西側世界の内乱「鉄のつえの王国」本翻訳 第3章(前半)(その6)

 

鉄のつえの王国      文亨進  著

第3章

西側世界の内乱  Civil War in the Western World

アメリカは徹底的に分断された国です。それは4年ごとに行われる大統領選挙での民主党の強い州「ブルーステート」と、「レッドステート」と呼ばれる共和党の強い州での、有権者を巻き込んだ戦いを見れば火を見るより明らかでしょう。

しかし、この分断は単なる政府の役割や政策などに関する政治論争、それ以上のものなのです。本質的にもっと根源的性格をもつ論争です。すなわち超越した存在、すなわち神の存在と権威を受け入れ肯定する者と、神への信仰など無知に根差す未熟さだと主張する「専門家」の「啓蒙された」階層のいうことを信じる者との間の争いなのです。

18世紀ドイツの哲学者イマヌエル・カントはこう言いました。

啓蒙とは人間が自ら招いた未成年状態から抜け出ることである。未成年状態とは、他人の指導なしには自分の悟性を用いる能力がないことである。

啓蒙運動以来、多くの者が宇宙は「神の摂理」ではなく物理法則に支配されたものであるとみなすようになりました。科学の進歩に伴い、道徳の源としての神あるいは宇宙の秩序の源としての神はもはや必要ないと人類は考えるようになったのです。理性それ自体と科学で十分だと。

そのような(信仰という)義務から免れることを多くの者たちは喜びました。
フリードリッヒ・ニーチェはこう書き記しました。

「まことに、『年老いた神が死んだ』との知らせに、われら哲学者と「自由な魂」は新しき曙(あけぼの)に照らされる思いがする」

この解放を喜ぶニーチェだが、その暗い裏面も予知しています。

「キリスト教信仰を捨てるとき、その者はまさに自分の足の下からキリスト教的道徳を引っこ抜く。道徳は決して自明ではない。・・・キリスト教は一つのシステムだ。一つの全体として捉えられるものだ。その中の、神への信仰という、一つの主要な概念を壊すなら、全体を破壊することになる」

いいかえれば、至高の神への信仰を失うなら、もはやキリスト教的価値観、または道徳を維持する哲学的基盤が現実に存在しなくなるということです。

ニーチェ   Google 検索.png

殺人は悪か?   誰がそう決めたのか? 人殺しはいつの時代も悪いことだとあなたは思うかもしれませんが。別の人は違った見方をするかもしれない。盗みは悪いことか?  殺人も窃盗もそれを取締る法律がある。では、法が変わればどうか。道徳は法律が求めるものを基礎とすべきなのか。法と人々の現実の価値観と実践との間に不均衡が生じたときにはどうするればいいのか。

個人的には無神論者であったニーチェも、脱キリスト教ヨーロッパの未来は困難で、むしろ悲劇的であると予知した。

「私が関わるのは次の2世紀分の歴史だ。何が起きるのか、もはや起こらないことは何であるか、それを描く。ニヒリズムの到来・・・これまでかなりの間、われわれの全ヨーロッパ文化は大惨事に向かうかのように動いてきた」

「神が『死んだ』」とするなら、次のようなものを信じる他ありません。

ニヒリズム
人生には本質的に何の意味も価値もないとする主義(虚無主義)

物質主義
思考、自由意志による選択、意識を含むあらゆるものは物質的相互作用の結果にすぎないと考える。

優生学
人の生命に固有の価値などなく、進化が支配的な種を生み出したのだから、ある人種は他の人種より「優れている」と考える。その結果、「劣った」亜種/人種の数を減らし、「優れた」人種を増やす行為は正しいことだとする。

ニーチェは人びとが「神は死んだ」という結論を下すとき、彼らが世俗的な大義や制度を崇拝することを予知していました。例えば、国家(民族)社会主義-自分達の民族の利益を崇め、守ろうとする国家であり、他の民族に対して力、暴力を行使することもいとはないような国。

あるいは、共産主義-「労働者階級」の利益を代表すると主張するマルクス主義独裁。「階級間の憎み合い」「階級闘争」に訴えることで、その合法化を追求する。
人びとが神への信仰と世俗のイデオロギーとを置き換えた場合、何が起こるかについては、20世紀は十分すぎるほどの証言を提供してくれます。民族のアイデンティティを掲げる国家社会主義ドイツ労働者党は1930年代に政権を取り、1300万から2100万人の命を奪いました。共産主義イデオロギーは20世紀だけで、推定1億5000万人の命を奪ったといわれます。20世紀の、政府による大量殺人、「デモサイド(民衆殺戮)」は国外、国内の戦争で死んだ人の数の6倍以上、2億6千2百万人に上ります。

政府が好ましくない国民を始末したいと思う場合、国民が武装していると厄介であることは言うまでもありません。大量殺戮、ジェノサイドに先立ち、銃器の押収と登録を行うというゾッとするようなパターンを見ることができます。その例は次のようなものです。

・1915年、アメリカ人の大量殺害に先立ちトルコ政府は銃規制を強めた。

・ ドイツは1938年、ユダヤ人に対する銃の販売を禁止した。1939年から1945年まで、総計千3百万人の丸腰の武装解除されたユダヤ人と他民族が強制収容所に送られ、処刑された。

・ 1929年、ソビエト連邦は銃規制を開始し、それまで重武装していたソビエト市民から武器を押収した。1929年から1953年まで、もはや自衛手段を持たない約2千万人の反体制派が、集められ虐殺された。

・ 中国の銃規制政策は中華民国によって1938に開始された。1948年から1952年にかけて、2千万人の反体制政治家が自衛手段も何もない中、共産党政府によって皆殺しにされた。また加えて、5千3百万人が、大量の餓死者を発生させることになった政府の政策で殺される。

・ カンボジアは1956年に銃規制を開始。1975年から1977年に百万を超える国民が西側の価値観と文化にの教育または触れることで、それに「汚染された」とみなされ、殺された。

・ グアテマラは銃規制を1964年に導入し、その後、10万人のマヤ人を殺害した。

・ ウガンダでは銃規制政策を1970年に導入。8年間の恐怖政治が終わるまでに数千人のキリスト教徒が殺された。

これらの惨劇は脱キリスト教イデオロギーとその政治運動に根深い原因があります。異なる民族、宗教、階層の人々を人間とはみなさないのです。

これらのイデオロギーは、国家は、悪者とみなされた者達を排除する正当な機関だ、とみなします。主流メディアは政府の計画した大量殺戮に加担しました。国のイデオロギーや大義に賛同しているジャーナリストたちは、国の行為を、どんな方法を使ってでも良いものとして描き出すのです。

つづく

翻訳:Harry
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西側世界の内乱「鉄のつえの王国」本翻訳 第3章(前半)(その6)」への2件のフィードバック

  1. ロード の発言:

    共産国家でもなく、キリスト教国家でもなく、銃刀法の存在する日本で暮らしていると、「鉄のつえの王国」の真髄において、ピンとこない面がある。前回の(その5)、今回の(その6)は鉄の杖の理論的裏付けとして、非常に重要な論理展開が記載されている。頭に叩き込んでおきたい。
    by ロード

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  2. hide6500 の発言:

    共産主義イデオロギーが殺戮した1億5000万人でも恐ろしい数ですが、今現在進行中の戦いに敗北することになれば、全人口の少なくとも半分は人間処理工場に送られることになります。夢で何度も見せられたその光景は、本当に恐ろしいものです。

    いいね

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