「内なる鉄のつえ、神のみ言こそ私たちの基盤です」8月19日英語説教 (その1)

8 19 2018   YouTube.png

翻訳:Harry

2018年8月19日 日曜礼拝 英語説教

神様は善きお方であり、力強いお方です。戦闘態勢が整っています。

そう神様は善きお方で力強いというのです。戦いの時には強大な砦であり、谷のユリ。私の道を示してくれる羊飼い。私を緑の牧草地、冷たい水のある所に連れて行ってくださいます。

神と共にあるとき心身が爽やかです。清々しく、煩わしくないのです。内側の何かが新たにされます。内側の何かが元気づく。新鮮な心境、新たな日を迎えるのです。聖書にはこうあります。「夜はよもすがら泣きかなしんでも、朝と共に喜びが来る」(詩編30:5)この聖句について神様に感謝しましょう!

この聖句は力を与えます。「夜はよもすがら泣きかなしんでも、朝と共に喜びが来る」
ハレルヤ。

教会が退屈だというのは誰ですか。聖霊で満たされます。生命のことばによって支えられるのです。神様のみ言によって養われるのです。キリストは生きておられます、死んでなどいません。あの歌の歌詞はなんでしたっけ。

My God’s not dead
He’s surely alive
He’s living on the inside
Roaring like a lion

Roaring, He’s roaring, roaring like a lion   

NEWSBOYS God’s Not Dead (Like A Lion)

神様は人の中に居られるのです。内なる人が作り変えられます。弱い意気地なしから強き人へ。子羊からライオンに。わかりますか。子羊から獅子にかわるのです。内なる動きを感じなければなりません。王冠と鉄のつえで祝福された者たちは、内なる自分の動きを感じなければなりません。それがあって初めて、善き王、善き王妃になるのです。私たちは主権をもち油注がれた国を興さなければならないのです。内なる鉄のつえ、神のみ言こそ私たちの基盤です。内的な鉄のつえです。それは神のみ言、私たちの基盤の力です。それが今度は正義の統治の基礎になるのです。義なる主権です。皆さんが治めなければならないのです。知っていましたか。

そこの少女たち知っていましたか。
あなたたちも統治しなければならないのですよ。
あなたたちは12、13才位ですね。

時が来れば治めなければならないというのです。夫を支配するのではありません。(笑)
一緒にSWATチーム(訳注:アメリカ合衆国の警察に設置されている特殊部隊および同種の部隊)になるのです。共に行動するのです。サタンに対して家族がSWATチームになるというのです。サタンの悪と邪悪に対抗して。チームになって。夫の(王としての)聖別(油注ぎ)を守る女性は祝福された女性です。神を畏れる女性だというのです。夫の聖別を守る女性は自分の子供も守ることになります。夫の聖別を守る女性は子供が「お母さん、なぜこれをしなければならないの」という時、「お母さんがお父さんのためにしていることをみなさい。なぜお父さんの味方をするか見てみなさい」というのです。「お母さんがどのようにお父さんの受けた聖別を守っているか見なさい」。

子供があなたに向かって「お母さんはどうしてそんなことをするの。僕はしたくない」というとき、「私は口で言うだけではない。実際に行動で示している。それは神様のみ言であり、お父さんの聖別をまもっているのです。私が何か権力を得ようとしてお父さんをないがしろにはしません。お父さんの聖別を守るだけです。なぜなら神様がお母さんにそうしなさいと言われたからです。」

子供があなたに逆らうとき、あなたの子供に「私はあなたに言っていることを自ら実行しています。私が教えることを実践しているのです。私は夫を支配しようなどとはしません。だからあなたも私を抑えつけようとしてはいけません。」子供にこういう道徳的に優位の立場を持てるのです。

しかし仕事をしていると夫を支配しようとするでしょう。それは聖書では禁じられていることです。そうすべきではないと。なぜならその時、愛ではなく力の次元で考えているからです。神様の願いではなく自分の願いで考えている。そうしていると子供たちはあなたのもとに来て「自分もお母さんを支配する」というでしょう。

神は正しいお方です。神様は男に忍耐強くあれ、妻に怒ってはならない。忍耐して、無条件に妻を愛しなさいといわれたのです。それは男にとって、とても難しいことです。なぜなら愛したくないからです。とっとと終わりにしたいのです。愛したくない。どうして無駄に時間を費やすのかと。一体何なのかと。男が全員そうだといいません。しかし神様は男に向かって「妻を無条件で愛しなさい」といわれるのです。それは男の立場からはとてもとても難しいことに違いありません。

つづく

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