「奇跡の力の王国」2017年4月9日【英語説教日本語訳】(その1)

Kingdom of Miraculous Power   April 9  2017   Rev. Hyung Jin Moon   Unification Sanctuary  Newfoundland PA on Vimeo.png

 奇跡の力の王国 KINGDOM of Miraculous Power 2017年4月9日

王国についての次の聖句をみましょう。イエス様は王国の福音を宣べるために来たといわれました。「福音」とは「神の国」なのです。これまで「福音」は十字架であり、復活であると教えられてきました。イエス様ご自身が「福音」とは「神の国の福音だ」とおっしゃっているのです。実際に聖書を読み、イエス様が「福音」を語っている個所を見れば「神の国の福音」であると書いているのです。十字架だとも復活だとも言っておられません。王国なのです!

これからロマ書の次にコリント第一の手紙に入ります。

第4章17
テモテをそちらに遣わしたのは、このことのためです。彼は、わたしの愛する子で、主において忠実な者であり、至るところのすべての教会でわたしが教えているとおりに、キリスト・イエスに結ばれたわたしの生き方を、あなたがたに思い起こさせることでしょう。
18:わたしがもう一度あなたがたのところへ行くようなことはないと見て、高ぶっている者がいるそうです。 19:しかし、主の御心であれば、すぐにでもあなたがたのところに行こう。そして、高ぶっている人たちの、言葉ではなく力を見せてもらおう。
20:神の国は言葉ではなく力にあるのですから。21あなたがたが望むのはどちらですか。わたしがあなたがたのところへ鞭を持って行くことですか、それとも、愛と柔和な心で行くことですか。

「神の国は言葉ではなく力にあるのですから」これはたいへん力強いみ言です。今日は子の「力」について話しましょう。パウロがここで使った「力」の意味に入る前にバイブル・プロジェクトの動画を見ましょう。彼らを援助できる人はそうして下さい。シアトルでとてもいい仕事をしています。驚くほど素晴らしいアニメーションを制作しています。彼らの聖霊に関する最新作を見ることにしましょう。

このアニメーションの質の高さに驚きませんか。私たちも彼らに援助の寄付をしました。2人のうち片方は確か聖書学の博士号を持っています。アニメーターのグループとこのような素晴らしいコンテンツを作っているのです。非常に刺激的なプロの作品です。この中で彼らは聖霊はルーアハ(ヘブライ語)であり、風または見えざるエネルギーだといっています。
神様が臨在するとき得られます。

先週、聖句の中で神の国について聖霊における正義、平和、喜びであると確認しました。肉体的癒し、人生を作り変えるという作用の他に、聖霊によって得られるものの一つに「識別の力」があるといいました。善悪を見分けるばかりかサタンの嘘、偽りをぶち抜いて現実の神の国を見抜くことができる力だということです。現実の王国を見通すことで大きな喜びを得るというのです。言葉にできない喜びと聖書はいいます。

心の内から湧き上がってくる体験であり、王国を見ることができ理解することができるのです。サタンの悪に対して前進することができ、王国のために闘うことができる。その霊界の中で大きな喜びを感じる。

神様の霊に触れると何か圧倒され打ち倒されるように考えるかも知れません。それは識別力としてくるのです。

天一国憲法に最初に触れたとき理解できなかったかもしれません。しかし理解しようと取り組み、祈り、聖句を学習していくなかで、ああ、これはサタンの王国とは全く逆の王国なのだと知ることができるのです。それが宣布されるときに真の正義と道徳をつくりだし、しかも自由意志と責任がある、戦争の解毒剤となるような大きな豊かさを生みだす。しかしもちろん、豊かになれば無責任と快楽主義に侵されます。神の国では神の祝福を世代を継いで受け渡していく上で責任という面が重要になります。

これまでの文明に次のようなパターンがみられます。第一世代が勤勉に働き、先駆けて切り開く、木綿の厚手のシートだけをもって進んでいく。釘のようにしぶとく、粘り強く丸太小屋を建て農園を造り懸命に働く。そしてある程度豊かになると一緒にいる子供たちは甘やかされて育ちます。そして第三世代になるともう共産主義者だというのです。一般的志向は社会主義です。3世代という短期間で文字通り崩壊するのです。

天一国憲法では修正を認めません。選挙で社会主義はもちこめないのです。共産主義も持ち込めないのです。サタンのパターンは最初の開拓者の世代が懸命に投入し、子供にいい思いをさせてやりたいという善なる親心がもたらした富が結局、子供の世代を駄目にするのです。個人の責任について十分教えないからです。

そして次の世代、その次の世代は享楽主義、堕落に陥るのです。そして社会主義、共産主義のために投票し、ロビー活動を行う者たちが出てきます。また中央銀行制度や中央集権的教育、国家福祉、国家環境局などなど、延々と天使長的権力が中央集権化を進めるでしょう。他のものから資源を盗み取り他のものに与える、せっせと「法的窃盗」に励むのです。連邦政府はそうしているのです。しかし神様から見るとそれは罪です。

王国では、聖霊につかれて異言を話したりするようなことはありません。異言を語り、それを解釈したり、それは聖霊の働きの一部にすぎません。それよりも識別すること。識別!

善と悪を識別し神様のみ旨、神の国、神の福音を見いだす。そういう識別力をもつとき、独善ではない正義、神様の正義の道を歩み、敵が前をふさいだとしても心に平安をもつのです。

肉と血の争いをしているのではありません。地の権天使、権力、支配者、高位の偽りと闘っているのです。霊の闘いです。闘っていても平安だというのです。神の武具、信仰の盾と真理の帯、救いの兜にみ言の剣、そして福音のすね当てを備えて闘いの最中にあって平安だというのです。前に座っている曹長は元グリーン・ベレー(陸軍特殊部隊)であり、実戦を闘ってきたのです。

本当の使命、真の目的があるのです。だから戦いに負けたとしても平安が残るのです。おそらく曹長は体験されたことがあるでしょう。神の国と遭遇することは多くのキリスト教徒にとってショッキングなことなのです。なぜならあまりにも多くの、国家に飼いならされた教会、ローマカトリックであれ何であれ、中央によって支配されている教会は、神様との直接的関係性をもつことができず、神様が望んでおられることも、私たちに与えられたものも知ることができません。カトリック教会の許可を得なければ・・教皇の許しがなければ・・そのようであれば神様が私たちの中に住むことができず、み言で方向を指し示すこともできず、私たちは神の国を追求することができないのです。

つづく
翻訳:管理人
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