第3回「天一国合衆国憲法の起草に着手。それは彼の父親が明示した原則に基づくものだ」WP紙(主のための臨戦態勢)

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主のための臨戦態勢(Locked and Loaded for the Load)

文: Tom Dunkel  写真 Bryan Anselm

2018年5月 21日

翻訳:HARRY

彼(文師)は1954年ソウル教会をソウルに教会を設立した。そして「世界基督教統一神霊協会」と名づけた。彼は自らの考えを「統一原理」という書に書き記したが、その核心の一つは、サタンがエデンの園でエバを誘惑したというものだ。これが人間の「堕落」をもたらし、アダム、エバからカイン、アベルを経て血統を汚したたという。神は第2のアダムとして、罪なき愛を見出して人間の家庭を救済するためにイエスを送った。しかしイエスは結婚するまで生き延びることはなかった。こうして第3のアダムとして世界を救済する人物となることが文鮮明の運命となった。

彼(文師)の教団は伝統的な結婚に最高の価値を置き、婚前交渉や離婚、同性愛を非難する。
警察に2度、逮捕されながらも、この保守的なメッセージはソウルで賛同者を得た。またその2度の逮捕の理由は「性的儀式を行った」というものと「徴兵逃れ」だったが、2つとも最終的には無罪を得た。

1957年までには30か所に教会を建て、韓国の政財界にも繋がりを得た。一つ計算違いだったことは自らの結婚が上手くいかず離婚に終わったことだ。しかし韓鶴子が間もなく彼の人生に登場する。2人は1960年に結婚し、教会員たちは2人のことを神から油注がれた「真の父母」と呼び、敬った。

その10年後、Rev.ムーンはアメリカ合衆国にやってきた。この国が、地球を彼の統一の旗印の下、糾合するための足掛かりとして、不可欠な国であったからだ。ムーンは基盤を拡大し、そこに企業を連動させた。伝えられるところによれば、韓国で最初の億万長者だという。

教会員は彼の富に悩まされることはなかったが、議会が彼の「帝国」の調査に乗り出した。また、IRS(アメリカ合衆国内国歳入庁)がそれに続いた。

1980年代半ば、16万2千ドル支払うべき税金の申告漏れがあるという理由で13カ月の懲役刑に服した。生来の起業家である彼(文師)は、服役中に、保守系のワシントンタイムズ創刊の準備を開始した。「この世界を救いたいという神のやむにやまれぬ思いを果たすため」にそうしたのだと彼は語った。

統一教会の教会員の数を特定するには、いつもその幅が広い、数万から数百万人までその幅がある。2009年にワシントンタイムズはその数を11万人だと報道している。その数がどうあれ、1990年代後半にはそのピークを迎えた。

しかしRev.ムーンの進撃は止まない。2003年には、ワシントンタイムズ紙に2面ぶち抜きの広告記事を大々的に報じた。その内容は36名の亡き合衆国大統領が文鮮明の偉大さを認めている-また、36人の大統領それぞれが天国から、支持表明のメッセージを送ってきたというものだ。『アメリカ国民よ!もう一度立ち上がり、建国精神に戻れ』とトマス・ジェファソンが語る。ちなみにジェファソンは生前、政敵から「とてつもない無神論者」と呼ばれている。そのジェファソンがこう言う『全人類のメシアであるRev.サン・ミョン・ムーンの教えに従え』

ジェファソンはかつて、アメリカの統治システムの設計者の一人だった。もちろんそのシステムはRev.ムーンの地上の王国が来れば時代遅れなものになる。

ショーン牧師はそれが実現すると確信している。その準備として彼は天一国合衆国憲法の起草に着手した。それは彼の父親が明示した原則に基づいたものだ。

この神聖なる計画に従って事が進めば、文家の血を引く君主が、国を統治することになるだろう。ショーン牧師の生存中に王国が実現すれば、彼が(天一国)合衆国の王になる。そして、サンクチュアリ教会の事実上の副牧会者である彼の兄、ジャスティン(国進様)は監察総監の位置に就くことになっている。それは政府の汚職を一掃する任を帯びたスーパー特別検察官である。「心配いらない、これは神権政治ではない」とショーン牧師はいう。「あえて呼ぶなら、リバタリアン(完全自由主義)的キリスト教君主政、あるいはリバタリアン的共和民主政です。」

文家は、主に、統一教会が所有するニューヨーク市北部の土地で13人の子供を育てた。
イーストガーデンの本館には12部屋のベッドルーム、7つのバスルームを備え、一家のすべての必要に応じるために(教会の)メンバーが常時待機する。

しかしその生活は必ずしも牧歌的なものではなかった。一人の息子は交通事故で死亡、また一人は自殺、そして三人目は、飲酒と薬物で比較的若くして亡くなった。

ショーン・ムーンは2005年の回顧録(訳注:はげ頭と苺)でこの裕福な少年時代の影の部分を書いている。

「両親に会うのは週に一度か二度という生活の中で育ってきました。またそこに一年中様々な訪問客が組み込まれます。」また続けて、「幾度となく、恐れと、見捨てられ、無視される感覚を味わいました。・・いつも私たちは教会員に囲まれていました・・・夜はいつも座り込んでは怒りで腹が煮えくり返り、そうして眠りにつくのでした。」

Rev.ムーンはアウトドアマンだと自分のことを思い込んでいたようだ。邸宅のいたるところに銃があり、ジャスティン(国進様)は14才の時、その一つを撃ってみた。そしてそれに「一目惚れ」した。

18才の時に銃携帯の許可を取得。ハーバード大学に進学して経済を専攻し、マイアミ大学でMBA(経営学修士)を取得した。暇を見つけては銃をいじり回しその設計について研究を重ねた。

大学卒業後、父親から5百万ドルを借りてイーストガーデンからハドソン川をはさんだ対岸にKAHRアームズを設立した。ジャスティンの当面の目標は超コンパクトな9mmピストルを造ることだった。このあたりの話を後に専門雑誌アメリカン・ハンドガナーで語っている。

そして彼はその目標を達成した。

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続く
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