2016年10月16日説教 「逆転の王国」 【英語説教日本語訳】(その3)

Kingdom Reversal   October 16  2016   Rev. Hyung Jin Moon   Unification Sanctuary  Newfoundland PA on Vimeo.png

逆転の王国 Kingdom Reversal (その3)

聖なる安息日は、ローマカトリックのカレンダーでは日曜日に準備されます。私たちは日曜日に集まりますが、これは安息日というわけではありません。これは勉強するために集まっているのであり、交流を持つためとかそういうことで集まっています。しかし、安息日なのではありません。安息日は本来金曜の夜から土曜日の日中までです。みなさん、それが本当の安息日なのです。日曜日はローマ化されたもので、4世紀のローマ教皇がコンスタンティヌスの下で土曜日から日曜日に変えました。これもまた聖書の言葉から転換したものです。

クリスマスも有名ですが、もうすぐですね。ドルイドの樹木信仰が家に持ち込まれました。ヤドリギ。このヤドリギとヒイラギがどこにあるのかと思ったことはありますか。ヒイラギとヤドリギがどうしたというのでしょうか。それは聖書にありません。ヤドリギの下でキスをするというのはどういうことでしょうか。一体何でしょうか。クリスマスとは何でしょうか。

それは古代ローマ初期のサートゥルナーリア祭(農神祭)の伝統から来たもので、キリスト教が伝えられる前にあったお祭りです。それは冬至を中心に行われていました。冬至の後1週間の間、人々はプレゼントを交換し、飲み食いして一緒に宴会したりしていました。そしてその週の間だけは社会階層の上下関係がなくなりました。ロールプレイすることができます。奴隷になったり、主人になったりすることができたのです。それがサートゥルナーリア祭にやることであり、サートゥルナーリア祭の伝統でした。

キリスト教会が活動するようになってから、ローマカトリック教会は、この祭りも継続することを許可しました。それはローマ帝国の腐敗した性質のためであり、社会が堕落し始めていたので人々の道徳心を高めようとして、「サートゥルナーリア祭を許可するから、必ずそこでイエス様を崇拝するようにしなさい」と言ったわけです。しかしこの伝統は、実際は古代ローマのものです。古代ローマの、プレゼント交換などをするサートゥルナーリア祭です。12月25日もイエス様の誕生日ではありません。イランの神ミトラがその日に処女から生まれたという日です。

お父様は非常にはっきりしておられました。みんながクリスマスを祝っていても、私はお父様が関心を持たれているところを見たことがありませんでした。なぜならお父様は、イエス様はその日に生まれたのではないと教えておられたからです。何回それを聞きましたか。イエス様は12月生まれではないといつも言っていますね。私たちは神の日のすぐ後、2月ぐらいにイエス様のご生誕をお祝いします。文化としては、韓お母様はプレゼントの交換をされたり、ショッピングをしたりして楽しんでおられました。

ドルイドとかこういったお祭りのことはすべて、ユダヤ後の文化でもキリスト教の文化でもありません。それらは100パーセント、異教徒の儀式が教会に取り込まれてきたものなのです。そして一般の西洋人は、聖書に基づく自分たちのキリスト教にどれほど「姦淫化」が起きたかをまったく理解していません。 分かっていないのです。これを始めて聞いてショックを受けた人がいなかったでしょうか。とても衝撃的ですね。彼らがローマカトリックの中央集権的教会を広めるために、他の文化の同調を許したというのが事実です。そして、もちろんそれは、すぐ後の300年、200年後にイスラム教によって審判されました。

こちらは神様の戒めを理解し、神様の祭日を理解するということも本当に不可欠だということです。なぜならそれは、世俗的な社会の通常のパターンに反する、革命的な反対の生活様式を与えるからです。ハロウィーン、クリスマス、新年といったようなもののパターンは、占星術的な冬至、春分といったものを中心としています。このような季節の循環を中心としているのです。

ユダヤ歴において過ぎ越しの食事という物があります。現代のユダヤ人は過ぎ越しの祭りを祝います。みなさんご存じのように、過ぎ越しは神様がエジプトに審判をもたらしたときの出来事でした。ユダヤ人はドアに子羊の血を塗るように言われました。そして死の霊が彼らを通り過ぎて行ったのです。覚えているでしょうか。彼らは、何をするべきかという特定の命令を受けていました。そして彼らは準備しなければなりませんでした。ジェイソン・ハントのような1人の先導役や教官がいたわけではありませんでした。彼はブッシュクラフトやサバイバルを教えていますが、彼はこのことを神様が自分の民に逃げ出す準備をさせるということに結び付けています。神様が呼んだら動けるように準備しなさいということです。現代のサバイバルコミュニティではそれをバギングアウトと呼んでいます。バグアウト・バッグ(非常用持ち出し袋)を持っている人がいますね。B.O.B.というのを聞いたことがありますか。万が一の危機的な状況に備えて様々な物を準備しておくのです。

しかし、神様がこのようにしなさいと人々に命令します。実際に出エジプト記12章にある神様の命令を見て見ると、ユダヤ人たちが現在準備していることとはとても異なっていることが分かります。ユダヤ人が今準備するものはこういうもので(スクリーンを表示)そんなにたくさんはありません。聖書の最初の過ぎ越しで神様はただ、「そしてその夜、その肉を火に焼いて食べ、種入れぬパンと苦菜を添えて食べなければならない」と言われただけです。それは子羊の肉でしたが、その肉を火に焼いて食べ、種入れぬパンと苦菜を添えて食べる、それだけです。火に焼いた子羊。イーストを入れないパン。そして苦菜という、何かサラダのような物。ですから実際3つの物だけです。それは現在ユダヤ人が行っているものとは異なります。

それはとても簡単なことでしたが、神様の祭り・・・例えば14節から20節で神様は続けています。とても深刻です。代々行うということです。種入れぬパンを食べなければならない。家からパン種を取り除かなければならない。罰は何でしょうか。「種を入れたパンを食べる人はみなイスラエルから断たれるであろう」とあります。この週に種を入れたパンを食べたらイスラエルから断たれると言っています。これは本当にとても深刻ではないですか。この週に種を入れたパンを食べたら、神の民から断たれるというのです。それが聖書に書いてあります。それはとても深刻ですね。

また、過ぎ越しの1週間後の祭りでもこの内容が見られます。
「家にパン種を置いてはならない。種を入れたものを食べる者は、寄留の他国人であれ、国に生れた者であれ、すべて、イスラエルの会衆から断たれるであろう」

神様はとても広範囲にわたって、種を入れたパンを食べてはいけないことについて続けて語っておられます。非常に興味深いと思いませんか。聖書ではどのようにして食べるかについても神様が続けて説明しています。もしイースターの食事を見れば、あるいは現在の過ぎ越しの祭りを見れば、非常にくつろいで参加して気楽に食事しています。しかし、ここ(聖書)ではこのようにあります。

「こうしてエジプトびとは民をせき立てて、すみやかに国を去らせようとした。彼らは「われわれはみな死ぬ」と思ったからである」
「そして彼らはエジプトから携えて出た練り粉をもって、種入れぬパンの菓子を焼いた。まだパン種を入れていなかったからである。それは彼らがエジプトから追い出されて滞ることができず、また、何の食料をも整えていなかったからである」

ですから、過ぎ越しというのは、食料を準備したらすぐに食べるというものだったのです。お母さんが「ゆっくり食べなさい」と言っても、早く食べなければなりません(笑)。面白いですね。ですから、このイスラエルの民に起きたことの記念には、切迫感があったわけです。切迫感があり、準備しなければならないのです。聖書の中でも服を着て、身の回りの物を準備して、いろんな道具も全部準備して出発しなさいとあります。種を入れないパン・・・移動の準備をして早く食べて出発しなさい、と。これが過ぎ越しの本質のようなものです。この聖書の過ぎ越しの記述について聞いたことがある人がどれくらいいるでしょうか。その切迫感について、「早く、早く」ということを聞いたことがあったでしょうか。

これはまた、神様がイスラエルの民に行うよう命令した、もう一つの祭りです。これが何か知っていますか。ブッシュクラフトをしているように見えますね。彼はサバイバルシェルターを作っています。これは仮庵(かりいお)の祭りというものです。実は昨夜から始まっていてまだ続いています。1週間続きます。イスラエルの民が荒野に行ったとき、彼らはテントの中に泊まって暮らしていました。テントの材料がないときは多くの場合、瓦礫の避難所で生活しました。そして神様は人々がそれを思い出すように、毎年1週間、家族を連れて荒野に出て瓦礫の避難所を作ってそこに住むよう命令しました。

もしこの写真の少年のように若いときからそのような訓練を受けていたなら。お父さんと一緒に荒野や森の中や砂漠に行って、緊急避難所を作ってそこで生活し、火をおこして、水を消毒し、あらゆるサバイバルの基本を実践して、あのような年齢からそういうことだけをして。神様は人々が技術を学び、主が再臨するときのために色々なことを学ぶようにして準備していました。出発に備え、生き残りに備えて。面白いですね。これは本当の祭日です。私たちが祝っているクリスマスやイースターではなく、ハロウィーンもそうですが他のお祝いではありません。それはユダヤ教でもキリスト教でもありません。この祭日こそ本当のユダヤ教です。イエス様もこのような祭りの間に活動しておられました。テントの中で生活して。このような伝統の中で育てられました。

レビ記23章にはこのようにあります。
「初めの日に、美しい木の実と、なつめやしの枝と、茂った木の枝と、谷のはこやなぎの枝を取って、七日の間あなたがたの神、主の前に楽しまなければならない」

外に出て家族と楽しみます。家族としてそれを行います。家族の行事として。子供たちを連れて行き、そとで建物を作ります。一週間生活して、一緒にたべ、一緒に楽しみ、神様の臨在の中で神様の被造世界の中で過ごします。毎年これをやりたいと思う人は何人いますか。子供たちと20歳、21歳になる頃まで毎年これをやれば、サバイバルの基礎がすべてわかるでしょう。荒野で生存することの基礎がすべてわかるでしょう。主が再臨するときに、後ろポケットにいつもそれを持っていればどうでしょうか。ですからそれは、どのようにして準備して神様の約束された祭日に従うかを聖書的に理解するということです。

祭日には神様の理由があります。ただのお祝いだけではなく、教育です。神様はそのような祭日を作ってイスラエルの人々が教育されるようにしました。なぜなら、神様は地上に神の王国を作ろうとされていたからであり、人々は移動の準備をし、荷物を持って出る準備をし、患難に備え、前進するときのために備えなければならないからです。それが今、どれだけ深刻でどれだけ重要でしょうか。私の子供たちは外で寝ていて、今日でそれが終わりますが、彼らは本当に1週間外で過ごすのです。家族用のシェルターの中で。

それで神様のみ言葉に戻りますが、私たちが知っている異教徒の祭日から離れてみると、象徴の言語というものがどれほど強力なものであり、私たちの行動すべてにどれだけ影響を及ぼしているでしょうか。私の下の息子も今日、ポケモンのことを話していました。私も知りませんでしたが、ポケモンにも最高レベルで伝説の家とか何とかいうものがあって・・・とにかくポケモンが行く変な家みたいなものがあるのですが、その中に何があるかというと、バフォメットの五芒星があります。

それで、お父さんのシンボロジーの講義で見た後にそれを見たと教えてくれました。ポケモンで、白と黒のタイルがあってバフォメットのペンタグラムもありました。その絵を見つけたら見せてあげましょう。これらは、象徴の言語を小さな子供に植え付ける、ずるいやり方です。なぜなら彼らは影響を受けやすいからです。彼らがそのようなイメージを頭の中に入れられて、そのイメージに肯定的な解釈をするようになった場合、彼らが成長してそのイメージに出会うと自然とそれに親しみを感じるようになります。そして脅威を感じなくなります。それが危険なものだと分かりません。セックスカルトや乱交的シオージック思想、深いレベルの神秘主義、女性の搾取、赤ちゃんの殺害、子供の肉を食べることにつながっていることが分かりません。しかし、彼らは子供に対して並行してかわいい姿を提供しています。

しかし神様の祭日は、別のシンボロジーを与えてくれます。そこには私たちが実践し学ぶ、違った原理があります。どのような原理かと言えば、子供と一緒に出掛け、家族と一緒に出掛けるということです。神様と心を通わせるという課題を持って外に出るのです。どこに出るかというと、荒野です。人々が恐れる場所です。そこに行って安らぎを探し、罪を克服するために神様を探します。ちょうどイスラエルの民が罪を克服するためにエジプトを離れたように。彼らは確かに荒野でたくさん罪を犯しましたが、彼らは罪から逃れるためにエジプトを旅立ちました。そしてそこに行き神様と暮らし、子供たちと暮らすのです。

みなさん、メイン州への旅がどれほどすばらしいものだったか思い出してください。私たちの隣にはあの小さな山がありました。私たちはあらゆる音を聞くことができました。みなさんのいびきも聞こえました。奥さんと愛し合っていたら、私にも聞こえています。本当ですよ。みんなメインで疲れてそれどころではなかったですね。しかし、あの旅行のなんと素晴らしかったことでしょうか。それはまさに幕屋に住んでいるようでした。みんながテントの中に、小さなシェルターの中にいました。もちろん50デニールのコーデュラナイロンがありましたので、まったくインチキですが、私たちはシェルターの中にいました。

しかし、神様を信じる人々の中で暮らすことがどれだけすばらしいことでしょうか。毎日どんな素敵なことがあったでしょうか。あるときは子供たちが一日中友達と遊んでいました。それで食事の時間に何があったでしょうか。みんなでキャンプファイアーを囲みました。旅行中、自分たちの子供を家にいるときよりもたくさん見たという親はどれぐらいいますか。なるほど食事の時に、ですね。子供たちは遊びまわって楽しみました。夜、料理のとき、家族みんなが集まりました。夜、子供たちが火の回りに集まりました。子供たちと1対1の素晴らしい時間を過ごしました。

神様は家族と外に出て自然の中に行くよう命令します。逃げ場のない荒野の中に入るのです。シェルターを作るという目的を持ってそこに行きます。そして神様と心を通わせて1週間自立しその土地でやっていきます。そこでお父様がなぜそのようなことをたくさんされたのかが分かるのです。これはお父様の日常の生活様式の一部でした。なおかつ神様は仮庵の祭の中でその命令をされています。

私たちがグローバリズムの思想と体制から出ようとすると、世界はまさに変動しようとしており、大きな革命が起ころうとしています。トランプ革命は非常に大きなものです。アメリカは主権のために戦っています。私たちは共産主義体制の中で生きたくありません。もちろん、ですから彼らはロシアと第三次世界大戦を始めようとしています。ロシアも共産主義体制を望んではいません。しかし、しかしこのようなあらゆることにおいて、サタンは戦っています。みなさん、サタンはその力のために戦っているのです。それは戦いです。

もちろん、天一国は反対です。それは権力の中央集権化をさせません。それは子供の殺害、堕胎をさせません。中央集権的な大衆の教育または教化をさせません。中央集権的な土地所有、または政府が土地を所有するという公的な土地所有をさせません。父と母の家庭を推進します。合法的に他のタイプの新しい性別を推進することはできません。個人資産の権利を守ります。武器を持つ権利を守ります。市民が王のような権利を持つ権利を守ります。

それは世界観だけでなく、それはすでに植えられている種であり、収穫され大きな木になります。それは実現します。実現しようとしています。神様は既に非常に多くの人々を奮起させています。彼らがその種が植えられていることを知っていようと知っていまいと。鳥は種が植えられていることが分かりません。鳥はそれが真に成長してからわかります。人々はまだ天一国憲法が大気の中に放たれたことがわかっていません。

しかし、神様は霊において、超自然的な方法で非常に多くの人々を準備しておられます。準備されているコミュニティはみなとても熱心なキリスト教徒です。中央集権的な教会が嫌いなキリスト教徒です。中央集権的な宗教に従うことを望まないキリスト教徒です。神様に対する聖書的な理解をしたいと望む人々がいます。彼らは神様との関係性を求めているのです。彼らは異教徒の祭日でなく、神様の祭日に従いたいと思っています。面白いのは、天一国憲法のことを聞いたことがなくても、またお父様のことを知らなくても、このような人々が準備されているということです。大気と霊界は準備されています。

私たちが先祖解怨に向けて進めば、すべての幼い子供、サタンなどへ捧げる儀式で殺された子供、そういったすべての子供の解放が成されれば、大規模な転換が起こるでしょう。私は良くなると言っているわけではありません。サタンが力を奪われたら・・・。私はその日にすべて世界が平和になると言っているのではありません。おそらくもっと悪くなるでしょう。おそらく悪くなります。良くなる前に悪くなります。もし3年前にみなさんにそれを言っていたら、頭がおかしいと思っていたでしょう。今になってABCとNBCが報道しています。私たちは動く準備をするのが賢明です。準備してください。テレビでああいっているからこういっているからと真に受けるのは愚かな者です。

天聖経2298(英語)を見てみます。これを一緒に読みましょう。

「創世以後今日まで、宇宙的な勝利の一日を迎える事ができなかった神様は、地上の人間を通して、願われた勝利の日を迎えようとしていらっしゃるのです。それ故に、地上の人間たちがその日を探し立ててさしあげる事ができなければ、この地で人間を蹂躙しているサタンを処分する事ができないばかりでなく、天上で神様に人間を讒訴しているサタンの勢力も退ける事ができないのです。それ故に、神様は、いかなる苦労も意に介される事なく、いかなる犠牲も意に介される事なく、いかなる闘いも意に介される事なく、きょうこの時間迄、皆さん個人個人を立てる為に盾となっていらっしゃるのです。

 これを見れば、私たちは、神様の希望とは何かという事を知る事ができます。神様は、皆さん個人個人を立てられ、人間を堕落させた怨讐サタンを分別して、サタンが主管する悪の歴史を終結させようとしていらっしゃるのです。

 私たちは、そのような神様の希望を成してさしあげ、天の前や万物の前に堂々と立つ事ができ、神様に勝利の栄光をお返しできる人間にならなければなりません。そのようになってこそ、苦労してこられた神様の摂理の目的が成し遂げられるようになるのです」

みなさん、今は深刻な時です。神様は今私たちに呼びかけておられると思います。もし私たちが十分用心していないのであれば・・・。もしかしたら私たちはもっと準備すべきだと分かっていてもそうでなかったかもしれません。神様は今日、私たちに何を伝えようとされていると思います。

患難のときにおいて、それは過ぎていきますが、しかしまた神様は確かに自分の民に生き延びて欲しいと思っています。私もみなさんに生き延びて欲しいと思っています。ですから、私たちにとって、コミュニティと関係性が非常に重要です。経済が崩壊し、戦争が起こり、そういったすべてのことが起こる困難な状況ではこれらが重要であり、そのすべての中で私たちを支えるのは関係性なのです。

もちろん、神様は私たちをお互いに祝福してくださいました。世界には、実際にこのコミュニティに入っていなくても世界中で聖域(サンクチュアリ)を作っている人々がとてもたくさんいます。ですから私たちは彼らと共に祈り、彼らとネットワークを結び、彼らを助ける必要があります。また、神様の視点に帰り、神様の観点に帰り、神様の見方に帰り、神様の被造世界に帰る必要があります。お父様は私たちが被造世界に帰るように呼びかけておられます。被造世界に帰り、知識と理解を得て被造世界に対する恐れを乗り越えるのです。神様に帰りましょう。
アーメン。

翻訳:BAMBOOS
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