6月4日「名誉の王国」【英語説教日本語訳】(その1)

Kingdom Honor   June 4  2017   Rev. Hyung Jin Moon   Unification Sanctuary  Newfoundland PA on Vimeo.png

名誉の王国 Kingdom Honor

パンザーとウィリアムズに拍手を送りましょう。彼らはロンドン・スクール・オブ・エコノミクスに招待されており、そこでもまた討論をすることになっています。ヨーロッパのサンクチュアリからもそこに参加できるでしょう。

家庭詐欺連合が彼らの信仰をそこで弁護するというのは良いことです。それが自分の立場であり、お父様のみ言を聞いており、それでお父様の後継者、相続者を認めないというのなら自分の神学を弁護すれば良いのです。彼らが弁護しようとすればするほど、彼らがその遺産を継続しているという創始者とは全く一致しないということがもっと明らかにされるのです。

この討論は素晴らしいことです。これによって真実がもっと明らかになるだけです。ケリーとリチャードについても、彼らはとても謙虚です。真実というのは簡単なのです。真実を語れば真実それ自体が語るのです。人々は何が本当に起きているかを理解します

リチャードとケリー、ありがとう。次の討論もうまく行くことを祈ります。スイスの平和警察、平和軍会議も良いことです。世界で初めてのことだろうと思います。50口径ベオウルフ仕様のAR-15の写真を彼らは気に入るだろうと私が言ったのです。全体の話し合いで、スイスで会議を行うのが良いということになりました。

私達が主権と天一国の第2の権利を喜ぶ理由は何でしょうか。それを説明して示すのです。それは非常に刺激的な会議です。日程が決まればそれについて詳しい情報を出します。もしかしたら何人かが学術チームと一緒にスイスに旅行するかもしれません。旅行には良い口実かも知れませんね。

今日の説教に入りましょう。「名誉の王国」です。テサロニケ人への第一の手紙第2章6節からです。

6:また、わたしたちは、キリストの使徒として重んじられることができたのであるが、あなたがたからにもせよ、ほかの人々からにもせよ、人間からの栄誉を求めることはしなかった。7:むしろ、あなたがたの間で、ちょうど母がその子供を育てるように、やさしくふるまった。8:このように、あなたがたを慕わしく思っていたので、ただ神の福音ばかりではなく、自分のいのちまでもあなたがたに与えたいと願ったほどに、あなたがたを愛したのである。9:兄弟たちよ。あなたがたはわたしたちの労苦と努力とを記憶していることであろう。すなわち、あなたがたのだれにも負担をかけまいと思って、日夜はたらきながら、あなたがたに神の福音を宣べ伝えた。10:あなたがたもあかしし、神もあかしして下さるように、わたしたちはあなたがた信者の前で、信心深く、正しく、責められるところがないように、生活をしたのである。11:そして、あなたがたも知っているとおり、父がその子に対してするように、あなたがたのひとりびとりに対して、12:御国とその栄光とに召して下さった神のみこころにかなって歩くようにと、勧め、励まし、また、さとしたのである。

すばらしい聖句ですが、テサロニケの教会に対して述べた、最後の部分に注目しましょう。
「あなたがたもあかしし、神もあかしして下さるように、わたしたちはあなたがた信者の前で、信心深く、正しく、責められるところがないように」
彼はパウロと一緒に福音を述べ伝えていた他の使徒のことについて話しています。
「そして、あなたがたも知っているとおり、父がその子に対してするように、あなたがたのひとりびとりに対して、御国とその栄光とに召して下さった神のみこころにかなって歩くようにと、勧め、励まし、また、さとしたのである」

福音を説くと・・・パウロがここで例を挙げているように、父親が子供に神の目から見てもっと良くなるように、もっと強い人になるようにと勧め、励まし、またさとすのと同じように・・・福音を教える者も・・・。
人は誰も完璧でありませんが、キリストに似るために努力しなければならないということです。それは子を持つすべての父親と同じなのです。完璧でなくても最良の父となるよう、幼い子供にとっての最良の手本となるように努力しているということなのです。

それは王国において非常に重要なことでもあります。なぜなら私達は世代間の王朝と王権のことを話しているからです。次の世代のことに目を向けるとこれが非常に重要になるのです。子供の中で誰が王国の福音と一致していくのか。誰がそれを支えていくだけの信頼に足るのか。あなたが戦ってきた国にとって。

社会主義者のように平等に分配するというのではありません。気分良くさせれば良いということではないのです。誰が王の王と天一国の王国に仕えて、親としてのあなたの願いを尊重し続けるのか。それが重要です。主権としてそのような役割を持つことを理解しなければなりません。居心地が悪くてもやらなければならないことがあるのです。自分の血統に王朝が作られていくのです。私たちが完璧だからではなく、神様がその王国と栄光に私達が入るように呼ばれたので私達は特別なグループだというのです。

主権には責任が伴います。そして皆さんが氏族の王冠を準備して王の王と王権と共に立ち、神様の王国、天一国が来るのです。

そのとき皆さんは賢く決断しなければなりません。なぜならそれは自分の氏族圏の王と王妃としての、自由と責任による自分の治世だからです。自分の子供について感情的に考えてはいけません。もちろん子供たちを平等に愛するのですが、1人が、あるいはもしかしたらカインとアベルが準備されなければなりません。それは文明と使命を尊重するということであり、あなたはそのために命がけで追及し戦っています。自分の王国の王朝を無駄にしてはいけません。もしそれを間違った子供に渡してしまえば滅んでしまいます。

ですからそれは主権にとって非常に重要な責任の分野なのです。王権のための責任の分野です。そのようなことを考えていなかったのは、皆さんが僕(しもべ)によって、天使長によって訓練されてきたからなのです。奴隷意識の中で訓練されてきました。皆さんは王国の意識を持たなければなりません。王冠は単に象徴的なものだけではありません。全く新しい領域に入るということです。

世代間にまたがる展望です。王国を維持し守るべく、義務と責任として持たなければなりません。自分の感情が問題ではありません。神様が任命し選ばれ、最後の時にご自身にもたらされた王朝を守るのが、主権としての義務なのです。サタンから分立されたものです。

これらの王朝は自分のものというだけでなく神様の王国の一部であるので、勝手に扱うことはできませんし、与えられた責任を勝手に考えることはできません。私たちが王権と王国の意識を育てていくことが非常に重要なことです。これは明白なのです。

同様に皆さんが子供を育てると・・・。子供たちは完璧ではないということを理解しなければなりません。私達は賢くはっきりと本質を見通さなければなりません。その子供は言われたことをすべてやっているかもしれませんが、私の使命や目的に対して本当に心を込めていないかもしれません。彼は点数稼ぎをするためにやっているかもしれないのです。そのようないんちきを見抜かなければなりません。

彼があれとこれをやったからと言って報酬を与えることはできないのです。その心情、性格、その子供の本質を見つめなければなりません。その子供は本当にあなたのために生きているのか。あなたが命を懸けて戦っているビジョンのために戦っているのか。単に子供があなたをどのように扱うかとかいった表面だけを見てはいけないのです。子供の深いところまで見なければなりません。親として子供を審判できなければならないのです。それは非常に難しいことです。主権として子供が自分の相続者としてふさわしいかどうか審判しなければなりません。

そのような観点から、それを受ける人はそれが世界で最も良いことだとは思わないのです。なぜならそこには非常に大きな責任が伴うからなのです。國進兄さんはそれを黄金の檻と呼んでいます。あなたが両親からその王朝としてすべてを相続すると、同時に自分のために生きることはできなくなるというのです。自分自身の夢を追い求めることはできません。選ばれなかった兄弟は実際自分の夢を追い求めることができます。自分で作る自分自身の王朝を追求することはできるかもしれません。しかし、選ばれた者はそのような願望を捨てなければなりません。親のために、王朝のために自分自身の願望を捨てる者にならなければならないのです。

未来を熟慮し見つめる場合に求めるべき特別な質があります。最後の時にお父様に選ばれて立ち上がった14万4千のすべての人々は、自分の王朝をずっと王の王の血統とつながって存続させることが重要です。私達はこれらのことを未来に向けて考えなければなりません。今の世代のことだけで子供を見ることはできません。彼らはやがて成長し信頼に足るようになり、次の世代を育て、やがては天一国の王国を追い求めてそれに責任を持つようになります。

ここに座っている子供たちは、「何てことだ。彼は私達を裁くことについて話している」というように思っているかもしれません。ええ、そうです。それが現実の世界です。そしてあなたの性質、性格によって選ばれることになるのです。必ずしも私の後継者になることは世界で最高の仕事というわけではありません。あなたは自分の王朝と王国のために生きなければなりません。あまり自分のために生きることはできないのです。そのように犠牲になる者とならなければなりません。

ですからこれらは皆さんすべてが自分の未来を見つめて良く考えるべきことなのです。王権の意識というのは将来を展望する捉え方であり、一時的に誰かを喜ばせて、自分の子供を心地良くさせて生きることはできないのです。子供たちはとても人を騙すようになり得ます。彼らはあなたから利益を得るためにあなたを騙して、面と向かって嘘をつくことができます。そのようなことを見抜くことができなければなりません。

そしてあなたは、彼らが悪気は無くてもときどき自分で知らずにそうしていることを悟るのです。なぜなら彼らは十分に思慮深くないかもしれないからです。しかし、私達は親として誰が立ち上がるのか、誰が王朝をこれから何世代も継続させるのか見定めることができなければなりません。

孔子の一族で何が起きたか話したことがあると思います。彼らは没落しました。何世代だったかちょっと思い出せませんが・・・。70だったでしょうか。それで道端で中国の装身具のようなものを売っているのです。その一族は完全に没落しました。何の関係もありません。それは中国の主要な一族だったのです。

そのようなことになってはいけません。そのようになればあなたの失敗です。なぜなら警告を受けたからです。ですから王権について考えるとき、将来の王朝の展望について考えなければなりません。孔子を例として皆さんの家庭がそのようになってはいけないということです。ですから王権の相続においては小さなグループ、1人の相続者か・・・お父様の場合は経済的な基盤を國進兄さんに授け、そしてこの霊的基盤を(私に)与えて・・・それはお父様が、私たちが一緒に働くと分かっておられたからであり、公正であり、お父様のために共に戦う者だと分かっておられたからなのです。

ですからカインとアベルのチームを作ることもできるでしょうが、このようなことを考えなければならないのです。

世界では酷いことがたくさん起きています。ロンドンではテロ攻撃がありました。ヨーロッパでは毎週起きています。7名が殺されました。先週マンチェスターで爆弾テロがあったところです。このようなことは馬鹿げています。彼らは自分の身を守る手段を持っていません。そしてそれは思想的なものでした。全体主義、共産主義の左翼はイスラム過激派と手を組んでいるのです。これらの国を不安定にして全体主義を正当化するというのです。

しかしこれらは皆、あらゆる異なる思想とキリスト教を基盤とした道徳との間の1つの境界線にたどり着きます。そしてそれがキリストの唯一性なのです。キリストの唯一性から離れると、多文化主義、相対主義になります。ヨーロッパは新しい宗教を完全に受け入れました。その結果としてこのような悪魔のフランケンシュタインが出てきて彼らを殺しています。

そしてもう逃れることができません。ヨーロッパが崩壊しつつあることを否定できません。今や誰もそれを否定できないのです。まったくばかげたことです。

これは昨夜のニュースです。ジハーディストが「これはアッラーのためだ」と叫んでいましたがイスラム教徒は関係ないことだと言っています。イギリスの首相が出てきて「これはイスラムとは関係ありません」などと言うでしょう。黙りなさい。私たちがどれだけばかだと考えているのでしょうか。 その男たちは「これはアッラーのためだ」と言っていたのです。

彼らの預言者は800人のユダヤ人の首を切りました。(皮肉を込めて)そこには何かつながりがあります。もう沢山です。
「5カ所でナイフの狂乱」とあります。銃を禁止したのでナイフを使おうというのです。ナイフを禁止すれば石を使います。石を禁止すれば車を使います。キリがありません。悪を規制することはできないのです。

そうではなく善人に力を与えれば悪人が何かやりたくてもためらうか、やったとしても打たれるのです。ですからスイスのジュネーブでアベルUN平和警察平和市民軍会議を開くことが重要なのです。それで國進兄さんが言うように、スイスの軍の士官学校でできればもっと良いでしょう。他のヨーロッパの国よりもスイスのモデルが天一国に近いです。

さてこのように毎週のように(テロが)起きており、ヨーロッパはもう無くなりました。彼らは多文化主義に自分を売ったのです。満足感を与える新異教徒思想に自分を売りました。人の感情を害さないようにしたら今度は人の感情など気にしない人たちが来ました。キリスト教文化もイスラム教文化もすべて同じだと言って。私たちが優しくしてあげれば彼らも優しくしてくれるのだと。残念なことにそのようにはなりません。これが現実です。

罪のない人がこのばかげた思想のために死ななければなりません。何度も何度も繰り返し間違っていると証明されてきました。間違った思想であり、少なくとも酷い文明です。普通の人々にとっては恐ろしい現実です。ロンドンの人々は、外出するときもしかしたらジハード攻撃があるかもしれないと考えずにいられないでしょう。

そしてヒラリー・クリントンはアメリカをこのようにしたかったというのですから、頭がおかしいのだろうかというのです。彼らは銃を、年を取った未亡人の自己防衛の手段を取り上げようとしていたのです。武器を取り去って自分たちの全体主義国家を正当化できるというわけです。

これが、善なる神様と宇宙の創造主の唯一性から離れた思想の政治的な結果です。完全に分かれています。

本当に2つの道があるのです。イエス様は、私が道であり真理であり命であると言われました。2つの道です。キリストかそうでないかのどちらかです。キリストではない場合に様々なレベルの違いや重要性の程度がありますが、それらはすべて悪魔崇拝につながるのです。様々な形態で弱いものも強いものもあるでしょうが、同じ悪魔崇拝の範囲にあります。

仏教に見られるようなより無害な形態かどうかに限らず、ヒンズー教、瞑想、非二元、悟りなど、このようなものはすべて、善と悪は自分の外側のものであって、自分の内面によって善悪を判断できるのだとしています。

そのような異教では、本当の悪などというものは無く、すべて自分の内面のことだと言います。自分はそれに対して偏った判断を避けるようになれないといけないだけであり、それを超越するのだと。すると世の中で本当の悪が現れることは 無くなるのだと。このような話を新しい異教でよく聞きます。ヨガコミュニティや何かで。ひどく貧弱な思想だと言えます。

ステファン・モレニューが、ある動画で新興宗教のヨガの女性を完全に分解して粉砕しています。彼女は回答することもできずに何も言えませんでした。

重要なのは、このようなことはすべて自分で自分の道徳を作ることができ、自分の世界を作ることができるという思想に結びつくということです。そのようなことはできません。現実も道徳もあなたの外側にあるのです。自分自身の道徳を発明することはできないのです。それはヒトラーが信じていたことです。それらは必ず地獄を作り出すのです。

私たちに与えられ、自分の良心で感じることができる道徳というものは、神様の性質から来るものなのです。神様の性質が私たちの道徳を決定します。神様の性質として神様は嘘つきではありません。ですから私たちは嘘をついたときに良心の痛みを感じるのです。なぜなら神様の性質には嘘つきというものがないからです。

また何か盗んだときにそれが間違っていると分かるのは、神様の創造主としての性質が泥棒ではないからです。

道徳は私たちが決定することではないという意味で私たちの外側にあるものです。私たちが自分をそれに合わせなければなりません。ですからキリストと共なる道を選ばない人々はみな、本当にそれに反対しています。彼らは宇宙や神様を自分たちに傾けたいと思っています。それがまさに偶像崇拝と自己崇拝の形態です。

あなたはそこで特別な技術を使って瞑想し、内なるチャクラと全宇宙が自分の心の中を・・・というようなことです。それでも雨には打たれます。タープを持ってきたほうが良いですね(笑)。

ですからお父様はとても自然を愛されたのです。なぜなら自然はあなたが自然を傾けられると考えているかどうかなど気にしていないからです。ただあなたに雨を降らせるだけです。そして風を変えてあなたは風邪を引きます。あなたは病院に行かないと、と言うでしょう。非常用の毛布がすぐに必要だと。あなたは自然環境に順応しなければなりません。さもなければ死んでしまいます。

私たちが現実を決定するのではありません。私たちが道徳を決めるのではありません。道徳は創造主から来ます。

哲学では存在論的な議論をします、その仮定は、神様は考えられるあらゆる宇宙の中で最大限に偉大な存在だとされます。ですから善のような肯定的なものとして、考えられるあらゆる宇宙の中で最大限に善であり、考えられるあらゆる宇宙の中で最大限に高潔であり、最大限に正当であるということです。

そのようなことから成る議論は存在論的な議論と呼ばれます。それは少し複雑ですがオンラインでもじっくり調べることができます。アルバン・プランティンガという・・・神の存在についての弁証論の議論の1つです。

重要なのはキリストの唯一性があるかどうかということです。それは避けられません。最終的にそれらの道、1つが多くの異なる形式につながって行きますが、本当は同じ結論なのです。そしてキリストにつながります。ですから家庭詐欺連合は非常に不満なのです。なぜなら人間の心には大きく口を開いた穴があるからです。それはキリストによってしか満たされることがありません。お金や権力でも満たすことができないのです。セックスやドラッグでも何でも。その穴はキリストによってしか満たされません。

真の喜び、真のアイデンティティ、真の個性はキリストとの関係において現れます。それと離れてはあり得ません。なぜ人々はそんなに満たされないのだろうかと思うのです。非常に無力だと。引き寄せの法則の本のようなことをやっても、2年後に会ってみると悲惨な状態です。引き寄せの力の本を実践しようが、宇宙を引き寄せてすべての祝福が手に入ると言っていても、その後「どうしたの?」と聞けば、「そうだな。新しい本を買うよ」という結果になるのです。

どのような概念も思想もそれを満たすことはありません。最終的にキリストというのは単なる考えや思想ではありません。お父様が言われたように・・・私たちはイエスの名で祈りません。なぜなら私たちはイエスの名前だけが欲しいのではなく、キリスト自身が欲しいからです。私たちはイエス様自身が欲しいのです。

つづく

翻訳:BAMBOOS
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王様の推奨するビデオ講義「独生女と三代王権」BYパンザー会長【日本語字幕版】第5回

8回シリーズの第5回目です。

そこでは一切、お父様の犠牲の路程をうたっていません。
お父様が任命された相続者、後継者、代身者を、お母様の方針に従わないと言って解雇しました。また家庭連合の天一国憲法にはお父様が油注がれた後継者の役割について一切、触れていません。

ここで「天の父母様」というものについて話したいと思います。
お母様はこう言われました。
「私は神様の呼び方を変えようと思います。祈るとき、天の父母様と呼ぶべきです。そう呼ぶことで英語でも語呂がいいし、韓国語でもよいと思います」
お母様は、動画の中で英語で「ヘブンリ―ペアレント」と言っていました。だからお母様の指示なのです。ではそれはどういう意味なのでしょうか。多くの混乱があります。ここでアンドリュー・ウィルソンの動画をお見せします。2016年5月6日天一国指導者会議でなされたこの講話のタイトルは-訂正です、2月16日でしたね-「天の父母様と真の父母様」です。動画を見ましょう。

(ウィルソン)
ユダヤとキリスト教のバイブルはほとんどが男性の書いた、男性の視点からのものでした。聖書からは、天の母、天の母の心情をよく知ることができませんでした。創世記3章16節で「神はエバを呪った」とあります。だから産みの苦しみを与えられたと。神は呪われるべき罪人としてエバには非常に厳しく対処しました。それは神の人類への接し方の一部であって、天の母はそうされないだろうと思います。

(パンザー会長)
この論説を分析してみましょう。アンドリュー・ウィルソンは怒れる、復讐心旺盛で復帰の神、堕落したエバを呪った旧約の神と対比させて、エバを慰める天の母を描いています。後半、ウィルソンは男の闘いは戦争をもたらすが、女性は子を失って涙する、と述べ、さらにこう続けます。カイン、アベルの法則は一方が他方に屈服するということ、すなわち、男性の勝つか負けるかの戦略例です。

まあこれについては1時間でもお話しできますが、結論から述べましょう。天のお父様、聖書の神は、真理と愛、審判と赦しの両方を与えて下さいます。そうですか?

そこを本当に理解するなら、神様の審判は愛であることがわかります。サタンから私たちを解放するためです。私たちを偽りの父から引き離すためです。それは神様の愛なのです。ウィルソン博士の、聖書は男が書いたというフェミニズム的偏見による聖書批判は、キリストに臨在される神様の犠牲的慈悲に満ちた愛を無視しています。

男も女も私たちすべて、神様の栄光には至らないのです。ただ悔い改めと再生と精誠によって、罪を免除され受け入れられるのです。これはすべての人にとって同じです。聖書の神が女性を憎んでいるわけではないのです。アイビーリーグ(一流大学)に行くとこれが分からなくなるのです。この絵では、イエス様が神様の許しについて語られたたとえ話、放蕩息子が描かれています。下の方にはイエス様が姦淫を犯した捕らえられた女を許すことを証する絵が描かれています。井戸のそばの女など、イエス様は幾人も女性を解放しています。だから神様の愛と赦しを理解するためにアイビーリーグ出身のフェミニストによる新解釈など必要ないのです。すべて明瞭に、はっきりとすべて聖書の中に書かれているのです。

先の講話の中でアンドリュー・ウィルソンはまたこう述べています。二性的存在である神様と男性女性の二性として創造された人間との核心的相似性は、その二性であって、片方の性だけでは、完全に神様を体現することができない。

ここでアンドリュー・ウィルソンは神様の本質は二性であり、神様は二つの性をもつと主張しています。原理講論は内的性相と外的形状が主体であり、陰陽は対象であると教えています。人間を創造し、犠牲を払って私たちを救ってくださる、知情意の神様は私たちすべてが関係性をもつべきお方です。ここでお見せするのは家庭連合が出した原理本体論マニュアルの38ページです。

内的性相と外的形状とともに陰陽の問題を解くには-劉講師が教えたと記憶していますが「陰陽、男性格、女性格は神様の主体的属性である」と言った時、お父様が「それは違う」とおっしゃいました。神様の主体的属性は内的性相と外的形状だと指摘されました。神様は、知情意の神様であられ、権能をお持ちです。それが神様の主体的属性であり、陰陽の二性は対象的属性であると言われたのです。(陰陽、男性女性は)第一の属性ではないのです。アンドリュー・ウィルソンはこの点を誤解しているのだと思います。おわかりですか。

この混乱の実際的な例をお見せします。新しい韓鶴子神学がつくりだされました。二元論的神学です。非常に有害なものです。正直に言いますと私は、神学がそれほど好きではないのです。申し訳ありません。悔い改めます。神学は神の性質を研究する学問であり、本来なら愛すべき学問なのですが・・・とてももどかしくて、でも重要ですので考えなければなりません。これを考えなければならない理由は、もし誰かが神様の性質について誤った考えをもてば他の人々をも、誤らせるからです。神様から遠ざかるのです。だから神学をまなぶことが重要なのです。

ここで40年の知り合いである姉妹からもらった手紙を紹介します。私はこの姉妹をたいへん愛し尊敬してきました。彼女がイーメールを送ってきたのです。

(文面)
親愛なるリチャード

人類歴史を通して抑圧され、虐待されてきた母なる神がついに2006年以降、父なる神の横で自分を語り始めました。父なる神は歴史を通してシングル・ペアレントでした。当然、摩擦もあるでしょう。たとえ6千年の重荷を分かち合いたいと思っても、自分と全く異なる行動をしてきた方と分かち合い始めることはすんなりとはいかないでしょう。

(パンザー会長)
なにか、まるで父なる神と母なる神が、その結婚生活に問題があり、離婚相談カウンセラーにでも行かなければならないかのようです。この混乱錯乱が分かりますか。アンドリュー・ウィルソンは、この姉妹の問題を何とかしたいと思うでしょうがそれは無理な相談です。猶更混乱を深めるだけです。神様は2人いません。
神様はおひとりです。神様はおひとりです。

ある意味便利な考えかも知れません。天のお父様の所に行っても、厳しすぎる。天のお父様、ありがとうございます。でもあなたは少し厳しすぎます。ちょっと天のお母様の所へ行きます。お二人の間をこうやっていったり来たり。

お母様の聖書に反する、無原罪で生まれたという主張についてお話ししたいと思います。
2014年7月1日、お母様は「血統転換は母胎からだ。これを信じなければなりません」と発言しました。ここで何を言っているのでしょうか。サタンの血統から神様の血統に転換したのは自分が生まれる前だと言っておられるのです。自分は無原罪で生まれた、こういっているのです。

2016年10月5日、お母様は1450人の日本と韓国の指導者の前でこう語りました。

「よく見えますか。皆さんは幸せな人です。何故幸せなのですか? 独生女の私に会ったからです。古い先輩家庭たちはお父様に対する情が深いと思います。しかし、その先輩家庭が知らなければならないことがあります。私は6千年ぶりにサタンと関係のない血統に生まれました。」

この事実について(生前に)お父様が一言も触れておられないことは、おかしなことです。これはかなり大きな神学的問題です。もしこれが真実なら、お父様はわれわれも知るべきだとお考えにならないでしょうか。お父様のみ言です。

「お母様は堕落した天使長の血統から生まれた」(2003/10/1訓読会NYニューヨーカーホテル)

「天使長の妻が復帰されないと、エバの位置が立ちません」(祝福家庭と理想家庭3章)

復帰が完成するためにはキリストがサタンから花嫁を奪い返さなければなりません。そしてキリストの花嫁になるのです。

いいですか、それが復帰路程です。ルーシェルが神様の妻であり、アダムの妻であるエバを奪いました。だから復帰路程ではアダムがサタンの妻を奪い返さなければなりません。救い出して自分の花嫁とするのです。それが復帰です。

 

翻訳・字幕:管理人
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