非サンクチュアリ人が抱いた韓鶴子オモニに対するまっとうな疑問

家庭連合ブログ村の「松茸豊作のブログ」の記事

「真のお母様が真のお父様と一体になっているとは、お父様のことを一切、言及しないことなのか?」

をよんで非サンクチュアリであるこのブログ主の感想の真っ当さに驚き、感動した。

ちなみに「松茸豊作」さんの前回の記事が「イエス様が語られた『王』の意味の誤解が“銃信仰”を生んでいるのではないか」というサンクチュアリ教会批判記事であることからもわかるように、このブログ主はサンクチュアリ教会のシンパではない。

全文引用させて頂く。松茸豊作さんありがとう。

【引用開始】
2018年09月20日

真のお母様が真のお父様と一体になっているとは、お父様のことを一切、言及しないことなのか?

南米ブラジルで8月4日に開かれた「南米サミット会議」での真のお母様のスピーチを聞いて唖然とした。真のお父様のことに一切、言及していないのである。真のお母様は真のお父様と一体化していると聞く。それなのに、お父様のことを一切口にしないとはどういうことなのか。

 今の家庭連合は、お母様がお父様のことを一切、スピーチで証ししなくても何にも不思議だと思っていない。ある家庭連合のメンバーに、この点を問いただすと、「お母様が、お父様の証しをするかどうかが問題ではなく、いかに天の父母様(神様)の悲願を達成するかだ」という。

 調べてみると、真のお母様が、スピーチで真のお父様のことに全く触れないのは、今回に限ったことではない。昨年10月15日の幕張メッセでの大会でも、真のお母様は公衆を前に講演されているが、真のお父様のことを一切、語っておられない。

 ブラジル大会で紹介された統一運動の映像には、真のお父様と真のお母様がご一緒の姿が何回か映し出された。それだけに、ますます、スピーチで一切、お父様のことを語らないのは異様だ。真の父母という表現では語っておられるが、まるで背後にRev.ムーンという言葉は口にしないという申し合わせでもあるかのようだ。

 前述の家庭連合のメンバーは、お母様とお父様が完全に一体となっており、お父様はお母様に全て託されているのであるとし、従って、お母様がお父様のことを言及しなくても特段、不思議ではないとする。家庭連合も同様の見解と思われる。

 一体となっているとはそういうことなのだろうか。一体となれば、相対のことを一切、口にしなくなるのだろうか。逆ではないのか。夫と一心同体となれば、妻は夫のことが慕わしくて、自分のことは度外視にして、ひたすら相対のことを証しするなといっても、次々と口を突いて出てくるのではないだろうか。

 夫の言い尽くせない途轍もなく尊い愛、止めどもない深い許しとサタンとの凄絶な闘い、涙なくしては語れない苦労の路程、食口の罪を身代わりに背負い、それを清算するために家族も共に歩んだ蕩減の道――。神様の願いを成就するために神との間で抱え続けていた事情、身内にもなかなか明かそうとしなかった辛い心情の世界。全人類の為に捧げきり、全く自分の楽しみのために時間を費やすことができなかった生涯……。

 その人生の一コマひとコマを思い出して語るたびに、涙がこみ上げて言葉にならないのが、その夫と一体となった妻の姿ではないだろうか。そして、今、思い返せば、夫の願いを十分に悟ることができなかった…、本当に申し訳なかった…、という言葉になっていくのではないだろうか。

 お父様は、イエス様と同じように、神様と一体となられた方であった。だから、生涯、神様を証しつづけられた。語られるのは神様のことばかりだった。そのお父様と一体となったお母様というのであれば、お父様や神様のことを言うべきなのに、神様のこともあまり語らず、お父様のことは全く語らないで、自分の独生女としての役割ばかり語っている。

 「原理講論」のキリスト論を見ると、イエス様は、霊的真の父として、霊的真の母(聖霊)と共に、クリスチャンを真の愛で生まれ変わらせる「霊的重生」を導かれた。再臨期においては、真のお父様は、再臨主として、真のお母様の立場である聖霊実体(原理講論176頁)を復帰して、「霊肉共に真の父母」(268頁)となり、真の愛によって、「堕落人間を霊肉共に重生させ」(同)ていかれることになっている。

 そして、イエス様は「わたしには、あなたがたに言うべきことがまだ多くあるが、あなたがたは今それに堪えられない。けれども真理の御霊が来る時には、あなたがたをあらゆる真理に導いてくれるだろう。それは自分から語るのではなく、その聞くところを語り、きたるべき事をあなたがたに知らせるであろう」(ヨハネ16・12~13)と、真理の御霊(聖霊)の役割を語っておられる。したがって、聖霊の役割を担うお母様は、お父様の言いたかった“心の秘密”を証ししなければいけない立場である。

 お母様の主体は、あくまでお父様である。従って、お母様の願いは、お父様の願いであり、食口たちがお父様の願いを真摯に求めることは、お母様を支えるということになる。

 お父様は、最後の祈祷で「全てをなした」として逝かれた。それは、何か重大な救いの道を遺していかれたという意味ではないだろうか。また、お父様は晩年、2010年に宣布された「天地人真の父母定着実体み言宣布天宙大会」講演文を絶えず座右に置き「この中に公式がある」と何度も強調された。それはどういう意味なのだろうか。

 聖霊の立場のお母様は、こうした内容こそ深く求め、解明してくださる必要があるのではないか。それにもかかわらず、何もそうした内容は明確にされていない。家庭連合の幹部も、お母様に付き従っていけばよい、とする一方、「お母様が何万人の大会を勝利された」と声を張り上げるばかりで、こうしたお父様の“遺言”には全く関心を示そうとしていない。

 聖書は聖霊の役割をどう述べているだろうか。「聖霊によらなければ、『イエスは主である』と言う事ができない」(コリントⅠ12:3~7)とある通り、聖霊(真のお母様)は、メシア(真のお父様)を証し、救い主として実感させる使命がある。

 加えて、「聖霊は、あなたがたにすべてのことを教え、またわたしが話しておいたことを、ことごとく思い起させるであろう」 (ヨハネ14:26~29)とあるように、真のお母様は、真のお父様のみ言を悟って思い出させる役割があるのである。

 さらに、真のお父様と真のお母様は性相と形状の関係である。原理講論で「形状は第二の性相」(44頁)であると書かれている。このことから、「真のお母様(形状)は第二の真のお父様(性相)」ということができる。これは、体としてはお母様の体であるが、心はお父様の真の愛が満ち満ちている立場である。それなのに、お父様の真の愛をまったく証ししない、というのは、そのあり方が、遠く原理から離れてしまっているということになるのではないだろうか。

【引用終了】

PeaceTV 中南米 ワールドサミット2018 創始者 基調演説 2018 8 3 familyforum

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