一度触れただけでダイナマイトのように吹き飛ばす-9月23日 英語説教(その4)

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2018年9月23日 英語説教

翻訳:BAMBOOS

ヨハネ4章に移ります。聖霊の話をしています。10節から行きましょう。

10:イエスは答えて言われた、「もしあなたが神の賜物のことを知り、また、『水を飲ませてくれ』と言った者が、だれであるか知っていたならば、あなたの方から願い出て、その人から生ける水をもらったことであろう」。

「生きる水」です。死の水ではありません。毒の水ではありません。クリプトスポリジウム(注:病原性原虫)に汚染された水ではありません。生きる水です。我々が水で満たされていることを知っている人はいますか。水は必要なものです。生きる水を与えると言われました。続けます。

11:女はイエスに言った、「主よ、あなたは、くむ物をお持ちにならず、その上、井戸は深いのです。その生ける水を、どこから手に入れるのですか。12:あなたは、この井戸を下さったわたしたちの父ヤコブよりも、偉いかたなのですか。ヤコブ自身も飲み、その子らも、その家畜も、この井戸から飲んだのですが」。13:イエスは女に答えて言われた、「この水を飲む者はだれでも、またかわくであろう。14:しかし、わたしが与える水を飲む者は、いつまでも、かわくことがないばかりか、わたしが与える水は、その人のうちで泉となり、永遠の命に至る水が、わきあがるであろう」。

ハレルヤ!聞きましたか。それは泉となりあふれます。何から湧き上がると言いましたか。頭からでしょうか。心からでしょうか。考えからでしょうか。「腹」からです。直感、おなかからです。男の子たち、君たちが何かと戦わなければならない時に、腹が締め付けられるような感じがします。いつでも戦う覚悟ができていなければと感じます。いつでも戦う準備をしています。代謝を遮断します。そういう胸騒ぎを感じます。中心部で感じます。ここ(腹)で立ち向かい戦わなければと感じます。それを感じます。考えるのではありません。

キリストについて全てのことが神学的に取り扱われると感じます。頭の中を通して話します。ロドニー・ブラウン牧師はコーンヘッド(愚か者)と呼びます。頭が大きなコーン(円錐)になった人の映画を覚えていますか。ここ(頭)で考える神学者のようなものです。この下の方で、腹で感じていません。神様から駆り立てられるものを感じることができないのです。殴られた時のようにこの腹で。「ああ、しまった」と締め付けられるような。

(略)

1:29:00
我々が聖霊を受ける時、神様の霊は私たちの内側に宿ります。その時私たちには掘られた井戸があります。

イエス様は飲み水を与えるだけではないと言っています。なぜ「かわくこと」がないのでしょうか。なぜなら彼が井戸を掘っているからです。コップに入った水を与えるだけではないのです。シャベルを持ってあなたの中に(井戸を)掘っています。ですから最初は痛みもあります。その井戸を掘るのは痛いのです。私の話していることを知っている人は何人いますか。

彼がシャベルで掘って、足で踏みつけて掘る時に痛みます。深いところまで行かなければならない場合もあり、どんどん掘って穴をあけ、ドリルを持って来なければならないこともあります。水圧破砕を始めなければなりません。するとひびが入ります。アーメンですか。

どんどん掘らなければなりません。深く入らなければなりません。血を流さなければなりません。マラソンランナーに脇から応援しながら水をあげようとしているのではありません。それはあなたのおばあさんであって神様ではありません。混同しています。

神様はあなたを変えたいと思っています。あなた戦いと勝利のために配置したいと思っています。あなたがおばあさんの飲み物の情けを受けるのを望んでいません。あなたの内側に井戸を掘っているのです。そういうことをしています。

神様の霊がやってくるのを見ると、それは全てを燃やし尽くす火として説明されることが多いです。私たちに火をつけて情熱を与え、それが自分自身を超越して、私たちに火を付けて国を照らし、心に火を付けます。

しかしまた同時に平和の喜びもあります。川があり井戸があります。何と言っているでしょうか。14節で言っています。「わたしが与える水を飲む者は、いつまでも、かわくことがないばかりか、わたしが与える水は、その人のうちで泉となり、永遠の命に至る水が、わきあがるであろう」

みんなで「わきあがる」と言ってください。永遠の命の王国から出て来るもののことです。神様の霊によって内側からあふれ出て来るもののことを言っています。どんな征服者もそれに打ち勝つことはできません。

永遠の命の泉。そのために手術が必要な時があります。掘り進んでいくと石があります。聖書では石の心と言っています。掘っていくと石に当たります。すると削岩機を持ってきます。石は動きたがりません。岩盤になりたいと思っています。神様は「いいだろう。その岩盤を放っておいて削岩機を持って来い」と言います。すると石が「私はもっと強い石だ。ロックウェル硬さで6プラスだ」と言います。しかし神様は「ばかやろう!巨大な削岩機の付いたクレーンを持って来い」といいます。アーメンですか。

私たちがどんな言い訳をしても関係ないのです。我々が神様に屈服する時、一度触れただけでダイナマイトのように吹き飛ばします。ここにあるのはダイアモンドだから、削岩機がダイアモンド付きのものではないので使えないとあなたは言います。すると神様は「聖霊を連れてきて、1万ポンドのダイナマイトを持ってきてこの少年を天まで吹き飛ばし、聖霊によって送り返せ」と言います。アーメンですか。

チーフは何の話か分かっています。彼が余りにもよくわかっていることです。

泉がただそこに現れるだけではありません。そこで手術が続けられる必要があります。建設が続けられる必要があります。建設チームが来なければなりません。そのようなものをすべて神様が打ち破る必要があります。何度もやらないといけないかもしれません。しかし一度触れるだけで神様はそのプロセスを始めることができます。

ですからここに来た人の中にはここに横たわって、神様の力が降り注ぐことがあります。何が起きているのかは分かりません。見当もつきません。

劉先生は先週、とても神様に飢え渇いていて、その飢えと渇きがあふれていました。それから出てきて賛美と礼拝をしていました。私はもう席に戻って座っていたのです。しかし彼らはここに出てきて神様に語り掛け乞い求めると、彼らに神様の霊があふれてきて、私は逆らうことができませんでした。彼らのために祈らなければならないと分かりました。神様は彼らのために祈りなさいと言いました。どのようなことが起こるか気にしないでただ彼らのために祈りなさい、と。彼らに手を置いたら後は私がやる、と。

ここに横たわって、震えている兄弟もいました。聖霊が彼らに注がれていました。それで若い人たちは「大変だ。集中治療が必要なのではないか」と言っていました。

神様は彼に手術をしていました。劉先生が来てこう言っていました。倒れて、アノインティングが非常に強力で、時間の存在すらも分からないほどだったと。そして元気づけられたそうです。また幽体離脱体験をしたと言っていました。そしてその後、自分の手が踊り出して、体全体が主の喜びに満たされたと言っていました。それから手が自分で動かしていないのに神様を賛美して、火のついたように動いてコントロールできなかったと言っていました。

つづく

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