ウェスリー・サムエル世界聖和式-亨進様スピーチ

 
2016年10月2日に行われたウェスリーサムエル氏(43家庭)の世界聖和式において文亨進様が語られたスピーチです。

HYUNG JIN NIM’S WORLD SEONGHWA MESSAGE
For Wesley Samuel – October 2, 2016  文亨進

 

私たちは、ウェスリーを称えて世界聖和式を行うことができることを非常にうれしく思います。彼は真の男性であり、真の神の勇士です。彼に贈る揮毫は「天勇士歸父」です。それは、「天の勇士が今お父様のところに帰る」という意味です。

私は個人的にはウェスリーのことをよく知りません。あなたの家族は80年代にニューヨーク地区にいたのですか?あなたたちは80年代にニューヨーク地区にいましたか?ウェスリー・ジュニアという名前の息子がいますか?いるのですね。そしてベルベディアの近くにいましたか?わかりました。あなたたちを覚えていますよ。みなさんのことを本当に覚えています。あなたはドラムを演奏していましたよね。私もみなさんを覚えています。「あのウェスリーの家族だろうか」とずっと思っていました。驚きですね。ああ、もうあの頃から何年もたちました。何という祝福でしょう。そのようにつながっていたとは知りませんでした。

私たちはとても感謝しています。なぜなら、ウェスリー・サミュエルが霊界に旅立とうとしていると聞いたとき、それで私たちは彼の経歴を聞きましたが、彼は43双の祝福を受けていました。周藤、神山、久保木といった人々と同じ歴史的な祝福です。合っていますか?(はい)それで、なぜウェスリーのことをあまり聞いたことがなかったのかということが、いつも心に強く残っていました。なぜでしょうか。久保木や神山のことはよく聞きました。

霊界に行く前に結局お父様を冒涜し、裏切った人たち。すべての栄光と祝福を受け、物質的に、肉的霊的に、並外れて社会的にも祝福されていました。人々は彼らを正に偶像として崇拝しました。そして結局彼らは、地位やお金を手放すことができませんでした。彼らはできなかったのです。みなさん、それは不名誉と恥です。

侍や勇士の伝統を持っているとすれば、それは大きな不名誉です。ところが、何の栄誉も称賛も受けずに、お父様に仕え、お父様のために死も厭わない謙虚なアメリカの男性がまったく目立たないところにいました。私はそれを聞いたとき、本当に心を打たれました。なぜなら・・・。みなさんがご存じのように私は真実を話さなければなりません。不愉快なことであったとしても。私はとても優しい人間です。意地悪ではありません。本当に優しい人間です。私は一番年下です。一家の赤ちゃんのようなものです。意地悪になりたくありません。しかし、意地悪になることと正直になることには、本当に大きな違いがあります。とても大きな違いです。そしてたとえ気持ちを害することであったとしても、真実を語らなければならないときがあります。それが正しい行いだからです。評判が悪くても、そのために嫌われると分かっていても。そのために分裂をもたらす者と呼ばれることになります。あらゆる呼び方をされるでしょう。神様の形に作られた人間が、自分の魂をサタンに売るかどうか決断するときが来ます。立場や地位、世界的な称賛と栄誉のために魂を売るのか、それとも嘲られ、迫害されたとしても神様と共に立ち上がるのか。それは大きな違いです。

ウェスリーのことを天の勇士と言いましたが、彼は揺るぎない信仰の謙虚さを通して真に手本となる人物でした。エペソ人への手紙6章には「悪魔に立ち向かうために、悪魔の力に立ち向かい、怖気づくことなく神の武具で身を固めなさい」とあります。「というのは、神がわたしたちに下さったのは、臆する霊ではなく、力と愛と慎みとの霊なのである」。(テモテへの第二の手紙1章 7節)

私はそのような勇士と共に立つことができたことを感謝しています。なぜなら彼が行ったことは、とても評判を悪くすることだったからです。彼は、立ち上がるには最も厄介なときに立ち上がりました。お父様のために立ち上がりました。冒涜に立ち向かって立ち上がりました。個人的なレベルでも、ここにおられるウェスリーのご家族を見れば、私の家族とは何と著しい対照でしょう。イエス様はおっしゃいました。「私の父の御心を行う者が、私の母であり私の兄弟である」。みなさんは自分たちの父親の望みをかなえようと求めました。彼が亡くなった後、彼の望みを果たそうとされました。地位が問題ではなく、立場が問題ではなく、人々がみなさんに言うことが問題ではありありません。みなさんの望みは、お父さんの願いのために尽くすことです。真の子供とはそういうものです。それが、真の子供がやらなければならないことです。子供がそうせずに立場、権力と名声を追い求めるなら、それらは束の間のものでありいつも滑り落ちてしまいますが、それを最もよくつかむ者こそ、サタンが与えた地上の喜びと約束を失うばかりか、永遠にキリストと離れて生きるようになります。ですから私は深い悲しみを覚えます。

ここに来たのが初めての方も多いかもしれません。私は実の母親に戦いを挑まなければなりませんでした。それは、彼女の夫であり主でありキリストである方が、彼女にしてはならないと言ったことをしたからです。そして、それが彼の相続者としての私の責任なのです。それは苦痛だったでしょうか?そうです。彼女の愛する息子として、それは苦痛だったでしょうか。それを信じたほうが良いです。信じたほうが良いです。お父様の相続者として、そしてお父様が任命された後継者として、私には選択の余地がありません。自分の魂を売って権力とお金に身を捧げるか、それとも正しいことを行い、そのすべてから身を引いてお父様に対する自分の名誉と約束を守るかのどちらかです。この部屋にいるほとんどの人が(そのようなレベルの誘惑に)遭遇することはないでしょう。

私は、とても信じられないほど困難な時にその食口たちと知り合ってとても感謝しています。自分が知りもしなかった人々の中で、どこからともなく現れて、自分のやるべき責任を果たすときに。自分が立派だからとか、自分が良い人だからとかいう理由ではなく、お父様を愛し、お父様のみこころを愛するからです。そして、おそらくステージにいる私たちを集まって見ていたぐらいしか、私と個人的関係のなかった人たちが、戦いの場で共に手を取って立ち上がりました。馬鹿にされ、打たれながら。

信じてください。そのような人々と共に立ち上がることができたことは、私の人生で最高の喜びでした。なぜならこの人々は真の愛を持っているからです。彼らの愛は「ああ、すべてを愛しましょう」という相対主義者の偽りの愛ではありません。サタンの悪を愛してはいけないのです。すべてを愛するなら、つまりあなたはサタンの悪を愛することになり、売春婦に過ぎないということです。

神様をまず愛する人々、彼らは仲間を愛し、お互い関係し合えるように求め、神様との関係を築こうとします。この世の喜びと人々からの慰めの称賛を追い求めるのではなく、永遠の考えを持ち、自分たちの宝は天に蓄えられなければならないと理解しそれを求めます。

お父様は言いました(妻がこのみ言葉を見つけました)。「アメリカは、黒人、ヒスパニック、その後白人を通して復帰されなければなりません」。

存在する同じ天使長の体制、同じ人種差別主義がやってきて、このように最後の瞬間にお金と権力のために自分を売らなかった人々を抑圧するとは興味深いと思いませんか。

私はいつも黒人の兄弟姉妹に対してとても感謝していました。情につけ込もうとかそんな理由ではありません。神様が私に歩ませた路程がありました。私は中学生の頃、とても厳しい格闘技の訓練を始め、非常に激しく行いました。今私がそのようなことをやっていることは、みなさんご存知です。しかし当時、それは政治的な現実からの逃げ道でした。それが自分たちの生活だったのです(ジャマールがそれについて話したことがあります)。みなさんもその話をしていました。みなさんは自分のお父さんを直接知っています。多くのメンバーが彼のことを公に知っているかもしれません。みなさんのお父さんがどのような方だったかを、私がみなさんに話すというのはおかしなことです。それはとてもばかげたことです。それはおかしなことです。なぜなら、ウェスリーは私のために立ち上がったからです。二代王としての私のために立ち上がりました。彼はお父様が私に三度戴冠させたことを知っています。彼は自分の目でそれを見ました。それを消してしまおうとせいぜい頑張ってください。お父様はそれを二つの大陸で行われました。彼は、私が嘲られ、馬鹿にされ、蔑まれ、反逆者、親不孝者などと呼ばれているときに私のために立ち上がりました。そして私はなぜだろうと考えました。私はそれを人種の問題にしようというつもりはありませんが、歴史的に見て、お父様が地上に(そして黒人のコミュニティに)おられたとき、(たくさんの牧師の支持がある中で)支持していたのは大部分が黒人のコミュニティからであったのはなぜでしょうか。彼らが完璧だと言っているのではありません。白人の牧師がいなかったと言うつもりはありません。もちろんいました。しかし、黒人の牧師が大部分でした。

私はいつも黒人のコミュニティに親しみを感じていました。私を知っている人はみんな知っていますが、激しい武道のトレーニングをするとき、より強い人たちとたくさん一緒に訓練します。コネチカット州 ウォーターベリーでトレーニングしていたときも、ニューヨークやニュージャージーで強い人とトレーニングしていたときも。みんな強い人たちでした。それで、私たちの歩みの中で大きな祝福がありました。

神様は私たちを、ポロをやっているエリート、それからヨットクラブやゴルフ(ところでこれはスポーツではありませんが)などのそういう人々だけと同席させませんでした。ウェスリーの家族は私に同意しますね!しかし、神様はそのような背景ではない、戦士と一緒に訓練し、汗を流し、血を流さなければならないという祝福を与えてくださいました。それは本当に途方もない祝福だったのです。神様がその恩寵をどのように与えたかと考えてみると、それは実際その苦難と抑圧の歳月から出たものですが、何世代もの黒人が耐えてきたということです。
もちろん黒人の家庭が連邦政府(天使長)によって破壊される前には、霊的文化がありました。自分の父の望みを尊重しそれを守るというキリスト教の強い霊的性質がありました。それは多くの少数派のコミュニティにおいても同様だと思います。韓国人のコミュニティでもとても重要なことです。

(結果として訪れた)そのようなあり方、そのような現実に直面し、それを経験した人が、ただうまくやって付き合って行けば良いという誘惑を受けるというのはおかしなことです。つまり自分が何十年も崇拝し従わなければならなかった体制に対抗して立ち上がるのか否か、自分の友人をすべて失ってまで、世界中の嘲笑の的になってまでそうするのかということです。なおかつ、「いいえ、私を殺しても、それをやるつもりはありません」と敢えて言うことを選ぶということです。それは本物の男でなければできません。本物の男でなければできないのです。そしてお父様は本物の男を愛しておられました。周りの空気や政治的正当性に迎合する人ではなく、「悪魔が自分を何と思うか気にしない。共産主義者になるぐらいなら死んだほうがましだ」という人です。

このような心情と正義、その正義は独善ではなく愛に基づいた、キリストに対する熱烈な愛に基づいたものであり、その愛は文明を築く愛です。その愛は文化を築く愛です。それは何世代にも受け継がれるものを築く愛であり、今一緒に生きている人だけを喜ばせることを求め、誰も苛立たせることもなく大衆とうまく折り合っていくことを求める、はかない愛ではありません。そのような人々は歴史の中で忘れ去られます。忘れ去られるのです。

しかし、ウェスリー・サミュエルのような人。彼はおそらく真のお父様の権威にもどった唯一の43双祝福家庭でしょう。他のすべての人物、彼らは知っています。自分たちが罪を犯したことがわかっています。しかし、彼らは深く潜り込んでしまいました。彼らの手は血まみれです。もう戻ることも難しいでしょう。背信の皮肉、不名誉の皮肉は、長くしがみついていればいるほどその嘘から抜け出すのが難しくなるということです。

不義を見定め不義を不義と呼び、愛において神様と共に立つのは賢い人です。ウェスリーはきっとみなさんの多くに声をかけたことでしょう。ひょっとしたらコーヒーを買ってくれようとして、会話したことでしょう(またはビデオで見た人もいるでしょう)。「彼は頭がおかしい。ボケたんだ」といった人もいるかもしれません。別の場所で以前それを聞いたことがあります。それを聞きました。「彼は本当に恥さらしだ。もう死期が迫っている、ひどい話だ」。あなたもそのようなグループの中にいたかもしれません。あなたも彼の訴えを聞き、彼の言ったことが真実だと分かっているグループの中の一人かもしれません。彼は嘘をつくような人ではありません。あなたにも分かっていました。しかし、もしかしたらとても怖かったのでしょう。怖かったので「そうだ、善と悪には違いがある。そうだ、お父様の願いと私たちにするなと言われたことには違いがある」ということができませんでした。同じではありません。

または、自分の行動を正当化しようとしている人もいるかもしれません。心理学的に分析して、自分の心からこの方を隠してしまうのかもしれません。顔を立てるためにここに来て、姿を現しても、偽物です。自分が詐欺師だと分かっています。そして、ウェスリーが率直に話す人であったなら、愛をもって同じことを言うことでしょう。

王国はお父様のみこころを行う者によって引き継がれます。ただ友達と仲良くする人によってではありません。残念です。神様の文明と王国は、関係性を維持しようとする人だけによって築かれるのではなく、王の王との忠実な確固とした関係を持ち、どんなものに代えてもそれを売り払うことのない人によって築かれます。目の前にどれだけお金を置いても、どれだけたくさんのステータスシンボルを置いても、私たちには永遠の命があるので、私たちにとってそれは何の意味もありません。そして私たちが所有しているのは、生きた神様、王の王、天のお父様との関係性なのです。

私はこれについて祈っていました。なぜなら、ウェスリーのことを祈っていて次のことを聞いたからです。これは唯一の確信的な霊的体験です。つまり、彼は愛に満ちているということです。それはまるで神様のように。サンクチュアリにいるみなさんと同じように。しかしまた、善と悪の違いということについても明白です。原理の基本でも知っているなら、悪から分立することができなければなりません。大衆文化や相対主義の思想に毒されないでください。それは自分を騙すことです。正しいことは何か、善と悪の違いは何か、お父様のみこころとは何か理解してください。この場合、お父様はみなさん全体のものですが、直接的には私のものです。つまり、お父様は私に王権を相続させたのです。

私は自慢するためにそう言っているのではありません。事実を言っているのです。私はこの中継を見ている誰よりも、あるいは家庭詐欺連合の誰よりも比類なく、お父様の代理を務める資格があります。なぜならお父様が私を「テシンジャ」として任命されたからです。それは代身者、肉的代身者という意味です。それでも相対主義の世界でなら、自分の証言が私のものと同等だと思うかもしれませんが、それは間違いです。イエス様は「わたしを見た者は、父(文亨進師が上を指す身振りをされながら)を見たのである」(ヨハネによる福音書14章 9節)と語られました。私を見るとき、あなたは(文亨進師が聴衆を指す身振りをされながら)お父様を見たのです。私はお父様の伝統を持っており、それを捨てたりしません。

そうは言っても、確かに私たちは悪に対して少し手荒です。しかし、善に対してとても愛情を持っています。それは本当です。私の話を聞くのが初めてなら、少し苛立ったかもしれません。それは大丈夫です。心の広いみなさんは、きっとそれを受け止めて消化できると思います。しかし私は、このような人と共に立てて感謝しています。戦列に立ち上がった、ここにいる他のサンクチュアリ人の方はみな、正しいことをするためにすべてを捨てました。

そのような男性は、男性も女性もですが、私と共に父の家にいるでしょう。お父様が相対主義者であったなどと、うそぶくことはしないでください。あなたがお父様をないがしろにするなら、すぐさまお父様の家から追い出されます。(溜息)人々は私のお父様をよく知りません。ウェスリーは知っていました。彼は本当のお父様を知っていました。お父様を自分の想像で描かないでください。お父様は本物です。真実です。お父様は、恵みと慈悲と愛に満ちておられます。しかし、不正に対してはほとんど容赦されません。

お父様は忍耐強く、優しい方です。しかし、善を呼んで善とし、悪を呼んで悪とする(訳者注:イザヤ書5章20節の逆の表現)ときになれば、慈悲はありません。みなさん、ごまかされないでください。みなさんはお父様の実の子供ではありません。みなさんはお父様の相続者ではありません。みなさんは、とりわけ私の証しに耳を傾ける特権を持っています。なぜなら、私には真実を話すことで得るものは何もないからです。

サミュエル家のみなさん、ありがとうございます。ありがとうございます。みなさんはすばらしい人たちです。お父さんを愛し、誇りに思ってくださってありがとうございます。昨今ではなかなか見られないことです。このようにしてくださってありがとうございます。みなさんは、((聴衆に対して)拍手を止めてください。今彼らに話しているところです)みなさんは私にとって本当の家族です。ありがとうございます。お父さんと共に立ち上がり、彼を称賛してくださりありがとうございます。

(簡単に)お祈りしても良いですか。みなさんご起立ください。

祈祷

天のお父様、み名が崇められますように。み国が来ますように。みこころが天で行われるように地でも行われますように。お父様、心から感謝いたします。今日あなたが、真の息子であるウェスリー・サミュエルと共にあってくださることを心から感謝いたします。お父様、謙遜な男性である彼は、真実の人であり、正義の人であり、信仰を持って従った人です。試練と苦難の中であなたと共にあった人であり、多くの浮き沈み、サタンの攻撃、裏切ったいわゆる友からの嘲りの中を疑うことなく通過した人であり、しかしそれにもかかわらず、あなたの王国を崇拝しようと求めることを永遠に怠らない立場に立った人であります。

お父様、私たちはこの戦いを繰り広げるために地上界においてウェスリーと共に歩むことができたことを心から感謝いたします。この混乱と患難の最後の時、全世界もその縮小体においても戦いが起こり、その戦いというのは、たとえそれが死を意味するとしてもあなたを守ろうとする人々と、指導者と信仰を装って政治権力と金銭的利益を追い求める人々との間の戦いです。そういったすべてのものの間で、私たちの非常に幼い子供たちは、自分たちの目の前にある現実に対して耳と目をふさごうとしています。その現実とは、彼らが崇拝するお母様がお父様を裏切られたということであり、すべての人の身にこたえ、とりわけそれが起こるのを目の当たりにしなければならなかった子供たちにとってこたえる現実です。

お父様、私たちは、あなたのみ言葉が真実であり、あなたのみ言葉が明らかであることを知っております。あなたの宣布は真実であり、あなたの宣布は明らかです。そして、あなたは地上におられる間に、三代王権を既に祝福されました。そして、あなたはキリストの種を通して、来るべき神様の王国の摂理が王権を通して進むことを決定されました。

バビロンでもエジプトでも、アッシリア人と共にあなたを見捨てたのは選民でした。政治的に有益であったり、それを行うのが大衆文化であったりしたときはいつでもそうでした。しかしお父様、あなたの摂理は、残った人々、あなたに信仰を持ち続け、恐怖からではなく愛と尊敬と名誉から主なる神様を畏れた人々を通して働きました。それはまるで、真の勇士が、名誉と尊敬のためにその主人、つまり自分を訓練し武器を持たせた方であり、心情を注いでくれた方を気づかうように。それは本当に貴重なものです。

そして、私たちは多くの彼らの手が、他人から盗んだ、日本のメンバーから盗んだ不正なお金で汚れているのを見るのであり、彼らは自分たちが偽りに満ちているのを知っているので、自分たちの心の中でこれらのことを正当化しようとしております。お父様、その嘆かわしい現実の中で、少数の人々がその地位と権力構造を見抜き、宗教を超えた関係性に決定し、あなたとの永遠の生活に決定しております。家族を満足させ、現状を満足させることに反対して。

ここにいる私たちは愚かな者ではありません、お父様。ここに立つ一人ひとりが、戦いの傷を負っていますが、私たちは自分たちが受けたすべての打撃を感謝しています。なぜなら、私たちにもたらされるすべての嘲りと罵りによって、あなたに対する愛と献身は強められるだけだからです。それは私たちに、私たちができることは少ないのですが、あなたが歩まなければならなかった一万の十字架と、拷問と戦争の道についての新たな共感を悟らせてくれます。そして結局、私たちは自分たちがまったく立派ではないことがわかるのです。私たちは、キリストの受難の計画において、あなたの愛が偉大なものであり、あなたの犠牲、あなたが私たちのために流した血、そして、未来の王国の住民と、あなたがこの地上に建てられた王権に引き継ぐためにあなたが与えられた血統が、偉大なものであると悟るのです。

お父様、ウェスリー・サミュエルがこれらのことを目撃してあなたと共にいることができることを心から感謝いたします。お父様、彼が謙遜な人であることを、またおそらくそのような言葉を聞くことを望まないであろうことを私たちは知っております。お父様、このような報告をあなたに、真実に、正直に捧げることは、私たちの心からの大きな喜びです。彼が送った生涯は、最後まで困難な物でした。あなたの元から決して離れなかった彼の生き様は、お父様、天一国文化の愛の根であります。

私たちはこのような人物が天一国において記憶されることを祈ります。それは、大衆の圧力に屈せず正しいことを行い、すべての失っても高貴で正しいことを実行した、このような人々です。サミュエル家が、彼らと親しい人々から、またそれほど親しくはなくても彼の行動を通して私たちの前にある方の人となりを理解することのできる人々から今日受けた言葉を噛みしめることができるよう祈ります。

ウェスリーは、第一の先祖として、(最も困難なときに)神様の前で義に立ち上がったのであり、彼が預言者と聖人の一人として今後何世代にも渡って記憶されるということが、サミュエル家の永遠の遺産となることを祈ります。多くの人々は、お父様、歴史を通じて生きたとしても、それを変えるのはほんの一握りだけです。私たちはあなたの手の中に入ったことを感謝いたします。その手が歴史を動かし歴史を形作っています。私たちは、このときにあなたと共にあることを感謝いたします。そして私たちは、ウェスリーが今、霊界において自由になったことを非常にうれしく思います。彼は自由に、お父様、彼の子孫たちと共に働くでしょう!お父様、彼は自由に、虐げられたメンバーを助けるでしょう。彼は軽んじられ、忘れられていたのです。彼は自由に進んで行き、「柔和な者が血を受け継ぐ」と勇気づけることでしょう。そしてそれが「神の御国は来る」という神様の約束です。

私たちは、そのようにしてあなたが彼を用いることを、すばらしいことが起こるために再臨復活するように彼を用いられることを祈ります。そのすべてを通して、お父様、私たちがいつも注意深くあるようにしてくださり、霊界でのウェスリーの努力によって起きるすべてのすばらしいできごと・・・。私たちは、彼が「すべての栄光があなたにあるように」と望んでいることを知っています。

真の息子、真の兄弟をあなたに感謝いたします。
天の勇士がお父様の王国に帰ります!私たちは、あなたと共にあります。より一層強く、そしてあなたは私たちのそばを決して離れないでしょう。
ここにおいて私たちは天の前に報告いたします。ここに集った各家庭の名前において、そして三代王権の名において祈ります。アージュ。アージュ。アージュ。ありがとうございました。

翻訳:BAMBOOS

にほんブログ村 哲学・思想ブログ サンクチュアリ教会へ
にほんブログ村

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

%s と連携中