8月26日英語説教「主の足元に座って」(その2)

Sunday Service August 26 2018 Rev Hyung Jin Moon Unification Sanctuary Newfoundland PA on Vimeo

2018年8月26日英語説教

 
翻訳:BAMBOOS
 
ですから青年男子、女子たちは私の足元に来て私と時を過ごすべきです。このアノインティング(油を注ぐ、任命、聖別などの意味)を聞き、命の油注ぎを受ける必要があります。自分が融合されたものだということを知っていましたか。つまり人生で最も長く過ごした5人の人を合わせたものという意味です。長く一緒に過ごした人のようになります。

愚かな友達やビデオゲームと過ごしていれば馬鹿になってしまいます。知恵がなくなります。しっかりと進むことはできません。高いレベルの人たちとやっていくことはできません。誰もあなたに投資しないでしょう。あなたに可能性を見出す人はいません。なぜなら自分がそれを許さず、石だらけの地面に隠してしまうからです。自分が誰と一緒にいるかということに注意を払う必要があります。

若い人たちはインターネットでもどういう人と過ごすかという話です。君たちは長い時間、1日に平均で8時間から10時間インターネットを使っています。驚いた顔をしないでください。君たちは簡単に8時間から10時間もやっています。つまりインターネットでそのように過ごす人たちのように、自分もなっているということです。

彼らの習慣によって方向付けられています。多くの場合悪い習慣です。彼らの悪い知識、悪い知恵。しかし考えてみてください。それが君たちの人生にとても大きな影響を与えるということです。ですから成熟した人たちと過ごす必要があります。お父さんやお母さんはもちろんですが、王とも過ごす必要があります。ですから君たちを訓練するのです。

ただ君たちが恐ろしくて強い人間になると思うような技を教えているのではありません。そうではなく、君たちは尊厳を持った人間になるのです。國進様と過ごし、自由社会の勉強会に出て彼と過ごし、寛大な心、寛大な人とはどんなものか学ぶのです。ビジネスで成功した人物を。

ゼロから業界10位に入るようになりました。20(訳注:音声不明瞭)年前にショットショーでのちっぽけな展示ブースから始めました。これくらいの小さな机だけの小さな店でした。今ショットショーやNRAショーに行けば、カー・アームズは最大の展示ブースの1つです。神様に栄光を!

それがアノインティングです。そういう人と一緒に過ごしてください。特に十代後半の人たち。そのようなアノインティングを持つ人のまわりにいたいと思うのです。

聖書を持ってきてください。神様のみ言と過ごす必要があります。イライラしないでください。「今日は日曜日だ。30分過ぎた。1時間過ぎた。イライラする。もう出て行って遊ばないといけない」。それは愚かな人間です。

1週間のうち3時間、4時間、5時間でも多くはありません。君たちは一晩に馬鹿な友達ともっと長い時間を過ごしています。どれだけ神様と、また神様のみ言と過ごす時間を持っていますか。その人の文化、価値観、道徳観、性質を理解するために共に過ごすべき人がいます。ただやってきて、後ろに座ってゲームをするだけでは得られないものです。そうしていたのはみんな分かっているはずです。

論理的に考えてみれば分かります。そんなことをしても何も学べません。正しいですか。イエスですか、ノーですか。自分の頭を使ってそれが正しいか考えてみてください。そして理解するのです。だれも君たちを責めることはありません。誰にも若い時があります。

しかし君たちは訓練を受けており、高度な責任があります。カリ・エスクリマを今学んでいますが、非常に危険な技です。とてもかっこいいですね。危険な技です。もっと責任を持ち、より高いレベルの統治者の支配権を持つ必要があります。高いレベルの道徳を持って統治することができなければなりません。私たちが扱っているのは致死的な武力です。

鉄のつえの訓練とはみなそういうものです。より高いレベルの致死的武力を扱うに従って、より高いレベルの道徳を持たなければなりません。一層高いレベルの博愛です。日曜礼拝のように考えないでください。大きなメガチャーチに行って説教を聞いて、「神様のことを聞いたから大丈夫」などと思わないでください。そうではなく、共に過ごすということを考えてください。神様を愛する成熟した人と時を過ごすということです。いっしょに集まって神様に栄光を捧げ礼拝します。

この中には成熟していない人がいるということは分かっています(笑)。確かに未成熟な人たちもいます。しかし一般的に言って、です。外れた人、変わり者はいつでもいるものです。しかし一般的にこれは聖別されたグループです。アーメンと言えますか。日曜礼拝とか日曜の説教という観点で考えないでください。演説ではありません。共に時を過ごすということなのです。

ディーン・ラドキーのビジネス・トレーニングを受けた人はいますか。ジム、良かったですか。覚えていますか。素晴らしかったです。彼はフォーチュン500に入るような世界的な企業を経営しています。青年達も受けたのでしょうか。彼がCEOを育てる時に何と言っているか知っているでしょうか。彼はCEOを育てる時にお金を稼ぐ方法について話していました。彼は一緒に過ごすのです。4時間も5時間も一緒に過ごします。

聖書には「主の足元に座って」とあります。指導者から学ぶ原則です。キリストの肢体(クリスチャン、教会などの意味)が呼ぶところの弟子の身分というものです。そのフォーチュン500の企業を経営する人ですが、彼はその方法を知っている人です。みなさんは知りませんね。彼が知っていることを理解するには、彼の足元に座らなければなりません。彼は単にあれこれと言って、この本を読みなさいというようにただ教えることはできません。

私がブラジル柔術のビデオをいくつか見せて、あれとこれをやって練習すればそれで大丈夫だと言えるでしょうか。それは正しいですか。みんな現実の世界でそれが分かっています。単にそのように言うだけというのでは不可能です。一度聞いただけで突然実戦に戦えるようになる、などということはあり得ません。みなさんの中で訓練を受けている人なら誰でも分かることです。何が必要でしょうか。戦う時間が必ず必要です。致命的な記憶の時間です。相手が自分を殺そうとするような、新しい習慣を作り、新しい致命的な反応を起こすことです。

青年たち、私の話は正しいですか。それは同じことです。弟子の身分であるということです。神様のアノインティングを受けた聖別された人の近くに行くということです。なぜなら神様はあなたも聖別されて欲しいと願うからです。あなたにみすぼらしくなって欲しくありません。挫折して欲しいと願ってはいません。いつも被害者面して欲しいとは思っていないのです。神様が願うのは、あなたが自分の栄光のためではなく神様の名のために勝利することです。あなたに勝利して欲しいのです。

神様のみ言にはとても味があります。それは魂のための食事です。ですから黙示録でヨハネは経典を実際に食べています。神様のみ言があなたの内側に入れば、神様のみ言は蜜よりも甘いという話がどういうことか理解できます。非常に力強く、人生を大きく変容させ、強い結束をもたらすものです。何というか、全くの混沌の中にある時、確固とした力をもたらします。私たちの救いの岩、強力で堅固な土台を。

迫害がなく、苦難がなく、問題がない人生。特に自分の命を主に捧げているのであれば、確実に困難に直面することは間違いありません。あなたはトランブルメーカーになります。サタンのポリティカル・コレクトな文化や政策、サタン主義、共産主義に問題を引き起こすのです。あなたは問題を起こしています。みんなトラブルメーカーです。

何が恐ろしいか分かりますか。悪に反対する喜びに満ちたトラブルメーカーです。だから彼らはキリスト教を嫌います。なぜならそれが生きた石の体であり神殿であるからです。それは喜びを持っています。神様の喜びがその力なのです。

そして彼らは世界の在り方に対する信念を認めません。風の中の柳のように世界に対して曲がることはありません。なぜなら彼らの受ける価値は世界が提供するものより素晴らしいからです。あらゆる富も名声も栄光も何もできません。神様の栄光に比べられるものはありません。高い目的のために生きること、魂を救済しようとすること、終わりの日の偉大な収穫を見ること、魂が救われ解放されて束縛から自由になることに比べれば。

ガラテヤ人5章。
「自由を得させるために、キリストはわたしたちを解放して下さったのである。だから、堅く立って、二度と奴隷のくびきにつながれてはならない」
聖句にはそのようにあります。「堅く立って」「つながれてはならない」と言っているのです。

しかし興味深いことに一方ではキリストはこう言っています。
「わたしのくびきを負うて、わたしに学びなさい」「わたしのくびきは負いやすく、わたしの荷は軽いからである」

くびきというのは首に掛けられるものです。世のために働けばそれは重荷です。ハリウッドのハーヴェイ・ワインスタインのために働いて、名声と富だけを追求するならそれは重荷です。魂を売るということです。小児性愛と性的人身取引に関与しなければなりません。魂を売れば、知らずに名声と富を求めていった非常に多くの魂が性的虐待を受けました。

つづく

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