神はいわれる、時間切れだ-お前はもう倒される―10月15日礼拝説教「七年患難の後半」(その3:完結)

サンクチュアリチャーチサンデェーサービス、10月15日。 洋介のブログ

10月15日説教 七年患難の後半 Post Mid-Trib

翻訳: BAMBOOS

聖句に戻ります。

「6:わたしは、もうひとりの御使が中空を飛ぶのを見た。彼は地に住む者、すなわち、あらゆる国民、部族、国語、民族に宣べ伝えるために、永遠の福音をたずさえてきて」

見てください。ペトロがキリストの前で悔い改めたときでさえ「私を愛するか」「はい愛します」「私を愛するか」「はい愛します」・・・と言ったこのエピソードを覚えているでしょうか。イエス様が復活されてからのことです。そして「行って福音を述べ伝えなさい」と言われました。「行きなさい」と。ですから、みなさんに言います。「行って福音を説きなさい」「行って王国に人を連れてきなさい」と。内部でいざこざを起こして時間と精力を無駄にしないでください。すべての人が完璧ではないことは分かっています。しかし私たちは、神様の主権の下にあります。そして隠喩的な鉄の杖を外に向け続けてください。サタンの王国をとらえて崩壊させるのです。そして人々を神様の王国に連れてくるのです。永遠の福音を説くのです。1年半ぐらいになるでしょうか。王国の福音シリーズをやってきました。

マタイによる福音書6章33節に「まず神の国と神の義とを求めなさい」とあります。イエス・キリストの福音、神様の王国の福音。ですから火をつけるのです。エスタブリッシュメントと専制的で天使長的なサタン的体制をすくみ上らせ、最終的には崩壊させます。ですから行って福音を述べ伝えてください。行って国を連れてくるのです。親族を連れてくるのです。人を連れてきなさい。

「7:大声で言った、「神をおそれ、神に栄光を帰せよ。神のさばきの時がきたからである。天と地と海と水の源とを造られたかたを、伏し拝め」。」

もう一つのミニストリー (教会活動)も進んでいます。あるミニストリーは王国について説いています。サンクチュアリの人でもそこに焦点を当てている人がいます。14章では別のミニストリーもあります。それは「バビロンは倒れたと」いうことに焦点を当てています。家庭詐欺連合は倒れたと。サンクチュアリの中にはそのミニストリーに焦点を当てている人もいます。全員がやらなければならないということではありません。一部の人はそこに集中して、「バビロンは倒れた」「韓お母様は倒れた」「逃げなさい」とやっています。そういうミニストリーでも良いのです。みなそれぞれ戦いの分担があります。(宮本)武蔵ではなく孫氏です。一対一で戦う侍の五輪の書ではなく、孫氏の兵法、戦略なのです。はるかに大きな背景を持っています。個人の戦いではありません。

「8:また、ほかの第二の御使が、続いてきて言った、「倒れた、大いなるバビロンは倒れた。その不品行に対する激しい怒りのぶどう酒を、あらゆる国民に飲ませた者」。9:ほかの第三の御使が彼らに続いてきて、大声で言った、「おおよそ、獣とその像とを拝み、額や手に刻印を受ける者は、」

これはもっとマクロ世界のレベルに焦点を当てたものです。獣の像。政治的な悪魔崇拝。外のマクロ世界に焦点を当てたまた別のミニストリーです。人々に警告するのです。「このような思想、政治的悪魔崇拝に没頭してはいけない」「グローバリズムという世界共産主義に没頭してはいけない」と。ユーチューブのチャンネルなどでサンクチュアリの兄弟姉妹はそのようなミニストリーをやっています。それでも良いのです。

「10:神の怒りの杯に混ぜものなしに盛られた、神の激しい怒りのぶどう酒を飲み、聖なる御使たちと小羊との前で、火と硫黄とで苦しめられる。」

見てください。小羊の前で苦しみを受けるのだと警告しています。そのような状況では自分をサタンに、マクロ世界のサタンの計画、戦略に明け渡した者は神様の国で苦しみを受けるのです。「聖なる御使たちと小羊との前で」です。天一国憲法が地上で確立すれば、そのような背信的な世界共産主義者は法に照らして非難を受けます。

「11:その苦しみの煙は世々限りなく立ちのぼり、そして、獣とその像とを拝む者、また、だれでもその名の刻印を受けている者は、昼も夜も休みが得られない。」

「世々限りなく」です。それは新しい王国だからです。世々限りなく悪が破滅した実例とされます。神様の王国の歴史の中で永遠に受け入れられます。すべての人が明確な戦いがどんなものか分かります。明確な位置とは何か分かります。どのような政策について戦っているのか分かります。すべてが主権に根差しており、血統に根差しており、神様の王とサタンの王との間の戦いに根差しているのだということが分かるのです。サタンは自分が正統だと主張します。神様は、いや時間切れだと言います。お前はもう倒されるのだと。そして神様の王様と王妃がやってくるのです。

「12:ここに、神の戒めを守り、イエスを信じる信仰を持ちつづける聖徒の忍耐がある」。13:またわたしは、天からの声がこう言うのを聞いた、「書きしるせ、『今から後、主にあって死ぬ死人はさいわいである』」。

これはもちろん偉大な力です。神様の王国と天一国の人々がサタンに対して持つ力です。死を恐れないようになるとき・・・。イスラムがあれほど過激になり、あれほど早く広まるのはなぜでしょうか。彼らは死を恐れず、サタン的な王国のために戦っているからです。そこに喜びを求めています。女性器切除、小児性愛、一夫多妻、無制限な売春。あらゆる罪。それを宗教性の中に隠しているのです。一日に5回の祈りで覆い隠していますが5歳の女の子とセックスできるというのです。そのようなことに従事するとはなんという病んだ吸血鬼、略奪者でしょうか。それで非常にやる気を持ってそのような文明を存続させようとします。それを存続させるために殺すことにも強く動機づけられているのです。喜んで死のうとしています。

キリストの体は、死を恐れるなと子供に教えていた父を教会から追い出しました。そして国に乗っ取られたのです。女性だけに、多数を占める女性に乗っ取られました。父の観点を教えないというのに。そのような牧師は教会の女性に支配されています。もちろん女性が悪いと言っているのではありません。ただすべての男性を追い出すなと言っているのです。それはとても悪いことです。すると父親の文化が消えてしまい、国によって運営するようになり、教会を大きくするために権力を追求し、国と共謀します。

教会が主権のために大きくなるとだめだとは言いません。そうではなく共産主義と共謀して成長しようとしています。そして彼らは平均的な女性は2倍も共産主義を支持したいと思っている人がいるということを知っています。ギャラップの統計でそうなっていることを何度も示してきました。そうして父の文化が消滅させられてきました。子供を訓練し、若者を訓練して死を恐れず強くなるようにする文化。エピジェネティクスを解放させて狩猟に行き皮をはいで釣りをして戦い、ハリウッドの愚か者のように詐欺師にならないようにする文化。本当の平和を求める本物の強い人にする文化。

なぜなら本当に強い人は平和を求めるからです。戦争は求めません。それがどれほど悲惨か分かっているのです。他人がどのような被害を受けるか分かっているのでやらないのです。毎日の訓練で分かっているからです。キリストの体である人々は死を恐れてはいけません。女性たち、死を恐れてはいけません。いつかは死ぬのです。終わりのときです。これは戦争です。神様の文明とサタンの文明との間の天宙的な戦争なのです。

私たちは神様に対する恐れを持たなければなりません。それは神様を失うことに対する恐れです。私たちは、いつかは死にます。それはあまり大きな問題ではありません。私たちはただ永遠に神様と共にあります。神様の人はそのようにいつでも仕え、死ぬ心構えを持っていなければなりません。そういうわけで平和警察平和軍、グレッグは平和忍者と呼んでいましたが、平和的で我慢強い人です。平和忍者とは平和的で我慢強い人だそうです。自分から戦いをしかけはしませんが戦わなければならないときには戦うことができます。そしてとどめを刺さなければなりません。それがサブミッションで学ぶことです。

御霊も言う、「しかり、彼らはその労苦を解かれて休み、そのわざは彼らについていく」。

死に直面することのない霊を持つとき私たちは勇敢になれます。バビロンの悪魔を攻撃できるようになるのです。獣を崇拝するものを攻撃できます。ジハーディスト(イスラム過激派。聖戦主義者)が殺そうとしていたとしてもそれが何だというのでしょうか。自分を守る方法は学んでください。保証はありません。しかし最善を尽くして真実を語り続けるのです。そして自分を守る準備ができるようにしなければならないのであれば周りの人を訓練してください。子供を訓練して警備員になるようにします。

「イスラム教に反対することを言えば脅迫されてしまう」というような考えに従う必要はありません。それがどうしたというのですか。どんなことを言ってもジハーディストは脅迫します。しかし彼らがあなたをいじめて黙らせれば彼らの勝ちです。もちろん死の脅迫を受けるでしょうが、それがどうしたというのでしょうか。誰もがいつも脅迫を受けています。スティーブン・クラウダ―も、デイビッド・ウッドも、アレックス・ジョーンズもブライトバートもみなそうです。

言わなかったとしてもどこかの建物が爆破されます。世界中でやっているのです。そして彼らを保護しています。キリストの体は死を恐れてはいけません。それが父の観点であり自分の家を守るということです。なぜ男性がそれほどこのようなことに夢中になるのか分からないのです。(女性を)守ろうとしてどれほどストレスを受けているか分かっていません。私たちと一緒に訓練するまでは分かりません。偏執狂だと思うかもしれませんがそうではありません。私たちは価値あるもの守ろうとしているのであって資産だけのことではなくあなたのことです。変わり者とか偏執狂と呼ぶのは止めてください。万が一に備えてやっているだけです。医療保険に入っていますね。自動車保険にも。

「14:また見ていると、見よ、白い雲があって、その雲の上に人の子のような者が座しており、頭には金の冠をいただき、手には鋭いかまを持っていた。15:すると、もうひとりの御使が聖所から出てきて、雲の上に座している者にむかって大声で叫んだ、「かまを入れて刈り取りなさい。地の穀物は全く実り、刈り取るべき時がきた」。16:雲の上に座している者は、そのかまを地に投げ入れた。すると、地のものが刈り取られた。17:また、もうひとりの御使が、天の聖所から出てきたが、彼もまた鋭いかまを持っていた。18:さらに、もうひとりの御使で、火を支配する権威を持っている者が、祭壇から出てきて、鋭いかまを持つ御使にむかい、大声で言った、「その鋭いかまを地に入れて、地のぶどうのふさを刈り集めなさい。ぶどうの実がすでに熟しているから」。19:そこで、御使はそのかまを地に投げ入れて、地のぶどうを刈り集め、神の激しい怒りの大きな酒ぶねに投げ込んだ。20:そして、その酒ぶねが都の外で踏まれた。すると、血が酒ぶねから流れ出て、馬のくつわにとどくほどになり、一千六百丁にわたってひろがった。」

黙示録の中のもう一人の重要な人物が出ています。私たちはお父様がカインとアベルの両方を任命したことを知っています。それでもう一人の重要人物がいるのですがあまり話題にしていませんでした。その人は王冠を被っていました。小さな紐の王冠。ジャマールが黙示録を読んでいてそれを見つけたのだったと思います。「それは國進様でしょうか」と。「人の子のような者」です。彼も「父」の子です。彼もお父様によって任命された息子でした。権威を持っています。マクロ世界だけではなく、総監察官として。ミクロ世界でもお父様は歴史的な真の兄として任命しました。

そして鋭い鎌を持っています。國進兄さんは秘密の武器を隠し持っているのかもしれないと思いました(笑)。それで鎌というのは驚くべきことに拳銃のような形をしています。この人は武器を手に持っていてそれで収穫するということです。カー・アームズ(KAHR  ARMS)の信じられないほどの素晴らしい業績を見ても、それは主権を支援し、人々を助けるだけでなく、銃を撃つ責任を教えているだけでなく、市民に武器を与えるのに貢献しています。

それは重要なことです。神様がどのように展開されているか分かります。工場の土地についても様々なところがアプローチしています。タフ・マダー(トライアスロンに似た障害物レース)も何かしようとしているようです。神様は働いておられます。それでどうするのでしょうか。人々を自由社会につなげたとしても、カー・アームズにつなげたとして。

一人の父の子。王冠を持ち、鋭い鎌を持つ。黄金の王冠を持っているか聞いてみてください。ライオンとカー・アームズのロゴがついているそうです。外では被らないのですが。寝室でこっそりかぶっていると思います。それは内部情報です(笑)。そして刈り入れです。どれくらいの人が主権に関心を持ってきているでしょうか。どれくらいの人が、カーが行っている事業を通して王国に、憲法に、原理につながってきているでしょうか。地域の人を雇うときに、あとどれくらいの人が関心を持ってつながって来るでしょうか。霊的な銃を外に向けて構えるとき、サタンの王国で、サタンの王国を去る準備ができているアベル側の人々がいるのです。

「血が酒ぶねからながれだす」とあります。血は恐ろしいものですが生命でもあります。主が再臨するときも血に染まったローブを着るのです。血に浸されたローブ。別の聖句があって今週のキングズレポートで取り上げています。「信仰的で真実なもの」と呼ばれています。興味深いことです。信俊の名前が文字通り信仰と突出していること、優れたこと、そして真実を意味しています。もちろん彼は三大王権に含まれています。またその人の名前は神様のみ言だと言っています。それは、信俊、信萬、信八とみな信があります。信というのはまさに言葉の横に人が立っているという字なのです。それはまた別の日に話しましょう。

血は死でもありますが生命と再生という意味にもなります。祝福を受けるという意味にもなり、サタンの血統を去り神様の王国に入るという意味にもなるのです。

信じられないようなときにあります。聖書は本当に面白いですね。それは生きています。

天聖経2148(英語版)です。

天の摂理の全般を完成させなければならない時です。すなわち、個人完成を完結させるべき終わりの日であり、家庭、民族、国家、世界、ひいては天宙完成を完結させなければならない終末だというのです。神様は摂理路程で、終末期を迎えるごとに神様中心の理念圏へと人類を導いてこられましたが、実に人類は自ら責任分担を果たす事が出来ず、悪なる歴史を整理して善の立場に立つ事が出来ませんでした。
 しかし神様は絶対、唯一、永遠、不変の方であられるので、神様のみ旨に対する予定も絶対的です。故に神様は、堕落によって人類が失ってしまった真の個人、家庭、社会、国家、世界、そして真の主権の復帰を通じて天上と地上に神様が運行できるその世界を取り戻し、成し遂げられる事でしょう。―「終末における人類とアメリカが行く道」から

おわり

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