「お父様は死んでいない」スイスでの質疑応答から

亨進様はスイスでの会議の後、ヨーロッパから集まったメンバーと6時間を超える訓読会をされた。そこから、すこしづつ、イタリア・サンクチュアリのメンバー が抜粋してYOUTUBEにアップしてくれています。それらのうちから最初の動画の内容を紹介します。

YOUTUBE チャンネル名:Healthy Kingdom
サンクチュアリ・イタリア公式サイト

翻訳:管理人

実際、こうしてヨーロッパで主権市民同盟の会議を開くことができました。
参加メンバーは少数とはいえ大きな歴史的出来事です。

いいですか、神様はいつも少人数のグループに働いてこられました。
少人数グループに。アメリカ革命(独立)はどうでしたか。33%が(イギリスからの独立に)賛成、33%が反対、どちらとも決めかねている煮え切らない人々が残りの33%を占めていました。・・・ああ、どうしたらいいだろう、英国人は特上の赤いコート(イギリスの軍服)を着ているし・・・英国は豊かだし、ここでは英国より少し自由だし・・・今の家庭連合の人たちと同じです。

こっちもよさそうだし・・あっちもよさそうだ。

独立当時、33%つまり3分の1の人が「イギリスと戦おう」といい、また3分の1が「いや、やめとけ豊かなイギリスに付いているべきだ」といいました。そして残りの人々は「わからない、わからない、決められない」と。どこかで聞いたような話でしょう。よく似た話を。

結局、実際に戦ったのはたった3%の人々です。それを33%が支援しましたが、現実に戦ったのは3%でした。その3%が(当時)地球上で最高に訓練された軍事大国を打ち破ったのです。この歴史的出来事を通して神様が教えようしていることは、少数の集団が― マカバイ戦争もそうでした。ユダヤ人のうちごく少数が戦ったのです,ある戦闘ではたった1000人で3万のローマ兵(訳注:セレウコス朝シリアの兵)を相手にしたのです。ここで奇跡が起こってユダヤ人が勝利しました。一部の領土は失いましたが大半は守ったのです。しかもアンティオコス4世エピファネス(紀元前215年? – 紀元前163マカバイ戦争を引き起こしたセレウコス朝シリアの王)をも倒し、神殿からサタンの像を追い出しました。神を讃えましょう!

本当に少数の人々でした。しかし命を投げ打つだけの勇敢さをもって戦う人はいつも少数です。神様はその少数をもちいて、歴史を変えられるのです。

イエス様と12弟子はどうですか。イスカリオテのユダが裏切ったので実際は11人です。全く小さな集団ではないですか!この部屋に何人いますか。70人ほどですか。
もうこの時点で、イエス様のグループ、12人の7倍もいるのです。

想像してみて下さい。12人がどれほど小さいグループであることか。実際は11人です。しかしその11人が歴史を完全に書きかえたのです。
これが現実です。この現実は、少数のグループの背後に神様の力が働いていることを証明しているのではないか。もちろん、彼らが善の側にいることは当然です。
真に正しい側と、真に誤った側があります。戦闘で正しい側に立つ者は「道徳的に優位な立場に立つ」のです。どちらかというとこれは社会学的な判定、戦闘の社会学的な解釈です。

つまり戦いの場において、戦う理由、全員の命を賭しても余りある道義的理由が必要だというのです。兵士の「士気」という言葉があるでしょう。兵士の感じ方。軍人と聞くと、何か、荒々しい、感情をもたない人間、「皆殺しにしてやる」、そういう印象を抱きがちですが、実は兵士の「士気」というものがとても重要なのです。なぜ人を殺し、なぜ戦うのか、これが重要です。

自分達が善なる目的のために戦っていると思えない時、気分が悪くなり抑うつ的になります。戦いたくなくなるというのです。だから荒くれ者の大男が人を殺すときでさえ、その人間の情緒が大きく関わってくるのです。兵隊たちにも「道徳的に優位な立場」が必要なのです。どういう意味かというと、歴史の正しい側に立つ必要がある、戦っているその目的が正しくなければならないのです。真実でなければならない。

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自分が奴隷であるかどうかの見分け方を教えてあげましょう。
奴隷精神の人はこういいます。
「もし私が死んだら、この祝福を受けることができません」
こう言う人は奴隷として考えている。
王、王妃はそのようには考えません。
王、王妃は「王統は永遠性をもつ。消滅しない」と考えます。
なぜなら血統を通して考えるからです。
たとえば、お父様は今、霊界におられます。しかし私という相続者を通して生き続けておられます。
お父様は生きておられるのです!お父様は死んでいません。

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愚かな家庭連合はお父様が死んだと思っている!愚か者が。
このがらくたのような信仰!
お父様は決して死にはしない、永遠に生きるのです!

決して死にません!愚かな者たち!

それがわれわれとの違いです。お父様は生きておられる。

私が死んだら、三代王を通して生き続けられます。もしあなたが次の世代の天一国の人々と共に生きるとしても。

王の本質、心構えそして霊性は奴隷のそれとは異なっているのです。
奴隷は多くの場合、子をもつことが許されませんでした。
現代では納得済で子供をもちません。(笑)
しかしかつて奴隷は子供をもつことが許されなかったのです。
だから奴隷精神には血統という考え方がありません。伝え継ぐものが何もないのです。
自分も奴隷をもつことはできるでしょう。しかし奴隷は、どんな犠牲を払ってもここから逃げ出したい、あるいは黙って受け入れるか・・結局は自分のことだけを考えるのです。

王家は違います。王は、自分は死なずに継続して果たすという思いで将来を見据えます。皆さん全員が天一国の王、王妃としてこの考えは非常に重要なことなのです。

王家の心構えをもたねばなりません。
「もし死んだらどうしよう」・・だからどうしたというのです。
ある質問がありました。日本だったか・・
ある姉妹は90才を超える年齢で、2月の祝福を受けに行きたいのですが、ペンシルバニアまでは行けないと。しかし王と共に式典に参加したい。

私はこう言いました。あなたは奴隷のように考えている。
決してその老女でおしまいになる訳ではないでしょう。その人、その家庭の相続者、後継者がきて儀式を最後まで成し遂げることができます。分かりますか。

それは継続するというのです。途切れることはない。
王は不滅です。しかし奴隷は死にます。
この違いが分かりますか。
王、王妃は永遠の存在ですが、奴隷は死ぬということです。
あなたはどっちですか?どちらの精神を持っているのかというのです。

ひょっとして奴隷精神をもっているかもしれません。もしそうなら、私はイエスの御名によって命じる、悪魔の霊よ去れ!といわなればなりません。(笑)

王権はまったく別のものです。いいですか、まったく異なるのです。
天一国の民、王、王妃は今までとは違った考えで暮らさなければなりません。世界のいろいろな王室をみて「ああ、あのような壮麗な宮殿に住んでいるから私より正統性がある」という見方をしてはいけません。私は韓オモニから離れてすべて失ったときオバマケアの世話になったこともあるのです。失業してオバマケアを受けていました。王宮で何十億ドルというお金を動かしていた位置からそうなったのです。

なぜなら、お父様が私に相続されたからです。しかしその困窮状態がお父様の後継者としての地位を少しでも傷つけたでしょうか。そんなことはありません。むしろ私の話により力を与え、私の生涯を韓流ドラマのようにしました。(笑)

森の中に入って、ブッシュクラフトをしていても、それでもお父様の後継者であることに変わりありません。私の周りに武装具がそろっているからではありません。武装具のおかげなどではなく、お父様から祝福の油を注がれたからです。ただそれだけが私に二代王としての正統性、息子に三代王としての正統性を与えるのです。

これが世界のどの王室にもない正統性を与えてくれるのです。
彼らのような王宮はありませんけれども。あのイギリスのブルージュエリーはなんといいましたか?なんだかわかりませんが、それがどうしたというのです。
そんなものに正統性はありません。サタンの王室に与えられたサタンの印に過ぎません。

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「蛇はもっとずる賢かった…」2018/01/23 パンザー米会長 ニュースレター

亨進ニム、欧州の「防衛兵器」会議で講演 2018.1.24

翻訳:鷹(タカ)

Interview with Hermann Resinger Gun Rights in Europe Conference

お前は鉄の杖で彼等を打ち、陶工が器を砕くように砕く。…詩編 2:9
 
イエスは言われた。「しかし今は、財布のある者は、それを持って行きなさい。袋も同じようにしなさい。剣のない者は、服を売ってそれを買いなさい。」…ルカ 22:36
 
仮に、共産主義者達が、統一教会を破壊するために、武装して来たら、私達も武装して、彼等と戦わなければなりません。私達は、無力に彼らの犠牲にはなりません。彼らの弾丸に負けてはならないのです。神様はこの戦いで、あなたに代わって勝利して下さると思うでしょう。

  サタンの力と戦う時が来たら、私は最高司令官になって、天軍を戦闘に導くことを躊躇しません。国防省が神の国を守れますか?  過度な期待はしないことです。神様の目的に奉じる天軍しか信用できません。
 
若者達は、肉体的にあらゆる面で鍛えられなければなりません。サタン的な力との最終戦は、生死の闘いになるでしょう。神側を守るために、私達は兵士にならなければなりません。優位な位置に立てば、攻撃するというのが、サタンの本質です。あなた達自身と天国を守ることは、犯罪ですか。
 
キリスト教の愛のようなナイーブな考えを持たないで下さい。それは、神様の世界と民を破壊しようとするサタンの力に対峙できるものではありません。仮に、神様にサタンの攻撃を打ち負かす力がなければ、もう神様ではないのです。天軍として、私達は私達自身と神様の世界を守らなければなりません。私達は、異質の宗教指導者です。…アボニム、審判の時代と私達。
 
亨進ニムが、週末にスイスでの「防衛兵器」会議で講演されたので、聖日の礼拝では、王様の市民権のためのユダヤ-キリスト教の基盤に関する、啓発的な説教の録音を聞きました。亨進ニムが論じるように、個人的な神様がいなければ自然権の基盤がありません。
 
(人智を)超越する創造主がいなければ、私達は単純な知的動物、つまり、不規則な突然変異と「適したものが生き残った(自然選択)」という結果になります。近代社会は聖書の基盤を放棄しました。ニヒリズムやユートピア論に傾倒し、自由を失い、数百万の人々の死に至りました。
 
私達は、神様の似姿であり、善と悪を区別できる良心を持ち、人の生命は本質的な価値があり、守る価値があることを認識しています。私達が神様に似る時、私達は、罪や自己中心の状態から救われるのです。
 

神様は、盗んだり、嘘をついたり、人を殺すことはありません。
イエス様は、謙遜と寛容を教えましたが、平和主義ではありません。私達は、再臨主が大いなる怒り、審判そして、人類始祖に与えられた自由な力によって支配すると、記された聖句をどう解釈すれば良いのでしょうか。
 
神様は、人類は再臨主と一つとなって、責任を持って自由意志を発揮することを信じているのです。私達も、”私”は責任を持って、このような力を行使できるという、同じ確信を持たねばなりません。神様の愛は、女性的な愛ではありません。むしろ、他の人を救うために自身の生命をも危険にさらすような愛です。これが、アボニムが教えて下さった平和警察・平和軍の基準です。
 
ここで、注目すべきは、往々にして、政権は最大の人権蹂躙者となり、20 世紀に限っても、2.6 億の人々が殺害されているのです。必要ならば、市民は、政府の力あるいは、生命、家庭、社会に脅威となる者達に対して、立ち上がらなければなりません。
 
神様の御国においては、従来エリート達が掌握していた生死を越える権力は、今や、自制し、キリストの信条に従って生きる市民が権限を持つべきです。言論、信教、義務の自由が侵害された時、市民は、主人ではなく僕とするように作られた施設に、(彼らを)鎖でつなぐ意志と能力を持たなければなりません。
 

これが、全体主義政権が、市民から火器(銃)を没収してきた決定的な理由です。そして、米国と天一国において、生命、自由と幸福を追求する権利は、はく奪されないように、「人々の武器を所持する権利が侵害されない」ことによってバックアップされています。
 
これまで、イエス様を(エアブラシで)仕上げてきたクリスチャンには、これは馴染めない展望かも知れません。しかし、真のお父様がおっしゃるようにキリスト教の愛のようなナイーブな考えを持たないで下さい。それは、神様の世界と民を破壊しようとするサタンの力に対峙できるものではありません。仮に、神様にサタンの攻撃を打ち負かす力がなければ、もう神様ではないのです。天軍として、私達は私達自身と神様の世界を守らなければなりません。」

 
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ティモシー・エルダー世界宣教本部長、礼拝、2018.1.21
 
蛇はもっとずる賢かった…
ポール・ロトンド
 
adam and eva   Google.png
 
今、蛇は、神様が創造した他の野生動物より、もっとずる賢かったのです。彼は、ある女性に言いました。「アボニムは『あなたは、8 大経典、天聖経の一文字も変えてはいけない。』と本当に言ったのですか?」
 
その女性は、蛇に言いました。「私達は、園の中の他の書物の文字を変えても良いのです。でも、アボニムは言われました。『あなたは、8 大経典の中にある天聖経の言葉を変えてはいけません。それには手を付けてはいけません。さもなければ、あなたは教会を分裂させます。』」
 
蛇はその女性に言いました。「あなたは教会を分裂させることはないのです。」「あなたが、変えてはいけない神様のみ言を変えると、あなたの目が開けて、あなたはアボニムのように強くなれることを神様はご存知です。」
 
その女性が、天聖経の霊的な影響の強いことを見た時、そして、権威を得るに良いと思われたので、彼女は、言葉を変えて、再版しました。彼女は、彼女を支持する食口達にも与えました。彼等はそれを買いました。

 そこで、彼ら全員の目が開けて、それは、アボニムの命令に反したことだったと気付きました。そして、彼らは弁解と自分達を正当化する理由を作りました。そこで、その女性と食口達は、その日の涼しくなった頃、園を歩く二代王様を通して、アボニムの声を聴きました。彼らは、園の木の間に隠れました。しかし、真のお父様は彼らを呼ばれました。
 
「どこにいるのか。」

  


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