5月26日王様の質疑応答から-「第4アダム」の神学

(質問者)
今朝お父様の「第4アダム」についてのみ言を訓読しました。
それについて詳しく教えてくださればと思います。

(二代王)
確かにお父様は一時期、第4アダムについてよく語られました。特に郭グループはプレストン(顕進ニム)がそれだとか言って、大いに普及させました。なぜなら、彼らはお父様が王冠をかぶせた王権を否定したからです。二大陸で3度行われた歴史的事実です。それは誰も否定できません。繰り返しますが、私がそうしてほしいといったのではありません。お父様が王冠をかぶせられたのです。お父様の命によって。第4アダムという概念は非常に普及しましたが、それをもってメシアより高い位置に置きました。

お父様がまだ地上に居られるときに、「すべて戻しなさい」というお父様の指示を無視する際の口実にしたのです。お父様の命令は聞かなくてよいと。お父様は基盤を元に戻せとおっしゃったからです。だから盗んだのです。自分が腐心して作り上げようとした「第4アダム」神学を使って。お父様は生きておられ、すべてを返せと言っておられるが、「返しません。それがお父様の為になるのです」などといって-(笑)。覚えているでしょう。

自分たちのプロパガンダとして第4アダムの概念を普及しましたが、もちろんそれはインチキな、お父様が語られた内容に込められた意図を捻じ曲げたものです。

お父様の語られた第4アダムの意味は、お父様の次の世代の人々が、いかに第3アダム、完成したアダム、再臨のキリストの文化をそれぞれの祝福家庭が継承するか。それぞれの個人が、特に第4アダムの位置にある夫が、いかにして、完成したアダムの勝利を相続していくのか、そして氏族メシアを出発するのか。しかし繰り返しますが、お父様に替わることはできません。

自己崇拝したい人びとや家庭連合はこういいます。「お父様は私を氏族メシアにされたのだから、私がメシアでもはや、(真の)メシアは必要ない」。これはとてつもなく愚かな物言いです。異端のニューエイジ的解釈です。キリストの唯一性を知ろうとしません。

それは全く、全くもって、神様から離れた貧しい状態に他なりません。だからお父様は氏族メシアを、お父様に代わる者として、お父様を必要としない、自分がメシアになるという風に立てられたのではありません。自分の氏族における、メシアの代弁者となり、メシアの外交使節、大使になれというものでした。つまり、そこでメシアについて教え、メシアに導く、氏族メシアとして中心に位置するメシアに導くのです。真実と生命について力をもったお方、中心存在です。

異教徒を見るとき分かるでしょう。いつでも同じことをやります。お父様のみ言葉をキリスト教的文脈で見ることができない。そもそも、そんなことはできません。統一原理はキリスト教の背景をもって生まれたものです。そこまでしなくても、歴史的宗教学の観点からみても、(家庭連合や郭グループの)神学はうすっぺらでいい加減なものです。それで逃げ切ろうとするわけです。お父様の言うことを聞かず自分勝手に行なってきた自分の行動をそれによって正当化したいのです。宗教学という学問の観点から見ても、まったくいい加減で杜撰(ずさん)なものだというのです。まともな理論的整合性に欠く、神学というよりは政治的言い逃れにすぎません。

統一原理、原理本体論教育からキリスト教的世界観倫理観、聖書を取り除くことなどできません。しかし、人々はいかに都合よくキリスト教的倫理と聖書、とくに聖書的啓示と神様の預言を排除することでしょうか。

そこから離れて、何が氏族メシアか。ただ自己崇拝したいだけでしょう。自分を神と同等なものとみなしたいのです。お父様が自分に神になる許可を与えて下さった、位置をくださった、などといって。完全に、そして明白にお父様を裏切りました、そのようなことをして・・・。もちろん、そのような人々がお父様の家に入ることはできません。

天国に行けば、お父様の所に行こうとするでしょう。しかし、とてつもなく強力で、危険な者たちがお父様の傍(そば)にいることを知っていますか?あなた方を讒訴できる者たちです。それが誰かと言えば・・・国進ニム(笑)・・と、二代王です。

お父様は愚かな方ではありません。人生と目的の中心にお父様をおいている者たちをご存知です。また一方で、お父様の教えをゆがめ、利己的脚色をつける者たちもご存知です。キリスト教的文脈や聖句から切り離して、自分たちに都合のいい姿にメシアを改造し、神様を改造する。

韓オモニも郭グループも同じことをしているのです。このうちだれが王冠を授かりましたか?誰もいません。お父様から油注がれ、後継者、相続者、代身者に指名されたものはいないのです。お父様から王冠を戴けなかった理由があるのです。正統がないからです。

(質問者)
キャリー・ウィリアムスからの補足質問をします。
今朝の訓読で、神様は第一の創造主でありアダムは第二の創造主、アダムとエバは第三の創造主だというお父様のみ言がありました。アダムがなぜ第二の創造主であり、アダム、エバが第三の創造主なのでしょうか。

(二代王)
神様は第一の創造主であり、神様の種からアダムが生まれました。アダムは神様の種をもつ第二の創造主であり、アダムがエバと一つになれば、彼の種がエバに宿り、ともに次世代の創造主になるのです。アダムは創造の起源となる(神様の)種の所有者です。神様から受け継いだ種をもつがゆえに、創造の要素を付与されたわけです。それがエバの胎に宿ることで、ともに次世代の創造主となるのです。すべては種にさかのぼるのです。すべてです!創造という言葉さえ誕生と結びついているではありませんか。

翻訳・字幕:管理人
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神様の王国は霊的なものにとどまらず、実体的なものでもあるということです―王様質疑応答5月26日から

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つまり、王国での教会の役割は、福音を伝え広め、祝福式などを主催したりする媒体となることです。王は教会の頭(かしら)となり、そこに多くの補助的な部門が枝分かれして、もはや王はそれらを財政的にコントロールしないのです。しかし、信仰と共通の信念で結ばれています。それは社会の中で機能しますが、それ自体まだ王国ではありません。教会を実際に王国だとみなしている福音派教会は多くあるのです。そこでは神様の王国は霊的なものにとどまらず、実体的なものでもあるということです。真の主権をもち、真の領土と国民を具体的な場所に備える国でなければなりません。こういうことをずっと話してきました。それは絶対的に重要なことなのです。   

-2017年5月26日王と王妃の質疑応答から

1969年にお父様が創業したイェファ・ショットガン&エアライフル会社の当時のメンバーたち

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