2016年7月3日「王国の繁栄」【英語説教日本語訳】全文 

 

Kingdom Prosperity   July 3  2016   Rev. Hyung Jin Moon   Unification Sanctuary  Newfoundland PA on Vimeo3.png

翻訳:Bamboos

「王国の繁栄」  2016年7月3日

私たちがキャンプをする前に、すでに神の国について学びました。福音とは何か、イエス様が神の国について何を語ったかを理解し、福音について話しましたね。何度も取り上げてきました。もちろん、キリスト教の教会でも福音についての説教をしていません。

マタイによる福音書6章33節で、イエス様は次のように言っています。

「まず神の国と神の義とを求めなさい。そうすれば、これらのものは、すべて添えて与えられるであろう。」 (マタイによる福音書 6章33節)

私たちがこのようなキャンプをしたり、コミュニティを形成したり、自立することを学んだりする目的は何でしょうか。それは無関係の目的ではありません。文明を作る人々と出会うことです。Rタイプは文明を作りません。彼らは文明を利用するだけです。文明は、子供に投資し、長期的な思考を持ち、道徳と誠実さと名誉を持ち、真実を追及するような人々、Kタイプによって作られます。このような基台の上に文明が作られるのです。このキャンプでもそうですが、私たちが祝福されているとわかるのは何かというと・・・。國進兄さんと私が、天正宮を出てこの荒野に出てきて、そのためにお父様に侍ることができました。そして、数年が立ち、こうしてみなさんと出会うようになると誰が思ったでしょうか。皆さんはこんな荒野にやってくるとは、おかしな人たちですね。みなさんは頭がおかしいのではないですか。大丈夫ですか。(笑いと拍手喝采)

私たちは、主体とする方が同じなので、一つになることができます。私たちは、同じ神様を愛し、同じキリストを愛しています。しいたげられ、沈黙させられることはありません。何という祝福でしょう。キャンプの間、本当にたくさんそれを感じたのです。見てください、この人たちを。ここに集まった人たちのすばらしさを。おそらく、世界摂理の中にいたら、みなさんに会うことはなかったでしょう。本当に様々な背景の人々が、様々な場所から集まりましたね。実際たくさんの層があるので、それを越えて皆さんのことを知ることが難しかったです。あなたはブラジルからですか。あなたはロンドンですか。あなたの国はやっと自由になりましたね。BREXIT!しかし、反対勢力があるようです。

みな神の国と関係があります。なぜなら、神の国、文明は決してRタイプによっては作られないからです。Rタイプは自分たちがその糧を得て生きるために、文明を必要とします。文明を作り出すのはKタイプです。なぜなら、文明は勤労、道徳、共通の言語と文化と目的を基盤として作られるからです。文明は、搾取するようなことや生気のないところから生まれません。

神の国の理念。私たちが様々な分野から持ち寄ったこういったスキルを、グループ全体とすべての世代に提供するということにあります。このキャンプで、私たちはとても感謝しています。祝福されていると感じます。私はとても感動したのですが、金曜日に聖歌を一緒に歌ったのを覚えていますか。そこで聖霊が降りてその場に満たされたことを感じた人がいるでしょうか。聖歌を全部歌いましたね。キリスト教と関係がなくここにいるなら、単に何か古臭い歌に聞こえます。しかし、キリストとの関係を理解し、実際キリストとの関係を持ち、神との関係を持つなら、これらの歌は信じられないほど素晴らしいものです。「勇みて砕けよサタンの力・・・」(東の勇士)このような歌を聞けば、「うわーなんだあれは!」と若い人は思うでしょう。教師やリベラル派の教育者は、「善悪二元論的な原始的な宗教だ」とか色々と言うでしょう。実際そう言っているのを聞きました。本当に神とキリストとの関係を持つということからすると、素晴らしいのです。それは本当に戦いなのですから。悪魔は常に、戦う必要などないと嘘をつきます。「流れに乗って行きさえすれば良いです。エリートに導かれるままにして、エリートを信頼して従いなさい。それでうまく行きます」と。ロシアでも、カンボジアでも、ドイツでも、中国でも、皆そう言われたのであり、結局奴隷になりました。

あのディズニーの映画は何でしたか。セイウチが笛を吹いて貝があとをついていく話は。不思議の国のアリスですか。「おいでかわいい貝(訳注:カキ)さん」といってセイウチが笛を吹くと、貝が「オーケー、彼についていこう」「平和、愛、寛容、統一だ」と言って、それでついて行って食べられてしまいます。

文明はRタイプによっては作られません。絶対にです。天使長によっては決して作られないのです。不正や詐欺によっては作られません。文明はそのような方針からは生まれません。文明が世代を超えて、安定性を獲得し成長するためには、道徳が必要です。倫理が必要です。論理的な思考が必要です。そのような機能がすべて必要です。長期的な思考です。

文明はKタイプによって作られます。キャンプに来たグループを見たときに・・・。見てください、この人たちの素晴らしさを!この人々は皆、迫害され、嘲笑され、友達もすべて失いました。OK、すべて(の友達)ではないのですね(笑)。新しい友達を与えられましたね。神は善と悪を分別するのです。サタンが侵入したとき、神は善と悪を分立しなければなりません。神に忠実でありながら、サタンと寝ることはできません。他の女性と寝ながら、妻と結婚していることはできません。善と悪は、相互に排他的なのです。

このキャンプとこの場にいる人を見たとき、本当にすばらしい人たちです。皆さんは戦士であり、自覚を持った人たちです。お父様に対する愛を持った人たちです。真の信仰者です。そして金曜日に皆さんと一緒に歌って、聖霊を感じました。本当にものすごいものを魂で感じました。

神の国はいつも、このようなことをする人々によって作られます。つまり、まず神の国とその義を求める人々。このような人々が神の国を生み出します。長続きする文明で、不正と不道徳によって作られたものはありません。それは文明の崩壊です。

イエス様はマタイによる福音書10で、「行って、『天国が近づいた』と宣べ伝えよ。」(7節)と言われました。

そしてイエス様は、ルカによる福音書4章(43節)で、「わたしは、ほかの町々にも神の国の福音を宣べ伝えねばならない。自分はそのためにつかわされたのである」と言われました。非常に多くのクリスチャンがこの聖句を吟味していません。様々な宗派が2000年間、クリスチャンに説教しましたが、この聖句を吟味していません。イエス様が、自分は神の国を宣べ伝えるために遣わされたと言っています。イエス様は、自分が十字架で死ななければならないと宣べ伝えるように言いましたか。イエス様は、死んでから三日後に復活すると宣べ伝えるように言いましたか。イエス様は公には言いませんでした。弟子たちに個人的に伝えました。これは大きな違いです。神の国を宣べ伝えるように天の父に送られたと言いました。あなたがイエス様を愛するなら、この聖句について本当に真剣に考えてみなければなりません。

マタイによる福音書の4章(23節)です。
「イエスはガリラヤの全地を巡り歩いて、諸会堂で教え、御国の福音を宣べ伝え、民の中のあらゆる病気、あらゆるわずらいをおいやしになった。」

イエス様は神の国について説教しただけでなく、神の国の福音について説教しました。福音は、良い知らせのことです。他の宗派で語られてきたことは、誕生、十字架の死、埋葬、復活でした。この場の皆さんは誰も復活の力を否定しないでしょう。神様が十字架に対して使った救いの力も否定しません。十字架の救いは本当にあります。神の恩寵を理解することで本当に救いがあります。しかし、イエス様が福音について語っていた時、イエス様は神の国の福音について語っていました。このことが伝えられていません。どんな宗派でも10のうち10が、100のうち100がほとんど神の国について説いていません。

マルコによる福音書、1章14節、「ヨハネが捕えられた後、イエスはガリラヤに行き、神の福音を宣べ伝えて言われた、『時は満ちた、神の国は近づいた。悔い改めて福音を信ぜよ』。 」

マタイによる福音書、9章(35節)、「イエスは、すべての町々村々を巡り歩いて、諸会堂で教え、御国の福音を宣べ伝え、あらゆる病気、あらゆるわずらいをおいやしになった。」

マタイによる福音書、24章(14節)、「そしてこの御国の福音は、すべての民に対してあかしをするために、全世界に宣べ伝えられるであろう。そしてそれから最後が来るのである。」サタンの王国の最後のときは、始まり、つまり神の国の福音が説かれ始めるときです。

ここでいくつかの聖句を見てきましたが、過去の説教を確認していただければもっとたくさんの聖句で、イエス様がはっきりと福音は神の国であると言っていることがわかります。

今日私たちは、神の国と福音についての勉強をしていきます。
マルコによる福音書の10章から見ていきます。マタイによる福音書で見たものと似ていますが、ニュアンスが少し違います。

15:よく聞いておくがよい。だれでも幼な子のように神の国を受けいれる者でなければ、そこにはいることは決してできない」。16:そして彼らを抱き、手をその上において祝福された。17:イエスが道に出て行かれると、ひとりの人が走り寄り、みまえにひざまずいて尋ねた、「よき師よ、永遠の生命を受けるために、何をしたらよいでしょうか」。18:イエスは言われた、「なぜわたしをよき者と言うのか。神ひとりのほかによい者はいない。19:いましめはあなたの知っているとおりである。『殺すな、姦淫するな、盗むな、偽証を立てるな。欺き取るな。父と母とを敬え』」。20:すると、彼は言った、「先生、それらの事はみな、小さい時から守っております」。21:イエスは彼に目をとめ、いつくしんで言われた、「あなたに足りないことが一つある。帰って、持っているものをみな売り払って、貧しい人々に施しなさい。そうすれば、天に宝を持つようになろう。そして、わたしに従ってきなさい」。22:すると、彼はこの言葉を聞いて、顔を曇らせ、悲しみながら立ち去った。たくさんの資産を持っていたからである。23:それから、イエスは見まわして、弟子たちに言われた、「財産のある者が神の国にはいるのは、なんとむずかしいことであろう」。24:弟子たちはこの言葉に驚き怪しんだ。イエスは更に言われた、「子たちよ、神の国にはいるのは、なんとむずかしいことであろう。25:富んでいる者が神の国にはいるよりは、らくだが針の穴を通る方が、もっとやさしい」。

同じ内容をマタイによる福音書でも学びました。ここでは21節に注目してみましょう。キリスト教の神学や説教などでは、伝統的にこのように解釈していました。イエスは、金持ちになることは悪いことであり、すべて貧しい人に与えるべきだと言っているのだと。単純に読んだだけでも、自分は貪欲だと感じるでしょう。しかし、イエス様は、従ってきて自分と一緒に迫害を受けなさいと言っているのです。従って来るなら後ろに隠れていないで、自分から進んで十字架を、その重荷、憎しみを受けなければならないというのです。人々に嘲笑されることを受け入れなければなりません。マタイで読んだときに話したと思いますが、この若者は重要な地位にありました。高い地位で多くの財産を持っていました。

イエスの生きていた時代はどんな時代だったでしょうか。このような時代です。これはジュリアス・シーザーがブルータスに暗殺される場面です。エルサレムと全ユダヤはローマ帝国の支配下にありました。共和制でしたが腐敗しており、最終的には独裁制になりました。この絵は、シーザーが「ブルータス、お前もか」と言って刺され、殺害される場面を描いています。これは、共和制が終わりを迎え、帝国が始まる時代です。面白いと思いませんか。共和制が終わり、独裁制が始まりました。いつ始まったかというと紀元前44年です。シーザーは終身独裁官に就任しました。そして、ブルータスとカッシウスをはじめとする元老院派のための共謀者によって殺害され、オクタウィアヌスがギリシャから帰還しました。そして紀元前27年にオクタウィアヌスは自身をアウグストゥス(尊厳者)と名乗り、初代ローマ皇帝となりました。

イエスの時代というのは、ちょうどこのような時代でした。政治体制全体が、共和制の代議政治から腐敗してしまいました。しかし、最終的には、民主主義へと堕落します。そして民主主義は常に一時的なものなので、当然独裁制になるわけです。これがイエスの時代の背景です。

さてこの若者は、高い地位と多くの財産がありました。どうやってこの時代に多くの財産を蓄えたのでしょうか。自由市場の時代ではありませんでした。顧客にどれだけ尽くすかとか、革新や競争によって報酬を受けるというような時代ではありませんでした。この時代では、手段を選ばずにエリートグループに入り込んで、寡頭政治の一部に加わり、権力者にお世辞を言って政治的に列に加わることによって権力に入り込み、それで自分も権力を獲得して下の人間を排除できるようになるのでした。このようにして財産を蓄えるのです。人に仕えたり、人のために生きたり、たくさんの商売をしたりするのではありません。他人のための製品やサービスを提供するのではありません。政治的な列に加わるのです。権力者に上り詰めることができるように上に上がろうと列に乗ります。

この若い男が高い地位と多くの財産を持っていたことを私たちは知っています。ということは、彼の家族も係わっています。この時代の世界では、家族の関係と、政治的なつながりで高い地位に上れるからです。そうやって権力を握ります。イエス様は、こういいます。あなたはこれらの富をすべて手段を選ばずに蓄えた。寡頭政治によって蓄えた。それをすべて捨てなさい。すべてを捨てて自分の十字架を持って、私に従いなさい。そして神の国を作るのを手伝いなさい。これは反対のことです。自分がしてきたことや家族がしてきたことと反対です。あなたの家族はこの梯子を上って人を暗殺し、ブルータスがやったように人を裏切って、富を得たのだ。

エリートの人々を理解するなら、そしてアメリカでは、共和制が急激に縮小しています。表向きはもう寡頭政治です。昔は共和制でした。私たちは、自分たちの権力を失うまいとするエリートのグループがトップに君臨しているという状況にあります。ブルーミングデールズという大きなショッピング・チェーンの後継者で、億万長者のラオという人がいます。この人が今週次のように書いていました。「無知な大衆が自分たちの自由のために立ち上がる。BREXITやアメリカのドナルド・トランプの革命、無知な大衆がこういうことをやっている。無知な大衆の暴動を鎮圧するために、エリートのリーダーが結集することを求める」この人は、ブルーミングデールズチェーンの人で、エリートの家庭の一つです。これが彼らの考え方です。一般の人とは違った考えをします。このような人々はどうやって権力を手にしたのでしょうか。どうやってエリートのグループに入ったのでしょうか。どうやって権力のための支援と友人やネットワークを得たのでしょうか。多くの政治的なつながりがあります。表に出てこないことがたくさんあるのです。

精神状態そのものが罪です。精神異常か、人格障害の状態だと言えます。権力を握り、自分に力があると感じるだけでなく、文字通りこの世を支配しているのです。支配することに対して異常な精神状態です。病的で異常な支配欲を持った精神状態です。人間性を失ってしまっても、繁栄し、革新的なことを行い、ものすごい技術開発をして、そうやって何でもただ支配しようとするのです。このような精神状態は、神から来るものではありません。神は自由意思を与えました。善と悪を選択する能力を与えました。それは私たちを信頼するが故です。善悪を選択することができるというのは、大きな信頼です。90パーセント、99パーセントの親もそのようなことを子供に与えません。人間に対する大きな信頼があります。自由と責任を与えるほどに。「あなたは自由です。善と悪を選択できます。しかし、それには結果が伴いますので気を付けてください」

天使長の生活には結果に対する責任がありません。50人の相手とセックスしても良いし、子供を殺したとしても結果は関係ありません。そんなものは人間の肉の組織だと。結果に対する責任はありません。健康教育だといって5歳の子供に大人の性行為を教えても、結果に責任を持たないのです。外国の銀行からお金を借りても結果に責任を持ちません。大きな石油会社のように、利益のために戦争して人を殺しても結果に責任を持ちません。天使長はいつも、結果に責任は必要ないと言って私たちを騙そうとします。「好きなように生きなさい。やりたいことをしなさい。結果は気にする必要ない」。もちろんそのように生きてみれば、実際にはすぐに結果があることが分かります。ニーチェのように、最期には馬を抱きながら死んでしまいます。狂っています。今私たちが見ているこういう現象は、新しいものではありません。古くからあるものです。

共和政ローマは崩壊し、ローマ帝国がすべての地中海沿岸と北アフリカに至るまでを支配していました。イエスの時代までに、フランス、ギリシャ、地中海東部まで及んでいました。スペイン、北アフリカ、イタリアのピニンシュラなど。それは世界の覇権でした。その覇権の中でどうやって裕福になるのでしょうか。手段を選ばずに裕福になるのです。エリートのセックスクラブに入って裕福になります。子供をエリートに捧げて裕福になります。多神教の悪の宗教儀式に参加します。そのようにして主導権を得ます。残念ながらアメリカでも同様です。

神はアダムとエバに自由を与えました。アダムとエバに絶大な信頼を持っていました。アダムとエバは人類全体を代表します。神は自由と責任を人類に与えました。それは信じられないほどのことです。この世界のエリートを見たとき、反対なのです。彼らは人間の潜在的な力を解放させようとしません。中流階級を解放させようとしません。何故なら中流階級は彼らの敵だからです。ですから歴史的にも彼らは中流階級に反対してきました。しかし、天一国の自由と責任の中では、自由と責任は守られます。結果に対する責任は現実のものですが、あなたは自由です。

お父様がおそらく最も重要だとされていたことの一つが、精誠の「誠」という誠実さを表す漢字で、言葉が実現するという意味になります。左側が言葉で右側が「なる」です。言葉が成る、言葉を本当のものにする、言葉を実現するということです。天使長の介入がない場所では、皆さんは正直な人間にならなければなりません。自分が不正直な人間だとしたら、どうやって他人とビジネスをするでしょうか。あなたが不正をする人だと皆知っています。別の人が彼は不正をする人だと伝えます。彼は不正をするから彼とビジネスをしてはいけないと言います。自由社会で、あなたが不正直な人間だとしたらどうやってビジネスをしますか。あなたは自分の行動の結果に責任を負うのです。悪なる行動は重大に罰せられます。それは、誰かがあなたを叩いて罰するわけではなくて、人間の自然な相互関係によって執行されることになります。何故なら人間には神の似姿として善に導こうとする意識があるからです。原理で本心と呼ぶものです。自由社会では、本心が生きており、活性化されています。私たちが悪いことをして、人をだましたりすれば、同じぐらいにしっぺ返しに会います。本心はそれが悪いことだと知っており、社会自体が、ほとんど霊的な方法と同様に、そのような行動を罰するのです。単にそういう人を相手にしなくなることによって、そのような人の夢を支援しなくなることによってです。なぜなら不正直だからです。ですから正直や誠実、契約履行、約束を守るといったことが、あの人のところに行ってみたい、あの人と取引したい、仲間になりたいという評判につながります。政府がそうしなさいと言わなくても、自然にそのようになります。私たちには直感があり、本心があるからです。霊的な直観もあります。誰が価値ある人なのか、損害のもとになるのかを感じ取る能力があります。

勤労。他の人に尽くす。透明性。ある姉妹が、お父様に侍った二年間で悟った最も重要な原則は何だったかと私に尋ねました。私は彼女に、透明性です、と答えました。お父様の生き方には透明性がありました。完全な透明性です。個人的な時間がまったくないのです。独りになることがありません。行事があるときでも、人が入ってきます。リーダーたちが自分の地位を上げようとして人を連れてきます。自由な時間、プライベートな時間はありません。これは大げさで簡単なように思えるかもしれませんが、実際そうではありません。簡単ではないのです。ライブカメラが24時間向けられて、全世界が見ているようなものです。お父様が行われることも、すべて透明性がありました。清平や韓お母様が行ったこととはまったく違いました。お父様は訓読会でいつもご自分がされたことを語られました。金曜日に誰かと話しましたが、麗水で狩猟や漁業、農業の開発をされていました。

自由社会で謙虚になる方法を学びます。あまりにも大きな約束をしすぎないようにすることを学ぶべきです。もし実現できなかったらどうしますか。みんなはあなたを信頼できないと思うでしょう。取引できません、仲間になりたくありません、と言うでしょう。自然に悟るのです。政府や公共機関がこうしなさいと言わなくても、自然に学びます。なぜなら、人々は自由であり責任を持つからです。約束するときは控えめにすることを学びます。自分が奉仕する人を喜ばせてください。顧客のために余分に働いてください。そのような原理を学んでいますね。為に生きるということを学びました。お父様は、愛の核心は他の為に生きることだと言われました。お父様がどのように為に生きたか考えてみてください。政治的な活動をしました。商業的な活動をしました。この地上に天国を作ろうとしていました。人々が現在のシステムから離れて自分で稼ぎ、自立するのを助けるシステムを教えました。

天一国では、王国のほとんどの市民が所有者です。人の為に生きるための天稟を神から与えられて持っており、その神からの贈り物を通して多くの人を幸せにすることができます。その革新と成果をもって、人に役に立ち、為に生きることが出来ます。為に生きるということは、自分が何かやってあげて世界を救ったのに、何もお返しされないと言って憤慨するようなことではありません。若い人が多くの活動をしてそのようになっているのを知っています。たくさん奉仕したのに、どうして誰もお返ししないのか、と。それで負の連鎖が起こります。人に奉仕することが大切です。ウィンウィン(Win-Win)の関係を作ること。与え、受ける関係を築くことです。

何故メシアが宗教だけでなく、政治やビジネスに積極的に係わるのでしょうか。普通ならイエスは再臨して、人を癒して回るんじゃないかと思うでしょう。イエスは再臨してビジネスをします。起業家です。 政治にも係わります。なぜなら原理では、神の国には宗教と経済と政治のシステムがあると明確に言っているからです。今あるシステムではありませんが、そのような様相があります。ウィンウィンのことを考えてください。短期的ではなく長期的に考えてください。これらはあなたが自由であるとき、国が自由であるときにに学ぶことです。しかしそこには責任もあります。福祉のための政府機関はありません。社会保障の機関もありません。友好関係を維持して、家族の関係に気を使わなければなりません。ちゃんと約束を守る信頼のできる人との関係を維持しなければなりません。契約をちゃんと守る人であって、お金のために権力に自分を売ってしまう人ではありません。そういう人とは自然と距離を置くようになります。ですから、神の国では自然と十戒にも従うようになります。実際お父様も言っています。神の愛の王国では、法も超越します。人々は神の法に従うように導かれますが、それは自然なことです。聖書には、み言は心に書いてあるとあります。私たちはすべての人が自由のまま干渉されないような方向に向かっています。そして責任を持ちます。

一般的に大多数の人は道徳的であることを選びます。神を求めることを選びます。信仰を持つことを選びます。 あなたが起業家なら、まだ存在していないものを信じなければなりません。頭の中に描いた製品をこれから作ってそれを世に出して、それで人々の役に立ち自分にも役立てたい。しかしまだそれはそこにありません。あなたは自分よりも優れた何かを信じなければなりません。運命を信じなければなりません。その贈り物についての何かがあって、それがおそらく良いものであることを信じなければなりません。自分自身を越えなければなりません。未知のものを信じるというこの信仰の要素は起業家精神にとって重要なものです。それは、他人の役に立とうとするどのような探求、探検、冒険、そして人生にも付き物です。信仰、信仰です。神が与えた信仰が誰かの役に立つのです。信仰は自由社会の一部であり、非常に重要な部分です。そうやって自分が与えられた天稟を理解するようになります。

天一国には宗教の自由がありますので、宗教について調査したり勉強したりできます。しかし、それは自然な過程なのです。私の好きな武術を例にとりましょう。総合格闘技の世界で、ほとんどすべてのチャンピオンがクリスチャンです。自分自身がイエス様と関係性を持っているとみなしています。戦うときは神に栄光を捧げます。ただかっこよく見られたいというよりもっと高い目的を持っています。単にベルト保持者であろうとすることよりも、高い目的を持っています。それは神から与えられた天稟であって、神の栄光のために実現しようとする贈り物であるのです。ですから彼らの原動力は、他の人が皆あきらめてたとしても、他とは異なる原動力であり、自分の為ではなくより大きな目的のため、神様の為であるわけです。イエスの為なのです。「これは自分の生きる目的だ。神がこの天稟を下さった。神に栄光を捧げたい。」世界のチャンピオンのようなトップレベルのファイターたちです。誰も彼らがクリスチャンであることを想定しているわけではないのです。イエスを信じてもっと良い格闘家にならないといけない、などと言う人はいません。自然の結果です。クリスチャンが大勢いるところでやっているからでもありません。今や世界中でコミュニティが成長しています。中国でも。日本も総合格闘技が非常に盛んです。仏教と神道ですね。このような面では文字通り自然の結果になっているのです。

天一国では、自由に宗教を学び信仰を持つ自由があります。しかし、所有者と生産者の社会ですので、結局、天の贈り物をもって他人のために役に立つということをサポートするような信仰が自然と残るようになります。自然とトップに立ちます。そして自然の秩序の階層が作られます。なぜなら、すべての宗教が政治システムを持っており、イスラム教にもカリフがあります。カトリック教会には国教。仏教では、例えばチベットにはラマがいます。宗教的な皇帝のようなものです。すべて宗教に付加された政治体制があります。そしてどのように人と係わるかを方向づけます。しかし、天一国憲法が成立した自由と責任の場所では、当然ながら、憲法に関心がある人だけではなく、それを誇る人々もいます。なぜなら彼らが経験する自由とその自由から来る繁栄は、憲法から来たものだからです。アメリカにも愛国者がいて憲法を誇りにしていますが、それは彼らが書いたものではありません。彼らは憲法を誇りにしています。なぜなら憲法は自由を与えるものであり、自分たちを守ってくれるからです。あるいは守るとされているからです。

それではこういった寡頭政治、シーザー、三頭政治、社会主義、共産主義といった政治体制で、何を学ぶでしょうか。そういう文化で育った人間として何を学びますか。今学んだような原理を学びません。学ぶのは、権力と武力です。権力と武力を使えば、自分の欲しいものが得られるということが分かります。あなたが寡頭政治に加われば、シーザーの家系に加わったり、地方の王の家系に加わったりすれば、何でもやりたいことができます。それがわかります。上位の階級に付けば、何でも好きなことが出来ます。それは何につながるでしょうか。

結果に責任を持つことなく、何でも好きなことをする自由を得られれば、それは善になるでしょうか。それとも、悪になるでしょうか。地方の王になる自由があるとして、結果を顧みずに誰の首でも切ることができ、結果を顧みずに子供を誘拐でき、結果を顧みずにアテナのセックスカルトに加わることができるとすれば、このような人は善に行くと思いますか。悪に行くと思いますか。彼らは悪に行くのです。保証します。

偉人が言っているように絶対権力は絶対に腐敗するのです。「力を使うことは悪くない」「他人に意思に逆らって何かをやらせるのは悪くない」「それはそういうものだ。受け入れなさい」それが皆さんが学んだことでした。誰かに意思に反して人のものや金を盗ませ、友達に与えます。彼らは何でもできます。そのような文化がどうなると思いますか。善に向かいますか。悪に向かいますか。

「公平に与えて受ける関係や、ウィンウィン関係、そういうものを考えないでください」「中央権力をいかにして最高に保ち、人々から搾取できるかを考えてください」これは銀行のシステムが私たちにやっていることです。若い世代はエリートに属したいという願望を持っています。彼らに反抗して戦うのではなく、自分たちがエリートに属し、奴隷の主人の階級になりたいというのです。「反対して立ち上がるのではなく、奴隷の主人を排除せずに、自分が主人になって奴隷を楽しみなさい」これが皆さんが学んだことです。不道徳を学んだのです。

現代において、普通は誰もが所得税を払い、不動産税を払わなければなりませんが、世界の5大銀行に属していれば払う必要がありません。みんな法人税を払わなければなりませんが、彼らは税金を払いません。法を超越しているというのです。法を超越しているのなら、他のみんながこれらのことをしなければならないのに、自分はしなくても良いので、自分は他の人よりも優れていると感じますか。自分が神のようだと思いますか。政府を買収することができるほどのお金を持っていたとしたら。警察も買収できるとしたら。韓国の財閥の会社で、息子が問題を起こしましたが、その60代の父親は韓国の大企業の会長でした。そして息子と喧嘩した相手の男を暴行してニュースにもなりました。彼らはどんなことからも免れます。それが韓国のような自由な国でのことだというのですから、まるで冗談のようです。北朝鮮のことを想像してみてください。ポルポト政権下のカンボジアやベトナムも。

「権力が正義を作る」正義の観念がありません。「権力を持つ者が誰でも正しい」「静かにしていろ、黙れ」それがアメリカでも起きています。何か反対しようと声を上げると、ヘイトだ、レイシストだ、などと言われます。黙れと言うことです。政治的なことを発言するなと。口にテープを張っておけということです。なぜなら力が正義を作るからです。そのような社会の人々は、考えることをしません。世界がそういうものだとだた信じています。権力が集中しても、OK、それが彼らの利点だ、そのグループに入ろう、と。

お父様の代理で北朝鮮に行ったことがあります。文字通りそういうことでした。それは文化です。すべての人が知っています。秘密の地下室があります。ときどき、韓国のドラマを見たりします。喫茶店でコーヒーを飲むのを見て、そこに行けたらいいのにと思います。現実にはすべて知っているのです。まったく逆の世界を想像できません。自分たちが実際に主権を持つ世界を想像できません。不可能なのです。分かっています。すべてが統制されています。

隣町に行こうとしたら、その地方の当局で手続きしなければなりません。私は実際そこに行ってきました。ニューファンドランドの隣の町のスターリンに行きたかったら、ニューファンドランドの当局で政府の承認を受けないといけないということです。社会主義、共産主義がどんなものか、まったくわかっていません。これがこの三頭政治の中で学んだことです。これがイエス様が生きていた時代です。あの裕福な若者が住んでいた世界です。

アメリカで何が起きているか見てみましょう。興味深い、良いスライドを見つけました。アメリカの資本主義は銀行制度が導入された後、損なわれました。通貨の独占をもたらしました。自分たちだけが裕福になって、資源を盗みすべてを所有します。そして、自由市場が悪い、と非難します。自由が悪い、不安定な市場が悪いと。そして、エリートが管理する必要があるのだと言います。自分の利益のために不安定にした者がいるというのに。このような共産主義者はいつも同じことをします。

しかし、アメリカは今のように没落する前、成長の絶頂にあった時、成功すれば報酬が得られました。Dレベルの顧客のために働く人と比べて、Aプラスレベルでは違いがありました。消費者はある人からごみのように扱われるのであれば、もっと素晴らしい扱いをしてくれるこの人からリンゴを買うわけです。友達だったとしても、100パーセントこちらのほうに行きます。「ごめんなさい、ジョー。リンゴをどこから手に入れたかよくわからないけど・・・妻が買い物に行って・・・。すまないね」おかしな言い訳をしますが、扱いのいいところに言って買うのです。そしてジョーは文句を言います。

あなたには自由市場があります。個人資産の所有ができます。主権があります。この地球の一部を所有できるのです。それは聖書的な考え方です。神はこの地上の土地を人々に与えると約束されました。共産主義者の主張は「あなたは地球を所有できない」というものです。それは世界の五大銀行の所有となりますが、そのことは言いません。ともかく権利が法によって守られますが、このような体制が崩壊すると社会主義が導入されます。中央銀行による通貨の独占。そして、教育庁や社会福祉庁などができて社会を破綻させるのです。

別の触手がタコのように出てきます。それで成功が罰せられるようになります。顧客のためにより良く働い人を成功させません。友達を支援しても、税金を盗んで大企業が成功することを助けるだけになります。それが社会主義です。成功者、起業家、中流階級、中小企業はひどい目にあわせ、巨大な企業を支援するのです。支配階級が非常に怠惰になり、ひどい商品を提供するようになりますが、それを買うほかありません。

共産主義の国に行けば、薬局も国営です。そこでひどい薬を手に入れなければなりません。富の分配。強制的に税金としてある人からお金を取り上げて、他の人に与えます。誰がそれを決めるのかというと、政府の支配者です。支配者とは天使長です。共同所有権。簡単に言えば、すべてを独占しエリートの私物にするということです。

共同所有権といえば聞こえは良いですが、支配層が所有しています。ロックフェラーが土地を国立公園として寄付しましたが、ロックフェラーが土地を使いたくなれば、いつでも電話をかけて自分の区画を得るでしょう。大きな福祉制度。大きな侵略的政府。そして、やがては私有地の廃止となります。そして土地の所有権の没収となります。政府はすべてを所有し、やがて全体主義国家へと向かいます。私たちは今まさに、社会主義の世界にいます。寡頭政治です。疑いの余地がありません。こちらが共産党宣言の10項目です。マルクスの10項目です。マルクスは、感情を刺激して真実だと信じさせるように、美しい言葉で飾って書いています。結論がこれらです。私有地の没収など。このスライドで私が面白いと思ったのは、この10項目に相当する政府機関がすべてあるということです。

1.「私有地の没収」
不動産には税金がかかります。真にその土地の所有者であるなら、土地に税金がかけられるべきではありません。あなたが所有しているのです。あなたが土地の君主です。あなたたちはその土地の王と王妃ですから、誰もその支配に対して課税できないのです。

2.「重い累進所得税」
これはIRS(内国歳入庁)ですね。

3.「相続権の廃止」
相続税があります。

4.「すべての移民と反逆者の土地の没収」
これもIRSですか。国土安全保障省もそうだと思います。

5.「中央銀行」
これは何ですか。連邦準備制度です。政府の銀行ではありません。個人銀行です。

6.「通信と輸送の政府による管理」
運輸省、FCC(連邦通信委員会)はメディアコンテンツの規制をしています。これは危険です。天一国では禁止しています。大企業や国外企業によるマスメディア所有を禁止しています。全体主義者のように民衆を支配したければ、マスメディアを管理しなければなりません。韓国が朴大統領の独裁下にあったとき、3S政策がありました。セックス(sex)の支配、スクリーン(screen)、つまりテレビの支配、プロパガンダです。そしてスポーツ(sports)の支配です。

三つの別々の方法で大衆を催眠状態にします。古代ローマでは、パン(食料)とサーカス(娯楽)と呼ばれました。韓国では、セックス、スクリーン、スポーツでした。これについては以前話したことがあります。韓国のドラマの話です。特に女性が韓国ドラマにはまってしまいます。女性が中毒になります。韓国ドラマを見るのは、ポルノを見るようなものです。非常に危険なものです。以前話したように、その理由というのは、あなたの感情を利用するために作られたビジネスがあるからなのです。そして、この話をした理由は、韓お母様も中毒になっていたからです。

このようなドラマは、偽物の現実です。マーケティングと集団心理を理解している気難しい年寄りが書いた台本で役者が演技しているのです。実際に韓お母様は1日3時間から5時間、毎日見ていました。お母様が訓読会に参加しているときお父様が(お母様に)怒ってこんなふうに語られることがあったのを知っていますか。そのようなストレスをどのように解消したでしょうか。韓国ドラマです。彼女に何が準備されていたでしょうか。韓国ドラマのデータベースです。ビデオのデータベースです。コンピューターに入った何百というリストの。

男性がポルノ中毒になると、現実の女性と付き合うことが出来なくなります。現実の肉体を持った、美しい、生きている女性と付き合うことができません。幻想の世界としか付き合えません。ビデオゲームのように。しかしそれは性的な欲望のために行うものです。さて、韓国ドラマのようなロマンティックなドラマも、一般的に、それと同じようなものであってただ女性向けになっているだけです。感情的な幻想です。九つの輝く鎧とか、強くて悪い男が女性に改心させられるとか、何であっても、そのようなものはすべて、そのような小さなトリックは、あなたの心を引き付けるためのものです。

ポルノの中毒になっている男性が結婚生活をだめにしたり、現実の女性との関係がだめになるのと同じように、そのようなタイプの番組をいつも見続ける女性は、必ず結婚生活が破壊されることを保証します。夫がすることはすべて、最低で愚かだと思うようになります。あのドラマの主人公に比べたら。「彼は彼女を愛していたので目をくり抜いたのだ」「あー!今すぐティッシュペーパーをください」女性たち、いい加減にしてください。やめてください。悪魔があなたに求めています。夫を見て唾を吐かせ、彼はごみだと思わせたいのです。彼は名誉があり、不正をせず、一生懸命仕事をして最善を尽くしているというのに。どうしてこのようなものをいつも何時間も何時間も見るのでしょうか。

お父様がされたことがすべて、聖書的な文脈では解釈されませんでした。キリストとの関係において解釈されません。メシアに侍る関係において解釈されません。ああ、私はここに行きたい、あそこに行きたい。ああ、どうして私にはあれをしてくれないのか。ドラマで見るものは虚像です。現実ではありません。集団心理や女性の心理を理解している気難しい年寄りが書いたものです。女性たち、いい加減にしてください。

これは深刻です。プロパガンダの力は深刻なものなのです。私たちの関係において深刻です。ですから悪魔は私たちを画面に引き付けておきたいのです。朴大統領がやった方式の一つでもありました。民衆をスクリーン(テレビ)中毒にさせるのです。現代の世界を見てください。画面の中で生きています。iPhoneの画面で生きています。iPadの画面で生きています。コンピュータの画面で生きています。現代の子供は囚人よりも家の中にこもっています。これはアメリカ政府の統計です。現実に戻って来てください。お父様は現実の中にいました。被造世界の中に、荒野の中に、アマゾンのジャングルの中に、太平洋の冒険の中に、釣りに、クラフティングに、農業に、狩猟に、現実の中に!夜の星を見る中に。人間は、自分より偉大なものとのつながりを失いつつあります。

スクリーンを支配しなければならず、メディアを支配しなければならず、通信を支配しなければなりません。今見ているチャンネルはすべて、五つのメディア会社が所有しています。

7.「工業と農業の政府による所有」

8.「労働の政府による管理」

9.「共同農場、地域計画」
モンサントとFDAです。

10.「政府による教育の管理」
これは教育省です。

すべて違法です。これは全部違法です。そして今アメリカで何か起きているでしょうか。今、2200万もの人が政府で働いています。まるで一つの国のような数です。2200万もの人が、私たちよりも恵まれた権利を持っています。なぜなら私たちは天使長の下で働いていませんので。彼らはより多くの権利と、高い収入、良い住居、すべてより良いものを持っています。以前の説教で、人口全体に比較した給与の分配の統計について紹介しました。彼らは物を作るわけでもなく、人のために働くわけでもなく、革新的なことをするわけでもなく、顧客のために働くわけでもなく、すばらしい技術を作り出すわけでもなく、彼らは体制の一部なのです。組織の一部です。それは少数の独裁者によって支配されています。

イエス様が若者に話しかけたとき、イエスはこの若者がどこからその富を得たのか知らなかったと思いますか。イエス様は、エルサレム中で独裁者に加わりたいという者たちにうんざりしていなかったと思いますか。イエス様は、嫌気がさしていました。イエス様が言いたかったのはこういうことです。私に対して道徳者であろうとしなくても、家族と自分がどうやって富を得たのか自分でわかっているはずだ。自分が信心深いようなふりをするのはやめなさい。あなたはあらゆる手段でその権力を得たことが分かっている。それをすべて捨てなさい。すべてを捨てて、十字架を持って、私と一緒に追放者として迫害を受けなさい。これはまさにアメリカの現状と同じです。この社会では、自由のために主権のために立ち上がると、テロリスト、追放者になります。

お父様はこう語られています。

天聖経197(英語版)

地球星のどこに行っても、サタンが反対する影があっては、神様が自由と平和の園として造ったエデンの園の理想が実現されません。地球星にサタンが反対し得る影がなくなってこそ、地上天国が完成するのです。(57-128,1972.5.29)

「自由と平和」です。真の平和は神との関係があるところに来ます。真の平和は自由と責任があるところに来ます。お父様は何度、自由と責任と言われたでしょうか。5パーセントの責任、5パーセントの責任、責任、責任、責任!自由は責任と共にあります。

ですから神の国が説かれなければならないのです。ですから(天一国)憲法が発表されなければならないのです。ですから、神の国と福音がこの世界の舞台にもう一度現れなければなりません。これは戦いです。大きな戦いです。神の国の福音のために立ち上がれば、憎しみを受けます。嘲笑され、罵られます。

しかし、人類と神の側に立つなら、物事の成り立ち上、些細な罵りはすべて道端に落ちてしまうことを知ってください。そしてあなたは、英雄として、伝説として、自分自身を一時的な権力に売ることをしなかった者として立ちます。名誉を重んじる者として立ちます。戦士であり、人類を前進させ、人類と民族を神とその理想に向けて動かした者として立ちます。私たちは憎まれ、罵られたとしても、すべての子孫が私たちのことを記憶するでしょう。イエス様は、十字架を持って自分と一緒に立ち上がるように言いました。十字架に付きなさい、釘で打たれなさい、と。戦う理由としてより大きなものがあるのだと。それは、天と地の王国の福音であり、その王国は今来なければならず、これから来るのであり、私たちは最後の時を生きているのだと。

それは明日来ますか?

いいえ。

しかし、それは(いつか)来るでしょう。

SOS来てください。この歌を讃美するとき、神様に集中しましょう。神様が私たちの王国の、王の王です。神様はすべて捨てなさいと言われます。十字架を持って、私と共に歩みなさいと。神様はすべて成したのです。すでに成したのです。私は、不屈の精神を持つ人たちと共に立つことができて、また、サタンの波に対抗して立つことができ、善のために立つことができたことを感謝であり名誉に思います。

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