「フェミニズムの裏側」について ―ヨナニム (その1)

9月25日の礼拝で信宮さんに続いてヨナニムが反フェミニズムの立場からスピーチをされました。

Reflections on the Flipside of Feminism   September 25  2016   Yeon Ah Lee Moon   Unification Sanctuary  Newfoundland PA on Vimeo.png


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反フェミニズムについて意見を述べる機会を与えられたことをうれしく思います。
娘がたいへんすばらしいスピーチをしたので、娘を上回るスピーチができるかどうか少し緊張しています。どうか応援して下さい。

今朝ここにやってくる時に樹々の葉が色づいていました。とても美しかったです。私は特に秋が好きです。
 
では本題の「フェミニズムの裏側」についてお話してまいりましょう。

「フェミニズムの裏側」はスザンヌ・ベンカーとフィリス・シュラフリーいう人が書いた本の題名です。シュラフリーは反フェミニズム活動家であり弁護士です。反フェミニズムを代表するような活動家です。果敢にフェミニズムに対して攻撃を加えているので皆さんもその名前を聞いたことがあるかも知れません。

ひとつジョークを用意したので、まず聞いてみて下さい。
ある一人のおばあさんがいました。おばあさんは高校の同窓会に出席するために着飾ってでかけました。行く前はあれほどうきうきして出かけたのに戻ってからふさぎ込んでしまいました。旦那さんが心配して「どうしたんだい」と声を掛けました。

「みんな母さんよりもっと高価なバッグを持っていたのかい?」
「そうじゃないわ」
「じゃあ、他の人の息子たちがうちの息子より稼ぎのいい仕事をしていたのかい?」
「それも違うの」
「じゃあ、一体どうしたんだい?」
「あなたはどうすることもできないわ。それでも知りたい?」
「ああ、一体何だい」
「じつは私だけまだ夫が死なずに生きていたの」

これに解説は必要ありませんね。それでもわからない人は隣の人に聞いて下さい。

このジョークをもちだしたのには理由があります。もしこのジョークで笑えたあなたは現代社会のある現象について理解しています。

このジョークはあることを前提にしています。

それは結婚した女性はみな苦痛を感じ苦しんでいて夫に早く死んでもらいたいと思っているというものです。そしてまさにここにフェミニズムの憂慮すべきイデオロギーが潜(ひそ)んでいるのです。

私はフェミニズムの影響など受けていないと思っていても「このジョークで笑えた」ということにその影響が現れているのです。フェミニズムの影響力を認めざるを得ないのです。フェミニズムのイデオロギーを見ていく前にフェミニズムとは何かその定義を見てみましょう。
 
フェミニズムとは-
政治的、経済的、人格的、社会的に男性と同等の権利を明確に確立するという共通の目的をもつ政治運動、社会運動、イデオロギーである。(ウィキペディア英語版の翻訳)

私も最初これを読んで何だろうと思いましたが、要するにその求めるところは徹底した男女平等です。まあそれは良いことではないか、というのが一般的な反応です。

そこでまずフェミニズムの歴史について見ていきたいと思います。
それによってフェミニズムについての理解が深まるでしょう。一般的にフェミニズム運動には3つの波があるといわれています。
 
第一の波は19世紀のイギリスの婦人参政権運動に始まります。これは1840年代に始まり1920年にようやく目的を達成しました。写真を見てもお分かりのように非常に保守的な女性たちです。私たちは急進的左翼の女性を想像しがちですが、最初の運動では保守派の女性たちが立ち上がったということができます。中絶に反対し、家族を愛する女性たちでした。女性参政権運動は実際、多くの男性からの支持を得ていました。母や姉妹、娘を愛する男性たちは女性が参政権を持つことを願いました。

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第二の波は1960年代に起こりました。ここからおかしくなります。写真のプラカードにも「われわれは自由な中絶を求める!」と書かれています。拳を突き出しながら「中絶の自由!フリーセックス!」と叫んでデモ行進する写真を皆さんも見たことがあるでしょう。当時は避妊具の効果が大きく、特に問題もなくフリーセックスのアピールは通りました。万が一妊娠した場合は、仕方がないから中絶でもしろ、中絶の権利も手に入れろという状況でした。これがずっとアメリカのフェミニズム運動の底流に流れています。当時は過激で急進的で多くの女性たちも少し距離を置いていました。

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そして第三の波が1990年代に始まる現在のフェミニズム運動です。今日の運動では過去の失敗を参考にして過激さを控えめにして人前に出せる形に装っています。「西洋の魔女」でしたっけ?ヒラリーを言い表しています。ヒラリーと抱き合っている女性はナンシー・ペロシ、民主党員で連邦下院議長です。ペロシさんも銃規制賛成、中絶賛成です。オバマケア(オバマ政権が推進する医療保険制度改革)を広めるのにも尽力しました。1999年には公立施設、公立学校で十戒を掲示することに反対票を投じています。

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フェミニズム第三の波はこのような左翼の超エリート女性たちによって推進されているのです。まるで少女たちに向かって「私たちのようになりなさい、さもなければ埋もれたままで終わるわよ、私たちのような考え方をしなさい、支持しなさい、それが本当の女性よ」とでも語っているかのようです。これがフェミニズム運動第三の波です。

それではフェミニズムの理念を見ていきましょう。

まず「男性と男性的なもの、そして結婚を嫌悪する文化」を持っていることが上げられます。あるフェミニストはこういいます。

「魚が自転車を必要としないように、女も男を必要とはしない」―グロリア・スタイネム

「男性がどれほど女性を嫌悪しているか女性のほとんどは気づいていない」
―ジャーメイン・グリア

これらが女性の意見を代表しているとでもいうのでしょうか。このあたりにフェミニズムの愚かさがうかがえます。

彼女たちは自分たちの言葉通りに実践しています。男性嫌悪の文化を創造しようとしているのです。

1972年に制定された「教育に関する修正法」(通称TitleIX)という法律があります。この法律は「連邦政府の援助を受ける大学でのキャンパス活動の性差別を禁止」しています。
彼女たちは実際的に大学のクラブ活動において男女比率が半々でないクラブは存続させないと解釈しているのです。法律はそこまで規定しているかどうかには議論の余地があります。

フェミニストたちはこの法律を盾に、467ものレスリング部を活動停止に追い込みました。オリンピック選手を抱えるクラブまで閉鎖させたのです。彼女たちは執念深くどこまでも追いかけてレスリング部を活動停止に追いやっています。

またボストン・カレッジ・フットボール・クラブもまた別の犠牲者の一つです。91年の歴史を持つクラブチームがこの法律のために廃部に追い込まれたのです。どれほど陰険なたくらみかお分かりでしょうか。これらは善なる強き保守的な男性をつくりだすスポーツです。だからこそ標準をここに定めているということもできるでしょう。

大学進学を希望する男子生徒の割合も減少傾向にあります。彼女たちの活動の影響が認められることは明らかです。
次にフェミニズムの理念においてみられるのは「母親の役割に対する嫌悪です」
 
フェミニズムの母ともよばれるベティ・フリーダンはこう言っています。
 
「子供世代にあらたな奇妙な問題が見られます。それは母親が常にそばにいて、車で送り迎えをしたり宿題を手伝ったりしているのです。痛みや試練に耐えることなく自身の目標を追い求めることもせず、人生を無為に過ごすという問題です」

彼女の言いたいことを要約すれば、1960年代に起こった若者たちの問題は家に母親がいたせいだというのです。しかし統計的には青年の問題は家庭崩壊と密接な関係があることが分かっています。

つづく
 
翻訳;サンクチュアリNEWS管理人
 
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