王様の推奨するビデオ講義「独生女と三代王権」BYパンザー会長【日本語字幕版】第4回

8回シリーズの第4回目です。

2010年から2012年にかけて行われた、八大教材教本の奉呈式についてお話しします。
「ここに人類の永遠の教材となるべき八大教材教本を残します。
文鮮明先生マルスム選集、原理講論、天聖経、家庭盟誓、平和神経、天国を開く門・真の家庭、平和の主人・血統の主人、世界経典。」
この式典は世界中で行われました。2010年にニューヨーク、2011年に韓国では1万2千人が集まりました。そして韓国で2012年。映像を見ましょう。

「皆様、真の父母様は、既に人類のための遺言を準備し、残しました、一生に6度、7度も生死を行き来する獄苦を経ながらも勝利し、準備した遺言書です。永遠なる人類の教材教本として8種類の本を残しました。この教本は、皆様が霊界に入っていても読み、学ばなければならない本です。人間の頭脳から出てきた言葉や教えではありません。」

極めて明白です。次の映像です。

「神様の教材教本だ。従って行かなければならないみ言だ。この神様の教材教本、二つとない、一つだけの教本だ。永遠に、絶対に一つだけだ!永遠の教本だ!」

お父様は、一時的な仮の教材だと仰っていますか?お父様に劣る者が、打ち捨てたり、改ざんしていいものだと言われてますか?

NOです。

2012年4月、お母様は成和出版におもむき、お父様の説教のみ言集のある部分の削除を命じました。その後、家庭連合本部はみ言選集の第594巻以降の巻すべての回収を命じました。そして新たに編集しなおしたものをそこに差し替えたのです。差し替え版は、オリジナル版にあった、お父様のお母様に対する批判的な言葉がすべて削除されていました。

削除された文を二つ紹介しましょう。2009年2月16日のお父様のみ言です。

「(基元節まで)あと何年、何カ月残っているか。オモニが、それまで自分が果たすべき責任のレベルまで達していなければ、問題が起こる。だから私が責任を引き受けてそのすべての責任を果たしたのだ。お母様の分まで私がここまでも果たしたのだから、オモニが怒りをぶちまけるか、殴りつけるかでもしない限りはすべてうまくいくのです。」

本来このみ言は607巻の310ページに載っていたのですが、削除された版ではこの前後のみ言が削除版の302ページに載っていますが、そこではこの一文が消されています。

第614巻141ページ(2009年オリジナル版・み言選集)

「オモニが堕落したのだから、自分で責任をもたなければならない。ふらふらしている女たらしの男にはできないのだ」

家庭連合はこの部分を削除して改訂版を出版し、この前後の部分は削除改訂版の71ページに載せられました。

2014年、八大教材教本にかえて、「三大教本」を出版しました。映像を見ましょう。

「空前絶後の宝石(三大教本)をもちました~!」

エンターテイメントももう少し考えるべきですね(笑)

お母様の新しく「磨かれた」天聖教は2014年にお父様の天聖教にとって代わりました。
家庭連合の「天一国憲法」には3つの基本経典を定めていますが、それは、オモニの天聖経、真の父母経、そして平和経です。

八大教材教本の奉呈式が、冒涜式になってしまいました。捨てられた経典がここでわかります。文鮮明先生み言選集、原理講論は主要経典と定められることなく、天国を開く門・真の家庭、平和の主人・血統の主人、世界経典も基本経典ではないというのです。天聖経と家庭盟誓、そして平和神経も変更されてしまいました。

ここで歴史的観点から新約聖書のイエス様が述べられた厳しいみ言を紹介したいと思います。

ヨハネによる福音書、2章4節で、

イエスは母に言われた。「婦人よ、わたしとどんなかかわりがあるのです。わたしの時はまだ来ていません。

イエス様の母親のマリアが、水をワインにかえてほしいといった言葉に応えたみ言です。イエス様は親に対して不忠ともみえる言葉を使われています。「女よ、わたしとどんなかかわりがあるのか」。誰が自分の母親にこんな言葉使いをするでしょうか。自分の母に向かって「女よ」と言ったことのある人はいますか?私も言ったことはありません。でもイエス様はこう言われたのです。それは、母、マリアが神様の御旨をおこなっていないからです。それが理由です。

マタイ福音書の12章46節から50節では、
12:46イエスがなお群衆に話しておられるとき、その母と兄弟たちが、話したいことがあって外に立っていた。 12:47そこで、ある人がイエスに、「御覧なさい。母上と御兄弟たちが、お話ししたいと外に立っておられます」と言った。 12:48しかし、イエスはその人にお答えになった。「わたしの母とはだれか。わたしの兄弟とはだれか。」 12:49そして、弟子たちの方を指して言われた。「見なさい。ここにわたしの母、わたしの兄弟がいる。 12:50だれでも、わたしの天の父の御心を行う人が、わたしの兄弟、姉妹、また母である。」

イエス様は、自分の母親がイエス様の摂理的使命を理解することなく、それを支援することもないので、もはや面会を拒否したという話です。

またイエス様が第一弟子のペテロに話したみ言があります。

イエスは言われた。「はっきり言っておく。あなたは今夜、鶏が鳴く前に、三度わたしのことを知らないと言うだろう。」 マタイ福音書26章34節

お前は私を裏切る、とペテロに語られたのです。私はこの聖句について考えました。もしイエス様が十字架につかれた後、「み言調査委員会」がつくられ、そのメンバーが集まりこういったとします。「我々は本当にイエス様を愛してきた。しかしイエス様が私たちに向かって語った厳しいみ言を残すと、私たちの恥だ。母マリアも恥ずかしいでしょう。息子を理解せず、援助もしなかった。それを恥じるのは間違いないでしょう。ペテロにしてもそうです。ペテロも恥ずかしく思うでしょう。イエス様を証すべき決定的瞬間に、怖れを感じたのです。

私はこの部分が新約聖書の中で最も重要な話だと思うのです。なぜなら、仮にイエス様の母や弟子に対する厳しい言葉を、自分たちが恥ずかしいからといってすべて削除したとしたらどうでしょう。


イエス様は彼らを許したのです!そこが核心です!

完全な人だけしか神様とキリストに受け入れられないとするなら、天国に入る者は誰もいないでしょう。私もあなたもお父様を裏切ったことがあるでしょう。私もお父様に口答えしようとしたことが何度もあります。お父様を失望させたこともあります。ここが理解できますか。

キリストの弟子の失敗を文書で残すということは、聖典の中の重要な部分を構成します。完全なものだけを神様が受け入れられるとするならば、私たちは全員地獄に行くしかないからです。本当ですか、本当ではないですか?

この点を、残念ながら、お母様と家庭連合は理解できなかったのです。

2014年、家庭連合はその憲法で、お母様が死んで霊界に行った後、統一運動を指導する「最高委員会」なるものを制定しました。「憲法」には真のお父様の相続者/後継者について何も定めていません。油を注いだ血統にたいするお父様の指示を拒絶しました。

お母様はお父様の顕現される場所を一点に限定しました。お父様の御聖和直後にこう言っています。

「お父様がどこにでも現れると思いますか。そんなことはありません。私の所か、清平に来られます。分かりましたか。もし皆の中で知らない者がいるなら、今私が説明しました」

この言葉についても少し考えてみました。
イエス様は復活後、500人を超える弟子たちの前に現れました。そのほか何度も。だからお母様の言葉は何の意味もありません。お父様が再臨主だとするなら、霊界の監獄のようなところに居られると思いますか。なにか小部屋に閉じ込められているとでも考えますか。どうしてそんなことがあり得るでしょう。

お父様の八大教材教本はオモニの3大教典にとって代わられました。
お父様の血のにじむ歌詞でつづられた聖歌「栄光の賜物」は天一国の国歌でした。これはお父様が興南の死の強制収容所から解放された直後に書かれました。お父様は「この喜びを表現できない」とおっしゃっています。死の強制収容所から解放直後ですよ!考えてみて下さい。誰でも神様を呪うでしょう。どうして自分を地獄のようなところ、死の場所に送られたのか・・・。お父様は「永遠のその方の愛と慰労の声を、永遠に喜び栄光を享受せん」と言われるのです。どうしてこれを愚かしいお花畑のような歌詞にかえることができるのでしょう。憎むべきではありませんが、(家庭連合の国歌とは)比較になりません。実際に多くの家庭連合の兄弟姉妹は、私に以前の天一国国歌を今も歌っていると言っています。

 

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