6月2日 二代王、GOAラジオに出演(その1)-6月3日英語礼拝

6月3日のサンクチュアリ教会(ニューファンドランド)の礼拝は、亨進様不在ということもあり、前日(6月2日土曜日)GOAラジオに出演した際の録音(約40分)を聞きました。4回に分けて日本語訳を掲載します。

翻訳:Harry

(ナレーション)ガンズ・オーナーズ・ニュースアワーへようこそ。
ホストはGOA(米国銃所有者協会)専務理事、ラリー・プラットです。

GOAラジオ 6月2日

プラット会長

今日も聞いて下さってありがとうございます。
今日のディスカッションは、興味深い観点から進めていくことにしましょう。
ペンシルバニアのサンクチュアリ教会の牧師で、ちょうど本を書き上げました。わたしは先に一冊頂いたのですが、願わくは、近いうちに出版されて、手に入れる方法などお知らせできればいいのですが。

著者はRev.ショーン・ムーンです。ショーン牧師にはこれまで幾度も会ってきましたが、その修正第2条を守るという断固たる決意には本当に頭が下がります。教会員全体がこれを共有しているのです。なんと心強い環境でしょうか。

ショーン牧師、今日はゲストとして来てくださり、ありがとう。

二代王
プラット会長、あなたからご連絡頂くのはいつも嬉しいことです。本当に光栄なことです。

プラット会長

この本(鉄のつえの王国)を本当に楽しく読ませてもらいました。銃火器がアメリカにとってどのような意味を持っているのか、あなたが本当に理解していることがよく分かりました。もちろん、(銃器には)レクリエーションとしての価値もありますが、それに加えて、自己を守るためには絶対に欠かせないものです。

しかし最終的に、アメリカ建国の父が、市民の武装権を修正第2条として、憲法の基本的人権の一つとして導入したことは、常に悪なる方向にいきかねない、脱線しかねない政府から、いつも自分達を守ることを保障する自衛の手段だということです。つまるところ、アメリカ建国もまさにそういうことが起こったのです。英国政府が当時の植民地アメリカを統治していましたが、最初のうちはそれも悪くはなかったのですが、しかし徐々に耐え難いものに変っていきました。

(アメリカ)独立宣言にも「権力の乱用と権利の侵害が・・・長期にわたって続き・・」と書かれています、そしてこの侵害によって(独立という)最終的決断が出されたのです。だから、建国の父は血気にはやった行動をとったわけではないのです。

私にいつも尋ねられることがあります、ショーン牧師、あなたもそうでしょう。

「どうやって(修正2条を行使して)武器を使用すべき時だということがわかるのか。
いつ修正第2条の目的を果たすのか」

という質問です。これに対して私は「それはわからない。それはアメリカ植民地の人びとが悟ったようにその時にはそうなるでしょう」こう答えます。

これは長きにわたる問題でした。第2代大統領のジョン・アダムスはこう語っています。

「独立戦争の最初の一発が撃たれるまでの10年間、人々の心の中に独立への思いが生じてきた。」

私とあなたの共通の目的は、同胞であるアメリカ国民が、われわれの話は、「政府」について言っているのだということを理解してもらうこと。政府は人々のために働き、人々によって雇われ、そしてその行動には制約があり、その制約は究極的には神が禁じたものであり、人々が行き過ぎた政府をストップさせることができる力を国民に持たせるということ。

あなたはこれを聖書的観点から書いていますね。この本「鉄のつえの牧師」(プラット氏に送った本はタイトルが異なっていた)、ここであなたは聖書の黙示録から引用しています。それについて話をするのも私は聞きました。今日はそこから始めましょう。

気の弱いリスナーに、侵略戦争をするための武装ではないことを言って安心させてあげましょう。「鉄のつえ」の意味は、どちらかと言えば、攻撃を仕掛けて来るオオカミから羊を守る牧羊犬のようになるということです。あなたから「鉄のつえ」とは何なのか話してください。

二代王
プラット会長、ありがとう。今日、このようにあなたとお話しできることは、繰り返しになりますが光栄なことです。この本はタイトルを「鉄のつえ牧師」から「鉄のつえの王国」に変えました。こちらの方がより適切なタイトルだと思ったからです。

というのも、聖句をみたとき、多くの聖句の中に「鉄のつえ」が登場します。たとえば詩編第2章の8、9節には、神様が「もろもろの国を嗣業として与え、地の果てまで所有として与える」とあります。そして「鉄のつえをもって治める」。黙示録の12章にもあります。キリストについてです。

「ひとりの女が太陽を着て、足の下に月を踏み、その頭に十二の星の冠をかぶっていた。」
「女は男の子を産んだが、彼は鉄のつえをもってすべての国民を治めるべき者である。この子は、神のみもとに、その御座のところに、引き上げられた」

また黙示録19章にもあります。ダイス・トマス・マカイダ(両刃の剣)がキリストの口から出てくる、そして再臨のキリストは、鉄のつえをもって諸国民を治めるとあるのです。

われわれは鉄のつえによる統治を聖句に求めているのです。王国の特性を聖書とキリストが定めるとおりにそのまま理解しているのです。

聖書を深く読み込んでいくうちに発見して驚いたこと、そして説教で説いてきたことは、聖書を原典のギリシャ語で読むとき「治める」はポイマイノであって、ポイマイノの意味は、多くの人がここを読んで思っているような、独裁的に治めることではありません。恐ろしいやり方で統治することではないのです。ポイマイノというギリシャ語は、羊飼いの意味であり、つまり(羊たちを)守る、保護するということなのです。これを詩編23章と読み合せてみると、「あなたのつえは私を慰めます」とあります。これは牧羊の文脈では羊を守り保護するという意味につながります。

聖句の中では、キリストは王国を共同相続人とともに建てるとあります、ロマ書8章17節です。世界の王国を治める。マタイ19章、24章にもあります。コリント第1第6章、ここでパウロは信徒たちに、「あなたがたは知らないのか、わたしたちは御使をさえさばく者である」といっています。

神の王国の統治は「一般参加型」の統治だということが聖書的な観点からわかるのです。
しかしキリストによる千年王国の支配は、聖書にもあるように鉄のつえによる統治です。そしてその支配は独裁的専制的な支配ではありません。それはこれまでの人類歴史で繰り返し見てきたような専制独裁支配にとってかわるものです。つまり羊飼い的統治、共同相続人、市民による統治なのです。共同相続人と共に聖句には「王冠を奪われてはならない」とあります。私は時々、co-KINGS(対等で共同の王たち)、co-KINGS &QEENS(対等で共同の王、王妃たち)と言っています。

だから市民が武装し、市民が「鉄のつえの力」、自衛する力を持つということです。そして羊たちをオオカミから守り保護する力をもつ。まさに箴言28章にあるように「悪しき者は追う人もないのに逃げる、正しい人は獅子のように勇ましい。」ということです。

だからユダ族の獅子(キリスト)とともに立つとき、キリストの共同相続人、共同の王、そして獅子として立つということです。

プラット会長

あなたの話で、私たちの建国の父のいう「国民主権」の内容の背景にあるものが良く理解できました。「主権」には自分の意志を貫徹する手段をもち、自分や家族を守る手段が必要になります。

聖書の内容に広く解説を加えたものですが、思うに、こういう考えを建国の父たちももっていたのでしょう。これとは対照的に、フランス革命を主導した当時のフランス共和主義者は、王(ルイ16世)を打倒するときこのような考えは持っていませんでした。まさに彼らは「核爆弾」か何かで支配したかったに違いありません。見えるものはすべて破壊し尽くすような心で。

ここで少し休憩をはさんで、またショーン・ムーン牧師の話、彼の著作「鉄のつえの王国」の話を聞きましょう。

つづく

ところで亨進様は週末、サウスカロライナを訪問されました。

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