2016年9月11日 説教「近接する王国」【英語説教日本語訳】(その1)

Kingdom Proximity   September 11  2016   Rev. Hyung Jin Moon   Unification Sanctuary  Newfoundland PA on Vimeo.png

「近接する王国」 Kingdom proximity その1

 
世界のサンクチュアリ教会に伝えておきたいことがあります。私たちが若者たちを鍛え「平和警察」「平和軍」の訓練をしていることはご存知でしょう。強くあってこそ平和は保たれます。弱ければ平和を保つことはできません。痛めつけられるだけです。力をもって向かってくる相手に対して弱ければ平和をもたらすことはできません。さもないと痛めつけられ支配されるだけです。

若者たちとトレーニングするとき、かなり危険なこともしています。ブラジル柔術、これは真剣勝負です。それにレスリングと総合格闘技。ムエタイ、キックボクシング。初めてキックボクシングをしたという人もいるでしょう。エピジェネティックを解除しましたね!これまで体験したスポーツとは全く異なるものでしょう。スポーツではなく格闘ですから。闘うときは恐怖を感じます。相手と戦うとき怖れを感じるということです。相当な恐怖です。余計なことを考える暇がない分にはいいのですが、試合まで待たされる時間が長いと余計に恐怖がつのります。社会的な諸般の事情でスポーツとされていますが格闘技はスポーツではありません。真剣な闘いです。

そのような闘いにおいては偽ることができません。私が若い時から格闘技を愛した理由の一つはこれです。最初、統一武道という跆拳道(テコンドー)と柔道を総合したものを習ったのですが、青帯をとったのちに何か物足りなさを感じました。なぜなら組手をするとき相手の頭をパンチやひじうち、蹴りなどの攻撃をしてはならず、頭をつかんで膝蹴りすることも禁じられていました。攻撃が許されているのは胸から腹にかけての部分で、そこから下も蹴ってはいけなかったのです。まやかしです。

生死をかけた闘いにおいて「ちょっとまって、腰から下は攻撃してはいけない」などといいますか。誰がそれを聞くかというのです。今になって分かるのですが、神様は格闘技を愛するように導かれました。ブルースリーに夢中になり、髪型も真似してカンフーの衣装を身に着けていました。(笑)学校では皆から「ブルース」と呼ばれていました。当時、黒人やラテン系の友達が多かったのですが彼らもカンフー映画を見て夢中になっていました。

だからそれがまやかしだと悟ってから本格的な格闘技を学びました。ブルースリーの哲学も学んだのです。それは本当に効果的な攻撃を追求するというものでした。効果のないものは捨てて真に効果的なもののみを身に付ける。彼は截拳道(ジークンドー)を考案しました。私はそこからブラジル柔術につながったのでした。なぜなら截拳道だけがブラジル柔術を取り入れていたからです。他の武道は宗教のように型にはまり解放的ではなかったのです。現実の格闘、リアルな格闘を追求していなかったのです。空手、カンフー、テコンドーなど、ただ自分たちが一番だといっているだけです。90年代にUFC(訳注:Ultimate Fighting Championship・アルティメット・ファイティング・チャンピオンシップ、略称UFCは、アメリカ合衆国の総合格闘技団体)が始まりましたがその前にグレイシー一族(ブラジルの柔術家一族)が自分達と闘いたいものは誰とでも対戦するという宣言をしました。カンフーの達人であれテコンドーの名手であれ自分たちは闘うというのです。ルールはだだ、噛みつくこと、眼を突くことを禁じるだけです。他は何をしてもいいということです。この十年、グレイシー一族は世界のトップの格闘家、そのほとんどと対戦しました。

初期の試合を思い起こせば、対戦相手は柔道、レスリング、オリンピック・レスリング、空手、極真会館、ムエタイ(タイ式キックボクシング)の世界チャンピオンなど多岐にわたっていました。それぞれが自分が一番強いといっていたのです。そのすべてを一人の男が倒しました。彼は決して見栄えのする筋肉の持ち主ではなく、やせた小柄なブラジル人でした。その男が他のすべての大男を倒したのでした。今それは映画にもなっています。彼の名はホイス・グレイシーといって、今も柔術を教えています。私も彼の兄弟と練習したことがあります。

彼によって格闘技の世界は大きく変わりました。格闘技は現実を突き付けられました。寝技(グランド・ファイティング)の効果を知らなかったのです。93%が寝技で勝負がつきます。だから一緒にトレーニングしている若者にも聞いてほしいのですが、好むと好まざるとにかかわらず「寝技こそが鍵」だというのです。立ち技の世界チャンピオンになったところで寝技に持ち込まれたら殺されるのです。

若いころから真実を追求してきました。格闘家の規律とともにその真実を追求するのです。そこから真の格闘につながります。しかし問題になるでしょう。なぜならこうした格闘技は表に出ないアンダーグラウンドな世界ですから。ブラジル柔術の道場はファイトクラブです。闘う場所で、型を学ぶところではありません。

国進兄さんも榮進兄さんも習ったのですが、レバレント・ムーンの息子たちがファイトクラブに通っているというのは問題になるのです。私たちは隠れて習っていました。当時はいまほど有名ではなかったのです。テレビ放映もない時です。

私がそのような訓練をしていることを知らずに私に会えば、普通の優しそうな人間に見えるかも知れません。私は他人を脅すようなこともしません。だから周りの人は気づきません。ところがお父様の命令で直接、身近に接するようになって、お父様にはそれを隠せなかったのです。あまりにもお父様、王の王の近くで生活しているのですべてはあからさまになるのです。もう隠せません。何に強い関心を抱いているか、神様はこれまでどういう導きをされてきたのか、そういうものが明らかになるのです。お父様の近くで侍っている時に現れたのです。

このように導かれたのはいつの頃からだったでしょう。神様が導かれました。15歳から宗教や至高の真理を求めてきました。最終的にそのすべては相対主義的なもので装いだけが異なっていることを悟りました。そしてキリストの理解に戻り、生きたキリストとの関係に戻りました。その結果、神様が私に与えられた賜物を公に認めることになったのです。

私の子供たちも普段は優しい父親が、こと格闘技の場になると仮に手加減したとしても私の意のままになるのです。これは本当のことです。おごり高ぶっているわけではありません。

この格闘の科学を追求する小さな群れは世界的に拡大しているとはいえまだまだ小さなものです。 つづく
 
翻訳:サンクチュアリNEWS管理人
 
 
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