サンクチュアリを選んだ二世牧会者(米国)の証 (全文)

  
アメリカ家庭連合の州リーダーの息子であり、自身も地元教会の牧会者だった二世のダン・ハチャーソン(Dan Hutcherson)さんの証です。

サンクチュアリへの路程 ―若き家庭連合青年への公開書簡

 2016年9月21日  ダン・ハッチャーソン

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不思議な展開に巻き込まれた自分がいます。もう30才を迎えようとしています。ですから、お父様の御聖和のときもはっきりと覚えています。その瞬間その夏こそ私の意図せぬ霊的彷徨のはじまりでした。

 教会運営の背後で起きる様々な政治的駆け引きは知っていました。私自身もお父様の御聖和の日にたまたま地元の教会の牧会者の任命を受けました。振り返ってみれば明確な天の導きを感じます。しかしそれは私が信仰と良心に従ってサンクチュアリ教会を選び、家庭連合を離れるときに明らかになりました。

 去年一年に私が体験し変革したプロセスは多くの若い皆さんも体験することでしょう。まず自分が正しいとの思い込みからの(サンクチュアリに対する)否定、つぎに悩みの時期、次に来るのは受容と知識と事実の取得、そして最終的に真の自由とすべての責任を獲得する。

 今年も(家庭連合での)燃えるような信仰ではじまりました。もちろん自分の中でも葛藤も抱えていました。この証は若者の観点から若者に向けて書かれたものです。その意味では希少だと思います。一世に関しては特に心配していません。信仰と真理に関して自分というものを持っているからです。

 むしろ若い世代の人々の将来について私は心配しています。教会の問題を深刻に捉えてそのごたごたの向こうに神様を見出すことができるのなら皆さんは私が皆さんと同年代の頃よりずっと信仰において成長すると思うのです。今となっては振り返れば納得できることもその最中にいるとはっきり整理がつかないものです。

 私が特別だというつもりなどありません。私の暮らす州の最年長の二世の実践メンバーとして普通に家庭連合の中で育ってきました。いわゆる「良き食口」としてあらゆる教会の行事を積極的にこなしてきたのでした。私の母は長く州のリーダーを務めていました。ですからみんなの来る前から教会に出向き皆が帰った後も遅くまで教会に残っていました。教会の平和活動関連もすべてこなしてきましたし地元で実践チームW.A.I.T.を立ち上げたりしていました。

 清平にも幾度も通いました。すべての式典に参加し、青年活動を取りまとめることもありました。修錬会では講義もしましたし原理講論セミナーでもスタッフとして参加しました。真のお父様のマッチングに参加し、十一条献金も欠かさず行い、地元教会の牧会者にまでなったのでした。

 成人し大人になった今、信仰生活に直接責任を持つ年齢になりました。 友人の理解を得られなくても、また将来の仕事の雇い主がこの手紙をインターネットで読んだとしてもそれは一向に構わないのです。信仰ゆえに否定されてもそれは相手の自由です。

 これまで自分は自由な考えを持つ若者だと錯覚してきました。そのくせ統一教会に対して口には出さない不満を抱いていたことも事実です。

 率直な話をすれば、もし両親の存在と人生の目的、人間の堕落と歴史に関する教会による体系的、論理的な教えがなければおそらく私は無神論者になっていたのではないかと思います。 神様については曖昧でむしろ不可知論者でした。個人的に神様を実感するようなことがなかったのです。

 サンクチュアリへの転身は驚嘆すべき解毒( detoxification)の過程を経ました。これまで生きてきて初めて神様を深く哀しく体験したのです。教会での私の「善き行為」だと思ってきたことが自分の信仰路程において何の意味も持たないこと、絶対的なまでに無価値であることに気づいたのです。これまで信仰とは統一教会での信仰だと信じて疑ったことはありませんでした。おそらくいまもほとんどの人はそうでしょう。

2012年夏
 
2012年清平において私の個人的、霊的な旅が始まりました。妻と一緒に40日学生修にいた時のことです。他のことはよく覚えてませんが講師が言った二つの言葉にハッとさせられました。彼はこう言いました。

「私はクリスチャンです」
「あなたはすでに持っている権利を再び与えられることはありえない」

もちろん私はイエス様を信じてはいましたが、一般的にイエス様とクリスチャンをより優れた神学を持つ自分たちより時代遅れのものと見下していました。自分の中に聖書を古いものとして否定さえする部分もありました。しかし講師がぶっきらぼうに「私はクリスチャンです」と言い放つことで私の本質に気づかせてくれたことを今感謝しています。お父様は革新的クリスチャンであるのでイエス様を否定するいかなる食口もじつは知らないうちにお父様を否定しているのです。

その後2年ほど聖書とその秘密―お父様のみ言だけが解明することのできた秘密―に関して心を開くようになりました。今でもゴスペルミュージック以外の音楽はほとんど聞きません。他の音楽業界はすべて世俗化しています。

その修練会以前には「市民の権利」に関してそんなに考えたこともありませんでした。講師の話によると、イスラエル民族に神はアダム、エバ同様、直接の祝福が与えられたが彼らが後に非原理的な宗教、経済、政治的な影響を社会にもたらしそれが一旦自由の身になって荒野に出ていった彼らを奴隷制に押し戻すことになったということです。その後2、3年、天の政治の真実を探し求め、政治哲学を勉強しました。

その夏、清平から戻り地域の教会の牧会者として出発しました。1世が築いた土台の上で儀式的で義務観念の強い、独善的精神から少し抜け出し、不足しがちだった自由な息吹を感じることのできる人間関係を目指そうと思ってました。

もし誰もドアで迎え挨拶する役をしたくなければそれでいいし、牧会者と共に活動したくなかったらそれでも構わない。誰も献金したくなくても、教会にも来たくないならばそれはそれで構いません、と私は言いました。私は自由を愛していました。それぞれの人と家庭が本当に貢献したいと思うことをやればいい。義務感と使命感だけでただやるだけでは全く意味がないと思ったのです。

個人の使命と私の説教

ラビング・ライフ・ミニストリー(訳注:2009年から文仁進米国統一教会会長(当時)の指導のもと始まったアメリカ教会の聖日礼拝)が崩れ去った直後に牧会者になったので、ついに地域の自治的権限を得るよいチャンスが来たと思いました。亨進様がちょうどアメリカに来られ自由と地域単位の運営を語られました。それは自分にとって大いに納得のいくものでした。それで私の地域でもそのように動き出そうとしていました。私は地域のレベルでの自由と責任で新しく変えていくことに希望を感じました。しかし、「亨進様がその『幼さ』ゆえに今までの位置から解任された」というようなことを聞き、「お父様からすべての運動の霊的な後継者としてはっきりと指名されていたのだから、お父様はそのようなことは言われないだろう」と思い落胆したことを覚えています。

しかし私は地域の教会を立ち上げるという決意は揺らぐことはありませんでした。
教会で育ったので、教会におけるトップダウンの命令系統や、暗黙のうちに良心の呵責に働きかけることが頻繁に行われていることはとっくに気付いていました。私は自分の地域をそのようなやり方から切り離すためにベストを尽くす決意をしました。私は盾になり地域が実際にやりたくないことから守りたかったのです。私は世界から国から地域からくる情報をみんなに流しましたが、返答がないということはそこに関心がないということですから、そのままにしました。良きにつけ悪しきにつけ、この地域に自由を持って欲しかったのです。3年間の牧会者の期間に一度だけ最初から最後まで説教をし続けました。それは自分にとって重要なものでした。真夜中にインスピレーションが来て、めったにないことですが説教中にとても情的になりました。

それはノアと息子たちの話でした。1世が家庭連合を築いたことはノアが箱船を造ったことのようだ。長年、見返りなしに捧げてきた犠牲の信仰基台を心の底から認め、讃えたかったのです。しかし若い世代にもノアの同じようなことが起きています。お父様の聖和後、裸で酔っ払っている我々の親を見てどう思うかです。それによって実体基台造成に成功するか失敗するかがかかっています。自分にとってはっきりしていたのは、蘇生期の宗教的箱船という考え方から卒業すべき時だったということです。しかし私は全世界であなどられ、顧みられず、経済的に破綻し、実際命をかけていったその人たちを尊敬します。私はすべての若者にノアの息子たちと同じ過ちを犯して欲しくありません。

沈黙を破って

2015年の初めに亨進様の「沈黙を破って」のビデオが出た時、私たちの教会、地域の様子は一変しました。皆の意識は単なる自分たちのコミュニティを超え、国家レベル、さらに世界レベルで何が起こっているのかと徹底的に調べ始めたのです。その中には私の両親もいました。 私はそこに加わりませんでした。また教会内政治のごたごた騒ぎだと思ったのです。そういうことにはもううんざりしていました。

このころまでには私は様々な政治の世界を通して-少なくとも知的には―神様が働いておられることを理解していました。そして真のお父様は左派リベラルでも右翼的保守派でもなく急進的自由主義者であることを悟っていました。しかしこのように考えているのは私だけだったでしょう。

ところがこの教会問題を見通すことはできませんでした。そこには重い心情的問題が取り巻いていました。私も独善的な一人の人間として、家庭連合の教会員が今も陥っているくだらない習慣的思考にはまっていました。何も聞こうとしなかったのです。すでに結論を持っていたのでいかなる問いかけにも反論できました。すべての教会の問題に私なりの考えを持っていたので、今回もまた同じような問題の一つだと思っていたのです。

ところが両親は世界的にまた霊的探究を進めて真に神様が願っておられることを求めていました。

私自身はそういうことはやってませんでした。教会の問題はまたいつもの教会の政治問題だと思っていたのです。
ところが両親は、神様が彼らに何を願っているのかと求める内的、霊的な探求をしていました。

両親、特に母は、すべての面からこの事件に関するあらゆる情報を取り入れてました。ただ居心地がいいからといって現状の流れに身をまかせることはありませんでした。神の視点を見つけるために真剣でした。もし韓鶴子氏が真の母としてお父様と一つになっていないとするなら―二つの祝福に違いがあるとするならば、それは大変なことだと思いました。

両親は、個人的に条件を立て、それから8ヶ月間、次々と出てくる情報に見入ってました。できる限りのことをしていました。でも私は何もしていませんでした。実際、私はこの時期、両親をそれとなく非難さえしていました。全て時間の無駄だと思ってました。自分は実際に何が起こっているのか分かっているという自分の中で膨れ上がる思いを持っていました。 どちらに対しても全然関心がなかったのです。

 

地獄と自分の良心

2015年10月なかごろまで教会では普通に過ごしていました。両親はサンクチュアリー教会を訪問しお父様の生きた聖霊を感じていました。今はもう世界中のどの家庭連合の教会でも感じることができなくなった真の自由と真の愛をそこで感じたというのです。帰路についたころには両親の確信の度合いは絶対的で鉄のように固まっていました。私はとてもショックを受けました。

私の少し啓蒙された観点から見るとき、両親がムーニーカルト(分派)の黒い羊になったかのようでした。両親がサンクチュアリ教会を支持することに対して(周りから)激しく非難されるのも見てきました。しかしそれに対し、神様のみが与えうる高い心情ですべてを受け止めていることも目撃しました。

その後の2-3か月は説明するのが難しいです。

私は自己中心の地獄を通過しました。以前にも増して内的に荒れました。完全に落ち込み、葛藤を抱えながらいつも眠りにつきました。その間ずっと両親から情を切り離していました。教会の政治宣伝と政治にはまったく嫌気がさしていました。仕事帰りの車の中では感情を出し切るために全身を使って大声で叫びまくりました。私の妻はこの期間私はほとんど(家で)感情を外に出さなかったと言います。

親と一緒にサンクチュアリを支持するか。
それとも親を説得してサンクチュアリから離れさせるか。
親は本当にすべての食口が祝福を受けなおす必要があると考えているのか。
お母様がお父様とひとつでないなどとありえるのか。
一体そんなことを見極めることができるのか。
お父様が築いた全世界の基盤がサタンに取られることなど一体可能なのか。
自分は今ノアの息子のような立場にたっているのではないか。
友達が自分の親のことを知ったらどう思うだろうか。
この騒ぎは一体何なんだ。
神の神聖は一体どうなってるんだ。
どうしてただお互いを愛し得ないのか。
なぜ彼らはこの事態を抑えられないのか。

しかし私の意識の裏側で動きがありました。

この時期多くの夢を見ました。ひとつだけはっきり覚えています。シンプルで疑いのないものでした。夢の中に3人いました。父と私ともう一人です。統一原理に関しては私が最も尊敬するウェルボーン・ロズィアーという人です。彼は教会の問題が起こる前に亡くなっていました。彼が若い頃の姿で笑顔を浮かべ、レンガの壁に腰掛けていました。夢の中で彼は上部の左のほうにいました。

下では私と父が激しく議論していました。夢の意味ははっきりしています。私が中間位置にいることを見せてくれていたのです。それがレンガの壁でした。私に熱心に施してくれた全ての講義を思い出して欲しいとウェルボーンが言っているように感じました。親子関係と血統、特に父と子の関係を思い起こさせてくれたのです。

この期間、霊的な感性を通して見える一週間と言えるものでした。性的なものが浮き彫りになっているように思えました。実際はいつもと変わりませんでした。しかし私の周りの全ての性的な冗談、性的な衣服、性的な会話、性的な冒険、性的な映画、性的な音楽 に対しては特に敏感でした。2世の間で暗黙にそして明らかにそれらの性的な悪影響が受け入れられていることにも気づきました。マッチングとアメリカの一般的なデートにあまり変わりがないと思いました。中学生に純潔を語ることが適切かどうかという議論さえ持ち上がりました。そこにいた唯一の一世が、「我々のみが愛と性に関して正しく語ってあげることのできる人たちではないのか」と発言してくれたことに感謝しています。家庭連合の若い人たちの将来を思うと憂いが深く悲しみの中で一週間が過ぎました。

私たち若者は何も知ってはいないのです。私にも何もわかっていません。知っていると思っているだけです。教会で育ってきましたから。しかし本当に神の心情を実感しただろうか。神様が見つめておられるものに真に思いが行きますか。どうでしょうか。

神の心情と祝福

両親の決断が厚い雲のように私の上に覆いかぶさり、私の人生は激しい嵐に見舞われました。何度か泣き崩れることもありました。わたしたちの教会、国家、世界の悲惨な未来を想いました。神様の悲しみが感じられました。神様が創造された全ての基盤が失われることを思うと激痛のようなものを感じました。この言葉がしょっちゅう浮かんでは消えました。

「プライド(自尊心)によって堕落する」

自分は違う、そんなことはない、などという大きな傲慢さを私たちは持っていませんか。自分自身とても傲慢でした。そのことを心から悔い改めています。私の良心はサンクチュアリーを支持する方向をはっきりと示していました。全ての限りなく浅はかな外的な理由に信仰で踏み込んでいきました。

私はサンクチュアリ側の人を誰も知りませんでした。祝福に関する議論の内容が分かっていませんでした。まだサンクチュア教会の説教は一つも見ていませんでした。ごたごたに巻き込まれたくなかったのです。しかしこれからはとても重要で深いレベルの作業をしなければならないと思いました。家庭連合のものは外的な影響以外何も自分に残るものはありませんでした。

私は地元の(家庭連合の)牧会者をやめました。そして妻とともにお父様の権限に帰る祝福を受けました。祝福式の半ばには頭の中の重荷が取り去られるのを感じました。その時以来、私の思い、心情、人生は変わりました。考え方が変わりました。教会の議論に対する聞き方が変わりました。自分の凝り固まった、居心地の良い、個人的な意見を守ろうとしているのが誰であり、統一原理を大きく具体的に実現させるために(特に血統のために)闘っているのか誰なのか分かってきました。

これから

良心に従い信仰の一歩を踏み始めてから8っヶ月以上になります。神の実在、統一原理、世界で唯一の祝福の価値と重要性に関して熱く心から確信できるようになりました。サンクチュアリに対する恐れとためらいが一つ一つうれしい驚きに変わっています。私にとってサンクチュアリは私がまさに今まで育ってきた教会であり、いつも望んでいた教会だということが確かに感じられます。しかし自分自身が聞く耳をもち、その心の持ち方を変えなければそれは分からなかったことです。自発的に以前知っていた全てのことを置いてこなければなりませんでした。

統一原理、お父様、ご父母様に関する理解は4年前から何も変わっていないということは間違いなく正直に言えます。それどころか今では以前よりはっきりと理解できます。そして全てが生きた実感です。「真の母」に関する問題は騒がしい雑音を超えたところでじっくり話を聞くことなしに理解することはできないでしょう。キリスト教徒にイエス様の使命と十字架のことを話すときと似ています。彼らは聞いていないのです!不必要な恐れに取り憑かれているのです。
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私がそうだったように間違いなく同じ恐れを感じるでしょう。しかし、乗り越えてください。謙虚になり、本心と良心に耳を傾けてください。また祝福を受け直さなければならないと騒ぎ立てないでください。信仰の一歩を踏み出してください。

家庭連合の古い人たちは「宗教」にはまっています。自分たちが作り上げた宗教です。それに気づいてはいません。その宗教の箱舟はとても心地よいものになっています。しかしそれは彼らの”裸のとき”です。何かおかしいと感じているのではないですか。家庭連合の中で起きている分裂はただ悪化していくしかありません。分裂は長い間、等閑視されていた縱的な関係が薄れてきていたことに直接的な原因があります。どうしますか。ひと月でも時間をとってあなたの人生に神様が願われることをなして下さい。

これはあなたの人生です。あなたの信仰生活であり、最も重要なことはあなたにつながっていく血統の問題です。

両親を尊敬し愛してください。しかし情報を得て自分の意思で決断をなした後に、統一原理を高い次元で実践してください。そうするならば、たとえあなたが最終的に私とは異なる決断をしたとしてもあなたは私の尊敬に値する人です。

私は、永遠に両親に感謝します。若いメンバーとして1世の築いた土台の上に本当に”壁を築く”ためには、まず実際に相続した土台がいかなるものかと深刻に検討しなければなりません。私は本物の信仰生活が欲しいし、その信仰において真の自由が欲しいのです。

亨進様は、全てに心を配られ、真実を語り、自由を愛する お父様のように 心の中に火を持っておられます。全ての偽りの世界が迫害してきても真実を語ってくださっていることにとても感謝するようになりました。

将来われわれ(統一家)が進み行く様々な方向は最終的には相互に交わることはないでしょう。あなたの選択が最終的にはあなたを決めることになります。
私の立場はわかっていただけたと思います。

おわり

原文(英語)はこちら

翻訳:Jacob S & サンクチュアリNEWS管理人

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