サンクチュアリを選んだ二世牧会者(米国)の証 (その3)4回シリーズ

アメリカ家庭連合の州リーダーの息子であり、自身も地元教会の牧会者だった二世のダン・ハチャーソン(Dan Hutcherson)さんの証です。4回シリーズで掲載します。

サンクチュアリへの路程 ―若き家庭連合青年への公開書簡

 2016年9月21日  ダン・ハッチャーソン

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沈黙を破って

2015年の初めに亨進様の「沈黙を破って」のビデオが出た時、私たちの教会、地域の様子は一変しました。皆の意識は単なる自分たちのコミュニティを超え、国家レベル、さらに世界レベルで何が起こっているのかと徹底的に調べ始めたのです。その中には私の両親もいました。 私はそこに加わりませんでした。また教会内政治のごたごた騒ぎだと思ったのです。そういうことにはもううんざりしていました。

このころまでには私は様々な政治の世界を通して-少なくとも知的には―神様が働いておられることを理解していました。そして真のお父様は左派リベラルでも右翼的保守派でもなく急進的自由主義者であることを悟っていました。しかしこのように考えているのは私だけだったでしょう。

ところがこの教会問題を見通すことはできませんでした。そこには重い心情的問題が取り巻いていました。私も独善的な一人の人間として、家庭連合の教会員が今も陥っているくだらない習慣的思考にはまっていました。何も聞こうとしなかったのです。すでに結論を持っていたのでいかなる問いかけにも反論できました。すべての教会の問題に私なりの考えを持っていたので、今回もまた同じような問題の一つだと思っていたのです。

ところが両親は世界的にまた霊的探究を進めて真に神様が願っておられることを求めていました。

私自身はそういうことはやってませんでした。教会の問題はまたいつもの教会の政治問題だと思っていたのです。
ところが両親は、神様が彼らに何を願っているのかと求める内的、霊的な探求をしていました。

両親、特に母は、すべての面からこの事件に関するあらゆる情報を取り入れてました。ただ居心地がいいからといって現状の流れに身をまかせることはありませんでした。神の視点を見つけるために真剣でした。もし韓鶴子氏が真の母としてお父様と一つになっていないとするなら―二つの祝福に違いがあるとするならば、それは大変なことだと思いました。

両親は、個人的に条件を立て、それから8ヶ月間、次々と出てくる情報に見入ってました。できる限りのことをしていました。でも私は何もしていませんでした。実際、私はこの時期、両親をそれとなく非難さえしていました。全て時間の無駄だと思ってました。自分は実際に何が起こっているのか分かっているという自分の中で膨れ上がる思いを持っていました。 どちらに対しても全然関心がなかったのです。

 

地獄と自分の良心

2015年10月なかごろまで教会では普通に過ごしていました。両親はサンクチュアリー教会を訪問しお父様の生きた聖霊を感じていました。今はもう世界中のどの家庭連合の教会でも感じることができなくなった真の自由と真の愛をそこで感じたというのです。帰路についたころには両親の確信の度合いは絶対的で鉄のように固まっていました。私はとてもショックを受けました。

私の少し啓蒙された観点から見るとき、両親がムーニーカルト(分派)の黒い羊になったかのようでした。両親がサンクチュアリ教会を支持することに対して(周りから)激しく非難されるのも見てきました。しかしそれに対し、神様のみが与えうる高い心情ですべてを受け止めていることも目撃しました。

その後の2-3か月は説明するのが難しいです。

私は自己中心の地獄を通過しました。以前にも増して内的に荒れました。完全に落ち込み、葛藤を抱えながらいつも眠りにつきました。その間ずっと両親から情を切り離していました。教会の政治宣伝と政治にはまったく嫌気がさしていました。仕事帰りの車の中では感情を出し切るために全身を使って大声で叫びまくりました。私の妻はこの期間私はほとんど(家で)感情を外に出さなかったと言います。

親と一緒にサンクチュアリを支持するか。
それとも親を説得してサンクチュアリから離れさせるか。
親は本当にすべての食口が祝福を受けなおす必要があると考えているのか。
お母様がお父様とひとつでないなどとありえるのか。
一体そんなことを見極めることができるのか。
お父様が築いた全世界の基盤がサタンに取られることなど一体可能なのか。
自分は今ノアの息子のような立場にたっているのではないか。
友達が自分の親のことを知ったらどう思うだろうか。
この騒ぎは一体何なんだ。
神の神聖は一体どうなってるんだ。
どうしてただお互いを愛し得ないのか。
なぜ彼らはこの事態を抑えられないのか。

しかし私の意識の裏側で動きがありました。

この時期多くの夢を見ました。ひとつだけはっきり覚えています。シンプルで疑いのないものでした。夢の中に3人いました。父と私ともう一人です。統一原理に関しては私が最も尊敬するウェルボーン・ロズィアーという人です。彼は教会の問題が起こる前に亡くなっていました。彼が若い頃の姿で笑顔を浮かべ、レンガの壁に腰掛けていました。夢の中で彼は上部の左のほうにいました。

下では私と父が激しく議論していました。夢の意味ははっきりしています。私が中間位置にいることを見せてくれていたのです。それがレンガの壁でした。私に熱心に施してくれた全ての講義を思い出して欲しいとウェルボーンが言っているように感じました。親子関係と血統、特に父と子の関係を思い起こさせてくれたのです。

この期間、霊的な感性を通して見える一週間と言えるものでした。性的なものが浮き彫りになっているように思えました。実際はいつもと変わりませんでした。しかし私の周りの全ての性的な冗談、性的な衣服、性的な会話、性的な冒険、性的な映画、性的な音楽 に対しては特に敏感でした。2世の間で暗黙にそして明らかにそれらの性的な悪影響が受け入れられていることにも気づきました。マッチングとアメリカの一般的なデートにあまり変わりがないと思いました。中学生に純潔を語ることが適切かどうかという議論さえ持ち上がりました。そこにいた唯一の一世が、「我々のみが愛と性に関して正しく語ってあげることのできる人たちではないのか」と発言してくれたことに感謝しています。家庭連合の若い人たちの将来を思うと憂いが深く悲しみの中で一週間が過ぎました。

私たち若者は何も知ってはいないのです。私にも何もわかっていません。知っていると思っているだけです。教会で育ってきましたから。しかし本当に神の心情を実感しただろうか。神様が見つめておられるものに真に思いが行きますか。どうでしょうか。

つづく

翻訳:Jacob S & サンクチュアリNEWS管理人
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