お父様はなぜ國進ニムと私を見て喜ばれたのか 9月16日英語説教(その3)

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2018年9月16日 日曜礼拝 英語説教

翻訳:Harry

2、3まだ話しておかなければならないことがあります。
マルコ16章、重要な章です。。
みんなが知るべき内容です。今日のリマ。
石をころがしてみると、キリストが復活していた場面です。

マルコによる福音書16章14節。

14 その後、イエスは十一弟子が食卓についているところに現れ、彼らの不信仰と、心のかたくななことをお責めになった。彼らは、よみがえられたイエスを見た人々の言うことを、信じなかったからである。
15 そして彼らに言われた、「全世界に出て行って、すべての造られたものに福音を宣べ伝えよ。
16 信じてバプテスマを受ける者は救われる。しかし、不信仰の者は罪に定められる。
17 信じる者には、このようなしるしが伴う。すなわち、彼らはわたしの名で悪霊を追い出し、新しい言葉を語り、
18 へびをつかむであろう。また、毒を飲んでも、決して害を受けない。病人に手をおけば、いやされる」。
19 主イエスは彼らに語り終ってから、天にあげられ、神の右にすわられた。

驚くべき話です。この力。この力で救われます。その生命をキリストに捧げたものが持つ力。あなた方が誰かのために祈るなら、治し癒すことができるのです。自分の力でするのではありません、神様の道具になるのです。神様があなたを用いて様々な人に触れる、触れて治すのです。肉体の病気であるかも知れません。精神の病かもしれません。

神様はあなたを用いて誰かの人生を変えることができます。ひょっとしたらそれがその人の最後のチャンスかもしれません。次の日に交通事故で死んで霊界に行くかもしれないのです。知る術(すべ)がないのです。神様と出会う最後のチャンスかもしれません。最後の機会かもしれない。私たちはもう胸を躍らせながら、人々をキリストのもとに連れて行かなければなりません。自分の口でイエス様に生命を預けると言わせる。それを胸躍らせながらやらなければなりません。それがわれわれの目的のすべてです。

外に行って人に会うとき、肉体的にだけ会っているのではありません。あの人はいい人だなどと。そうでなく、霊的に出会っているというのです。

ここで二世の子供たちの問題があります。
ここの皆は家庭連合の二世に比べればずっとましだということは当然です。不幸にも彼らは完全に堕落しました。

ここで二世の若者の問題は何かと言うと、自分のことを全く特別な存在だと思っていることです。君たちのことを言っているのではありません、他に比べればずっといい。私が話しているのは一般的な問題です。

例えば、外から若者が入ってきたとします。同年代の若者です。皆さん(二世)はどう思うかというと、「ああ、あの子は二世じゃない」。もちろん皆は、いい人として暖かく接することでしょう。歓迎するでしょう。しかし、心の内ではどうですか、心の内では?

心の内では自分が上位に立っているのです。それは悪いことです、それは罪です。あなたたちが救いを得る前は、皆さんも罪人なのです。それ以上のものではありません。血統は持っているかも知れません。肉体的な血統は。家庭連合を見てみなさい。彼らも血統を持っていましたが皆、堕落したではないですか。神様は血統だけに関心があるのではありません。もちろん神様は肉体的血統を望んでこられました、自分の子供として。
しかし同時に彼らの心を欲しておられるのです。

お父様から(血統を)頂いた他の子たちを見てみなさい。お父様を裏切り、韓オモニと一緒にお父様を売り飛ばしました。これで天のお父様が喜ばれると思いますか。答えはNOです。

お父様がどうして国進ニムと私を見て、代身者、相続者だと喜ばれたと思いますか。それはもちろん肉的血統を受け継いでいることと同時に、私たちの心情を見て喜ばれたのです。私たちの心はお父様のものです、私たちのものではありません。

こういった雰囲気を二世に感じるのです。これは全世界的な問題です。これは問題です。小さな特権意識。彼らの誤りとは思いません。一世たちが二世を見てあまりにも喜んだのです。だからあまりにもおだて過ぎました。もしあなたがおだてに、おだてられて、一生懸命に働かない場合、ごみ掃除やトイレ掃除などしないでいいとしたら・・。特権意識を持つようになります。自分を特別だと思うのです。

「みんなは自分がどれほど素晴らしい存在か分からない」

世間の皆は決してそうは扱ってくれません。そうすると「みんなが逆らう。自分の偉大さが分からないのだ」こう思います。結局、アニメオタクになったりする。実際に多くの二世がアニメ中毒になっているのです。なぜならアニメでは同じように賛美していくれるから。
「ああ、おまえは超能力を持っている」「誰にもわからない、誰も知らない」「NARUTOのパワーが・・・」。
ばかげたことです。テレビゲームをするときも超人的能力の持ち主になります。皆が崇拝します。これは馬鹿げた、とんでもなく愚かなことです。こういう子供がアニメにはまると、変わり者のようになり、姿勢も前かがみになって、痩せこけた上に、衰えて、「何で女の子に全然もてないんだろう・・・」。空想の世界の中に住んでいるのです。
超能力か何かを持っていると勘違いして、忍者タートルズやNARUTOに夢中になる。
これはまったく馬鹿げた話です。

いいですか、アニメも99.99%は異教をベースにしています。たとえば日本のアニメは、神道、仏教的神道、こういう異教がベースになっています。その神は狐であったり、九つ尾のある狐だったり。森に棲む様々な神であったりするのです。

つづく

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