アメリカ合衆国史上、最高の大統領就任演説

 

トランプ次期大統領は20日の就任式での宣誓の際にリンカーン大統領の聖書を用いると表明した(オバマ大統領も宣誓時に用いた)。また少年時代に母親から初めてもらった聖書も持参するという。

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少年時代、母親から始めてもらった聖書を見せるトランプ次期大統領
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リンカーン大統領の聖書

ところで大統領就任演説といえばリベラル、保守に関わらずアメリカの歴史学者がこぞって最高の大統領就任演説の1つにあげるのが

リンカーン大統領第二期就任演説だ。

それはもはや政治家の演説の域を超えた聖職者の説教といっていい。

二期目の演説が行われた1865年3月4日は、当初の予想を覆す巨大な総力戦となったアメリカの南北戦争が大きな犠牲者を出しながら丸4年継続した末にようやく長いトンネルを抜け出そうとしていた時だった。

トランプ大統領就任を歓迎するこの時、史上最高の大統領就任演説をご紹介したいと思う。

リンカーン大統領第二期就任演説 1865年3月4日

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合衆国国民の皆様

大統領職の二期目の宣誓をなすにあたり、一期目の就任演説の時とは情勢も異なるので短いものになるでしょう。

当時は事の成り行きを詳しく述べることが時に適い適切であると思われたからです。

あれから4年が経過し、その間、今も国民の注目を集め、またこの国の多大なエネルギーが投入されているこの戦争のあらゆる局面での報告がその都度公にされてきており、新しくここで付け加えるべきこともありません。

わが方の軍の戦いぶりは、そこにすべてがかかっているのですが、私と同様に皆さんの良く知るところです。またその戦況は私たちすべてにとって勇気づけられる満足すべきものであります。しかし、未来に大きな希望を抱きながらも結果の予測はあえてしないでおきましょう。

4年前、迫りくる内戦にむけて危惧をいだきながらも、そこにすべての関心が向けられていました。

全国民がそれを恐れ、回避しようと試みました。当時この場で就任演説を行っている時も、戦争することなく連邦を守ろうと心を砕く一方で、反乱分子は連邦を戦争なしに解体しようと腐心し、交渉によって連邦を解体、分割しようと試みていたのでした。

双方ともに戦争には反対でした。しかし国の存続よりも戦争を他方は選んだのです。そしてもう一方は国を亡ぼすよりは戦争に応じることを選びました。こうして戦争がはじまりました。

全国民の八分の一は黒人奴隷です。しかし国内に均等に散らされているわけではなく南部に集中しています。

これらの奴隷は特別で強力な利権を生じさせました。その利権こそがこの戦争の原因になっていることは広く国民の知るところです。

この利権を強め、永続させ、拡大することが反乱軍の目的であり、そのためには連邦を戦争に巻き込むことも顧みることはありませんでした。政府は奴隷制度を他州にまで拡大しようとして彼らが主張する権利を拒絶したに過ぎません。

双方ともに戦争がこれほどの規模になり、これほど長引くとは予想もしていませんでした。
どちらも、紛争の原因(奴隷制)が戦争の終了、もしくは戦争中に廃止を招くことになるとは思いもしませんでした。

どちらも安易な勝利を求め、決して根本的で圧倒的な結果(奴隷制度廃止)を期待していなかったのです。

ともに同じ聖書を読み、同じ神に祈っています。どちらも神の助力を求めて祈ります。
しかし他人の額の汗によって日ごとのパンを得ようと、あえて神の助けを求める人がいるのは不可解なことです。しかし私たち自身が裁かれることがないように、人を裁くのはやめておきましょう。

どちらの祈りも聞き届けられることがないかもしれません。また、どちらの祈りも完全にかなえられていません。

全能の主は自らの目的をお持ちです。

「この世は、罪の誘惑があるから、わざわいである。罪の誘惑は必ず来る。しかし、それをきたらせる人は、わざわいである。(マタイ18:7)」

アメリカの奴隷制が、神の摂理において神が定められた時まで来るべき罪の誘惑であったとするならば、神のみ旨は今、それを取り除こうとしておられる。神は罪の誘惑を来たらせたものとして北部にも南部にも恐ろしい戦争という災いを下されました。そのさなかに、生きた神を信じる者が常にいと高きものの神聖なる特性とするものから、いかにわれわれがかけ離れてしまったか悟るべきでしょう。

私たちが切に願い、強く祈り求めることは、この戦争というおそるべき鞭(むち)が一刻も早く過ぎ去ることです。

しかし神の御心が、250年間、報われない奴隷の労苦によって積み上げられた富が取り去られるまで続けよというのなら、また鞭によって(奴隷が)流された血の最後の一滴までも剣によって流されなければならないというのなら、3千年前と同じようにこう言わなければなりません。

「主のさばきは真実であって、ことごとく正しい(詩編19:9)」

いかなる人にも悪意を抱かず、すべての人に慈愛をもって、神が与えられた義に堅く立ち、私たちが始めた仕事を最後まで成し遂げましょう。

国民の傷を癒し、戦いで傷ついた人、寡婦と孤児を慈しみ、私たちの内に、またすべての国民の間に正義で永続する平和を打ち立てようではありませんか。

翻訳:管理人

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