【江利川会長の緊急報告】

 
日本サンクチュアリ協会公式サイトより
 
はじめに
 
10月28日から11月1日まで、アメリカ、ペンシルベニア、ニューファンドランドにある「世界平和統一聖殿」即ち、サンクチュアリ協会本部に各都道府県より日本を代表して35名が参上し、重要な数々の式典に参席して、実に貴重な天来のみ言葉を賜って参りました。
特に、私達一行が帰国する前日の晩、4時間に亘って語られた第2代王文亨進様のみ言葉は、実に深刻であり、正に真のお父様そのものが語られて居られたみ言葉でありました。録音もしておりますが、まずは1日でも早く皆様にお伝えしなければならないと思わされますので、メモからの抜粋ですが、お伝えいたします。

日本サンクチュアリ協会 総会長 江利川安栄


亨進様二代王様のみ言 (2016年10月31日)

14955873_986480781461936_334180103173823717_n

水曜日の夜(10月26日)、サタンが攻撃して来ました。山羊の頭の怪物バホメットが、「先祖解怨祝福時に、古今東西の堕胎をはじめ生まれ出ることの出来なかった子供達の解怨をするな。末の子を殺したい。」それで、その後信得を学校にも送りませんでした。」

天使長が二世を何十人も殺しました。「伝統」の本を見たでしょう。郭氏が作ったその内容によれば、堕胎してもよいと。私は直接御父様に伺いました。全然反対でした。

文明圏で一番罪の無い人を殺しても良いというのは、サタンの文明です。腹中の子供を殺すという文明、「人権、人権」と言うが、サタンに赤ん坊を与えています。
ヒラリーは、「胎児を殺しても良い。」(堕胎を容認)と言っています。堕落した女性です。アメリカがそうなれば、国連もその方向になり、世界に広まってしまいます。罪の無い人間を殺すこと、そういう文明、ヒラリーはそのような文明を作る人です。ヒラりーと韓氏オモニがマクロとミクロでつながっています。家庭連合は、ヒラリーを支持しています。

それで、50万部のパンフレットを作り、ペンシルバニアを中心に全米の州に送りました。
アメリカは、基督教の国であり、プロテスタントであるが、現在はバビロンと化してしまいました。ほとんどの女性は、胎児を殺してもよいと考えています。トランプは、「胎児を殺してはいけない」と、3回目の討論会で言いました。ヒラリーは、「出生予定日の前日に殺しても良い」と言い、それを家庭連合は支持しているのです。

お父様を離れるとサタンが入り込むのです。サタンが入ってくるとき、神は善悪を分立せざるを得ません。分立しないと善が悪となり、相対主義となり、地獄に落ちます。善が悪となる今の文化では、「善と悪を白と黒に分ける人はレベルが低い人だ」と言い、ユダヤ教、基督教は、善悪、白黒を分けるので低いものだと言います。

男性が女性達を誘惑します。女性がサタンにかみつかれて善悪を分別できない愚かな人になりがちです。善悪が分別できなければ、サタンがベッドに入ってきます。サタンは女性を利用して、その赤ん坊を殺します。それは、女性の人権、健康の問題だと言って、、、白衣の医者や科学者を利用して胎児を殺してもよいと思わせます。女性が胎児を殺しても良いと、サタンの宗教、儀式、イメージ、、を持って赤ん坊を殺します。文化的にサタン宗教の信徒になってしまいます。

どんな女性も胎中の赤ん坊が生きている事を感じているのです。ある人は堕胎をしたことを誇りビデオにしていますが、10年後には後悔するのです。産まれていれば立派な人になったかも知れない人を殺人した事をです。サタンは女性を殺人者として造り、しかし、貴女は殺人をしていないという文化をつくれば、必ずその文化は滅びるのです。

一番貴重なものは、神様が下さったものの中で赤ん坊なのです。生きている生命を何とも思わずに殺してしまう文化、、、。ミクロとマクロ、トランプとヒラリー、亨進王と韓氏オモニ、戦いです。自分の肉身の母ですが、お父様に背信した堕落した女性を王として捕まえ、、、そのように恐ろしい時代に生きているのです。イスラエルの民がカナンに入ったとき、全ての王を殺さなければなりませんでした。お父様を背信すれば地獄に行かざるを得ません。悲惨なことです。お父様が全てを捧げ、韓氏オモニを救おうとされましたが、個人の5パーセントがあります。戻ってくる道がありません。権力や財産を信じて、神に反逆すれば家庭が滅亡します。韓氏オモニは、自分の栄光が上がると思っていましたが、世界から糾弾される位置に立ち、歴史の中で一番悪口を言われる女性になりました。欲望のために、、、お父様の位置を奪おうとしました。自分がメシアであり、独生女であり、無原罪の神であると言いました。キリストの救いを受けた人がそんな事を言えば、救われることがありません。

私(亨進2代王)が聖和し、信俊が王になった時、ヨナが韓氏オモニと同じような事をしたら、石を投げつけてください。女性の欲望は世界を滅ぼします。再臨主に反逆したにもかかわらず、私が何を反逆したのか?と人気を追求すれば死ぬのです。真理を追究してください。全ての人が、私や皆さんの悪口を言っても、お父様に従わなければなりません。組織を信じ、組織と共に生きるのではなく、お父様を信じなければなりません。皆さんが組織信仰の時に、カインとアベルはお父様を守りました。善悪を分別しなければならない時は、人間的事情を考えてはいけません。サッと斬らないといけないのです。もっとも重要な時に、全ての食口が私たち(国進様と亨進様)の悪口を言っていました。

人気を追求する女性を見てください。韓氏オモニについていく女性は人気を追及しています。女性が最も大変です。全ての女性が善悪を分別できない存在になってしまいました。カインとアベル、夫が分別するので、妻達もついて来ました。何年か後には、カインとアベル、亨進と国進兄さんが言われたことが嘘ではなかったと気がつくことでしょう。全ての財産、名譽、全てを捨ててきました。しかし、今は最も多くを持っています。神様とお父様をつかんでいるからです。
皆さんが善悪不分別の中にいた時、アダムの立場にいる者が韓氏オモニの下に居たら、今の救いの道もありませんでした。善悪を分別できない文明圏と家庭は、サタンのものになるのです。

ミクロとマクロの次元で繰り広げられています。これまで殺された胎児は、自分の存在が認められない立場で、霧の中にいました。スーパーマーケットで迷子になった子供がどれほど恐怖に襲われるか?!胎児は、黒い霧の中でどれほどおそろしいか?!胎児たちは、罪がない、最もきれいな霊人です。サタンはそれを食い殺したのです。一番清い人をサタンは好むのです。20億の胎児が殺されたと推定されています。バビロンとか歴史上のサタン圏の文明よりも何千倍も最も悪いことです。アダムとエバ、エバである韓氏オモニとヒラリーはそのような赤ん坊は死ねと、そのような戦いが繰り広げられているのです。

審判は来ますが、アメリカがヒラリーを選択すれば、全世界に審判が及び、市民にまで及んでしまいます。ヒラリーはロシアと闘おうとしています。6万もの核弾頭を持つロシアとです。銀行家の悪行がばれないように戦争を起そうとするのです。そうなれば、たくさんの若者達が死ぬでしょう。

フィリピンが中国に付こうとしています。東アジアが不安定になるばかりでなく、世界が不安定になります。
トランプが選択されたとしても審判は来ますが、市民には及ばず、天使長である政府にのみ及ぶことでしょう。

先祖解怨祝福式を行った直後に起こったことですが、ひとつは、選挙において機械で投票しますが、その数字を操作することが出来る事を立証しているビデオが公表されました。ワシントンに在住しながらアラスカまで操作できます。それを立証するビデオ、オバマ、ヒラリーは、市民がやることだと嘘を言っていますが、そのビデオが公表されました。全世界を滅亡させることが出来る選挙です。もうひとつは、FBIがヒラリーの事件を7月に終結してしまいましたが、その捜査を再会すると言うのです。殺された子供達、名前の無い子女達が、ヒラリーになったら全世界に堕胎を認めるとして、その子供達の霊が協助しているのです。
万一、ヒラリーが勝てば、市民も50パーセントは死ぬでしょう。トランプならば、天使長の政府のみが死ぬのです。トランプは国に反逆した人を牢獄に入れなければなりません。トランプになっても戦争は起こるでしょう。但し、政府が牢屋に行くだけです。人間の5パーセントがあります。パンフレットを配布してください。全世界に影響を及ぼさなければなりません。
、、、、、、、、
再臨主に従わなければ、アメリカはなくなると言われました。お父様が韓氏オモニを叱った頃、トランプ氏が突然賭博王として現れました。
我々はトランプに近寄ろうとしませんでしたが、突然トランプの息子が近づいてきました。ミクロとマクロが突然近づきました。

歴史的時代、サタン文化と神の文化を決定する戦争です。単なるアメリカの大統領選挙ではありません。胎児を守る文明か?殺す文明か?を選択するのです。一方は、第3次大戦を起そうとしています。片方は、天使長を審判しようとしています。世界の市民はどのような文明を選択するのか?投票システムの詐欺とたたかうか?!受け入れるか?!

オバマとヒラリーの一番の秘密、20億の胎児を解放した翌日、投票システムを操作することが出来ることが明らかになりました。昨晩、今まで霧の中にいた胎児たちが陽を射すようになりました。一日のうちに何千万の人びとがインターネットを見ました。インターネットが市民の武器です。スーパーエリートが国連に渡し、国連を通してコントロールしようとしました。家庭連合も改竄、改竄、改竄、嘘がたくさん出て来ました。政府も改竄、改竄、改竄、嘘がたくさん出てきています。

何もない弱い市民達が大きな財閥や政治家を引きずり落とすことが出来たのか?!それは、三代王権が全てが無くなってもお父様を捨てなかった、責任を果したので、マクロとミクロが一致したのです。韓氏オモニの異端を手伝っていたならば、全てが滅びたのです。武道人としてそれが出来なかったのです。石チュノがそうです。お父様を売り飛ばしました。真の武道を習う者は、お父様を売ることはできません。エペソ6章にあるように、キリストを信じる者は、神の武具で身を固めなければなりません。神の血統圏の者は、武士であり、天の侍です。真理の帯を腰にしめ、正義の胸当を胸につけ、平和の福音の備えを足に履き、信仰の盾を手にとって、神の下さった全身兜をつけ、皆さんはサタンを分別した人なので、周りの人びとに気を配らず、お父様の王権、神の王国を建て、死んでも、十字架に逆さになって死んでも、王のために死ねるのが栄光だという人にならなければなりません。自分の赤ん坊を殺す人には神の国は来ません。資産、財産、権力のために生きる人のところに神の国、王国は来ません。イエスとともにあった12弟子、少数が全世界に拡散しました。お父様のために闘うことができる武士に恩恵がきます。

イサクの時代、自分の父を信じて祭壇に上り、喜んで死ねる境地、少しでも疑っていたならば、その場で死んでいたであろう。2代はイサクの時代、お父様の言われるまま、自分が死んでも世界が救われるならば死んで行く。イサクの時代の代表として、祭壇に上って死ななければいけません。勇気、愛を持って祭壇に上れば、お父様が、神がアブラハムの手を止めたように、、、。生きようとするのではなく、死ぬ覚悟で祭壇に上ったので、最後の瞬間、神はアブラハムの手を止めたのです。そのような犠牲と覚悟が無ければ、三代が地獄に行きます。神の地上天国を創るのは、侍精神です。

にほんブログ村 哲学・思想ブログ サンクチュアリ教会へ
にほんブログ村

2016年9月18日 説教「教化される王国」【英語説教日本語訳】(その3)

Kingdom Cultivation   September 18  2016   Rev. Hyung Jin Moon   Unification Sanctuary  Newfoundlan3d PA on Vimeo.png

教化される王国 Kingdom cultivation (その3)

さて、神の国の文化では、連邦の警察はありませんし、連邦の軍隊もありませんので、若いときから、若者たちはコミュニティを守るために訓練しなければなりません。まず初めにどのようにして弾丸を防ぐかを学ばなければなりません。自分を守る方法をまず学ばなければなりません。神の国では、ブラジリアン柔術のようなものがあります。総合格闘技のようなものがあります。射撃のようなものがあります。ハンティング、釣り、農業のようなものがあります。すべての人のおもな訓練としてこのようなものがあるのです。

すべてのコミュニティは自分達の安全を自身で守る責任があるからです。幼い時から基本的な自衛の技術を習得することはコミュニティを構成するメンバーの責任だということです。自主独立です。これが天一国文化の中心をなすのです。

イエス様がもし金貸しを打つ鞭を製造していたらどうでしょう。(笑)イエス様がお父様と一緒に戻られた時、最初に起こした製造業が空気銃の製造だったとしても驚くことはありません。後にはそれが国の防衛産業と共同して韓国民を守るためのバルカン砲を製造することになります。

それを年長のカイン(国進様)がその伝統を引き継いで競争の極めて激しい業界で成功を納めています。お父様の後継者としての私が射撃も射撃スポーツも楽しむうえに人を訓練し修錬する武道を愛することは決して偶然ではありません。

Sanctuary Church Service September 18  2016 Part3   YouTube.png

(スライド写真を指して)この女性はマッケンジー・ダーン、20代の女性です。可愛らしい女性でしょう。むしろ女性らしく見えます。ところが彼女はブラジル柔術の世界チャンピオンなのです。またMMA総合格闘技にも参戦しました。

あるサンクチュアリのメンバーがマッケンジーの柔術教室に参加したと聞きましたが、直接知っているわけですね。いつかここに招待して一緒にトレーニングしたいと思っています。若い女性メンバーは喜ぶと思います。

一見したところ分かりませんが、彼女はこう見えて普通の女性ではありません。若いころから格闘技をしていると根本的に普通の女性と異なってくるのです。絞め技で落としたり関節技で相手の骨を折る力を持つことはいうまでもなく、精神的に違ってくるというのです。

射撃、釣り、狩猟、格闘技を愛する人々が共通して(政治的に)保守的であることは興味深いとことです。もちろんたまにおかしなリベラル支持者もいるにはいますが(笑)。大半は保守的な価値観の持ち主だというのです。過酷な闘いをする人々は往々にして良き家庭人であるのです。良き父親、良き母親であり、子供の教育にも熱心で正しい価値観を教えるといいます。全員が聖人というわけではありません。おしなべてそういうことができるということなのです。釣り、射撃、狩猟やレスリングやブラジル柔術、総合格闘技などの本格的格闘技を愛好する人々はたいてい保守的です。

これは王国文化の一部です。

128312.jpg

(スライド写真を指して)これはロンダ・ラウジーです。彼女も大変な女性です。腕を半分に折られますよ。柔道のオリンピック選手(訳注:北京オリンピック銅メダリスト)でありUFCのチャンピオンです。フェミニストたちはロンダにフェミニストとして振る舞ってほしいのです。男を足蹴にする、男性嫌いの女性になってほしい。ところが彼女は全くそうではありません。女性が優遇されるべきだとは言いません。男性でも女性でもいい試合をして観客を魅了するなら男女の差なくそれに見合う報酬を受けて当然だというのです。

それを聞いてフェミニスト達は、ロンダが自分達を代弁することを懇願します。ところが彼女は現実的です。虚構の世界には住んでいません。現実に常に向き合うことを強いられる過酷な格闘技の世界で生きているからです。それが自分の一部になるのです。自信を与えると同時に謙遜にする文化です。例外もありますが、おしなべてそう言えるということです。

このスポーツに関わる人間は通常と異なる考え方をします。女性でもそうです。精神的、肉体的に異なるのです。この競技の性質によって全く違った神経経路が開発されるのです。幻想に生きることをせず人に助けを求めない闘い抜く精神です。全く異なる人種になるのです。

タイ式キックボクシングも伝統的にハードなスポーツです。しかし多くの人はこの事実をよく知りません。これはチャンピオンのセンチャイです。大変優れた格闘家であり研究家です。小柄ですが大男を倒します。タイ・ボクシングは打撃系格闘技としては最も過酷なものです。蹴りも膝蹴りもパンチでもOKです。顔面への肘打ちも許され、体のどこをけってもいいのです。本当に過酷な打撃系格闘技といえるでしょう。

いまや女性がこの世界に進出しています。全く普通の女性と異なってきます。私はブラジル柔術について多くを語って来ました。この写真は2009年のジョジョ先生の試合の場面です。この上に乗っかっているモンスターのような選手を見てください。このとき先生は試合に負けましたが、このようなスポーツにいま(サンクチュアリの)若者は取り組んでいるのです。非常に危険なスポーツです。真剣勝負です。まやかしではありません。降参を強いられるのです。ここにいる若者の中にも経験者がいるでしょう。

これはジョジョ先生が世界チャンピオンのJTトレスと戦っているところです。

Sanctuary Church Service September 18  2016 Part3   Yo9uTube.png

ジョジョ先生がこれ(ビデオ)を見ていらっしゃるなら茶帯を下さったことに感謝します。すばらしい柔術家です。NINJA(サンクチュアリの格闘技チーム)はまたこの棒術も練習します。フィリピンの格闘技、カリ・エスクリマです。棒やナイフを使う凄まじい格闘技です。こちらの方が強くなるには時間がかからないでしょう。ブラジル柔術は上達するのに時間がかかります。これなら2、3日でかなり強くなります。

Sanctuary Church Service September 18  2016 Part3   03YouTube.png

金曜日にカリ、ナイフを持った闘い方と共にこの二本の棒をもった闘いを練習します。私はこれを14歳の時に習いました。仏教の修業で15年間中断しましたが、これを昔、学んでいました。

この(格闘技の)世界にいる人たちは他の人たちとは変わっています。決してリベラルに組しません。修正第2条(銃所持の自由)の支持者です。カリ・エスクリマの達人も武器を扱う達人です。彼らは一般人が自衛のために武器所有することに賛同しています。格闘技の世界はそこにいる人でなければよく理解できないのです。知り合いもいないでしょう。皆さんにとって私が唯一の知り合いではありませんか(笑).

彼らの価値観はほとんどキリスト教徒のそれと重なっています。全く同じといってもいいくらいです。自由と責任。勤勉、誇り、尊敬、誠実さ、真実を追い求める。まやかしを排除する。

お父様が「平和警察」「平和軍」は天一国の文化規範だとおっしゃいました。学校に行くよりも毎日柔術を学ぶ方が子供たちにとってよほど良いというのです。いじめられることがありません。なぜなら反撃するからです。またそれは地域の安全と密接につながっています。それはまことに文化と自然な一体をなすものです。コミュニティの皆が学ばなければならないものです。勤勉さと訓練、結果の理解、意思決定の理解を自然に自分の物にしなければならないというのです。皆さんぐらいの年齢ではすでに柔術の黒帯を持っていなければならないのです。女性の皆さんもそうですよ。

マッケンジー・ダーンが闘う姿を見て下さい。可愛らしいものです。驚くほどではありません。皆さんも必ずできるのです。彼らのように自分もなれたら…と思いながら強い人に憧れるでしょう。あなたも強くなれるのです。幼い時から強くなるということは王国の文化の一部なのです。その文化とは名誉と誠実さを重んじ、約束を守り、熱心に訓練し、年長者を敬い、先生を敬う、文化です。自分に幻想を抱いてはなりません。文化の自然な一部として成長するのです。

お父様が言われる「平和警察」「平和軍」こそ天一国の主要な文化の根本であるのです。なぜなら自分の家、家族、コミュニティを守るということは重大な責任であるからです。ことに自由な社会ではなおさらです。

真剣勝負の格闘技を学ぶとき一体何が身に付くのかというと、判断の大切さを学びます。判断を誤ると死に至るからです。間違えたら終わりですね。落とされてしまいます。

また原因と結果の原則を身をもって学ぶことができます。この動作を間違えると絞められて窒息する、というふうに。経験を通して知るのです。授受作用には因果律が働くことを学びます。
泣いても何の役にも立ちません。私の妻は芸術家です。怖がりなのです。私が机の後ろに隠れて脅かそうものなら「キャー」と叫んで驚くのです。だから息子たち、とくに幼い息子は良くします(笑)。

しかし初めて(柔術の)トレーニングをしたとき相手は女の子だったのですが顔は恐怖でこわばっていました。私はその様子をビデオに収めました。第三者的な状況を知らせるためにです。インターネットには出しません(笑).

妻が闘っている時どのような表情をしているのか見せました。その(恐怖の)表情が相手を活気づかせるでしょう。もしとんでもない恐怖の表情を相手に見せるとしたら、相手は「よし、倒してやろう」となるでしょう。それを隠さなければなりません。強くなければならないのです。たとえ攻撃されていても我慢しなければならないというのです。強く見せなければなりません。表情を作る筋肉を主管しなければなりません。表情を変えるなというのです。強くあれと。

それは内面の表れです。皆の前で恐怖に震える姿をさらけだして構わないのか、それともそうはありたくないと思うのか。そういう表情を表に出していると悟ればそれを意識的に抑えるよう心掛けねばなりません。彼女は今では恐怖を見せるようなことをしません。マウスピースをしてサムライのような顔をして闘っています。全く変わりました。恐怖でアーッということもありません。強く、パワフルで美しく、セクシーです。オー、マイゴッド!
といっても、これは淫らに神の名を唱えているのではありません。神様を讃美してるのです。
妻を与えて下さったことに感謝しています。

心に体を屈服させる。ファンタジー対現実です。先週の証、韓国語での説教でも言っていましたが、妻は自分をタフだと思っていたのです。しかしトレーニングを始めてみて自分の無力さに気が付いたというのです。現実に直面してみなければなりません。文字通り現実と向き合うのです。とんでもなくか細い女の子がまったくタフになりました。マリアンはどこにいますか?

マリアンは小柄で、優しい女の子です。最初すべての他の女子に負け続けたのです。ところが彼女はあきらめませんでした。「降参」しても次も、その次も来るのです。勝っていた女の子ももうマリアンとは試合したくないと逃げ出す始末です。来る日も来る日も練習を続け今ではすっかり変わりました。驚きました。

心構えが違うのです。文化の心構えが違うというのです。精神的強さと肉体的強さを習得します。練習の後の痛さを快く感じる人は何人いますか?2年も続ければそういう心境になるのです。健康体に病みつきになります。精神的強さと肉体的強さを体得すれば感情をコントロールできるようになります。最初どれほど恐ろしかったですか。

テニスをするのではありません。格闘するのです。倒すか倒されるかの世界です。ピンポンで打ち負かすというのとは違うのです。殺すか殺されるかというのです。だから恐怖心を克服しなければなりません。

ギャロップの調査でも幼いころから恐怖心を植え付けられ社会的安全を求めて民主党に投票するようになっているといいます。文化的にすべての女性が真剣勝負の武道などを学ぶようになれば、より保守的な考え方に変ります。現実と向き合うことによってより保守的になるということです。馬鹿な選択をすれば命にかかわるとすればどうですか。負けるだけです。結果を想定しなければなりません。

感情を主管せよというのです。世間は簡単に皆さんの感情を操ることができるのです。さまざまな政治宣伝で女性の感情を操ります。ああ、あなたは1ドル当たり70セントしか払ってもらっていないのですか、中央政府の力で、税金の力でもっともらえますよ、などといって。

私は感情に支配されません。今週練習に行きたくない、それがどうしたというのか、やはり練習には行くのです。痛みがあっても練習は休まない。痛みをとる一番良い方法は練習することです。

つづく

翻訳:サンクチュアリNEWS管理人

にほんブログ村 哲学・思想ブログ サンクチュアリ教会へ
にほんブログ村

2016年9月18日 説教「教化される王国」【英語説教日本語訳】(その1)

Kingdom Cultivation   September 18  2016   Rev. Hyung Jin Moon   Unification Sanctuary  Newfoundlan3d PA on Vimeo.png

教化される王国 Kingdom cultivation (その1)

今日の聖句を見ていきましょう。ルカ11章です。14節から23節を読みましょう。

14:さて、イエスが悪霊を追い出しておられた。それは、物を言えなくする霊であった。悪霊が出て行くと、口のきけない人が物を言うようになったので、群衆は不思議に思った。15:その中のある人々が、「彼は悪霊のかしらベルゼブルによって、悪霊どもを追い出しているのだ」と言い、16:またほかの人々は、イエスを試みようとして、天からのしるしを求めた。17:しかしイエスは、彼らの思いを見抜いて言われた、「おおよそ国が内部で分裂すれば自滅してしまい、また家が分れ争えば倒れてしまう。18:そこでサタンも内部で分裂すれば、その国はどうして立ち行けよう。あなたがたはわたしがベルゼブルによって悪霊を追い出していると言うが、19:もしわたしがベルゼブルによって悪霊を追い出すとすれば、あなたがたの仲間はだれによって追い出すのであろうか。だから、彼らがあなたがたをさばく者となるであろう。20:しかし、わたしが神の指によって悪霊を追い出しているのなら、神の国はすでにあなたがたのところにきたのである。 21:強い人が十分に武装して自分の邸宅を守っている限り、その持ち物は安全である。22:しかし、もっと強い者が襲ってきて彼に打ち勝てば、その頼みにしていた武具を奪って、その分捕品を分けるのである。23:わたしの味方でない者は、わたしに反対するものであり、わたしと共に集めない者は、散らすものである。24:汚れた霊が人から出ると、休み場を求めて水の無い所を歩きまわるが、見つからないので、出てきた元の家に帰ろうと言って、25:帰って見ると、その家はそうじがしてある上、飾りつけがしてあった。26:そこでまた出て行って、自分以上に悪い他の七つの霊を引き連れてきて中にはいり、そこに住み込む。そうすると、その人の後の状態は初めよりももっと悪くなるのである」。27:イエスがこう話しておられるとき、群衆の中からひとりの女が声を張りあげて言った、「あなたを宿した胎、あなたが吸われた乳房は、なんとめぐまれていることでしょう」。28:しかしイエスは言われた、「いや、めぐまれているのは、むしろ、神の言を聞いてそれを守る人たちである」。

とてもパワフルなみ言葉ですが、ここでまず動画を見ましょう。

これは私たちが制作した動画ではなく、他の誰かが作ったものです。そしてもちろん、これまで一年半に渡って私たちが世界のみなさんと共に話してきた事実を取り上げたものです。

また、今週、家庭連合の匿名の公職者の書いた手紙について韓国からの報告がありました。この方は、自分の意見をはっきりと発言し始めています。
「お母様は自制を失っています。はっきり言って独生女の話には誰も従わず、みな去ってしまいます」と言っています。

人々が一層派手に反対して立ち上がるようになっているのがわかります。同時に日本でも教会が崩壊しつつあります。経済の中心が崩壊するにつれ、権力の幻想が崩壊していきます。

数週間前にも話しましたね。彼らはもっと大きなイベントをやらされるようになります。何千人も集めて青年のためのイベントを行いました。参加費は無料です。つまり自分たちで費用を負担したというわけです。そればかりか参加者それぞれに100ドルずつ与えたのです。

今彼らは参加者にお金を払ってセミナーに参加してもらっているというのです。子供たちを買収し、100ドルあげるから来るようにと言って。幻想は崩壊しています。ですからその100ドルをもらうという動機で人々は参加するわけです。それは義なる人々ではありません。与える人ではなく受ける人であり、文明を築く人ではありません。何千人かが集まって、素敵なビデオショーを行いました。しかし、内的には腐敗しているのです。内的には荒廃しています。

私たちが韓お母様の異端に対して強く立ち上がるとき、それは私の義務であり責任であり、お父様が私に信頼することであり、私はその問題に伴うすべての個人的な困難をすべて克服しなければなりませんでした。そして自分の個人的な立場ではなく、お父様が私に与えた立場に立たなければなりません。お父様の代身者として、地の裁き主のような立場に立たなければならず、自分の母に対してもはっきりと言わなければならないのです。裁き主は「あなたは私のお母さんですから許してあげます」とは言えません。

みんなを地獄に連れて行き、彼らの魂は焼かれて苦痛を受けるのですから「あなたはお母さんですから見逃してあげます」とは言えないのです。それは正しいことではありません。良いことではありません。

そのような立場は簡単ではありませんが、私は自分がやらなければならないことを、やらなければなりません。真実を語らなければなりません。そのときはだれも理解できませんでした。内部の問題について話していたのですが、今は世界全体の問題と密接に関わっていることが分かるようになりました。ここで起きていることは、数か月後、数週間後の世界全体でもすぐに見ることができます。

沈黙を破った後、トランプ革命が起こり、私たちが嘲られればトランプも嘲られ、私たちが9・11テロのことを話せばトランプも9・11テロのことを話し始め、あきれるほど類似しています。攻撃し、真実のために立ち上がることは心地よいものではありませんが、私たちはサタンと戦うために前進しました。

しかし今、全世界規模で見ると、ヒラリーの勢力は落ち込んでいます。同時に韓お母様の勢力も内部的に崩壊しつつあります。

もちろん、彼らは、自分たちは大きなイベントもして参加者にお金まで払っていると主張していますが。公職者だけでなく、子供にまで払っていると言うのですからたいしたものですが、それは北朝鮮と同じだと言えます。イランと同じです。その人たちは、自分が信じているから、聖霊に満たされているからそこに行くのではなく、お金がもらえるから行くのです。幻想は崩れ、同時に世界ではグローバリズムと独立国家との戦いが起きています。それはトランプ対ヒラリーの対決によって象徴されています。

ヒラリーの選挙運動は落ち込んできており、まったく内部崩壊しています。先週のことですが、それまで2ヵ月に渡って、誰でもヒラリーの健康状態について質問しようものなら、陰謀論者だと言われたのです。アルミホイルの帽子をかぶる人と同じで、狂っていると言われました。

そして何が起きたかと言えば、今週、最も脚光をあびるイベントである、9・11のイベントで、彼女は隠れて、ぜいぜい言って咳をしていて、真夏なのにただの風邪だと言っていました。9・11の日に彼女は崩れていきました。イベントが始まってすぐに立ち去りましたが、たくさんのカメラがそこにありました。それでパニック発作かめまいか何かを起こすにはまった最悪のタイミングだったわけですが、彼女は連れ出されました。

民主党は天気のせいにしようとしました。うだるような酷暑のためだと。23度ぐらいで湿気もありません。この夏で最も涼しい日でした。23度で気絶するとすれば、合衆国大統領になるには大きな問題があると言えます。大統領専用機(エアフォースワン)に乗っても気を失うことでしょう。私自身は実際どれぐらい悪いのか知りません。みなさんはおそらく知っているかもしれませんが、ここでこのビデオをみてみましょう。

(以下、ヒラリーが車の前でよろめくところのビデオを見ながら)あの金髪の女性です。足元を見ていてください。彼女を取り囲んでいます。彼女が倒れこんでいるところを見てください。彼らはまさに彼女を車に引きずり入れています。それで愚かな人たちが覆い隠そうとしています。

彼女が足を引きずって、どれぐらい不健康な状態か見ましたね。あの女はもう倒れそうになっています。小さな世界と大きな世界は連動しています。堕落したエバと女性の時代と、堕落した女性の権力を代表する韓お母様の異端性を攻撃すると、権力の幻想が露わになり、正午の太陽が輝いて打ちのめします。嘘をつけばつくほど、その嘘を覆い隠すためにもっともっと嘘をつかなければならなくなります。文字通り内部崩壊し始めています。

同時に全世界のレベルでは、ますます多くのアメリカ人が立ち上がり、黒人やヒスパニック系のかなりの人々もトランプに投票しようとしています。トランプは人種差別主義者だとか何だと言っていてもそうなのです。彼は同性愛嫌悪者だと言っていても、同性愛者のコミュニティもトランプに入れようとしています。ですから、みんなが乗り換え始めているのです。

そして同時に、ヒラリーというのは、堕落した女性の象徴であり、傲慢なエリート主義、支配階級であり、権力のために身を売る者であり、そして女性を抑圧する悪なる国からお金をもらいながらフェミニストのふりをしていますが、すべて嘘で偽物です。クリントン政権では3つか4つの戦争を始め、いくつの戦争ですか?オバマと一緒に8つ以上ですか?どれだけたくさんの戦争を始めたでしょうか。

それでその嘘が彼女の悪魔的な権力を崩壊させて、自由社会セミナーで勉強したように、エリートのレベルで・・・60ミニッツの証言を見ましたね。イギリスのロンドンで、60ミニッツがとても良い仕事をしました。幼児性愛のカルトのスキャンダルを報道しました。議員や貴族院のメンバーといったトップのエリートたちの中で起きたことです。今週見たビデオですが覚えていますか?インタビューをしていて、50歳になる男性が8歳のときに年老いて太ったいやらしい貴族にレイプされたと言っていました。

國進様も指摘していましたが、彼らは森の中で秘密の儀式を行っていたと言っていました。しかし、その番組では悪魔崇拝だと言いませんでした。彼らは悪魔崇拝だと言いたくないのですが、これをすべて取材して調査していると言おうとしていました。もちろん、その政治家やその人々には何も起きていません。彼らはみな免れています。60ミニッツは自分たちの役割として彼らが調査中で、やがて訴えて処罰するのを手伝うようなふりをしていますが、実際にはその人々には何も起こらず、裁きが下されることはありません。

このことを学ぶことによって、世界に本当の悪が存在することが分かります。組織された悪が存在します。國進兄さんが言ったことがとても気に入っているのですが、次のように言いました。どうやって100人を陰謀に従わせるかと言えば、彼らのうちの5人を殺すのだということです。5人を殺してしまえば残りの95人は沈黙します。彼らが殺されたのを見れば、自分が話すと殺されると分かるからです。このようにして権力基盤が維持されるのです。

悪魔と天使長の権力がお金と殺人の関係の連鎖によって維持されます。彼らはお金を独占し、殺人を独占します。そのようにして彼らは何百何千という人々を従わせるのです。狂った話に思えますが、どうして何千という人が何も明かすことなくそれに従うというのでしょうか?それはつまり、そのうちの何人かを殺すということなのです。何人か殺せばしゃべらなくなります。分かりますね。これが現実です。

國進兄さんが自由社会についての深い内容で私たちを指導していることの一つ目は、世の中に悪が存在しているということです。愚かな相対主義者は、大学や高校、公立学校でみなさんを洗脳しています。

「世の中に本当の善や悪はありません。すべて自分の道徳基準しだいです。自分で自分の道徳を作ります」

ここにいるみなさんはもう、何度も話しましたね。悪魔はそのような巧妙な言葉を使って善も悪もないと信じ込ませようとするのです。なぜなら、自分たちが悪を行っており、組織的な悪を犯しているからなのです。ですから彼らは悪を悪と呼ばせたくありません。彼らはそれを善と呼ばせたいのです。なぜなら彼らには権力があり、そのようにできるからです。彼らは善と悪を相対化することに既得権益を得ます。なぜなら、もし善と悪に対する明確な理解、善悪の明確なイメージがあり、善悪を分ける十戒を理解するなら、この愚か者たちがとんでもない悪だと簡単に分かります。

彼らは子供をレイプし、子供を人身売買しています。60ミニッツの番組で見ましたね。60ミニッツが取材していました。親のいない子供たちのいる養護施設に行って、そこから子供たちを盗んであの政治家たちに売っていました。彼らは子供をレイプしたいのです。60ミニッツの、その前のインタビューを思い出してください。2週間前に見ましたが、オーストラリアで、8歳から11歳になるまで7回妊娠したと少女が証言していました。彼女は自分の、頭のおかしい邪悪でサタン的な、魔女の、祖母に捨てられたからです。祖母がいつも優しいとは限りません。この祖母は、孫をサタン崇拝のカルトに入れていました。7、8人の男が彼女をレイプして性的に虐待するのを笑って見ていました。

一方では、マイナー・アトラクション・シンドロームと呼よばれるもののために戦っている人々がいます。幼児性愛は犯罪とみなされるべきでなく、それは病気なのだと、生まれつきそうなのだと言っています。同性愛アジェンダのことを聞いたことがあるでしょうか?トランスジェンダー・アジェンダのことを聞いたことがあるでしょうか?今度は幼児性愛アジェンダが出てこようとしています。ドイツでは幼児性愛は病気だと言って犯罪とみなさないようにしています。そして近親相姦をジェネティック・アトラクション・シンドロームと呼んでいます。これらの人々がこれに関わっています。そういう理由で大衆文化の中でOKなのだと正当化しようとしているのです。

60ミニッツでインタビューを受けていた若い女性が、彼らが何をしたと言っていたか思い出してください。8歳の頃から彼女はレイプされていて、彼女が妊娠したらどうしたのでしょうか?彼らは彼女に赤ちゃんを殺させました。他の動物も練習のために犠牲にしていたそうですが、赤ちゃんも動物のように切り裂きました。それで何をしたでしょうか?彼らは彼女にそれを食べさせたのです。その子供を食べさせました。

最高レベルの権力において、集中した天使長の権力において、人々は取り澄ました幻想を抱いています。イギリスの人々は自分たちが取り澄ました人間であるような幻想を抱いています。自分たちが取り澄ました、良い人だという幻想を抱いていますが、その裏では、子供たちが人身売買され、レイプされ、その子供たちに赤ちゃんを殺させ、食べさせています。それが、彼らが行っていることです。

そういうエリートだけではありません。オーストラリアで警官が出て来て、オーストラリアでこれが起きていないと思うなら頭がおかしいと言っていました。また、アメリカでもブッシュがワシントンで児童買春組織を運営していたことが、ワシントン・タイムズなどで報道されていました。お父様はまったく正しかったのです。お父様はブッシュに会って、あなたはサタン世界の王だと言われました。そして公にブッシュをサタン文化の王、分奉王と呼びました。お父様は100パーセント正しかったのです。その愚かな人たちを見抜いていました。これが最高レベルのエリートの間で起こっていることです。

もちろん國進兄さんはもっと深いところまで語られていますし、私たちももっと深く学んでいきますが、こういったことが表に現れて報道されているのに、次の日には人々は忘れてしまいます。人が何かを聞いて、忘れてしまうという性質は、サタンがもう一度それを行うのに利用していることなのです。

あの少女に自分の子供を儀式として犠牲にさせ、食べさせている理由について彼らが何と言っていたでしょうか?その目的が何だったか覚えていますか?それはルーシェルがそれを好むからだということです。彼らはサタンがそれを好むと言っていました。二人の心理学者がいて、警察と一緒に働いていましたが、彼らは彼女が嘘をついておらず、本当のことを言っていると言いました。二人の有名な心理学者が彼女の話と証言を分析して、二人とも彼女は嘘をついておらず、本当にそれを経験したのだと結論付けました。

その天使長の権力のトップにあるものは、ただの人間ではありません。それは悪魔です。悪魔がいます。彼らは人間の体の中にいるか、その体に憑依してコントロールしているのかもしれませんが、悪魔がそこにいます。サタンがいます。サタンは、そのようなタイプの悪の背後にいる勢力です。そして一般市民のレベルを下げて「おいおい、そんなことを信じたりしないよね。そんな漫画みたいなこと。勘弁してくれ」といって確認させます。正にそれが、自分たちのサタン的な儀式を行い続けるために、彼らが一般市民に信じさせる必要のあることなのです。

みなさん、これは事実です。人々の命が破壊され、虐殺され、人々は殺されています。こういったサタンの勢力のゆえに、犠牲として捧げられ、肉を食べられているのです。誰かがヤハウェにあるイエスを崇拝するのと、誰かがサタンを崇拝するのとでは、大きな、重大な違いがあります。天国と地獄の違いと言えます。天国と地獄は本当のことです。みなさんが永遠に過ごす場所であり、どちらも個人的な場所です。誰かと一緒に過ごすことになりますが、ただ、誰と過ごすかといことです。それが問題です。

このような現実がわかります。縮小体の世界でサタンを攻撃するとき、考えてみれば、韓お母様は縮小体にいて、そこでは全宇宙の縮小体におけるすべての戦いがあります。

人々がエルサレムでイエス・キリストとともに歩くとき、見物人はサンダル履きで泥道を歩いていますが、自分たちが宇宙の中心を歩いているということがまったくわかりません。もしかしたら当時12弟子は少し感じていたかもしれませんが、彼らはそれを疑っていたに違いありません。

もし、イエス様が宇宙の中心であるなら、(口で超能力の効果音のような音を真似されながら)なぜ人々がみな自分を拝むようにさせなかったのでしょうか。なぜ、この町やカペナウムなどを歩き回って時間を無駄にしたのでしょうか。彼らは宇宙の中心を歩いているということがまったくわかりませんでした。彼らは摂理の中心を歩んでいました。神様の真ん中を歩んでいたのに、まったくわかりませんでした。手掛かりがありませんでした。

砂漠の中の、エルサレムの12人の人々。それはおかしなことではありません。ペンシルベニアで起きていることが世界を変えるのだとすれば、おかしなことではないのです。神様が私たちをここに導き、摂理は王権とともに動いており、韓氏の血統と動くのではありません。

それがメシアの血統と共に動くとき、ペンシルベニアに何が起きたでしょうか。ペンシルベニアは激戦区です。トランプがペンシルベニアで勝利すれば、アメリカでも勝利します。ここは中心的な激戦区です。紫の州(民主党と共和党が拮抗する州)です。大都市には民主党が多く、田舎には共和党が多くいます。伝統的に紫の州です。ここで勝てばアメリカで勝ちます。彼がアメリカで勝利すれば、全世界の政治が変わります。神様の王権とカインアベルの縮小体がペンシルベニアに来て、世界を変えるということはそれほどおかしなことでしょうか。

トランプは今や王権に繋がっています。彼の息子が代身として荒野のカインアベルに会いに来たのです。それはまるで聖書の物語です。それはとんでもないことです。全世界の政治が変えられようとしています。

みんな「トランプは来ない。来ない、来ない」と言っていました。私たちがそうさせたのではありません。神様がここに来させたのです。信じられないことです。ペンシルベニアで起こることが、まさしく誰が合衆国大統領になるかを変え、決定するでしょう。そして全世界の政治を決定するのです。

うんざりするグローバリズムへと向かうのか、それとも独立国家へと向かうのかです。天一国憲法の発表と家庭詐欺連合の憲法の発表は、世界的な共産主義と独立国家のイメージをはっきりさせます。縮小体と世界全体で同じ戦いがあります。

私たちが韓お母様の異端性を攻撃すると、世界全体での堕落した女性が本当に崩壊し始めています。彼女が倒れこんでいるのを見ましたね。悪魔的な力が彼女の周囲から吸い取られてしまっています。あの堕落した女性を見てください。堕胎を女性の健康サービスといってサポートしていたのです。「自分の健康のためです。子供を殺しましょう。とにかくうっとうしいです」と言って。

國進兄さんはこのように言っておられました。
「女性のみなさん、真剣に考えてください。あなた方が自分の子供の世話をしたくないのは、彼らが自分の鏡だからです。彼らを見ると自分自身を見つめさせられるからです。だから子供がうっとうしいのです」
当たっていますか。その通りだと正直に思う女性はどれくらいいますか。

これは驚くべきことです。縮小体と世界全体が動いています。3年前、私たちはお母様に何と言ったでしょうか。私たちは言いました。

「あなたにはあと3年あります。あなたはお父様に逆らい、お父様を冒涜しています。お母様、あなたは理解していません。お父様が来られて審判されます」

お父様を見てください。お父様は文字通り、主要なリーダーの何人かの命を奪い、その位置からというだけでなく(地上から)取り去ろうとしています。神山(神山威氏)は真実を知っています。しかし彼は党利党略に走りました。彼は今膵臓がんです。まもなく亡くなるでしょう。

神の直接主管圏において、神の摂理を妨害すれば、霊界に連れて行かれるとお父様は語られました。

「23:わたしの味方でない者は、わたしに反対するものであり、わたしと共に集めない者は、散らすものである」

それは、縮小体の世界で今起きている現実です。指導者は自殺を図り、癌で死に、正当性を失いました。韓国でさえ匿名のその公職者の手紙が広まっています。彼は次のように書いていました。

「お母様、あなたの言うことを聞く者は地上に誰もいません。お母様を正しいと思っているメンバーはひとりもいません」その公職者は「私はお母さまが正しいとは思わない」とは書かずに「あなた(お母様)を正しいと思っているメンバーはいません」と書きました。「この愚行をすぐにやめなければなりません」と。続けて彼は、どうして王の王に捧げるテーブルをあのように準備できるだろうかと書いていました。あの供え物のテーブルを見ましたか。バナナを放り出したようなテーブルを。

「お父様は申(さる)年の生まれですので、猿にはバナナが良いでしょう」

役立たずの、本当に見下げ果てた哀れな異端者たち。

すべてのそのような現実が現れてきます。私たちは3年以上もそのことを話してきました。世界のメンバーは2年ぐらいでしょうか。他の誰も真実を語りませんでした。私たちが言ってきたことが現実になりました。私は彼女が自分をメシアだと宣言すると言いましたが、実際そうなりました。自分を神と宣言すると言いましたが、実際そうなりました。独生女と宣言すると言いましたが、そうなりました。

私は間違っていますか。話しましたね。真実を語り、そういったすべての社会的、政治的な正当性とすべてのくだらないことを通過することは難しく、簡単ではありませんでした。しかし、私たちは、真実を追求しなければなりません。真実を求めれば、神様が答えを与えてくださいます。叩けば神様が扉を開いてくれます。私たちが求めれば、神様は見つけさせてくれます。私たちは求めなければなりません。自分の望まない答えをもらって「それが真実とはひどすぎる!いい気分になれなかった!」ですって?だからどうだというのですか?それが真実です。成長してください。あなたは赤ちゃんですか?おむつを取ってください。ちょっと腕立て伏せでもして、階段でも走って、成長しましょう。

縮小体と世界全体が一緒に動いているのが分かるでしょう。アメリカの堕落女性の象徴であるヒラリーが文字通り倒れています。2カ月前に予想した人がいるでしょうか?誰も否定できません。全国放送のテレビで倒れています。咳の発作を起こして。

彼らの権力に対する幻想は世界中で崩壊しています。金曜日にドイツ銀行の株価が暴落しました。それはヨーロッパの中央銀行です。崩壊が近づいています。通貨が崩壊します。私たちが言った通りです。大きな崩壊に直面するかもしれないと、メインに行く直前に言いませんでしたか。何週間か前にそれを聞いた人はいますか?

縮小体と世界全体の直接の動きがあります。私たちは血肉に対する戦いをしているのではありません。私たちの議論は血肉に対するものではありません。私たちの家庭内のことでもありません。戦いが起きているのは、神とサタンの間のことです。文字通りに人々は悪魔に取りつかれているのです。お金に対する欲望、権力に対する欲望、地位に対する欲望、あらゆる欲望。彼らは悪の力によって文字通り食い尽くされています。

つづく

翻訳:Bamboos

にほんブログ村 哲学・思想ブログ サンクチュアリ教会へ
にほんブログ村

2016年9月11日 説教「近接する王国」【英語説教日本語訳】(全文)

Kingdom Proximity   September 11  2016   Rev. Hyung Jin Moon   Unification Sanctuary  Newfoundland PA on Vimeo.png

 

「近接する王国」 Kingdom proximity 全文

 

世界のサンクチュアリ教会に伝えておきたいことがあります。私たちが若者たちを鍛え「平和警察」「平和軍」の訓練をしていることはご存知でしょう。強くあってこそ平和は保たれます。弱ければ平和を保つことはできません。痛めつけられるだけです。力をもって向かってくる相手に対して弱ければ平和をもたらすことはできません。さもないと痛めつけられ支配されるだけです。

若者たちとトレーニングするとき、かなり危険なこともしています。ブラジル柔術、これは真剣勝負です。それにレスリングと総合格闘技。ムエタイ、キックボクシング。初めてキックボクシングをしたという人もいるでしょう。エピジェネティックを解除しましたね!これまで体験したスポーツとは全く異なるものでしょう。スポーツではなく格闘ですから。闘うときは恐怖を感じます。相手と戦うとき怖れを感じるということです。相当な恐怖です。余計なことを考える暇がない分にはいいのですが、試合まで待たされる時間が長いと余計に恐怖がつのります。社会的な諸般の事情でスポーツとされていますが格闘技はスポーツではありません。真剣な闘いです。

そのような闘いにおいては偽ることができません。私が若い時から格闘技を愛した理由の一つはこれです。最初、統一武道という跆拳道(テコンドー)と柔道を総合したものを習ったのですが、青帯をとったのちに何か物足りなさを感じました。なぜなら組手をするとき相手の頭をパンチやひじうち、蹴りなどの攻撃をしてはならず、頭をつかんで膝蹴りすることも禁じられていました。攻撃が許されているのは胸から腹にかけての部分で、そこから下も蹴ってはいけなかったのです。まやかしです。

生死をかけた闘いにおいて「ちょっとまって、腰から下は攻撃してはいけない」などといいますか。誰がそれを聞くかというのです。今になって分かるのですが、神様は格闘技を愛するように導かれました。ブルースリーに夢中になり、髪型も真似してカンフーの衣装を身に着けていました。(笑)学校では皆から「ブルース」と呼ばれていました。当時、黒人やラテン系の友達が多かったのですが彼らもカンフー映画を見て夢中になっていました。

だからそれがまやかしだと悟ってから本格的な格闘技を学びました。ブルースリーの哲学も学んだのです。それは本当に効果的な攻撃を追求するというものでした。効果のないものは捨てて真に効果的なもののみを身に付ける。彼は截拳道(ジークンドー)を考案しました。私はそこからブラジル柔術につながったのでした。なぜなら截拳道だけがブラジル柔術を取り入れていたからです。他の武道は宗教のように型にはまり解放的ではなかったのです。現実の格闘、リアルな格闘を追求していなかったのです。空手、カンフー、テコンドーなど、ただ自分たちが一番だといっているだけです。90年代にUFC(訳注:Ultimate Fighting Championship・アルティメット・ファイティング・チャンピオンシップ、略称UFCは、アメリカ合衆国の総合格闘技団体)が始まりましたがその前にグレイシー一族(ブラジルの柔術家一族)が自分達と闘いたいものは誰とでも対戦するという宣言をしました。カンフーの達人であれテコンドーの名手であれ自分たちは闘うというのです。ルールはだだ、噛みつくこと、眼を突くことを禁じるだけです。他は何をしてもいいということです。この十年、グレイシー一族は世界のトップの格闘家、そのほとんどと対戦しました。

初期の試合を思い起こせば、対戦相手は柔道、レスリング、オリンピック・レスリング、空手、極真会館、ムエタイ(タイ式キックボクシング)の世界チャンピオンなど多岐にわたっていました。それぞれが自分が一番強いといっていたのです。そのすべてを一人の男が倒しました。彼は決して見栄えのする筋肉の持ち主ではなく、やせた小柄なブラジル人でした。その男が他のすべての大男を倒したのでした。今それは映画にもなっています。彼の名はホイス・グレイシーといって、今も柔術を教えています。私も彼の兄弟と練習したことがあります。

彼によって格闘技の世界は大きく変わりました。格闘技は現実を突き付けられました。寝技(グランド・ファイティング)の効果を知らなかったのです。93%が寝技で勝負がつきます。だから一緒にトレーニングしている若者にも聞いてほしいのですが、好むと好まざるとにかかわらず「寝技こそが鍵」だというのです。立ち技の世界チャンピオンになったところで寝技に持ち込まれたら殺されるのです。

若いころから真実を追求してきました。格闘家の規律とともにその真実を追求するのです。そこから真の格闘につながります。しかし問題になるでしょう。なぜならこうした格闘技は表に出ないアンダーグラウンドな世界ですから。ブラジル柔術の道場はファイトクラブです。闘う場所で、型を学ぶところではありません。

国進兄さんも榮進兄さんも習ったのですが、レバレント・ムーンの息子たちがファイトクラブに通っているというのは問題になるのです。私たちは隠れて習っていました。当時はいまほど有名ではなかったのです。テレビ放映もない時です。

私がそのような訓練をしていることを知らずに私に会えば、普通の優しそうな人間に見えるかも知れません。私は他人を脅すようなこともしません。だから周りの人は気づきません。ところがお父様の命令で直接、身近に接するようになって、お父様にはそれを隠せなかったのです。あまりにもお父様、王の王の近くで生活しているのですべてはあからさまになるのです。もう隠せません。何に強い関心を抱いているか、神様はこれまでどういう導きをされてきたのか、そういうものが明らかになるのです。お父様の近くで侍っている時に現れたのです。

このように導かれたのはいつの頃からだったでしょう。神様が導かれました。15歳から宗教や至高の真理を求めてきました。最終的にそのすべては相対主義的なもので装いだけが異なっていることを悟りました。そしてキリストの理解に戻り、生きたキリストとの関係に戻りました。その結果、神様が私に与えられた賜物を公に認めることになったのです。

私の子供たちも普段は優しい父親が、こと格闘技の場になると仮に手加減したとしても私の意のままになるのです。これは本当のことです。おごり高ぶっているわけではありません。

この格闘の科学を追求する小さな群れは世界的に拡大しているとはいえまだまだ小さなものです。

お父様のおそばにいることで自分の中の格闘技の世界を受容し解放することができました。お父様はその世界を愛されただけにとどまらず世界に拡散せよ、教えよと私に命じられたのです。そこで(ブラジルから)フランシスコを呼びトレーニングパートナーとしました。またUFCの選手であるヤン・ドンギとも練習をしました。ところでヤン・ドンギが近いうちにトレーニングパートナーを連れてここにやってます。10月下旬です。心の準備をしておいてください。

先週、私の先生のジョジョが茶帯昇級を認定してくれたとき、私が家に帰ってカバンの中から(これまで使っていた)紫帯を取り出し、「もうこれは卒業だ」というと、一番下の息子が「じゃあ僕がそれを使ってもいい?」と言い出しました。私は「そんなことを言っては駄目だよ。この世界でそんなことをすると、勝負したいという人間がやってくることになる」冗談を言っているのではありません。なぜならこの世界の人々は紫帯や茶帯をとるためにはどれほどトレーニングをしなければならないかを知っているからです。誰かがとったと聞けば本当にその帯に値するのか闘って確かめようとするからです。追いかけてきますよ。

あなたも茶帯ですか、私も同じです、ではよろしく。そのような世界ではありません。実際、勝負を迫ってくるというのです。本当に強いのか確かめるために。

だから私は皆にこういうのです。「自分の実力以上に見せかけることは決してしてはならない、そんなことをすればこの(格闘技の)世界で傲慢ととられ憎まれるのだ。彼らは本当に熱心に鍛錬しているからだ。何度も負けを経験して訓練を続け、自分の実力の階級を熟知しているのだ。そのような人を侮辱するようなことがあれば、追いかけまわされる。」

そして偽っている相手を打ち負かしてその様子をインターネットで公開する(笑)
冗談ではありません。実際、にせの黒帯相手に勝負を迫り打ちのめす様子をインターネット上にアップして「こいつは偽物だ」と証明しているのです。だからこの世界で実力を偽るのは禁物です。

私たちが若者とこの訓練をしていることを皆さん知っています。その中で彼らは様々な問題と向き合うことになるのですが、色々な錯覚や幻想を最初はもっています。しかし実際、トレーニングに参加して現実を知るとき、自分の真の力を知るとき、自分より強い者の前にどうしようもない無力さを実感するとき、すべての自分に抱く幻想は崩壊するのです。間違いなくそういう場面に直面するのです。ドラゴンボールのスーパーサイヤ人を見て錯覚を抱いていても無駄です。ゲームのストリートファイトでどれほど上達しても関係ないのです。自分の実力がそのまま明らかになるということです。青年達、私は嘘を言っていますか?嘘ではありません。

世界からますます多くの若者がトレーニングをしにここにやって来ます。また冬にも修錬会を開きますね。どんどん世界中からやって来ます。ここでこれから来るトレーニング生のためにも率直な証をしてもらいましょう。いかに神様がその試練を通して強めて下さったのか。

リョー・タシロ の証
Kingdom Proximity   September 11  2016   Rev. Hyung Jin Moon   Unification Sanctuary  Newfoundl200PA on Vimeo.png

(亨進ニム)彼は素晴らしいポイントを指摘しました。「動物的本能をコントロールする」ということについて指摘していました。誘惑と戦うときいかにそれが重要でしょうか。サタンはその肉的本能を刺激してきます。それを霊的力を持って戦わなければなりません。肉体的訓練は同時に、強く純粋で、戦士の精神を涵養(かんよう)するための霊的筋肉も動かしているということです。ではもう一人、証をお願いしましょう。

クリスティーナ証
kingdom-proximity-september-11-2016-rev-hyung-jin-moon-unification-sanctuary-newfoundla12pa-on-vimeo

さて、(天一国の)王妃も黙って傍(かたわ)らで座って「子供たち、しっかり鍛錬しなさい」と檄(げき)をとばしているだけではありません。彼女も練習に参加し汗をかいているのです。本当に全身あざだらけです。相手を絞めたり絞められたりしているというのです。キックボクシングをしているところを見た人もいるでしょう。他の女の子から顔にパンチを受けたり、頭にキックを受けたりしています。もちろん反撃もします(笑)。
恐れに挑んでいるのです。ここで王妃にも神様の導きについて証をしてもらいましょう。

ヨナニムの証

023.png

今朝、柔術の練習について証をするよう願われました。「じゃあ準備させて」と言ったのですが、「自然でいいよ」といわれました。でも何か準備しなければなりません。私は御存じのように美術工芸を学びました。私はおとなしくて引っ込み思案なほうで、読書などを楽しむ人間です。どちらかといえば静寂を好みます。キャンバスは打ち返したり首を絞めたりしません。だから私にとって大きな挑戦でした。人は冗談だと思うかもしれませんが文字通り体がすくんでしまいました。

亨進ニムも言いました。「女性は普通このような訓練を好まない。それより映画でチャーリーズエンジェルを見て、強くなった気がする方を好む」。まさに私がそうでした。本当に震えが止まらなかったのです。「神がわたしたちに下さったのは、臆する霊ではなく、力と愛と慎みとの霊なのである」というテモテ第二の手紙1章7節をくりかえしていました。朝起きてから不安になればそれを唱え、柔術が始まる7時が迫ってくる時には50回はそれを唱えたと思います。

柔術の練習は火曜日にあるのですが、日曜になるともう不安が始まります。トレーニングのことを思うと眠れなくなるほどです。私が青あざだらけだと亨進ニムはおっしゃいましたが、人より一生懸命トレーニングしているというよりもあざができやすい体質だと思います。

驚くべき体験でした。私自身を振り返った時、自分を謙遜にしてくれたと思います。実際、型を習うのではなしに、じかに戦うので自分のレベルが分かります。ある日は自分が相手を降参させてもまた別の日には自分が降参してしまいます。私の相手は12歳から14歳という若い人で動きがとても早く、いつも降参させられます。今そこでビデオをとっている息子が有り難いことにいろいろアドバイスしてくれるのです。そして一緒に練習してくれます。母と子のきずなが深まります。私が質問すると息子がその技を教えてくれます。
お父様が本当にブラジル柔術を愛しておられたことを知っているのでいつか必ず黒帯を取りたいと思います。以前絞め技を一つだけ亨進ニムから習っていたのですが、それを見たお父様の喜ぶお顔を皆さんにお見せしたかったです。

亨進ニムはお父様に、「妻にさせないで下さい」というのですが、訓読会中でも突然「おまえ!次はおまえ!」と参加者を指名されて、「ヨナ!この者を絞めてみなさい」とおっしゃるのです。私は「ああ、この脂ぎった韓国人幹部に絞め技をかけるなんていやだ」と思ったのですが…(笑)。

ところがお父様はとても楽しそうで、その表情をお見せしたいくらいです。お父様も一番の楽しみであるかのようでした。だから私が黒帯をとるなら、きっと誇りに思ってくださるでしょう。

最後に一つ言っておきたいことがあります。女の子にこういうものを習わせると男まさりになってしまうのではと心配する両親がいますが決してそうではありません。練習では偽りではない本当の自分のレベルがわかるので夫に対する敬意も生まれます。頭の中で想像していた幻想は消える結果、夫や息子たちに対して敬う思いが生じます。ありがとうございます。

【ヨナニムの証終わり】

真実を追い求めるのは素晴らしいことです。私が柔術を好む理由もそこにあります。幻想の入りこむ隙がありません。自分の現実を知らなければなりません。対戦相手を偽ることはできません。また「負けたらどうしよう」「恥をかきたくない」などという思いを克服しなければならないのです。なぜならそれはあからさまになるからです。

私が先生のジョジョと対戦するとき、私が降参したり、先生が降参するときもありましたね。隠し立てできないのです。誰かがビデオ撮りしているでしょう。またそれをインターネットにアップされることもあります。それを超えていかなければなりません。本当に恵みです。

こうしてここでまた若者たちと宣教活動できることは本当に恵まれていると、個人的にも大きな霊的喜びを感じています。王宮にいたときと大きな違いです。あの頃は責任も多く、世界中飛び回っていました。お父様に代わって成すべきことが多くあったので、いつもは私とトレーニングしているフランシスコに子供たちを鍛えてくれるように頼んでいました。

神様の業は信じる者にとってすべてよい方向に働きます。私たちは(お父様聖和という)艱難のときに際しても固く神様に立っていたので、今おもえば、神様はその機会を神の国創建の開始としておられたのだとわかります。近接する王国、すぐそばにある王国です。

若者たちが私と練習するときそれはただ練習しているのではなく王の王からの王統、王権と一緒にトレーニングしているのです。それは単にブラジル柔術、総合格闘技を学んでいるのではなく、王の王についての学びであるということです。

お父様の近くにいた期間、お父様にはその種をもつ子供が多くいますが、お父様を代表するその王統を選んだということが分かります。ルカ10章でイエス様はこういいます。

あなたがたに聞き従う者は、わたしに聞き従うのであり、あなたがたを拒む者は、わたしを拒むのである。そしてわたしを拒む者は、わたしをおつかわしになったかたを拒むのである。
ルカ10:16

すべての事は父からわたしに任せられています。そして、子がだれであるかは、父のほか知っている者はありません。また父がだれであるかは、子と、父をあらわそうとして子が選んだ者とのほか、だれも知っている者はいません
ルカ10:22

若者たちに理解してほしいことは、皆さんは他の指導者について別の格闘技を習うこともできます。しかしそこを通しては真のお父様を知ることはできないということです。王の王と絆を結ぶことができません。キリストに結びつくことができないというのです。

ここは重要です。これからいうことは私を誇るためではありません。皆さんも知っているようにこの位置は私が望んだものではありません。私が願ったわけでも試みたわけでもないのです。お父様御自身が私を選ばれたのです。私が任命したのではありません。お父様が私を任命されたのです。すなわちお父様がこうすることを命じられたのです。

私と訓練することはお父様と訓練することなのです。高ぶってこう言うのではありません。お父様の代身者として、お父様の選びとしてこう言うのです。私が選んだのではありません。国進兄さんは私(亨進ニム)は「黄金製の檻(おり)」の中に住んでいると表現します。王の役割は偉大なものだが実際は檻の中で暮らしているも同然という意味です。だから私はMMAが好きなのでしょうか(笑)。
MMAの試合を黄金の檻の中ですることを想像してみて下さい(笑)。

私が若者たちをトレーニングします。新しい人、あるいは自分の子供をトレーニングしてほしいと世界中から親がやって来ます。それは私が偉大であるからではなくお父様がすでに選ばれた後継者であるからです。私を地上のお父様の代身として選ばれました。その事実から私は逃げることができません。そのようなことをすれば呪いを受けるでしょう。そこら辺にある石も私と家族を呪うことでしょう。これは今まで共に歩んできた皆さんも同意して下さるでしょう。

ルカ10章を見てください。王国がテーマです。

ルカ10章1~12節
10:1その後、主は別に七十二人を選び、行こうとしておられたすべての町や村へ、ふたりずつ先におつかわしになった。 10:2そのとき、彼らに言われた「収穫は多いが、働き人が少ない。だから、収穫の主に願って、その収穫のために働き人を送り出すようにしてもらいなさい。 10:3さあ、行きなさい。わたしがあなたがたをつかわすのは、小羊をおおかみの中に送るようなものである。 10:4財布も袋もくつも持って行くな。だれにも道であいさつするな。 10:5どこかの家にはいったら、まず『平安がこの家にあるように』と言いなさい。 10:6もし平安の子がそこにおれば、あなたがたの祈る平安はその人の上にとどまるであろう。もしそうでなかったら、それはあなたがたの上に帰って来るであろう。 10:7それで、その同じ家に留まっていて、家の人が出してくれるものを飲み食いしなさい。働き人がその報いを得るのは当然である。家から家へと渡り歩くな。 10:8どの町へはいっても、人々があなたがたを迎えてくれるなら、前に出されるものを食べなさい。 10:9そして、その町にいる病人をいやしてやり、『神の国はあなたがたに近づいた』と言いなさい。 10:10しかし、どの町へはいっても、人々があなたがたを迎えない場合には、大通りに出て行って言いなさい、 10:11『わたしたちの足についているこの町のちりも、ぬぐい捨てて行く。しかし、神の国が近づいたことは、承知しているがよい』。 10:12あなたがたに言っておく。その日には、この町よりもソドムの方が耐えやすいであろう。

「子羊をおおかみの中に送るようなものである」この世界に平和をもたらすためには弱ければ不可能です。神様の保護のもとにある子羊は強い羊です。その羊をまもる羊飼いは普通の羊飼いではありません。王が羊飼いだというのです。

黙示録にはその同じ羊の群れがサタンの王国を滅ぼす様子が描かれています。徹底的に滅
ぼすのです。闘志の精神をもった羊です。力強い羊。

「どの町へはいっても、人々があなたがたを迎えてくれるなら、前に出されるものを食べなさい。そして、その町にいる病人をいやしてやり、『神の国はあなたがたに近づいた』と言いなさい。しかし、どの町へはいっても、人々があなたがたを迎えない場合には、大通りに出て行って言いなさい、『わたしたちの足についているこの町のちりも、ぬぐい捨てて行く。しかし、神の国が近づいたことは、承知しているがよい』」。

ここで神様と王の王を否定するものに対する警告とそれを受け入れる弟子に対する言葉を見て下さい。どちらに対してもイエス様は「神の国は近づいた」といっています。

否定する者達にも、足のチリをぬぐい捨てながらも「神の国は近づいたことを承知しているがよい」とおっしゃっているのです。

ここは興味深いところです。
否定するものにも受け入れる者にたいしても同じことをおっしゃっています。

若者が受ける訓練が大きな意味があることと関連しています。証をしたひとすべてに共通する言葉がありました。それは「謙遜になる」ということです。現実を離れたところに住むことはできないということです。神様が与えられた十戒も柔術と共通するところがあります。十戒は柔術の達人のようです。

どんなに善人になったと思ったとしても十戒という神様の戒めに照らし合わせる時地獄に行くしかありません。私たちは嘘をつき、盗みを犯し、神様を冒涜しますし淫らな思いで人を見ます。十戒を見るとき神様から遠く離れた自分を見るのです。そこで現実が突きつけられます。

ここで闘士の世界と霊的闘いの世界との共通点が現れます。霊的世界では(サタンという)幻の父が存在します。それは嘘つきで、皆を迷いの中に閉じ込めます。否定的な言葉だけではなくときには肯定的な言葉をもちいて迷わせるというのです。こう考えたことのある人はいますか?

耳に巧みにささやき、嘘で満たし自己崇拝に巧みに導きます。真剣勝負の格闘は霊的真剣勝負に役立つことが多いのです。

スーパーサイヤ人の達人のように強力な十戒のまえでは、いかにもがいても「降参」するほかありません。「降参」です「降参」。十戒の前では私たちの罪が明らかにされ神様からどれほど離れているかが示されるからです。横の人間とくらべて善人だと思っても神様のレベルから程遠いというのです。

例えば誰かと練習していて自分の方が比較的強いと思ったとして格闘技の世界に入って行けますか。基準が分からないのです。比較の相手が間違っているというのです。超エリート格闘家、UFCのヘビー級チャンピオンと比べてみなさい。私は生涯、格闘技を続けるつもりですが彼らと戦いたくはないですね。殺されてしまいます。私は愚か者ではありません。
彼らはそれほど強いのです。誰も闘いたくないでしょう。

真理を追究するとき、心身統一のための訓練など様々な肉体的訓練を試みます。同時に霊的闘いの原則を学ばなければなりません。キリストと共に行く者にキリストは幸せな生活を保障しません。むしろ、嘲りと軽蔑、そして憎しみと十字架、迫害が避けられないというのです。

神様の愛なしにそれらにどう耐えるというのでしょうか。谷底において徹底的に打ちのめされ、子供にでも倒されそうな気がするとき、自分の力で立ち直ろうとしても限界があります。神様の言葉に立ち戻らなければなりません。神様はこうおっしゃっています。

「たとえ、死の陰の谷を歩くことがあっても、私はあなたともにいる」

「私の敵の前で、あなたは私のために食事をととのえ、私の頭に油をそそいでくださいます。私の杯は、あふれています」               (詩編23編)

若者たち、いいですか。レベルの高い者たちはジョジョ先生とともに闘いに行くからです。闘いに出るときこういう姿勢を保たなければなりません。神様は敵の前で食事を整えて下さいます。

ひとたび相手を倒したときは抱き合って、健闘を称えるのです。もし負ければ歯がみをし悔し涙を流して直ちにトレーニングを再開するのです。

サタンはどっちでも同じだなどと幻想を抱かせようとします。近頃、バイス・チャンネルが制作したあるドキュメンタリーを見ました。タイトルは「神の売春婦(Prostitutes of God)」です。そこでインドのヒンドゥー教の伝統を取り上げていました。もちろん異端です。宗教学の世界では相対主義的にすべて対等に取り上げ、それぞれに敬意を払うようにといいます。しかしそんなことはできないのです。どれかは正しく、他のものは悪なのです。

これは明らかに「悪」です。デバダシ(ヒンドゥー教の神に使える巫女)はカルト宗教です。この写真の緑のブレスレットをつけた幼い少女は子供の売春婦です。女神のイェレマが好むという理由でそうなったのです。両親は自分たちの信心深さゆえに自分の娘を神にささげたと思っています。イェレマは悪魔、サタンの女神です。悪魔崇拝の一つです。子供を売るために宗教上の理由を与えるのです。そして(少女は)神殿娼婦になります。何やら儀式を行って少女に暴行を加えます。こんなに幼い少女です。

このドキュメンタリ-を見て下さい。いわゆる西洋白人文化のリベラルな教養を備えているであろう女性ナレーターですが、児童売買に反対しているのですが相対主義であるがゆえにどうしようもありません。「これが悪だ」と言い切るための思想的背景を何も持っていないのです。すべての道は神に通ずるという考えなのです。そのような考えであなたは悪いだとかその道徳はあの道徳よりにまさっているなどとどうしていえるでしょうか

矛盾しているのです。一方で(宗教儀式に)客観的立場に立ち相対主義的理解を示しながら、他方で児童売買を攻撃する。では児童売買が合法化されたらどうするのでしょうか。これが悪であると主張する道徳的背景を失います。むしろこのような行いを禁止するキリスト教のほうが「悪の勢力」とされかねません。児童売買ですよ。児童を売春宿に売り飛ばすのです。男はこれら少女を買い暴行するのです。それがお金が絡む現実です!そしてこの西洋のナレーター、番組制作者はそれを(結果的に)促進しているのです。

すべて宗教の名のもとに行っています。どの宗教でも最終的には神に至るといいながら。

そんなことは決してありません!

一方は地獄、一方は天国なのです。いえ、神様は私が生命の道だといわれたので他はすべて地獄行きです。道はただ一つです。キリストこそ永遠の生命に至る道です。

そしてこの瞬間も女神イェレマはインドで幼い少女を性売買に引き込んでいるのです。そして娘を捧げた両親は讃美され僧侶の位置を与えられます。

神殿娼婦の制度はインドだけで行われているのではありません。ギリシャ・ローマ時代からあるのです。白人も行ってきたのです。ひとたび唯一神から逸脱すると、母は母神となりその子供は子供の神にならざるを得ないのです。すべてが神からでたものになり、神殿娼婦が登場するということです。避けようがありません。
政治権力、経済的権力を得るためにセックス、性の売買を利用するのです。

唯一神信仰から離れ二神教に入った時点でそれは「死」です。そして多神教に陥るのです。韓オモニはそれによってバビロンの門を開きました。バビロンの淫婦になったというのです。これは真実です。だから私が話さなければならないのです。韓オモニは自己崇拝と偶像崇拝に至る門を開いたのです。

格闘技を通して皆、謙遜になります。一日たりとて謙遜にならない日はないのです。確かに私がトレーニングするとき軽く相手をしても若者たちを全員負かすことができます。しかしそれによって私が驕慢になることはありません。ジョジョ先生や強い人が来るやいなや私は「参った」と言わざるを得ないからです。負けを認めなければ死んでしまうでしょう。
どのレベルであっても謙遜にならざるを得ないということです。

霊的闘争においても同じことが言えるのではありませんか。

「お父様、私は50年以上お父様にお仕えしてきましたので謙遜にはなれません」

そのようなことが言えるのかというのです。
これが36家庭の問題です。
彼らはお父様に50年以上侍ってきたといいます。

「私たちは罪を犯さない」?
お父様の冒涜の片棒を担いだではないか。
とてつもない罪だというのです。
彼らは現実を見て謙遜になることができません。

「元老」であること、「先輩家庭」であることに慣れきってしまったのです。
自分たちは不可侵、不可謬(正しく決して誤ることがない)という感覚にとらわれています。

幹部たちは最初、韓オモニも「不可謬」だと言っていました、しかしオモニに矛盾するおこないが噴出して今はもうそういうことは言いません。

何より、お父様が相続者に与えたこの(統一)運動をすべて盗み去ったのです。今、崩壊しつつあります。それを今再建しているのです。

人はお父様は12人(以上)の子女をもうけられたがそれぞれがお父様の道を行っている。それは違います。お父様が信頼して任命した子女とそうではない子女に分かれるのです。お父様が「この者がわたしの後継者であり私の遺(のこ)す模範だ」といわれた子女と「私の遺す模範ではない」とされた子女に分かれるのです。

お父様の血統を継ぐものではあっても王統を継ぐものではないということです。これが現実です。イエス様は「私を拒む者は父を拒むのである」といわれました。これが今起きているというのです。
家庭連合がお父様が選んだ私を拒んだことで、彼らはお父様を拒んだのです。お父様を拒んだ結果サタンに侵入され破壊されるのです。私が立派で偉大だからではありません。お父様の祝福が私に注がれたからです。お父様が私の中に住まわれるからです。私はお父様の代身者です。こういって私がどうこうするのではなく、お父様の任命にふさわしい者になりたいと努力しているのです。私が望んだ立場ではありません、お父様の望まれたものだからです。

敵と戦うとき自分を知らなければなりません。自分を探って知るのではなくより深く神様をたずねることで自分を知るのです。神様をより深く知るとき自分をより知るのです。柔術を深く修行することで自分をより知るようになるのと同じです。柔術は神ではありません。たとえとして用いています。真実を知るほど自分を知るのです。

より練習を重ねることでより謙遜になるということです。霊的にも同じことがいえます。密接に関係しているのです。真理をより深く追い求めるとき、キリスト、イエス様、真のお父様との結びつきが深まるというのです。そして関係性が深まることで自分のことも深く知ることができるのです。これは重要なことです。

(格闘技の)アリーナにいくと圧倒的な恐怖に襲われます。互いに闘う闘士が一堂に集まっているのです。ものすごい恐怖の力に圧倒されるのです。自分の力だけで超えるのは無理です。自分を知らなければなりません。神にある自分に立たなければなりません。神様に栄光をお返しすることが目的です。試合に勝ってあのベルトをとる、あのトロフィーをとる、それは自意識を拡大させるだけです。神様に喜びをお返しする、それを目的とするのです。

ある人はプレッシャーでつぶれそうになります。このトロフィーをとろう、この位置を防衛しようなどと。このような考えではプレッシャーの重さで麻痺してつぶされてしまいます。精神的な葛藤が起こります。巨大なプレッシャーを押し返して世界に自分が何者であるか見せなければなりません。罠にはまってはいけません。

いいですか。何があろうと神の栄光のためです。このプレッシャーを通して神の栄光のために強くなるというのです。これで真の力を得ることができるのです。世間のごたごたはあなたを悩ますことはもはやありません。サタンからのストレスに悩まされることはないというのです。そしてやるべきことに集中するのです。

そして結果が良くても悪くても、神に栄光を返すことに変わりがないのです。勝利を得るのです。このことがどれほど重要かわかりますか。
若者たち、試合に行く前によくこのことを頭に入れておかなければなりません。夜と昼ほどの違いがあります。「疲れたもの、重荷を負う者は、だれでもわたしのもとに来なさい。休ませて上げよう」(マタイ11章28節)

この世の重荷が襲ってくる。このトーナメントで勝たなければ。勝ったら勝ったで今度は防衛しなければならない。獲物を狙う者たちが後を狙っています。鏡を見て「私はできる」「私はできる」と自分を励ましますか。そんな自己崇拝をしたところで負けるのがおちです。

すべて解き放ちなさい!神をたずねなさい。闘いの目的を自分の栄光に置かず、天で見ておられるお父様に喜びを捧げることを目的としなさい。

韓国にいたときのことです。大きな総合格闘技の大会に出場するためにチームを編成したことがあります。その試合でフランシスコが韓国の選手と戦いました。激しい試合でした。2ラウンド戦った時、フランシスコも相手から一度ダウンを奪ったのですが、復活した相手に壁に追い詰められて、頭を抱えられて激しい膝蹴りを受けました。顔を切り、膝をついてこらえましたがついにダウンしました。すぐに病院に運びました。

息子たちも幼かったですが、信萬と信八は覚えているでしょう。顔を幾針も縫ったのちに天正宮に戻りました。そしてお父様にお会いしたのです。お父様は試合こそ見ておられませんでしたが試合の様子はお聞きになっておられました。訓読室につづく大理石の廊下でお父様とお会いしたのですが、お父様に試合の様子を説明しました。それを聞いたお父様は一言おっしゃいました。

「大丈夫だ。おまえは負けていない」

フランシスコは顔をあげることができず「お父様、申し訳ありません」をくりかえしていました。「お父様をがっかりさせてしまいました」。それを聞いたお父様は

「いや、おまえは負けていない」

とおっしゃったのです。お父様は試合に出たフランシスコの勇気を認めておられたのです。フランシスコは試合に勝ってどうこうしたいという思いでなく、ただお父様の誇りとなりたいと思っていたからです。これは生きた模範です。

私達が訓練して試合会場に行くとき私たちは訓練された殺人者です(笑)。
(フランシスコと)同じ気持ちで向かわなければなりません。闘志の精神で出ていって、お父様を喜ばせるために闘うという心構えです。真のお父様もイエス様も見ておられることでしょう。これは霊的闘いでもあるのです。人間同士の闘いであるばかりでなく、地上の闇を支配する勢力との闘いです。そういう心構えで臨まなければなりません。そうすることで力を得るのです。

もちろんこれで恐怖が簡単に無くなるわけではありません。恐怖と戦い、怪我をして傷つきながら前進しなければなりません。目的が正しいものであれば力を得ることができます。

何ものも自分を引きずり下ろすことはできません。重荷から解放されるでしょう。私の話した内容は試合にエントリーすれば皆さんに現実味をもって迫ってくることでしょう。NINJA(チーム名)の名にふさわしい者になってください。

唯一神から二神教に移行するとすべてが破壊されます。偽りの教えに転落です。だからこそ真実を追求することが善き事なのです。真理は一つ以上存在するものでは決してありません。ただ一つが真理であるというのです。3+3はいくつですか。多くの答えがありますか。3+3は6、2+2は4です。学校の先生も相対主義者であっても答えは同じです。「よく頑張って考えたので(それも正解で良い)…」などといっていると首を絞められるというのです。

これはギリシャ・ローマ時代、美の女神アフロディーテよ、われらに愛を与えたまえなどといいながら、少女を娼婦として売買する様子を描いた絵です。ひとたび唯一神とその十戒から離れると、このようなサタン主義におちいるということです。人身売買、性奴隷売買のすべてが宗教の名のもとに行われるのです。私たちは宗教を求めていません、神様との関係性を求めているのです。

ルカ10章
10:13わざわいだ、コラジンよ。わざわいだ、ベツサイダよ。おまえたちの中でなされた力あるわざが、もしツロとシドンでなされたなら、彼らはとうの昔に、荒布をまとい灰の中にすわって、悔い改めたであろう。 10:14しかし、さばきの日には、ツロとシドンの方がおまえたちよりも、耐えやすいであろう。 10:15ああ、カペナウムよ、おまえは天にまで上げられようとでもいうのか。黄泉にまで落されるであろう。

イエス様は「地獄に行く」といっているのです。「よく頑張ったけれど残念だね」という言い方はされません。

神様の道徳は「神を愛し隣人を愛せよ」です。人類を愛さなければなりません。(インドの)テバダシの少女も不可触民ではなく悪なるサタンの業から救い出さなければならない神の子であるということです。ドキュメンタリーの中でこの少女が町に服を買いに出かけるところがあります。少女を地面に座らせて店の女性がその少女の方を見ることなく次々に服を投げるように放り出して見せる場面があります。カーストの階級が異なるのです。このような制度を神様がつくられたと思いますか。サタンのつくったものだというのです。

10:20しかし、霊があなたがたに服従することを喜ぶな。むしろ、あなたがたの名が天にしるされていることを喜びなさい」。

イエス様は悪霊を追い出すことができたことを喜ぶな、むしろ私との関係性について喜びなさい、とおっしゃいました。悪霊を追い出したお方は誰ですか。イエス様ではないですか。

ステファン・モリニュー(Stefan Molyneux)という自由主義者の無神論者がいます。トップクラスの哲学者で何百万人という人がインターネットを通して彼の話を聞いています。その彼がいまたいへん葛藤しています。2・3日前アップされたビデオの中で彼は泣きながら自分の心の葛藤を語っていました。

「私の精神はかくも深い、私の脳は宇宙について理解することもできる。しかし進化の途上でたまたま生じた(物質的には)肉の塊でしかない。私はいま、あの哲学的倫理、普遍原理、ナンセンスな生き物ではない、あのロボットに屈服しなければならないのか!」と泣きながら語っていました。私は思わず「ハレルヤ!」と叫びました。

彼は哲学と歴史の分野で素晴らしい業績を上げています。アニミズムと、自然崇拝、多神教とキリスト教の違いを研究しています。またビデオの中で合理的経験主義にもとづく科学の歴史を見るときその科学的手法はキリスト教神学以前には存在しなかったというのです。

学校では、エジプトでこれこれ、アッシリアで発明された、いや中世アラビアでどうだなどといいます。そしてヨーロッパのキリスト教中世暗黒時代ですべてが停滞したなどと教えています。公立学校の洗脳教育です。教会がガリレオを迫害したなどといってキリスト教が科学の敵だというのです。そう教えられています。

ここで大切なことは科学の主要な発見はすべてキリスト教徒によってなされているということです。(現代の)遺伝子組み換え技術においてもそうです。DNAの研究は福音派キリスト教徒によって遺伝の法則はカトリック神父がエンドウ豆を使って発見したものです。

唯一神と多神教の違いはなにか。多神教では神が岩の中、樹の中などすべてに存在するといいます。仏教でも山の精を信じています。日本の神道でもそうです。自然のすべてが神聖だという考えです。トトロなどのアニメや神道をベースにした日本の漫画によくみられる筋書きです。

もしその考えでいくなら、岩を持ち上げその下にいる生き物を解剖することなどできません。樹を抜いて、根を研究することもできません。カエルも解剖できません。植物を採取して人類のために研究することもできません。万物の中にそれぞれ神がいるとするならそれらを崇拝するばかりでなく人間の価値さえも相対化されるでしょう。

それらのプロセス抜きに科学的知識を得ることができません。しかしキリスト教は創造主を知るという動機でそれをすることが許されます。被造物の理解、数学やフィボナッチ数列などの研究を通して創造主の天才を知ることができます。

様々な距離の関係、比率を通して創造主の性質をうかがい知ることができるというのです。それによって神様の心を知ることができるということです。唯一神的思想においては人間は被造物への崇拝ではなく、被造物に投入し、研究し分析することで神様の精神を知ることができるのです。

それに対してアニミズム、自然崇拝においては、自然を分析研究するのではなくただその前にひざまずき拝礼するしかないのです。カルトの成立です。そしてそこに階級組織が成り立ちます。そして最後には愚かな人間崇拝に行きつくことになるのです。

「私が樹の女神」「私は川の女神」「私はガイアの一部だ」―こうなるのです。

このように学校で教えられることとは逆にキリスト教徒こそ科学の推進者であったのです。トマス・アクィナスのすべての自然哲学は神を知るために自然に向かったものです。アウグスティヌスは6世紀に自然哲学について議論しています。

キリスト教が科学から離れているのではありません。キリスト教は科学革命を否定するものではありません。存在を否定しません。

聖句の観点から、倫理と愛の神という観点から、また数学などを創造された論理的な神という観点から理解しようというのです。 

いわゆるニューエイジやガイア思想に傾倒する人々は「気候変動」「気候変動」だと大騒ぎしています。トップクラスの科学者がデータを大きく誇張していると指摘しても、逆に怒りだす始末。彼らは科学者ではありません、国に雇われたプロパガンダ要員です。

自分たちは神の存在を科学的に証明せよ。あなたの信仰を押し付けないでくれといいながら、赤ん坊の堕胎は押し付けてくるのです。すべての科学的実験は胎児は生きた人間であることを証明しています。人間の英知を阻害し、そこに自己崇拝の傲慢を卑怯な形で隠しおおしているのです。

キリスト教会こそ何世紀にもわたって科学を推進してきたのです。科学研究の財政援助もしてきました。しかしこの事実は決して学校では教えられません。むしろ宗教は科学の進歩を妨げてきたと教えられます。そして最終的にキリスト教を憎むように仕向けています。

キリスト教が科学を経済的にも援助してきたのです。
自然の理解を通して神の理解に至るというキリスト教神学の核心的信念があります。アニミズムの世界ではこうはいきません。唯一神信仰とアニミズム、多神教、自然崇拝とは多い違いがあるのです。その結果現れる世界は大きく異なるのです。

倫理、道徳を排除するとき、いまの大学をはじめとする学校制度のようにすべてが相対主義に侵され、人種間融和を説きながら結局みな人種ごとに考え方も異なるという現象が起きているのです。いまや肌の色を超えた共通の魂をみるのではなく人種間区別を意識するよう親は子に教えています。

人種ゆえに闘えと。人種と肌の色が極端に意識されるようになっています。

究極的には不可触民も、優遇された白人もない。黒人だから民主党に入れなければならないとは限らない。人は色のついた肌の下に魂をもっています。神と愛を強く求める魂を持っているというのです。お互いの絆と意味と目的、そして偉大さを求める魂を。

ただの不可触民の売春婦ではないのです。女神イェレマの名のもとに売り買いされるただの子供ではないのです。

私達を愛する愛の神様がおられ、私達に目的と使命を与えて下さる、そして与えられた才能を用いて神様の愛を世界中で証する、死せる世界に救いをもたらすというのがキリスト教世界観です。その神様は道徳を備え、自分が愛されたごとく人も愛するように願うお方。恩讐すら愛する、恩讐のために祈ることを求められるお方です。
そのような道徳をどこで得るかというのです。そのすべてを排除するとき異端がまた現代に頭をもたげます。封建主義、奴隷制です。エリートが一般大衆をカースト制に押し込めます。奴隷の位置に。もはや神の子と呼べません。黒人やヒスパニックは特殊な居住区に押し込められるのです。そして特別に許されたものだけが一人また一人出してもらえる。

多神教徒になるほどにおかしくなり、人種差別に走り、社会は階層化するということです。サタンはそれを愛するのです。

我々を圧倒的に小さきもの汚れた者と自覚させる十戒の下で裁かれるべき人間です。しかし神様の愛と赦しで善き者とされるのです。神様ゆえに清められたのです。神の愛ゆえに清い者になったのです。神によって強められ神によって力を得たのです。

あなたが黒人であれ不可触民であれデバダシであろうと関係ないというのです。生きた神様、キリストとつながりを持つときそのものは神に属する者となるのです。

天聖経(英語版)137
神様の悲惨さ、悔しい立場に立っていらっしゃることを皆さんは知らなければなりません。「私が造らなかったならば、あのようにはならなかったものを。愛を求めて栄光の天国を願ったことが、このようになるとは」と言われるのです。なぜでしようか。悪魔の血肉を受けたからです。
 悪魔の愛が注がれ、悪魔の生命、悪魔の血統がそこにあるので、これを取り除かなければ神様は所有することができないのですが、それを取り除けば死んでしまいます。ですから、そこに徐々に新しい血管と生命と愛を注入して第2の創造物、救援物として神様のような代身者を探して立てなければならないのです。

インドのまやかしの宗教の不可触民階層のものであったとしても、売春婦として売られるデバダシだったとしても、キリストを受け入れるときもはや奴隷ではなくなります。相対主義者の話のネタになることもないというのです。神様があなたを引き受けられます。保釈金を支払い、主管してくださるのです。奴隷の主人から解放されるのです!
 
 
翻訳:サンクチュアリNEWS管理人
にほんブログ村 哲学・思想ブログ サンクチュアリ教会へ
にほんブログ村

2016年9月11日 説教「近接する王国」【英語説教日本語訳】(その3)

Kingdom Proximity   September 11  2016   Rev. Hyung Jin Moon   Unification Sanctuary  Newfoundland PA on Vimeo.png

「近接する王国」 Kingdom proximity その3

 
さて、(天一国の)王妃も黙って傍(かたわ)らで座って「子供たち、しっかり鍛錬しなさい」と檄(げき)をとばしているだけではありません。彼女も練習に参加し汗をかいているのです。本当に全身あざだらけです。相手を絞めたり絞められたりしているというのです。キックボクシングをしているところを見た人もいるでしょう。他の女の子から顔にパンチを受けたり、頭にキックを受けたりしています。もちろん反撃もします(笑)。
恐れに挑んでいるのです。ここで王妃にも神様の導きについて証をしてもらいましょう。

ヨナニムの証

023.png

今朝、柔術の練習について証をするよう願われました。「じゃあ準備させて」と言ったのですが、「自然でいいよ」といわれました。でも何か準備しなければなりません。私は御存じのように美術工芸を学びました。私はおとなしくて引っ込み思案なほうで、読書などを楽しむ人間です。どちらかといえば静寂を好みます。キャンバスは打ち返したり首を絞めたりしません。だから私にとって大きな挑戦でした。人は冗談だと思うかもしれませんが文字通り体がすくんでしまいました。

亨進ニムも言いました。「女性は普通このような訓練を好まない。それより映画でチャーリーズエンジェルを見て、強くなった気がする方を好む」。まさに私がそうでした。本当に震えが止まらなかったのです。「神がわたしたちに下さったのは、臆する霊ではなく、力と愛と慎みとの霊なのである」というテモテ第二の手紙1章7節をくりかえしていました。朝起きてから不安になればそれを唱え、柔術が始まる7時が迫ってくる時には50回はそれを唱えたと思います。

柔術の練習は火曜日にあるのですが、日曜になるともう不安が始まります。トレーニングのことを思うと眠れなくなるほどです。私が青あざだらけだと亨進ニムはおっしゃいましたが、人より一生懸命トレーニングしているというよりもあざができやすい体質だと思います。

驚くべき体験でした。私自身を振り返った時、自分を謙遜にしてくれたと思います。実際、型を習うのではなしに、じかに戦うので自分のレベルが分かります。ある日は自分が相手を降参させてもまた別の日には自分が降参してしまいます。私の相手は12歳から14歳という若い人で動きがとても早く、いつも降参させられます。今そこでビデオをとっている息子が有り難いことにいろいろアドバイスしてくれるのです。そして一緒に練習してくれます。母と子のきずなが深まります。私が質問すると息子がその技を教えてくれます。
お父様が本当にブラジル柔術を愛しておられたことを知っているのでいつか必ず黒帯を取りたいと思います。以前絞め技を一つだけ亨進ニムから習っていたのですが、それを見たお父様の喜ぶお顔を皆さんにお見せしたかったです。

亨進ニムはお父様に、「妻にさせないで下さい」というのですが、訓読会中でも突然「おまえ!次はおまえ!」と参加者を指名されて、「ヨナ!この者を絞めてみなさい」とおっしゃるのです。私は「ああ、この脂ぎった韓国人幹部に絞め技をかけるなんていやだ」と思ったのですが…(笑)。

ところがお父様はとても楽しそうで、その表情をお見せしたいくらいです。お父様も一番の楽しみであるかのようでした。だから私が黒帯をとるなら、きっと誇りに思ってくださるでしょう。

最後に一つ言っておきたいことがあります。女の子にこういうものを習わせると男まさりになってしまうのではと心配する両親がいますが決してそうではありません。練習では偽りではない本当の自分のレベルがわかるので夫に対する敬意も生まれます。頭の中で想像していた幻想は消える結果、夫や息子たちに対して敬う思いが生じます。ありがとうございます。

【ヨナニムの証終わり】

真実を追い求めるのは素晴らしいことです。私が柔術を好む理由もそこにあります。幻想の入りこむ隙がありません。自分の現実を知らなければなりません。対戦相手を偽ることはできません。また「負けたらどうしよう」「恥をかきたくない」などという思いを克服しなければならないのです。なぜならそれはあからさまになるからです。

私が先生のジョジョと対戦するとき、私が降参したり、先生が降参するときもありましたね。隠し立てできないのです。誰かがビデオ撮りしているでしょう。またそれをインターネットにアップされることもあります。それを超えていかなければなりません。本当に恵みです。

こうしてここでまた若者たちと宣教活動できることは本当に恵まれていると、個人的にも大きな霊的喜びを感じています。王宮にいたときと大きな違いです。あの頃は責任も多く、世界中飛び回っていました。お父様に代わって成すべきことが多くあったので、いつもは私とトレーニングしているフランシスコに子供たちを鍛えてくれるように頼んでいました。

神様の業は信じる者にとってすべてよい方向に働きます。私たちは(お父様聖和という)艱難のときに際しても固く神様に立っていたので、今おもえば、神様はその機会を神の国創建の開始としておられたのだとわかります。近接する王国、すぐそばにある王国です。

若者たちが私と練習するときそれはただ練習しているのではなく王の王からの王統、王権と一緒にトレーニングしているのです。それは単にブラジル柔術、総合格闘技を学んでいるのではなく、王の王についての学びであるということです。

お父様の近くにいた期間、お父様にはその種をもつ子供が多くいますが、お父様を代表するその王統を選んだということが分かります。ルカ10章でイエス様はこういいます。

あなたがたに聞き従う者は、わたしに聞き従うのであり、あなたがたを拒む者は、わたしを拒むのである。そしてわたしを拒む者は、わたしをおつかわしになったかたを拒むのである。
ルカ10:16

すべての事は父からわたしに任せられています。そして、子がだれであるかは、父のほか知っている者はありません。また父がだれであるかは、子と、父をあらわそうとして子が選んだ者とのほか、だれも知っている者はいません
ルカ10:22

若者たちに理解してほしいことは、皆さんは他の指導者について別の格闘技を習うこともできます。しかしそこを通しては真のお父様を知ることはできないということです。王の王と絆を結ぶことができません。キリストに結びつくことができないというのです。

ここは重要です。これからいうことは私を誇るためではありません。皆さんも知っているようにこの位置は私が望んだものではありません。私が願ったわけでも試みたわけでもないのです。お父様御自身が私を選ばれたのです。私が任命したのではありません。お父様が私を任命されたのです。すなわちお父様がこうすることを命じられたのです。

私と訓練することはお父様と訓練することなのです。高ぶってこう言うのではありません。お父様の代身者として、お父様の選びとしてこう言うのです。私が選んだのではありません。国進兄さんは私(亨進ニム)は「黄金製の檻(おり)」の中に住んでいると表現します。王の役割は偉大なものだが実際は檻の中で暮らしているも同然という意味です。だから私はMMAが好きなのでしょうか(笑)。
MMAの試合を黄金の檻の中ですることを想像してみて下さい(笑)。

私が若者たちをトレーニングします。新しい人、あるいは自分の子供をトレーニングしてほしいと世界中から親がやって来ます。それは私が偉大であるからではなくお父様がすでに選ばれた後継者であるからです。私を地上のお父様の代身として選ばれました。その事実から私は逃げることができません。そのようなことをすれば呪いを受けるでしょう。そこら辺にある石も私と家族を呪うことでしょう。これは今まで共に歩んできた皆さんも同意して下さるでしょう。

ルカ10章を見てください。王国がテーマです。

ルカ10章1~12節
10:1その後、主は別に七十二人を選び、行こうとしておられたすべての町や村へ、ふたりずつ先におつかわしになった。 10:2そのとき、彼らに言われた「収穫は多いが、働き人が少ない。だから、収穫の主に願って、その収穫のために働き人を送り出すようにしてもらいなさい。 10:3さあ、行きなさい。わたしがあなたがたをつかわすのは、小羊をおおかみの中に送るようなものである。 10:4財布も袋もくつも持って行くな。だれにも道であいさつするな。 10:5どこかの家にはいったら、まず『平安がこの家にあるように』と言いなさい。 10:6もし平安の子がそこにおれば、あなたがたの祈る平安はその人の上にとどまるであろう。もしそうでなかったら、それはあなたがたの上に帰って来るであろう。 10:7それで、その同じ家に留まっていて、家の人が出してくれるものを飲み食いしなさい。働き人がその報いを得るのは当然である。家から家へと渡り歩くな。 10:8どの町へはいっても、人々があなたがたを迎えてくれるなら、前に出されるものを食べなさい。 10:9そして、その町にいる病人をいやしてやり、『神の国はあなたがたに近づいた』と言いなさい。 10:10しかし、どの町へはいっても、人々があなたがたを迎えない場合には、大通りに出て行って言いなさい、 10:11『わたしたちの足についているこの町のちりも、ぬぐい捨てて行く。しかし、神の国が近づいたことは、承知しているがよい』。 10:12あなたがたに言っておく。その日には、この町よりもソドムの方が耐えやすいであろう。

「子羊をおおかみの中に送るようなものである」この世界に平和をもたらすためには弱ければ不可能です。神様の保護のもとにある子羊は強い羊です。その羊をまもる羊飼いは普通の羊飼いではありません。王が羊飼いだというのです。

黙示録にはその同じ羊の群れがサタンの王国を滅ぼす様子が描かれています。徹底的に滅
ぼすのです。闘志の精神をもった羊です。力強い羊。

「どの町へはいっても、人々があなたがたを迎えてくれるなら、前に出されるものを食べなさい。そして、その町にいる病人をいやしてやり、『神の国はあなたがたに近づいた』と言いなさい。しかし、どの町へはいっても、人々があなたがたを迎えない場合には、大通りに出て行って言いなさい、『わたしたちの足についているこの町のちりも、ぬぐい捨てて行く。しかし、神の国が近づいたことは、承知しているがよい』」。

ここで神様と王の王を否定するものに対する警告とそれを受け入れる弟子に対する言葉を見て下さい。どちらに対してもイエス様は「神の国は近づいた」といっています。

否定する者達にも、足のチリをぬぐい捨てながらも「神の国は近づいたことを承知しているがよい」とおっしゃっているのです。

ここは興味深いところです。
否定するものにも受け入れる者にたいしても同じことをおっしゃっています。

若者が受ける訓練が大きな意味があることと関連しています。証をしたひとすべてに共通する言葉がありました。それは「謙遜になる」ということです。現実を離れたところに住むことはできないということです。神様が与えられた十戒も柔術と共通するところがあります。十戒は柔術の達人のようです。

どんなに善人になったと思ったとしても十戒という神様の戒めに照らし合わせる時地獄に行くしかありません。私たちは嘘をつき、盗みを犯し、神様を冒涜しますし淫らな思いで人を見ます。十戒を見るとき神様から遠く離れた自分を見るのです。そこで現実が突きつけられます。

ここで闘士の世界と霊的闘いの世界との共通点が現れます。霊的世界では(サタンという)幻の父が存在します。それは嘘つきで、皆を迷いの中に閉じ込めます。否定的な言葉だけではなくときには肯定的な言葉をもちいて迷わせるというのです。こう考えたことのある人はいますか?

耳に巧みにささやき、嘘で満たし自己崇拝に巧みに導きます。真剣勝負の格闘は霊的真剣勝負に役立つことが多いのです。

スーパーサイヤ人の達人のように強力な十戒のまえでは、いかにもがいても「降参」するほかありません。「降参」です「降参」。十戒の前では私たちの罪が明らかにされ神様からどれほど離れているかが示されるからです。横の人間とくらべて善人だと思っても神様のレベルから程遠いというのです。

つづく

翻訳:サンクチュアリNEWS管理人

にほんブログ村 哲学・思想ブログ サンクチュアリ教会へ
にほんブログ村

2016年9月11日 説教「近接する王国」【英語説教日本語訳】(その2)

Kingdom Proximity   September 11  2016   Rev. Hyung Jin Moon   Unification Sanctuary  Newfoundland PA on Vimeo.png


 
「近接する王国」 Kingdom proximity その2

 
お父様のおそばにいることで自分の中の格闘技の世界を受容し解放することができました。お父様はその世界を愛されただけにとどまらず世界に拡散せよ、教えよと私に命じられたのです。そこで(ブラジルから)フランシスコを呼びトレーニングパートナーとしました。またUFCの選手であるヤン・ドンギとも練習をしました。ところでヤン・ドンギが近いうちにトレーニングパートナーを連れてここにやってます。10月下旬です。心の準備をしておいてください。

先週、私の先生のジョジョが茶帯昇級を認定してくれたとき、私が家に帰ってカバンの中から(これまで使っていた)紫帯を取り出し、「もうこれは卒業だ」というと、一番下の息子が「じゃあ僕がそれを使ってもいい?」と言い出しました。私は「そんなことを言っては駄目だよ。この世界でそんなことをすると、勝負したいという人間がやってくることになる」冗談を言っているのではありません。なぜならこの世界の人々は紫帯や茶帯をとるためにはどれほどトレーニングをしなければならないかを知っているからです。誰かがとったと聞けば本当にその帯に値するのか闘って確かめようとするからです。追いかけてきますよ。

あなたも茶帯ですか、私も同じです、ではよろしく。そのような世界ではありません。実際、勝負を迫ってくるというのです。本当に強いのか確かめるために。

だから私は皆にこういうのです。「自分の実力以上に見せかけることは決してしてはならない、そんなことをすればこの(格闘技の)世界で傲慢ととられ憎まれるのだ。彼らは本当に熱心に鍛錬しているからだ。何度も負けを経験して訓練を続け、自分の実力の階級を熟知しているのだ。そのような人を侮辱するようなことがあれば、追いかけまわされる。」

そして偽っている相手を打ち負かしてその様子をインターネットで公開する(笑)
冗談ではありません。実際、にせの黒帯相手に勝負を迫り打ちのめす様子をインターネット上にアップして「こいつは偽物だ」と証明しているのです。だからこの世界で実力を偽るのは禁物です。

私たちが若者とこの訓練をしていることを皆さん知っています。その中で彼らは様々な問題と向き合うことになるのですが、色々な錯覚や幻想を最初はもっています。しかし実際、トレーニングに参加して現実を知るとき、自分の真の力を知るとき、自分より強い者の前にどうしようもない無力さを実感するとき、すべての自分に抱く幻想は崩壊するのです。間違いなくそういう場面に直面するのです。ドラゴンボールのスーパーサイヤ人を見て錯覚を抱いていても無駄です。ゲームのストリートファイトでどれほど上達しても関係ないのです。自分の実力がそのまま明らかになるということです。青年達、私は嘘を言っていますか?嘘ではありません。

世界からますます多くの若者がトレーニングをしにここにやって来ます。また冬にも修錬会を開きますね。どんどん世界中からやって来ます。ここでこれから来るトレーニング生のためにも率直な証をしてもらいましょう。いかに神様がその試練を通して強めて下さったのか。

リョー・タシロ の証
Kingdom Proximity   September 11  2016   Rev. Hyung Jin Moon   Unification Sanctuary  Newfoundl200PA on Vimeo.png
 
(亨進ニム)彼は素晴らしいポイントを指摘しました。「動物的本能をコントロールする」ということについて指摘していました。誘惑と戦うときいかにそれが重要でしょうか。サタンはその肉的本能を刺激してきます。それを霊的力を持って戦わなければなりません。肉体的訓練は同時に、強く純粋で、戦士の精神を涵養(かんよう)するための霊的筋肉も動かしているということです。ではもう一人、証をお願いしましょう。

クリスティーナ証
kingdom-proximity-september-11-2016-rev-hyung-jin-moon-unification-sanctuary-newfoundla12pa-on-vimeo
つづく
 
翻訳:サンクチュアリNEWS管理人
 
 
にほんブログ村 哲学・思想ブログ サンクチュアリ教会へ
にほんブログ村

2016年9月11日 説教「近接する王国」【英語説教日本語訳】(その1)

Kingdom Proximity   September 11  2016   Rev. Hyung Jin Moon   Unification Sanctuary  Newfoundland PA on Vimeo.png

「近接する王国」 Kingdom proximity その1

 
世界のサンクチュアリ教会に伝えておきたいことがあります。私たちが若者たちを鍛え「平和警察」「平和軍」の訓練をしていることはご存知でしょう。強くあってこそ平和は保たれます。弱ければ平和を保つことはできません。痛めつけられるだけです。力をもって向かってくる相手に対して弱ければ平和をもたらすことはできません。さもないと痛めつけられ支配されるだけです。

若者たちとトレーニングするとき、かなり危険なこともしています。ブラジル柔術、これは真剣勝負です。それにレスリングと総合格闘技。ムエタイ、キックボクシング。初めてキックボクシングをしたという人もいるでしょう。エピジェネティックを解除しましたね!これまで体験したスポーツとは全く異なるものでしょう。スポーツではなく格闘ですから。闘うときは恐怖を感じます。相手と戦うとき怖れを感じるということです。相当な恐怖です。余計なことを考える暇がない分にはいいのですが、試合まで待たされる時間が長いと余計に恐怖がつのります。社会的な諸般の事情でスポーツとされていますが格闘技はスポーツではありません。真剣な闘いです。

そのような闘いにおいては偽ることができません。私が若い時から格闘技を愛した理由の一つはこれです。最初、統一武道という跆拳道(テコンドー)と柔道を総合したものを習ったのですが、青帯をとったのちに何か物足りなさを感じました。なぜなら組手をするとき相手の頭をパンチやひじうち、蹴りなどの攻撃をしてはならず、頭をつかんで膝蹴りすることも禁じられていました。攻撃が許されているのは胸から腹にかけての部分で、そこから下も蹴ってはいけなかったのです。まやかしです。

生死をかけた闘いにおいて「ちょっとまって、腰から下は攻撃してはいけない」などといいますか。誰がそれを聞くかというのです。今になって分かるのですが、神様は格闘技を愛するように導かれました。ブルースリーに夢中になり、髪型も真似してカンフーの衣装を身に着けていました。(笑)学校では皆から「ブルース」と呼ばれていました。当時、黒人やラテン系の友達が多かったのですが彼らもカンフー映画を見て夢中になっていました。

だからそれがまやかしだと悟ってから本格的な格闘技を学びました。ブルースリーの哲学も学んだのです。それは本当に効果的な攻撃を追求するというものでした。効果のないものは捨てて真に効果的なもののみを身に付ける。彼は截拳道(ジークンドー)を考案しました。私はそこからブラジル柔術につながったのでした。なぜなら截拳道だけがブラジル柔術を取り入れていたからです。他の武道は宗教のように型にはまり解放的ではなかったのです。現実の格闘、リアルな格闘を追求していなかったのです。空手、カンフー、テコンドーなど、ただ自分たちが一番だといっているだけです。90年代にUFC(訳注:Ultimate Fighting Championship・アルティメット・ファイティング・チャンピオンシップ、略称UFCは、アメリカ合衆国の総合格闘技団体)が始まりましたがその前にグレイシー一族(ブラジルの柔術家一族)が自分達と闘いたいものは誰とでも対戦するという宣言をしました。カンフーの達人であれテコンドーの名手であれ自分たちは闘うというのです。ルールはだだ、噛みつくこと、眼を突くことを禁じるだけです。他は何をしてもいいということです。この十年、グレイシー一族は世界のトップの格闘家、そのほとんどと対戦しました。

初期の試合を思い起こせば、対戦相手は柔道、レスリング、オリンピック・レスリング、空手、極真会館、ムエタイ(タイ式キックボクシング)の世界チャンピオンなど多岐にわたっていました。それぞれが自分が一番強いといっていたのです。そのすべてを一人の男が倒しました。彼は決して見栄えのする筋肉の持ち主ではなく、やせた小柄なブラジル人でした。その男が他のすべての大男を倒したのでした。今それは映画にもなっています。彼の名はホイス・グレイシーといって、今も柔術を教えています。私も彼の兄弟と練習したことがあります。

彼によって格闘技の世界は大きく変わりました。格闘技は現実を突き付けられました。寝技(グランド・ファイティング)の効果を知らなかったのです。93%が寝技で勝負がつきます。だから一緒にトレーニングしている若者にも聞いてほしいのですが、好むと好まざるとにかかわらず「寝技こそが鍵」だというのです。立ち技の世界チャンピオンになったところで寝技に持ち込まれたら殺されるのです。

若いころから真実を追求してきました。格闘家の規律とともにその真実を追求するのです。そこから真の格闘につながります。しかし問題になるでしょう。なぜならこうした格闘技は表に出ないアンダーグラウンドな世界ですから。ブラジル柔術の道場はファイトクラブです。闘う場所で、型を学ぶところではありません。

国進兄さんも榮進兄さんも習ったのですが、レバレント・ムーンの息子たちがファイトクラブに通っているというのは問題になるのです。私たちは隠れて習っていました。当時はいまほど有名ではなかったのです。テレビ放映もない時です。

私がそのような訓練をしていることを知らずに私に会えば、普通の優しそうな人間に見えるかも知れません。私は他人を脅すようなこともしません。だから周りの人は気づきません。ところがお父様の命令で直接、身近に接するようになって、お父様にはそれを隠せなかったのです。あまりにもお父様、王の王の近くで生活しているのですべてはあからさまになるのです。もう隠せません。何に強い関心を抱いているか、神様はこれまでどういう導きをされてきたのか、そういうものが明らかになるのです。お父様の近くで侍っている時に現れたのです。

このように導かれたのはいつの頃からだったでしょう。神様が導かれました。15歳から宗教や至高の真理を求めてきました。最終的にそのすべては相対主義的なもので装いだけが異なっていることを悟りました。そしてキリストの理解に戻り、生きたキリストとの関係に戻りました。その結果、神様が私に与えられた賜物を公に認めることになったのです。

私の子供たちも普段は優しい父親が、こと格闘技の場になると仮に手加減したとしても私の意のままになるのです。これは本当のことです。おごり高ぶっているわけではありません。

この格闘の科学を追求する小さな群れは世界的に拡大しているとはいえまだまだ小さなものです。 つづく
 
翻訳:サンクチュアリNEWS管理人
 
 
にほんブログ村 哲学・思想ブログ サンクチュアリ教会へ
にほんブログ村

天一国一般教書演説(文亨進二代王)8/19/2016 (その1)

*何回かに分けて掲載する予定です。

天一国一般教書演説 8/19/2016

14045887_928766007233414_1610980686477265081_n.jpg

兄弟姉妹の皆さんこんにちは

王冠とローブを身に着けたままでスピーチするのは大変です。スピーチをする時はもっと軽装にしてはどうかというアドバイスを多くの人から頂きました。

しかしお父様が遺(のこ)されたお父様の王権こそ最も重要なものであるということを私たちは理解しなければなりません。サタンの手先のような者達がこの王冠を嘲(あざけ)り、非難しています。

しかしこの王冠はお父様に賜ったものです。1983年、お父様はみ言でご自分の後継者が(天一国)憲法を宣布するであろうとおっしゃいました。誰もこの事実に気を止めることはありませんでした。

お父様が聖和されたのちの混沌と混乱の中、皆さんはお父様を忘れ、楽な道を進むことを選んでしましました。お父様から離れ、別の道を歩くようになったのです。目の前の偽りと虚偽に対してそれを嘘偽りだと叫ぶこともできない人間になったのです。

私達(国進ニムと亨進ニム)がその時、あらゆる非難と嘲(あざけ)りの中、お父様の為に声をあげました。それはまた皆がお父様を忘れ去るという悲しみに耐えなければならない期間でもありました。

今お父様の勝利圏に入り、世界の人々によって建設されるべき天一国で平和な統治の時代に入ったにもかかわらず、身近にいた者達の目がふさがれ虚偽と錯誤に陥りました。その結果私達はいま恐るべき審判の時代に突入しました。

皆さんはお父様を忘れてしまいました。安易な道を選んだのです。訓読会を10時間、時には24時間続けるお父様とともに過ごした頃のことを忘れてしまいました。そして情的欲求に応じるために、なにやら中毒患者のように妄想に満ちた中身のない虚しいイベントの準備に忙しくしているだけではありませんか。

よりお父様に真剣に侍るべきであるにもかかわらず、心の底からお父様を求めるべきにもかかわらず、心が破裂しそうになるくらいお父様に向かって手を差し出すべきにもかかわらず・・・選ばれた民であるにもかかわらず、自らの快適さだけを求めました。お父様の生き方を忘れ去りました。ただ目の前の牧会者から耳に心地よい言葉だけを聞きたがる、そのような者となり、お父様の深刻な御心情を忘れ去りました。

あなた方が偽りの天一国歌を歌い始めたとき、私達(国進ニム、亨進ニム)は実の母にその過ちを直接警告しなければならない立場であることを自覚し天正宮を去りました。

お父様に導かれるまま、カイン、アベルとして荒野にやってきたとき、真の天一国歌「栄光の賜物」を歌うものは世界中で私達だけしかいませんでした。

あなたたちはお父様を裏切った。愚かな詐欺師たちは韓オモニを担ぎ出しクーデターを始めました。

お父様が建てられた三大王権の勝利的基台、勝利したカイン、アベルを嘲り、非難し自分たちの腹を満たすことを神の血統よりも優先した愚かな者達。

これら天一国の背信者は一般食口たちには何も知らせようとはせず、無知のまま放置するよう導いた。天一国国民は天使長の主管のもとにいいように扱われる奴隷であってはなりません。

自由と責任の時代にあって、あなた方は「王と王妃の文化」についての理解を深め、自ら主人意識をもって行動し神の王国でくらす者とならなければなりません。天一国では父親は家族の王様、母親は家族の王妃です。長きにわたって皆さんは天使長、サタンの悪なる統治のもとで生きてきました。

この盗人たちは天一国の王、王妃として神様から与えられた皆さんの所有物と祝福をすべて奪い去りました。神様はアダムとエバが奴隷のような人生を送ることを願ったでしょうか、それとも王、王妃の最初の先祖になることを願われたでしょうか。

家庭では夫は王としての責任を担います。ではその責任とは何でしょうか。それは王権を守ることです。男性たち!あなたたちの責任だというのです。
家族の祭司長としての責任…王には家族を守る責任があります。それはどういう意味でしょうか。それはいつでも自分の王国(家庭)のために死ねるということです。そのために闘える者にならなければなりません。

自分の王権が侵略されようとするときいかに戦うべきかを知っていなければなりません。エペソ人5章にこうあります。「夫は妻を愛し、妻は夫を尊敬しなければならない」

愚かなサタン文化ではそうではありません。神様のみ言は、妻を愛せる時だけ愛せよ、夫を尊敬できる限りにおいて尊敬せよ、ではありません。

夫は妻を愛し難い時においても無条件に愛さなければならないというのです!

これが神様のみ言です。すべて順調で満足いく状況のときばかりでなく、苦難と闘いのただ中、痛みのさ中にあっても神様のみ言は順守しなければなりません。

天一国が創建されるとき、その政府は巨大になることができません。なぜでしょうか。天一国は国民それぞれが自分の王国を築いて王の王に侍る国だからです。王の王のまわりに王が集まる場、千年続くキリストの王国なのです。

この王冠はお父様から授かりました。この価値を理解するために私は悔い改めなければなりません。詐欺師と姦淫する者達はお父様からすべてを盗み取って自分のポケットに入れました。しかし彼らもお父様の王権だけは持ち去ることはできません。

この偽り者の天使長たち…お前たちはお父様の血統と神様の勝利した種をどうすることもできないのだ。

私たちはすべてを置いて王宮を去り、嘲(あざけ)りを受けながらこの荒地にやって来ました。
サタン的天使長たちはすべて手にしたと思ったことでしょう。しかしお父様の真の遺産と勝利を、まもなく自分自身で目撃するようになるでしょう。

物質的な物にだけ価値を置く者たち、何も持たずに荒野に出て行った勝利的カインとアベルを鼻であしらった天使長たち、天一国市民を奴隷にする天使長たち…真実は現れる。

お父様は解放釈放時代を宣布されました。それにもかかわらず、詐欺師たちはメンバーを天使長の口に投げ入れ食らいつくすことでサタンの王国を作り上げようとしています。

そのさなか、すべての関わりを断ってこの荒れ野に来ました。詐欺師たちは私たちの口座に無言でお金を振り込み、オモニから経済援助を受けているという嘘をばら撒こうということまでしました。私たちは韓国に戻って自分たちのすべての口座を解約したのです。すべてのつながりを断って信仰だけをもってこの荒れ野にやってきたのです。

つづく

翻訳:サンクチュアリNEWS管理人

参考:普通に言う一般教書演説(いっぱんきょうしょえんぜつ、State of the Union Addressとは、アメリカ合衆国において、大統領が連邦議会両院の議員を対象に行う演説で、国の現状 (State of the Union) についての大統領の見解を述べ、主要な政治課題を説明するものである。「予算教書」「大統領経済報告(経済教書)」と合わせて三大教書と呼ばれることもある。Wikipedia

にほんブログ村 哲学・思想ブログ サンクチュアリ教会へ
にほんブログ村

2016年9月4日 礼拝での亨進様のみ言(英語) 【日本語訳】

2016年9月4日 礼拝での亨進様のみ言
翻訳:Bamboos
今日は特別講義を行います。祝福があったときにケリーが行(おこな)った講義を聞いた人がいるかもしれません。その数週間前、彼女は私にその講義について、またそのために準備している内容をすべて話してくれていました。-8  Newfoundland Sanctuary Church.png

それで、祝福式の前にもこの内容は世界の皆さんの前でも講義しないといけないと彼女にお願いしていました。なぜなら、原理本体論をもう一度学び、お父様がどなたであるのかをもう一度勉強することが、私たちにとってとても重要だからです。

聖霊が彼女の心の中に入り信念を与え、出て来て証しする使命を与えたのです。彼女には依頼してあったのです。今日、とりわけ世界中の皆さんの前で彼女が講義できることをとてもありがたく思います。非常に重要な内容です。

先ほど見た証しの中で、姉妹が、イエス様が重要だと言っていました。そしてお父様と、お二人は同じ「夜の神様」から来たと言っていましたがそれは真実です。お二人とも神様の種、神様の血統を持っていたのです。聖書で言うところのスペルマタ、種、お父様が語られた、本体論で言うところの神様の精子です。

その種から新しい人間が起こります。新しい神の国は、サタンとまったく関係がありません。サタン世界にもう一度入るとすれば、それは自分の選択によるものであり、神様が間違ったためではありません。自分で選んで自分で行動してそうなるということです。

それは、お父様の血統から去った人々の状況と同じです。彼らは自分で選択しました。自分で選択してお父様の血統を捨てました。彼らは堕落して天使長と寝ました。彼らは堕落して、セックス、お金、権力などと床を共にしました。彼らは魂を売ったのです。それで戻るための道が常に・・・。 私たちができるのは、お父様の平安と喜びのための道具となることです。最後にその人の心を動かすのは神様なのです。すさんだ心を貫くのは神様です。針のようなものを下さって、それで、固い皮に穴を開けて糸や絹が通せるように、心に穴をあけるのが神様なのです。分かりますか?

それで今日は、ケリーに講義するようお願いしてあります。ケリー・ウィリアムズをみんなで迎えて「神の血統の種の長い旅」の講義を聞きましょう。アーメン、アージュ!

<ケリー・ウィリアムズさんの講義>

54:10~2:07:21 (約1時間13分)

もう一度ケリー・ウィリアムズに拍手しましょう。キリストの真の新婦です。OK、SOS出てきてください。神様を高く称えましょう。

すばらしい!お父様は十字架の道について語られました。一万の十字架のことを何度も。それは血統を立てるためでした。皆さん、これは私たちが行ったことではありません。ジャマールやロバートが誰かと会話しているのを聞いていたのですが、彼らは「あなたは神の息子ですか?」と聞いていました。それで「どうやって神の息子になりますか?」と聞いていましたね。そしてその男性が「このような条件と、あのような条件で、先祖が・・・」などと言っていました(笑)。それはとてもおかしな話です。それは私たちの働きによるものではありません。私たちの今までの行いによって神の血統を受けるのではないのです。私たちが神の血統を受けるのは・・・その歌のタイトル(アメージング・グレース)を見てください。恩寵です。

私たちが自分を神の子だと言えるのは、なぜでしょうか?私たちはその種から来ているのです。お父様の種です。それが違いです。偽りの父、悪魔の種ではありません。私たちはお父様の種から来ました。アメージング・グレース、賛美しましょう。
 
 
にほんブログ村 哲学・思想ブログ サンクチュアリ教会へ
にほんブログ村

2016年8月28日説教 「王国の救い主」 【英語説教日本語訳】 (全文)

Kingdom Savior   August 28  2016   Rev. Hyung Jin Moon   Unification Sanctuary  Newfoundland PA 00on Vimeo.png

2016年8月28日説教 「王国の救い主」(全文)
 
 
今日は「王国の救世主」というテーマでお話ししましょう。

終末についての聖書の最大の警告は、偽の教師、偽キリストがあらわれ、自分がキリストだと宣言するというものです。それはキリストではなくむしろ反キリストです。

もちろんこのことは家庭連合でも起こりました。教会で現実に起きたことです。サン・フランシスコ(ブラジルのプロの格闘家、真のお父様の警護をしていた)について以前お話ししました。彼はお父様の最後の一年間に主要な警護に当たっていました。サン・フランはすごい証をここでしました。あばら骨を三本、片方の鎖骨も一本折り21日間入院する怪我を負いながら勝負に勝った証です。

その彼がお父様の聖和後、久しぶりに教会に行って「ここは一体何の宗教なのだ」と戸惑ったというのです。違うものになっていたといいます。

面白いことに、郭グループの一員らしき者の書いた「統一教の分裂」という韓国で出版された本のなかにもあるのですが―(著者は)一応外部の人間のようですが内容から見ると郭グループからお金をもらっているようです。何千億と盗んでおきながら何も悪いことなどしていないなどと主張しています。お父様を見事に背信しておきながら。

そのような外部の人間ですら「韓オモニが全く新しい宗教をつくった」と結論付けています。いまや全く別宗教になりました。私たちはお父様の聖和後、韓オモニの抱くイデオロギーと信条の全貌をはからずも知ってしまいました。(お父様が聖和されるという)厳しい状況の続く中で、あるいは病院でそれは徐々に明らかになっていきました。

お父様の祝福を受けた私と国進兄さんの、お父様の位相についての認識、すなわちお父様はメシア、王の王、再臨のキリストであられること、この認識は揺るぎないものでした。これに韓オモニは非常に腹を立てたのです。ここに大いなる憤りを感じたのです。病院での話ですが、もうすでにこの頃までには私達はマークされ、牽制されていることを感じていました。追い出そうとする気配を感じていたのです。この照準を定められる感覚が分かりますか。

当時この事実(韓オモニの抱くイデオロギー)は韓オモニとその最側近しか知る者はいませんでした。私たちはそこに直に切り込んでいくほかありませんでした。なぜならお父様が予言されたようにここでの選択が祝福か審判かという世界の運命を決めるからです。

そして王杓を手に女皇帝として登場するオモニの姿を目の当たりにしました。私はオモニの中に揺らぎを見ました。オモニの良心の葛藤を見て取ることができたのです。王杓を手にしながらも非常に不安定でぎこちない感覚を受けました。しかし取り巻き連中はオモニに勢い込んで王杓を持つように勧めました。黄金の王杓を手にする姿を見せることで世界の注目を引くと考えたのでしょう。そこにオモニは乗りました。

すでに天聖経改編委員会を作った時点でお父様を冒涜しました。決して触れるな、霊界に行ったとしても永遠に訓読しなさいとまで言われた天聖経です。そして異端の赤表紙天聖経を作り出しました。

それはすべてお父様のみ言葉だと彼らは言いますが実はそうではありません。オモニの思想をしっかり紛れ込ませています。家庭連合の崩壊とともに多くの人々が目を覚ますようになりました。神の祝福のもとに歩んでいないという現実にいやおうなく直面させられるからです。教会に行ってもそのたびに惨めな思いをするからです。中心を失いました。焦点が定まっていないのです。相対主義に陥り、二世はこの世の波に飲み込まれています。

社会文化、世間の問題とまともに戦うこともしません。自分達が世間に染まっているからです。億というお金を使って大きな行事を催しても、お金をつかませてVIPを招くなどそういうところに大金を使っているのです。そして「平和、平和」と叫んで満足して家に帰る、そういう相対主義者になり果てたのです。誰も善の側に立って悪に立ち向かおうとはしません。悪の側に立っても相対主義者ですから、何でも「愛する」のです。つまりサタンでさえ受け入れるというのです。

その行事(家庭連合の基元節)の後、天正宮の一室であの信じられない体験をしたのです。国進兄さんがオモニに「イギリスの王妃のように、王が祝福した息子を王として受け入れそれを敬うべきではないですか。そして尊厳ある慈愛に満ちた母としてお父様の決定、すなわち天一国についての決定に敬意を払うべきです」といった言葉に対して、ありったけの大声をあげて「私は絶対権力を持っている!」と叫びました。まさに悪夢としかいう他ありません。生まれてこの方そういう場面を見たことがなかったからです。そのときオモニが悪霊に掴まれている事実を知りました。

そのとき知らなかった事実もいま漏れ聞こえてくるようになりました。お父様の聖和の年、2012年の1月にお父様に内緒でカルト的行事を行ったというのです。別の霊的人格と結婚し、一つになる式典です。サタン的霊、もしくはサタンとの結婚式です。

そのことを知って初めてオモニが形相を変えて「絶対権力を持っている!」と叫んだ理由が腑に落ちました。完全に狂気としかいいようがありません。

もちろん、自分がメシアであり独生女であると言い出したことも完全に異端の行状です。普通のキリスト教の信徒でもそれが1億パーセント異端であることが分かります。そこまでいかずとも聖書を読んだことのある人、キリスト教牧師のビデオを一度でもネットで見たことのある人ですらそれ(独生女発言)が1億パーセント異端であること分かるというのです。

それをまともに受け取るのは、なんでもありの、どうでもいいニューエイジの相対主義者、ルーシェルを崇拝することもエホバを崇拝することも同じだという考えの持ち主くらいでしょう。

このようにして韓オモニはバビロンの淫婦となり最後の日に道を外れたのです。そして神々の門を開きました。自己崇拝の門を開いたのです。王杓を手にしたあの時点ではオモニはまだ自分が独生女、再臨主、再臨のキリストだとはいいませんでした。

独生女はちょっと問題です。再臨主は花婿として来ることになっているのですが、女性の花婿が世界中の花嫁を迎えることになればレズビアンのイエスになってしまうではないですか。

その後、玉座に平然と座るようになりました。これはとてつもない冒涜行為です。とくにアジア文化では例えれば誰かの棺桶に小便をかけるに等しいほどの冒涜です。

歴史において独裁者が常にそうであるようにオモニに意見し、神様のみ言に従うようにと諭す者は周りに誰もいません。そこからあらゆる改ざんが台風の渦のように起こって来ます。

四位基台の主体対象の位置を逆転するということもありました。歴史に登場した独裁者が例外なくとってきた策をここにみることができます。過去の世界征服を目指したものたちを見て下さい。イスラム帝国、ローマ帝国、それが何であれとにかく神様の創造された「家庭」という仕組みを壊そうとします。

聖書でも神様は男を創造し、一家の主となるように定められた。そしてキリストに従う頭(かしら)となり、妻はその権威に従う。これは決して奴隷になれとか資産になれという話ではありません。神の家庭の秩序を体現するという話です。そして子供たちを神の目にかなうように教育していく。

様々な社会学的評価を見ても家庭での父親の役割は最も重要なものです。大きな政府や大企業に飼いならされた教会はすべて聖書を真剣に教えません。むしろ人々の耳に心地よいことだけを語り良い気分にさせてお金をとろうとするのです。

「献金したくなければしなくていい。来たくなければ来なくていい」などといっている教会はここだけでしょう。しかし私たちはみ言について説教しています!そうでしょう。

ローマ帝国にしても他国を征服するとまずその男たちを殺して排除します。それによって女たちは征服者に屈するのです。そして政府がその寡婦たちにお金を与えて援助し、政府が子供を教育し国家の奉仕者へと仕立て上げるのです。このような形の性服がサタン世界で常時行われてきました。こうして文明を破壊し偽りの王に従わせてきたのです。

この(逆転の)四位基台の図表をみれば原理に変更を加えたことは明らかです。お父様を相対化しました。家庭連合では夫も父親も敬わなくてもいい。女性の復権を高らかに叫んでいますが、間もなく一人ぼっちになるでしょう。

聖書にはあるべき夫と妻の関係がはっきりと書かれています。夫はキリストが教会を愛するように無条件に妻を愛する。キリストが教会のために犠牲になり死んだごとく夫は必要とあらば家族のため犠牲となり死ぬのです。

これが偉大な責任であるというのです。夫は家庭で権威をもつ者であると同時に命を懸けた責任をもつ者です。フェミニストはこのことを理解していません。

「私にも権力を下さい」。
それでは家族のため命を懸ける責任を負うのか?
「それは男の役目でしょ。権力だけ渡しなさい」。

権力をもてばそれ相応の責任が生じるのです。何者かが王国を侵略してくるときは国民のため最前線に立って戦って死をもいとわないということです。部屋の片隅に隠れて「あなた、やっつけて!」なんていうことは許されないのです。

すべての征服者は男を殺し女は性奴隷にしました。全く同じやり方です。そうしながら家庭連合は統一原理を削除・変更しています。だから原理を教えていないでしょう。

ある教会の青年リーダーは「原理講義などなぜするのか」と上からいわれたといいます。「あの人は原理を教えている」と誰かがいいつけたのでしょう。原理を教えるとクレームが出るのです。

このような人たちは脳死状態のゾンビであるとしかいいようがありません。統一原理も摂理も何もかも分からなくなっているのです。それでいて聖書など価値がないとみなしています。統一原理は聖書の解説であり聖書から歴史を解読したものです。

こういう風にしながら、自分達の神学を出してきました。彼らには原理を教えることができない理由があります。原理を教えると自分たちの正体、すなわち姦通者、偽りの教師、詐欺師であることが白日の下に晒(さら)されるからです。

(韓鶴子の名が刻印された祝福リングを見せて)偽祝福のために用意された何千ものこの指輪。身につけなければ罰まで用意する勢いです。強制です。普通に脳細胞が機能している者ならこの指輪を見ればある結論がでるはずです。「韓鶴子」韓オモニの名だけが刻まれているのですよ。

家庭連合は「真の父母は一つ」「真の父母は一つ」と繰り返しますが、ここには「韓鶴子」だけです。「文鮮明」とはどこにもないのです。カルト的でない信仰を理解する正常な人は、これを何かの警鐘と受け止めなければなりません。

また再び元に戻そうとする偽聖酒の問題があります。これからこれを飲む人はもはや自分から望んで飲んだことになります。なぜなら2年間の猶予期間、知る期間が与えられていたからです。(偽聖酒を飲むことは)真理の否定、真理への背信とみなされるでしょう。

もはや、あなた自身の失敗です。言い訳できません。その個人の失敗になります。あなたの責任です。

完全な神聖冒涜です。サン・フランとも話したのですが、彼は事の詳細を知らないにも関わらずブラジル教会においても全く異様なものになったと感じたといいます。

サン・フランによれば家庭連合は新たに独生女宣伝ビデオをつくったのですが、彼はこれは違う、自分はお父様の近くで警護員として逐一見てきたがこのような事実はないといったといいます。牧会者に向かって「この宣伝ビデオは一体何のつもりですか。自分はすぐ側(そば)で直接お父様を見てきました。これは事実と異なる。あなたは実際、直接お父様を見ていないではないか」と主張したといいます。

昨年、独生女宣言するのを目撃しました。「2千年のキリスト教歴史は独生女を迎えるためだ」と言い放っています。このような発表をする前に(幹部たちは)少しは冷静にチェックすべきではなかったでしょうか。少なくとも原稿をチェックすべきでしょう。

サタンはかくも愚かな馬鹿者です。「全キリスト教の基盤は独生女を見出すためのものであった。」これを繰り返し繰り返し語っています。3年前に私たちに語った内容を公に語り始めたのです。もちろん私たちは賛同しませんでした。「はい、それでいきましょう」とは言えませんでした。

むしろ「お母様、あなたがこの道を押し進めすなら破滅に至るでしょう」と言いました。

獲物を刈るライオンに狙われることになるのです。最近も430人の指導者を集め同様のことを語っています。

アメリカの家庭詐欺連合は現在の世界会長が来て祈りの中で英語で繰り返す「天の父母様」を活字にするときに削除しているのです。自分達も何らかの痛みを良心に感じるのでしょう。自分たちが詐欺行為を行っていると知りながら、最後の最後までお金を絞り取りたいのです。多くの資産を売り払ってまで!ボストン教会、ニューヨーカーホテル、ワシントン教会。彼らはお金を崇拝する両替商に他ならないのです。

そして食口には、自分は韓国人であれを知っている、これを知っているとのたまうのです。そして下手な英語で、アメリカ人こっちにきなさい、お金をやるからこういいなさい、ああいいなさいと指示します(笑)。そして娼婦のようなものたちがペコペコしながら言いなりになっています。話にもなりません。もはや詐欺師の本性むきだしです。

誰もお前たちについていかないのだ。この愚かものたち。

倫理も良心も名誉も持ち合わせていない。ただ一つ持っているのは「自分」と血にまみれた指先から流れてくるお金だけなのだ。より多く手にしようとすればするほど、お前たちの前から遠ざかっていくのだ。そしてお前たちの家庭に呪いとして下されるのだ。愚かものたち。

すべての血は血によって支払われるのだ。盗み続けることなどできない。それは大きな呪いとなってお前とその子の上に積み上げられる。

今は「天の父母様」に祈りを捧げているが、韓オモニは430人のリーダーの前でこういうことをいっています。「これからは『天の母』に向かって祈らなければなりません」。
これは堕落したエバに祈ることです。神になろうと堕落した女性に祈ることではないですか。これは定義上サタンと一つになっているということです。

また祈祷の最後に「ナマステ」といっていました。(訳注:善進様・現世界会長がよく使う)なにかかっこいいと思って使っているのでしょうが、まさしくヒンズー教ではないですか。以前ヒンズー教の男女神を見せましたね。

私は仏教もヒンズー教も学びました。1年半以上前に「天の父母様」はヒンズー教の男女神のことであるといいました。いまそれを礼拝の主体に置いているのです。それは悪魔でありかえって人々を真の神様から遠ざけるものです。

そして「ナマステ」です。「私の中の神様があなたの中の神様に挨拶する」ですって?もはや脳死です。

最近行われた行事のパネルですが、ただの宣伝として用いられ扱われているお父様のお写真を見て下さい。(↓)

まったくもって冒涜にもほどがあります。お父様の業績を削除変更し、自分の好きにして利益を上げる。地獄に真っ逆さまです。愚か者たちは喜んで崖を登ります。そこが地獄の入り口だとも知らずに。天国と地獄は本当にありますよ、皆さん。

自分は地獄でも構わないという人が時々いますが、一度この世の監獄生活を試してみるといいでしょう。あの世の監獄(地獄)をいう前に、まずこの世の監獄を試してみなさいと言うのです。永遠の監獄生活を想像するまえに地上の監獄生活をしてみなさいというのです。それでも自分は地獄でいいというのですか。

Kingdom Savior   August 28  2016   Rev. Hyung Jin Moon   Unification Sanctuary  Newfoundland PA on Vimeo12.png

この写真、お父様が手に統一マークの入った原理講論を持つお姿です。家庭連合は原理講論を何と、隠しています。なぜ隠すのか。原理を教えてはならないから。原理を学ぶとお父様が再臨主であることがはっきりと理解できるから。四位基台を学べば、夫の位置、父の位置が大切であることが分かるから。それを相対化して足で踏みつけることなどできないことが分かる。父は家庭にとっての核ですから。

画像処理で意図的に原理講論を隠しています。これを教えてはまずいからです。これを単なるミスだとは言わせません。雲があえてここで原理講論のタイトルの位置まで上がって来ますか?ありえません。

これが現実です。
嘘をつき始めると、嘘を付き続ける他なく、嘘を重ねるうちにしまいにはそこから抜け出せなくなるのです。そのうち中にいる人もそれに気づく日が来るでしょう。

家庭連合がどこに向かっているか明らかです。キリストから離れ、聖書から離れ、原理とお父様が残された八大教材教本、それらも脇に置きました。そうすることによって違う道を歩き出したのです。

神様に向かうか、神様から離れていくのかの道は二つしかありません。色々注釈を加えてもはっきりその二つしかないのです。事故を欺いてはなりません。イエス様は、「私は真理と生命への道だ、神様への道だ」とおっしゃいました。それ以外の道は反対に向かうしかありません。ここでルカ9章をみましょう。

ルカ9章
9:57道を進んで行くと、ある人がイエスに言った、「あなたがおいでになる所ならどこへでも従ってまいります」。 9:58イエスはその人に言われた、「きつねには穴があり、空の鳥には巣がある。しかし、人の子にはまくらする所がない」。 9:59またほかの人に、「わたしに従ってきなさい」と言われた。するとその人が言った、「まず、父を葬りに行かせてください」。 9:60彼に言われた、「その死人を葬ることは、死人に任せておくがよい。あなたは、出て行って神の国を告げひろめなさい」。 9:61またほかの人が言った、「主よ、従ってまいりますが、まず家の者に別れを言いに行かせてください」。 9:62イエスは言われた、「手をすきにかけてから、うしろを見る者は、神の国にふさわしくないものである」。

イエス様ご自身が「神の国を宣べるために私は来た」とおっしゃっているにもかかわらず神の国の福音を説く教会がないのは不思議なことです。だからこそ原理がキリスト教徒にとって重要だというのです。「イエスは十字架で死ぬために来られたのではない」というとキリスト教徒は教派に関わらずわれわれはそう教えられた、神学校でもそう習ったといいます。ではイエス様は真実なお方ではないというのですか。

イエス様はご自身の口で「私が来たのは神の国の福音を宣べ伝えるためである」とおっしゃっておられるのです。繰り返し繰り返しそう語っているのです。これまで何度も示してきました。
たとえキリスト教徒が否定しようと異端だと叫ぼうと、聖書に向き合えばわかることです。聖書のどこにも「私は死ぬために来た」とは書いていません。「神の国の福音を宣べ伝えるために来た」といわれたのです。イエス様は「私は死ぬために来た」とは一言もいっていません。そして弟子たちに「行って、神の国を宣べ伝えよ」と命じておられます。

だからこそ原理の価値が現れるのです。原理はイエス様が地上でやり遂げたかったことを明確に教えてくれるのです。神学校や学習、牧師の説教で学ぶことのできない内容です。聖句の深い内容を原理が明らかにしてくれます。イエス様の使命を教えてくれるのです。

ルカ9章のこの部分は「イエス様に従うことの代価」と呼ばれる部分です。ここでも2度、神の国に言及されています。ここまでイエスに従うという人は多く現れたのです。しかしイエス様についていくためには支払うべきコストがあります。

イエス様はすでに地上に送られた目的を果たそうとしておられました。だからこそ他の人にもそうするように呼び掛けたのです。天国を証するということを。だから町から町、村から村をめぐっては天国についての福音を宣べ伝えられたのでした。

そこにある人が現れて「あなたがおいでになる所ならどこへでも従ってまいります」といいます。それにイエス様は「私には枕する所がない」といいます。「私(イエス様)に従うということの意味がわかっていない、あなたも休む場所などなくなるのだ。私は休む場所がない。もちろん皆私の下で平安を得ることはできるが、私自身は休まない」というのです。休むことなく進み続けるというのです。

誰かを思い出しませんか。一緒におられた方を。
この青年はイエス様についていくことが、楽しくて快適でおもしろく、どこに行ってもワクワクするようなものだと思い込んでいたのでしょう。

しかし聖書の約束は、その者は迫害され、あなどられ、憎まれ、さげすまれるとあります。それを楽しいと思える人には楽しいでしょう。しかしドーパミンが噴出するような高揚感を求めるとするなら、イエス様と一緒にいるかぎりは、そのような麻薬的快感を味わうことはできません。

神様といるかぎり戦いがあります。イエス様には戦うべき戦(いくさ)があるのです。天国を宣布し建設する戦いです。それは戦争です。なぜならそこにすでに(イエスという)公国と権力が存在するからです。

また別の者にイエス様は「わたしに従ってきなさい」と言います。「まず、父を葬りに行かせてください」と答えるその人に「その死人を葬ることは、死人に任せておくがよい。」と言われます。当時のユダヤ社会でこのようなことを口にすることがどれほど波風を立てるか理解できますか。

韓国文化でもそうです。「母親に向かってそのようなことをどうして言えるのか」と言います。お母様の真実を明かさなければなりません。完全に神聖冒涜、異端だからです。その犯した罪ゆえに永遠の地獄に行かざるを得ないからです。お母様に警告しなければなりません。愛しているからです。永遠の魂を思うからです。霊界では天国に行ってほしいからです。

いろいろ言っても最終的には本人の判断です。私がこのように真実を明かして家庭連合を壊そうとしているのは、もちろん詐欺グループであり、搾取とクーデターの組織であることが第一の理由ですが、それが最大の理由ではありません。最大の理由は多くの人々を神様から引き離し監獄に向かわせているからです。地獄に導いているからです。

ですからほんの少しでも愛のある人なら、火の手の上がった家を見れば教えてあげませんか。必死に、火事だ!逃げろ!と叫ぶでしょう。上品に「どうか家から出てきて下さい」と話している場合ですか!私なら叫びます。

「家が火事だ!逃げろ!」

もっと紳士的に話せ、ですって?今夜、丸焼きになってもいいのですか。

「家から逃げろ!」

死人は死人に任せておけ。ユダヤ社会は韓国社会同様に、しきたりを重んじます。とくに儒教社会ではそうです。皆さんご承知のように韓国は儒教文化です。式典で私は王冠をかぶってローブをまとったまま敬拝をしましたが、これは儒教的には違反事項です。人間の作った法を破ったというわけです。本来ならローブもつけず、ただ息子として敬拝しなければならないというのです。それが儒教の教えです。

しかし私たちの立場は異なります。私は息子であるだけでなく、。お父様が王権を継承させた者です。ですから私の全人格を私の王様の前に服従させるべきなのです。これが将来のすべての王の伝統になるのです。その王冠もすべて真のお父様に敬拝すべきなのです。

世代を通じて必ずそうあらねばならないのです。もし私が韓国風儒教文化にしたがっていれば混乱は免れません。人々はそれぞれの王を偶像として崇拝するようになるでしょう。王が神になるかも知れません。王が王の王になるかも知れないのです。今後すべての王も真の父母を継ぐ者も、真の父母、真のお父様に敬拝し続けなければなりません。

それが韓国儒教文化ではタブーだというのです。自分の父親の葬儀は自分がするというのは世界のあらゆる文化で行われていることです。しかしイエス様は「死人を葬るのは、死人にまかせなさい」と言われるのです。葬儀に出て死んだ父親、あるいは親戚が救われることはありません。今はキリストがいるのです。人々の魂を救うためにはキリストとともにいてその働き人として働くことではないですか。実際は私が救うのではありません、救い主につなげるのです。もはやしきたりはどうでもいいのです。「摂理は組織や建物ではなくキリストという人間を通して動く」と国進兄さんはいいました。

この人は「しかし社会のしきたりでは先にこれを済まさないと」とこの人は言います。イエス様は「死人に死人を救うことはできない」と言いました。「死人を救えるのは私だけだ」と言われるのです。だから私と共に歩み、神の国を宣布しなさいと。

普通私たちは(原始)キリスト教は秘密結社のような地下組織だったようなイメージがあります。しかしイエス様のこの初期の言葉を見て下さい。

「行って神の国を告げひろめなさい」。あなたがたはあなどられ、さげすまれるかもしれないが世界に出ていき、神の国を宣布しなさいと言われたのです。私を愛するなら御国を宣べ伝えよと。

またある人が来て「まず家の者に別れを言いに行かせてください」と言います。ここに蘇生、長成、完成の三段階を見ることができます。まず「私がついていきます」という個人のレベル、次に「父を葬らせて下さい」という段階を経て、家庭レベルにあがっていきます。

これに対してイエス様は「手をすきにかけてから、うしろを見る者は、神の国にふさわしくないものである」と言われます。「すき」をひとたび握れば前を向いて注意しないと傾いてしまいます。牛が鍬を引いていくのですから、すきに手をかけてうしろを見る者は神の国にふさわしくないというのです。

ひとたび責任を受け入れるなら振り向いてはいけないというのです。それをすると安定を失って王国を失うということです。畑を損ないます。イエス様に従うには代価がかかります。

現代にはあらゆる代価を払わないという人がいます。結婚のための代価も子供を持つ代価、人間関係の代価も払いたくないというのです。どのような世界に住むというのでしょうか。子供もまま大人になった者たちです。まるで幻想の中に暮らす子供です。人生のすべてに犠牲はつきものです。善行をするにもコストがかかります。ボクサーになるにもバスケットボール選手になるにも代価はあるというのです。医者になるにも山に登るにもコストはあります。腕立て伏せをするにも!

キリストに従う決断をした人は後ろを振り返るべきでありません。キリストと共に動き共に戦い、ともに「すき」をもって進むのです。

キリストは私には御国が必要だ、行って御国を宣べ伝えなさいと宣布します。私たちは国家レベルで神の国について研究してきました。イエス様が「御国」というのは現実の神の王国を指しています。黙示録にも再臨して千年王国を打ち建てるとあります。現実の地上天国です。たとえ話ではありません。神様が統治される王国です。

国家レベルで見ることもできます。主権国家です。
将来、艱難の時代が来るでしょう。ありとあらゆる、金融、政治の中央集権システムは崩壊します。そのとき人々は神様を求め、神様を中心とする人権を求めていくことでしょう。神中心の統治です。

将来そのような国々が立ち上がります。「主よ、われらの業はあなたと共に働くことです」という国々です。

ところでイエス様はそのような国にも警告を与えられています。それは「キリストと共に歩むとき、十分な用心が必要だ」というものです。「私は休まない」とおっしゃっています。警戒が必要です。こういう言い回しがあるでしょう。

「自由は愛国者の血をその代価に支払う」

よくよく用心しなければ自由と責任は、今のアメリカのように失われてしまいます。自由が取り去られるというのです。なぜなら人は天使長の嘘を信じ始めるからです。

今私がよく聞くクリスチャン・ラッパーのテダシ(Tedashii)が思い浮かびました。彼は最高です。後で検索してください。フットボールの選手のようなごつい人です。彼のラップはいいですね。あとで少しダウンロードして練習してみますか。テダシもこのテーマで歌っています。

立ち向かっていかなければ、神の国に向けて闘わなければ世界を引き渡してしまう。福音を宣べ伝え、キリストを宣べ伝えなければ、キリストにある我々の位置を知らなければ…という問題です。

イエス様は国家レベルではこう言っています。
「この道を進むには警戒が必要だ。」天一国憲法が公布され国ができ、政府がGDPの10%を超えることが違法とされ、国民は「王」のような権利を持つので税をかけることができない―という環境がたとえ準備されたとしても、聖書は黙示録の中で、1000年王国の終わりにサタンが復活することを予言しています。

天国が打ち建てられても1000年後、サタンがまた復活して王国を破壊しようとするというのです。天一国が確立し偉大な自由と責任が機能し始めて、人々は神様の栄光を讃美し神と共に生活するようになったとしても、破壊の危機を迎えるというのです。サタンとその一味が王国の破壊を試みるというのです。

イエス様は「私を愛する者は私の命(めい)に従う。」といいました。キリストは私たちに救いを与えて下さいます。そして私たちはキリストを愛するのでその命に感謝して従います。感謝祭にはその業を讃え感謝するのです。

しかしキリストと共に歩むとき最大の警戒が必要です。キリストには枕するところがないからです。天一国の王、王妃としても将来にわたって十分警戒しなければならないのです。

家庭での夫婦がその出発点です。天一国の王と王妃、サタンはそこをまず攻撃してくるからです。用心しなければならないというのです。サタンが王国の破壊を狙っていると知らなければなりません。

サタンは独立した王が集まりそれぞれが王権を持ち、主権と王国を守る権利を持つような国を好みません。皆が国の奴隷となるような国家を好むのです。

ここにいる日本の若者たちと素晴らしい対話を重ねました。先に帰った中高生もそうです。
(彼らに語り掛けて)その内容を討論しましたね(訳注:下線部は日本語で話された)。大学生のグループです。年齢の割にとてもしっかりしていることに驚きました。彼らに拍手を送ってください。(拍手)非常に感銘を受けました。

でも完璧じゃないですからね。誤解しないで下さい(笑)。褒める時は注意しないとね。
この一週間彼らと話をして非常に恵みを受けました。

お父様に任命されてCARP世界会長もしていたこともあって天正宮にいた頃も多くの国の青年達と出会い、話をしてきました。青年連合その他の大きな集会で話しもしてきました。しかし何かもどかしさを拭い去ることはできませんでした。会場満杯の人ですから仕方はないのですが、「本物のつながり」を感じることができずにいました。ここに来れたことは恵みであったとしみじみ妻とも話しています。

かつては4万人の若者を前に同じような内容を話していました。しかし今思えば虚(むな)しいものでした。本当の関係性です。これは神様の恵みであり贈り物です。だからここに来て、生の人間と本当の関係を築けるということがどれほど素晴らしいかというのです。これらの青年から強い印象を受けました。

いろいろな訓練をし、一緒にレスリングもしました。首を絞めたり…(笑)。
平和警察の訓練。ブラジル柔術、レスリング、総合格闘技など、これらはじつは平和警察のための訓練だったのです。人が変わるのを見ました。私の妻がそうです。韓国式に床で暮らしているのですが、誰かがノックすると、彼女はうしろ向きに転がりながらドアのところまで行くのです(笑)。天一国の王妃が後転しながらドアにいくというのです。柔術の回転です。

私の息子たちもここに来た頃は典型的なゲームおたくでゲームに夢中の子供たちでした。本当にゲームばかりしていたのです。バーチャル世界に住む、痩せぎすで何をするのも怖がる子供でした。それがここでレスリング、アメリカンフットボール、ブラジル柔術をやりだしました。フランシスコと練習してパンチをもらっても子供たちは逆に喜んでいます。まったく別人になりました。

同じことが(日本から来た)若者たちにも起こりました。最初はめそめそしていた女の子が最後には格闘好きになりました(笑)。全く別人になったようです。この子たちはお行儀がいいのでそこまでしなくてもいいのです。

でもたまにスーパーサイヤ人にでもなったつもりの若者がいます。そのような時彼をよんで一番弱いメンバーと試合をさせます。すると絞め技で負けてしまいます。現実をチェックするには絶好の機会です。今週はある高校生が来ました。彼も自分を何かスーパーマンか、(ドラゴンボールの)スーパーサイヤ人か何かと勘違いしていました。

この可哀想な男の子の目を覚ましてあげようと女の子と対戦させました。最初は周りの女の子たちも「強そうだ」という目で見ていたのですが、小さい子供にぼこぼこにされ、女の子にぼこぼこにされるのを見てギャラリーは口を開けたまま呆然としていました。出す言葉もないのです。最初は幻想を抱いていた若者も自分の現実の姿に直面しました。スーパーサイヤ人も試合をするうちに現実を知ったというわけです。こうしたことは必要なことです。現実の姿を知ることができます。神の王国も幻想の世界に存在するのではなく現実世界に存在するものなのです。天一国憲法はファンタジーの国ではなく現実の国を想定しているのです。お父様が語られた平和警察、平和軍の意味が今わかります。

日本の青年たちは生まれて初めて銃を撃ちました。銃器について学び、その安全な扱い方を学びました。万物を主管するのです。天使長に万物の方が人間よりも力あると言わせてはいけません。日本では違法なのでこのようなことをするなど夢にも思わなかったというのです。

皆が銃をもてるようになるとどうなると思うかという私の質問にある青年は「もしみんなが銃をもてるとしたら、殺人や犯罪が増えると思います」と答えました。
私はそれに対して「いやー見事に模範的な(国家の)奴隷ですね。」といいました。「洗脳者の思いどおりになっています」。

現実はどうでしょうか。統計では住民に銃所持を許している都市のほうがそうでない都市よりも犯罪発生率が低いという結果が出ています。比べものになりません。LA(ロサンゼルス)やNY(ニューヨーク)、シカゴなどではまともな住民は銃を持てず、犯罪者が銃を持っています。このように具体的、科学的、統計的に物事は見なければなりません。現実を見るのです。脳死状態でファンタジーの世界に生きるのではなく現実世界に生きるのです。

普通の市民が自衛のために武装できれば犯罪者もひるむというのです。下手をすると殺されてしまいますから。

若者たちはこうしたトレーニングを経て現実感覚を養いました。王国は現実の王国です、空想の中の王国ではありません。格闘技などを訓練する一つの理由はこれが王国建設につながるからです。現実に向き合い、恐怖に向き合う。そしてそれを克服していくことで自力では到達できないより高みに登ることができるのです。

彼らはいまは白帯ですが訓練すれば一年かそこらで青帯に昇級するでしょう。青帯をとって辞めたければ青帯をとった後に私にそう言ってください。練習もきついですから。しかしそのように訓練する、自己の現実、また恐怖と向き合い、あらゆる方向から受けるプレッシャーを受け止めることで神様が与えて下さった潜在能力を目覚めさせることができます。
それは自身の栄光ではなく神様の栄光です。

人は弱いので途中でやめて諦めてしまいます。それが普通です。自分で強いと思い込んでいてもそうでない現実に直面するのです。誰が精神的に強いか、トレーニングしていればわかります。そうでしょう?

天国は現実的にやってくるのです。ここでのトレーニングに参加した皆さんにはわかるでしょう。だから私たちは恐怖を見せ、弱さを認識させることで現実に即した物の見方を養うのです。初めて格闘技をした女の子は最初恐ろしかったでしょう。手加減はしました。しかしその体験が皆さんの中に神様によって潜められたものを目覚めさせます。この世はそれに触れるなと言います。恐れていては一生それに気づくことはないのです。だから模範的な奴隷だというのです。神様に与えられたものをすべて解放しなければなりません。キリストを通すならすべてを成すことができるのです。

神様に与えられたものもキリストからきたものといえませんか?キリストの権能と権威の内に強くたつとき、神の国にふさわしい者となります。

若者たちと議論したことの一つは「王の心構え」でした。日本には天皇がおられます。
また彼らの一人に「お金とは何か」と質問しました。紙幣であったり銀行口座に入っているものですと答えました。紙幣がお金の本質ではありません。それは国家が「奴隷」に思い込ませた内容です。イギリスでも日本でも王室はそのようなことを信じていません。全くの嘘だというのです。

嘘を信じているのです。模範的奴隷だからそれを信じているのです。「王の心構え」を持たなければなりません。天皇家は紙幣のお金を集めると思いますか。天皇は紙幣を集めたりはしません。口座にいくらあるか気にしたりしません。金、銀や土地を所有するというのです。
あるいは人間関係も資産です。環境保護ゾーンを知っていますか。そこも国が所有しているのです。

イエス様は「宝は天に積みなさい」と言われました。キリストにある私たちの宝は最大の宝物です。一方で天国が実体でもたらされるとするならば勝利しなければなりません。

王国また王の心構えは何でしょう。紙幣を集めることですか。違います。王国は紙幣で築くことはできません。またエリートのさじ加減で左右される銀行口座の預金でもありません。

また日本の青年に「日本で皆さんは自由ですか」と質問しました。(一人を指さして)あなたに尋ねましたね。あなたは「自由です」と答えました。

また日本のヤクザと天使長についても話しました。お金を誰かに払って自分を守ってもらう。その相手がヤクザであろうと国家であろうと違いありません。しかし王様は税金を支払うことはしません。しかし税金を納めることが普通に思われています。サタンがそうさせているのです。サタン世界ですから。

そんな国はありえないと思っていませんか。実はかつてのアメリカはそうであったのです。所得税も固定資産税もありません。すべて修正条項によって持ったらされた罪です。かつて現実に存在していたのです。そして偉大な豊かさと自由と責任を享受することができたのです。奴隷制を除いて地上天国に最も近い国でした。

どうしてあなたたちの先生や教授は真の富について教えてくれないのでしょうか。豊かになるにはソニーや三菱のような大企業で働くようにというのでしょうか。嘘を言っています。若い時から「王の心構え」について学ばなければなりません。偽りの富ではなく本物の富を学ぶ。それは父から学ぶのです。

国民を奴隷にしておくために、紙幣や預金が「お金」のすべてだと思わせるように彼らは嘘をいいます。その一方で自分たちは金、銀、土地などを蓄えているのです。ここが問題です。

天一国では祝福がどこから来るのか知っておくことが大切です。私たちの権利は神様からもたらされると同時に、肉的救いはこの「王の心構え」を知ることを通じてくるのです。「奴隷の心構え」ではありません。サタンの奴隷であることをやめなければなりません。

再臨主が来られて肉的救いが与えられてどうしますか。
サタンが王である王国から去るというのです。

サタンという王から離れますが私たちは王の王に接ぎ木され、その血統につながり王国を継ぐのです。だから血統は直接、王国につながっているということです。王国は血統に連結されています。血統がないところに王国はありません。王の種から来るのです。

日本でも「王の心掛け」というものなど聞くことはありません。真の富などとともに教えられないのです。奴隷にしておくことを望む者から嘘だけを聞かされてきたのです。それは王の王の血統につながる者にふさわしくありません。「奴隷の精神」を離れ、「王または王妃の精神」に帰るのです。

神様は血統を通して王国を与えて下さいました。その王国を通して霊肉共の救いを得ることができるのです。

話をすべきことはあまりにも多いのです。ルカ9章で見せたようにキリストと共に歩むことを第一に考えて下さい。非常に大切なことです。しかしキリストと共に歩むことには代価を支払わなければなりません。

しかし大きな恵みがともないます。霊界の天国ばかりでなく地上天国においてもそうです。ついに自由と責任の国に住むことになるからです。サタンとサタンの王国からの自由です。

聖書の預言のとおり、サタンは王の王の足の下に踏み砕かれることでしょう。そしてサタンは人間の僕となるのです。

天聖経205(英語版)
 皆さんの願いとは何ですか。天国の人とか、天国の子女になりたいのです。 それが願いでしよう? 天国の民、天国の子女にさえなれば、天国は自然に生まれるのです。

いいですか皆さん。私たちは血統を変えなければなりません。そしてその心構え、精神も変えなければならないのです。もはや奴隷ではありません。奴隷根性は捨てるのです。そして王国の精神、王の心構えを持つのです。そうしなければなりません。

アーメン。アージュ。

翻訳:サンクチュアリNEWS管理人
 
 
にほんブログ村 哲学・思想ブログ サンクチュアリ教会へ
にほんブログ村