言って。私たちが優しくしてあげれば彼らも優しくしてくれるのだと。残念なことにそのようにはなりません。これが現実です。

罪のない人がこのばかげた思想のために死ななければなりません。何度も何度も繰り返し間違っていると証明されてきました。間違った思想であり、少なくとも酷い文明です。普通の人々にとっては恐ろしい現実です。ロンドンの人々は、外出するときもしかしたらジハード攻撃があるかもしれないと考えずにいられないでしょう。

そしてヒラリー・クリントンはアメリカをこのようにしたかったというのですから、頭がおかしいのだろうかというのです。彼らは銃を、年を取った未亡人の自己防衛の手段を取り上げようとしていたのです。武器を取り去って自分たちの全体主義国家を正当化できるというわけです。

これが、善なる神様と宇宙の創造主の唯一性から離れた思想の政治的な結果です。完全に分かれています。

本当に2つの道があるのです。イエス様は、私が道であり真理であり命であると言われました。2つの道です。キリストかそうでないかのどちらかです。キリストではない場合に様々なレベルの違いや重要性の程度がありますが、それらはすべて悪魔崇拝につながるのです。様々な形態で弱いものも強いものもあるでしょうが、同じ悪魔崇拝の範囲にあります。

仏教に見られるようなより無害な形態かどうかに限らず、ヒンズー教、瞑想、非二元、悟りなど、このようなものはすべて、善と悪は自分の外側のものであって、自分の内面によって善悪を判断できるのだとしています。

そのような異教では、本当の悪などというものは無く、すべて自分の内面のことだと言います。自分はそれに対して偏った判断を避けるようになれないといけないだけであり、それを超越するのだと。すると世の中で本当の悪が現れることは 無くなるのだと。このような話を新しい異教でよく聞きます。ヨガコミュニティや何かで。ひどく貧弱な思想だと言えます。

ステファン・モレニューが、ある動画で新興宗教のヨガの女性を完全に分解して粉砕しています。彼女は回答することもできずに何も言えませんでした。

重要なのは、このようなことはすべて自分で自分の道徳を作ることができ、自分の世界を作ることができるという思想に結びつくということです。そのようなことはできません。現実も道徳もあなたの外側にあるのです。自分自身の道徳を発明することはできないのです。それはヒトラーが信じていたことです。それらは必ず地獄を作り出すのです。

私たちに与えられ、自分の良心で感じることができる道徳というものは、神様の性質から来るものなのです。神様の性質が私たちの道徳を決定します。神様の性質として神様は嘘つきではありません。ですから私たちは嘘をついたときに良心の痛みを感じるのです。なぜなら神様の性質には嘘つきというものがないからです。

また何か盗んだときにそれが間違っていると分かるのは、神様の創造主としての性質が泥棒ではないからです。

道徳は私たちが決定することではないという意味で私たちの外側にあるものです。私たちが自分をそれに合わせなければなりません。ですからキリストと共なる道を選ばない人々はみな、本当にそれに反対しています。彼らは宇宙や神様を自分たちに傾けたいと思っています。それがまさに偶像崇拝と自己崇拝の形態です。

あなたはそこで特別な技術を使って瞑想し、内なるチャクラと全宇宙が自分の心の中を・・・というようなことです。それでも雨には打たれます。タープを持ってきたほうが良いですね(笑)。

ですからお父様はとても自然を愛されたのです。なぜなら自然はあなたが自然を傾けられると考えているかどうかなど気にしていないからです。ただあなたに雨を降らせるだけです。そして風を変えてあなたは風邪を引きます。あなたは病院に行かないと、と言うでしょう。非常用の毛布がすぐに必要だと。あなたは自然環境に順応しなければなりません。さもなければ死んでしまいます。

私たちが現実を決定するのではありません。私たちが道徳を決めるのではありません。道徳は創造主から来ます。

哲学では存在論的な議論をします、その仮定は、神様は考えられるあらゆる宇宙の中で最大限に偉大な存在だとされます。ですから善のような肯定的なものとして、考えられるあらゆる宇宙の中で最大限に善であり、考えられるあらゆる宇宙の中で最大限に高潔であり、最大限に正当であるということです。

そのようなことから成る議論は存在論的な議論と呼ばれます。それは少し複雑ですがオンラインでもじっくり調べることができます。アルバン・プランティンガという・・・神の存在についての弁証論の議論の1つです。

重要なのはキリストの唯一性があるかどうかということです。それは避けられません。最終的にそれらの道、1つが多くの異なる形式につながって行きますが、本当は同じ結論なのです。そしてキリストにつながります。ですから家庭詐欺連合は非常に不満なのです。なぜなら人間の心には大きく口を開いた穴があるからです。それはキリストによってしか満たされることがありません。お金や権力でも満たすことができないのです。セックスやドラッグでも何でも。その穴はキリストによってしか満たされません。

真の喜び、真のアイデンティティ、真の個性はキリストとの関係において現れます。それと離れてはあり得ません。なぜ人々はそんなに満たされないのだろうかと思うのです。非常に無力だと。引き寄せの法則の本のようなことをやっても、2年後に会ってみると悲惨な状態です。引き寄せの力の本を実践しようが、宇宙を引き寄せてすべての祝福が手に入ると言っていても、その後「どうしたの?」と聞けば、「そうだな。新しい本を買うよ」という結果になるのです。

どのような概念も思想もそれを満たすことはありません。最終的にキリストというのは単なる考えや思想ではありません。お父様が言われたように・・・私たちはイエスの名で祈りません。なぜなら私たちはイエスの名前だけが欲しいのではなく、キリスト自身が欲しいからです。私たちはイエス様自身が欲しいのです。

つづく

翻訳:BAMBOOS
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