家庭連合のメンバーが知るべき韓オモニの実像

「真の父母とは真のお父様があってこその真の父母である。メシアはお父様だけであられる。お母様が無原罪で生まれたというのは嘘である。お母様が主張する独生女など存在しない。」

‐原理本体論講師 劉正玉

亨進様10月23日説教「王国の選民」より

娘たちは全員お父様を完璧に裏切りました。90パーセントとか93パーセント、あるいは80パーセントではありません。全員がお金欲しさにそうしたのです。オモニがお金を持っているからです。そして例外なく全員があの薄っぺらな女神カルトにつき従いました。お金が入ると思ったからです。利己的な思いや自己崇拝もそこにはあったでしょう。とくに女性のエリートは自己崇拝に陥りがちです。周りの男たちをあごで使い自分の権力に酔いしれる。とくに金持ちの女性エリートはそれらを愛するというのです。しかし問題は彼女たちの問題というよりは「母親の文化の問題」だと結論付けることができます。

韓オモニはお父様が難しく厄介なことをするとき自分も一緒にそれを抱えようとはしませんでした。そういう文化を作ってこなかったのです。例えばお父様がアマゾンのジャングルに行くときエアコンの効いた部屋にいないで、丸一日中一緒に蚊に刺されながらおそばで釣りをすべきでした。一緒に現地に出かけることは出かけましたが自分はエアコンの効いた部屋で韓流ドラマを一日見ていたのです。それが現実です。

二重生活を生きていました。行事に姿を見せては家に戻る。そのような文化はまるで秘密の生活のようです。人前では主体者と一体化しているように振舞いながら私生活ではあらゆる困難なこと難しいことから理由を見つけては逃げだす。陽の下で焼かれることや日の出から一日中アマゾンのジャングルで釣りをしたり…。

お父様はお母さまも一緒に釣りに出かけることを求めました。しかしここでも一体化するかしないかはオモニの5パーセントに委ねられました。

もし韓オモニがそれを、わが主、わがメシア、わが救い主のなさることとして尊重していたならば…。ところが結局は自分がメシアだと思い込み、その信仰すらなかったことが分かったのですが、それは狂気の沙汰です。ともかくオモニがお父様のなさることを大切に思い、他のメンバーも頑張っているのだから、私もただ参加するだけではなくメンバーに教え、指導できるまでになろう、インストラクターになろう、もっと高いレベルまで身に付けてメンバーに指導できるまで頑張ろうと決意していたらどうでしょう。そのようにアウトドア生活に飛び込んでいたとしたらどうでしょう。

女性たち。手を汚し血を流す魚の頭を切ったりさばいたりすることなどしたくない気持ちはよくわかります。男たちもそうでしょう。青年もそうでしょう。

もし韓オモニが主体者の文化を重んじていたなら、彼女の育てた娘たち全員が今とは違っていたことでしょう。娘は母親の背中を見て育つからです。そして息子は父親の背中を見て育ちます。自分を振り返ってみて下さい。両親に育てられて、たとえ自分が原理を知ったとしても両親が自分にしたのとおなじように無意識のうちに自分の子供にもしていますから。
それに気をつけなければなりません。本当ですよ。親がしたように自分も無意識のうちに子供にしていますから。意識して変えようと努力しない限りは自分の両親のパターン繰り返すのです。両親がとんでもないことをしていたなら自分も同じことを繰り返すかもしれないということです。

韓オモニがそのような文化を相続していたなら、たとえば韓流ドラマばかり見ずにアウトドアライフのインストラクターになるべく釣りや狩りのチャンネルを見ていたとすればまた違う女王になっていたことでしょう。今のようにダイヤモンドや何千万もするルビーなどくだらないの物に心奪われることもなかったでしょう。

アウトドアの技術に意識がいったことでしょう。ただ受け身の立場で贅沢な部屋でただ待つだけではなく、誰かに呼ばれて初めてお父様の昼食に付き合うのではなく、積極的、能動的に「これがお父様の望みであり、このようにお父様は天一国を教育されたいと思っておられるのなら私はそれを完全に習得して皆を教えることができるようになろう、黒帯になろう、指導者になろう」こう決意していたならば全く違った文化を生み出し、真の家庭だけにとどまらず教会全体、世界の統一運動全体にまた異なった文化をもたらしていたことでしょう。

 

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