2016年7月3日「王国の繁栄」【英語説教日本語訳】 その1

Kingdom Prosperity   July 3  2016   Rev. Hyung Jin Moon   Unification Sanctuary  Newfoundland PA on Vimeo.png

翻訳:Bamboos
「王国の繁栄」  2016年7月3日

私たちがキャンプをする前に、すでに神の国について学びました。福音とは何か、イエス様が神の国について何を語ったかを理解し、福音について話しましたね。何度も取り上げてきました。もちろん、キリスト教の教会でも福音についての説教をしていません。

マタイによる福音書6章33節で、イエス様は次のように言っています。

「まず神の国と神の義とを求めなさい。そうすれば、これらのものは、すべて添えて与えられるであろう。」 (マタイによる福音書 6章33節)

私たちがこのようなキャンプをしたり、コミュニティを形成したり、自立することを学んだりする目的は何でしょうか。それは無関係の目的ではありません。文明を作る人々と出会うことです。Rタイプは文明を作りません。彼らは文明を利用するだけです。文明は、子供に投資し、長期的な思考を持ち、道徳と誠実さと名誉を持ち、真実を追及するような人々、Kタイプによって作られます。このような基台の上に文明が作られるのです。このキャンプでもそうですが、私たちが祝福されているとわかるのは何かというと・・・。國進兄さんと私が、天正宮を出てこの荒野に出てきて、そのためにお父様に侍ることができました。そして、数年が立ち、こうしてみなさんと出会うようになると誰が思ったでしょうか。皆さんはこんな荒野にやってくるとは、おかしな人たちですね。みなさんは頭がおかしいのではないですか。大丈夫ですか。(笑いと拍手喝采)

私たちは、主体とする方が同じなので、一つになることができます。私たちは、同じ神様を愛し、同じキリストを愛しています。しいたげられ、沈黙させられることはありません。何という祝福でしょう。キャンプの間、本当にたくさんそれを感じたのです。見てください、この人たちを。ここに集まった人たちのすばらしさを。おそらく、世界摂理の中にいたら、みなさんに会うことはなかったでしょう。本当に様々な背景の人々が、様々な場所から集まりましたね。実際たくさんの層があるので、それを越えて皆さんのことを知ることが難しかったです。あなたはブラジルからですか。あなたはロンドンですか。あなたの国はやっと自由になりましたね。BREXIT!しかし、反対勢力があるようです。

みな神の国と関係があります。なぜなら、神の国、文明は決してRタイプによっては作られないからです。Rタイプは自分たちがその糧を得て生きるために、文明を必要とします。文明を作り出すのはKタイプです。なぜなら、文明は勤労、道徳、共通の言語と文化と目的を基盤として作られるからです。文明は、搾取するようなことや生気のないところから生まれません。

神の国の理念。私たちが様々な分野から持ち寄ったこういったスキルを、グループ全体とすべての世代に提供するということにあります。このキャンプで、私たちはとても感謝しています。祝福されていると感じます。私はとても感動したのですが、金曜日に聖歌を一緒に歌ったのを覚えていますか。そこで聖霊が降りてその場に満たされたことを感じた人がいるでしょうか。聖歌を全部歌いましたね。キリスト教と関係がなくここにいるなら、単に何か古臭い歌に聞こえます。しかし、キリストとの関係を理解し、実際キリストとの関係を持ち、神との関係を持つなら、これらの歌は信じられないほど素晴らしいものです。「勇みて砕けよサタンの力・・・」(東の勇士)このような歌を聞けば、「うわーなんだあれは!」と若い人は思うでしょう。教師やリベラル派の教育者は、「善悪二元論的な原始的な宗教だ」とか色々と言うでしょう。実際そう言っているのを聞きました。本当に神とキリストとの関係を持つということからすると、素晴らしいのです。それは本当に戦いなのですから。悪魔は常に、戦う必要などないと嘘をつきます。「流れに乗って行きさえすれば良いです。エリートに導かれるままにして、エリートを信頼して従いなさい。それでうまく行きます」と。ロシアでも、カンボジアでも、ドイツでも、中国でも、皆そう言われたのであり、結局奴隷になりました。

あのディズニーの映画は何でしたか。セイウチが笛を吹いて貝があとをついていく話は。不思議の国のアリスですか。「おいでかわいい貝(訳注:カキ)さん」といってセイウチが笛を吹くと、貝が「オーケー、彼についていこう」「平和、愛、寛容、統一だ」と言って、それでついて行って食べられてしまいます。

文明はRタイプによっては作られません。絶対にです。天使長によっては決して作られないのです。不正や詐欺によっては作られません。文明はそのような方針からは生まれません。文明が世代を超えて、安定性を獲得し成長するためには、道徳が必要です。倫理が必要です。論理的な思考が必要です。そのような機能がすべて必要です。長期的な思考です。

文明はKタイプによって作られます。キャンプに来たグループを見たときに・・・。見てください、この人たちの素晴らしさを!この人々は皆、迫害され、嘲笑され、友達もすべて失いました。OK、すべて(の友達)ではないのですね(笑)。新しい友達を与えられましたね。神は善と悪を分別するのです。サタンが侵入したとき、神は善と悪を分立しなければなりません。神に忠実でありながら、サタンと寝ることはできません。他の女性と寝ながら、妻と結婚していることはできません。善と悪は、相互に排他的なのです。

このキャンプとこの場にいる人を見たとき、本当にすばらしい人たちです。皆さんは戦士であり、自覚を持った人たちです。お父様に対する愛を持った人たちです。真の信仰者です。そして金曜日に皆さんと一緒に歌って、聖霊を感じました。本当にものすごいものを魂で感じました。

神の国はいつも、このようなことをする人々によって作られます。つまり、まず神の国とその義を求める人々。このような人々が神の国を生み出します。長続きする文明で、不正と不道徳によって作られたものはありません。それは文明の崩壊です。

イエス様はマタイによる福音書10章で、「行って、『天国が近づいた』と宣べ伝えよ。」(7節)と言われました。

そしてイエス様は、ルカによる福音書の4章(43節)で、「わたしは、ほかの町々にも神の国の福音を宣べ伝えねばならない。自分はそのためにつかわされたのである」と言われました。非常に多くのクリスチャンがこの聖句を吟味していません。様々な宗派が2000年間、クリスチャンに説教しましたが、この聖句を吟味していません。イエス様が、自分は神の国を宣べ伝えるために遣わされたと言っています。イエス様は、自分が十字架で死ななければならないと宣べ伝えるように言いましたか。イエス様は、死んでから三日後に復活すると宣べ伝えるように言いましたか。イエス様は公には言いませんでした。弟子たちに個人的に伝えました。これは大きな違いです。神の国を宣べ伝えるように天の父に送られたと言いました。あなたがイエス様を愛するなら、この聖句について本当に真剣に考えてみなければなりません。

マタイによる福音書の4章(23節)です。
「イエスはガリラヤの全地を巡り歩いて、諸会堂で教え、御国の福音を宣べ伝え、民の中のあらゆる病気、あらゆるわずらいをおいやしになった。」

イエス様は神の国について説教しただけでなく、神の国の福音について説教しました。福音は、良い知らせのことです。他の宗派で語られてきたことは、誕生、十字架の死、埋葬、復活でした。この場の皆さんは誰も復活の力を否定しないでしょう。神様が十字架に対して使った救いの力も否定しません。十字架の救いは本当にあります。神の恩寵を理解することで本当に救いがあります。しかし、イエス様が福音について語っていた時、イエス様は神の国の福音について語っていました。このことが伝えられていません。どんな宗派でも10のうち10が、100のうち100がほとんど神の国について説いていません。

マルコによる福音書、1章14節、「ヨハネが捕えられた後、イエスはガリラヤに行き、神の福音を宣べ伝えて言われた、『時は満ちた、神の国は近づいた。悔い改めて福音を信ぜよ』。 」

マタイによる福音書、9章(35節)、「イエスは、すべての町々村々を巡り歩いて、諸会堂で教え、御国の福音を宣べ伝え、あらゆる病気、あらゆるわずらいをおいやしになった。」

マタイによる福音書、24章(14節)、「そしてこの御国の福音は、すべての民に対してあかしをするために、全世界に宣べ伝えられるであろう。そしてそれから最後が来るのである。」サタンの王国の最後のときは、始まり、つまり神の国の福音が説かれ始めるときです。

ここでいくつかの聖句を見てきましたが、過去の説教を確認していただければもっとたくさんの聖句で、イエス様がはっきりと福音は神の国であると言っていることがわかります。

今日私たちは、神の国と福音についての勉強をしていきます。
マルコによる福音書の10章から見ていきます。マタイによる福音書で見たものと似ていますが、ニュアンスが少し違います。

15:よく聞いておくがよい。だれでも幼な子のように神の国を受けいれる者でなければ、そこにはいることは決してできない」。16:そして彼らを抱き、手をその上において祝福された。17:イエスが道に出て行かれると、ひとりの人が走り寄り、みまえにひざまずいて尋ねた、「よき師よ、永遠の生命を受けるために、何をしたらよいでしょうか」。18:イエスは言われた、「なぜわたしをよき者と言うのか。神ひとりのほかによい者はいない。19:いましめはあなたの知っているとおりである。『殺すな、姦淫するな、盗むな、偽証を立てるな。欺き取るな。父と母とを敬え』」。20:すると、彼は言った、「先生、それらの事はみな、小さい時から守っております」。21:イエスは彼に目をとめ、いつくしんで言われた、「あなたに足りないことが一つある。帰って、持っているものをみな売り払って、貧しい人々に施しなさい。そうすれば、天に宝を持つようになろう。そして、わたしに従ってきなさい」。22:すると、彼はこの言葉を聞いて、顔を曇らせ、悲しみながら立ち去った。たくさんの資産を持っていたからである。23:それから、イエスは見まわして、弟子たちに言われた、「財産のある者が神の国にはいるのは、なんとむずかしいことであろう」。24:弟子たちはこの言葉に驚き怪しんだ。イエスは更に言われた、「子たちよ、神の国にはいるのは、なんとむずかしいことであろう。25:富んでいる者が神の国にはいるよりは、らくだが針の穴を通る方が、もっとやさしい」。

同じ内容をマタイによる福音書でも学びました。ここでは21節に注目してみましょう。キリスト教の神学や説教などでは、伝統的にこのように解釈していました。イエスは、金持ちになることは悪いことであり、すべて貧しい人に与えるべきだと言っているのだと。単純に読んだだけでも、自分は貪欲だと感じるでしょう。しかし、イエス様は、従ってきて自分と一緒に迫害を受けなさいと言っているのです。従って来るなら後ろに隠れていないで、自分から進んで十字架を、その重荷、憎しみを受けなければならないというのです。人々に嘲笑されることを受け入れなければなりません。マタイで読んだときに話したと思いますが、この若者は重要な地位にありました。高い地位で多くの財産を持っていました。

イエスの生きていた時代はどんな時代だったでしょうか。このような時代です。これはジュリアス・シーザーがブルータスに暗殺される場面です。エルサレムと全ユダヤはローマ帝国の支配下にありました。共和制でしたが腐敗しており、最終的には独裁制になりました。この絵は、シーザーが「ブルータス、お前もか」と言って刺され、殺害される場面を描いています。これは、共和制が終わりを迎え、帝国が始まる時代です。面白いと思いませんか。共和制が終わり、独裁制が始まりました。いつ始まったかというと紀元前44年です。シーザーは終身独裁官に就任しました。そして、ブルータスとカッシウスをはじめとする元老院派のための共謀者によって殺害され、オクタウィアヌスがギリシャから帰還しました。そして紀元前27年にオクタウィアヌスは自身をアウグストゥス(尊厳者)と名乗り、初代ローマ皇帝となりました。

イエスの時代というのは、ちょうどこのような時代でした。政治体制全体が、共和制の代議政治から腐敗してしまいました。しかし、最終的には、民主主義へと堕落します。そして民主主義は常に一時的なものなので、当然独裁制になるわけです。これがイエスの時代の背景です。

さてこの若者は、高い地位と多くの財産がありました。どうやってこの時代に多くの財産を蓄えたのでしょうか。自由市場の時代ではありませんでした。顧客にどれだけ尽くすかとか、革新や競争によって報酬を受けるというような時代ではありませんでした。この時代では、手段を選ばずにエリートグループに入り込んで、寡頭政治の一部に加わり、権力者にお世辞を言って政治的に列に加わることによって権力に入り込み、それで自分も権力を獲得して下の人間を排除できるようになるのでした。このようにして財産を蓄えるのです。人に仕えたり、人のために生きたり、たくさんの商売をしたりするのではありません。他人のための製品やサービスを提供するのではありません。政治的な列に加わるのです。権力者に上り詰めることができるように上に上がろうと列に乗ります。

この若い男が高い地位と多くの財産を持っていたことを私たちは知っています。ということは、彼の家族も係わっています。この時代の世界では、家族の関係と、政治的なつながりで高い地位に上れるからです。そうやって権力を握ります。イエス様は、こういいます。あなたはこれらの富をすべて手段を選ばずに蓄えた。寡頭政治によって蓄えた。それをすべて捨てなさい。すべてを捨てて自分の十字架を持って、私に従いなさい。そして神の国を作るのを手伝いなさい。これは反対のことです。自分がしてきたことや家族がしてきたことと反対です。あなたの家族はこの梯子を上って人を暗殺し、ブルータスがやったように人を裏切って、富を得たのだ。

エリートの人々を理解するなら、そしてアメリカでは、共和制が急激に縮小しています。表向きはもう寡頭政治です。昔は共和制でした。私たちは、自分たちの権力を失うまいとするエリートのグループがトップに君臨しているという状況にあります。ブルーミングデールズという大きなショッピング・チェーンの後継者で、億万長者のラオという人がいます。この人が今週次のように書いていました。「無知な大衆が自分たちの自由のために立ち上がる。BREXITやアメリカのドナルド・トランプの革命、無知な大衆がこういうことをやっている。無知な大衆の暴動を鎮圧するために、エリートのリーダーが結集することを求める」この人は、ブルーミングデールズチェーンの人で、エリートの家庭の一つです。これが彼らの考え方です。一般の人とは違った考えをします。このような人々はどうやって権力を手にしたのでしょうか。どうやってエリートのグループに入ったのでしょうか。どうやって権力のための支援と友人やネットワークを得たのでしょうか。多くの政治的なつながりがあります。表に出てこないことがたくさんあるのです。

精神状態そのものが罪です。精神異常か、人格障害の状態だと言えます。権力を握り、自分に力があると感じるだけでなく、文字通りこの世を支配しているのです。支配することに対して異常な精神状態です。病的で異常な支配欲を持った精神状態です。人間性を失ってしまっても、繁栄し、革新的なことを行い、ものすごい技術開発をして、そうやって何でもただ支配しようとするのです。このような精神状態は、神から来るものではありません。神は自由意思を与えました。善と悪を選択する能力を与えました。それは私たちを信頼するが故です。善悪を選択することができるというのは、大きな信頼です。90パーセント、99パーセントの親もそのようなことを子供に与えません。人間に対する大きな信頼があります。自由と責任を与えるほどに。「あなたは自由です。善と悪を選択できます。しかし、それには結果が伴いますので気を付けてください」

天使長の生活には結果に対する責任がありません。50人の相手とセックスしても良いし、子供を殺したとしても結果は関係ありません。そんなものは人間の肉の組織だと。結果に対する責任はありません。健康教育だといって5歳の子供に大人の性行為を教えても、結果に責任を持たないのです。外国の銀行からお金を借りても結果に責任を持ちません。大きな石油会社のように、利益のために戦争して人を殺しても結果に責任を持ちません。天使長はいつも、結果に責任は必要ないと言って私たちを騙そうとします。「好きなように生きなさい。やりたいことをしなさい。結果は気にする必要ない」。もちろんそのように生きてみれば、実際にはすぐに結果があることが分かります。ニーチェのように、最期には馬を抱きながら死んでしまいます。狂っています。今私たちが見ているこういう現象は、新しいものではありません。古くからあるものです。

共和政ローマは崩壊し、ローマ帝国がすべての地中海沿岸と北アフリカに至るまでを支配していました。イエスの時代までに、フランス、ギリシャ、地中海東部まで及んでいました。スペイン、北アフリカ、イタリアのピニンシュラなど。それは世界の覇権でした。その覇権の中でどうやって裕福になるのでしょうか。手段を選ばずに裕福になるのです。エリートのセックスクラブに入って裕福になります。子供をエリートに捧げて裕福になります。多神教の悪の宗教儀式に参加します。そのようにして主導権を得ます。残念ながらアメリカでも同様です。

神はアダムとエバに自由を与えました。アダムとエバに絶大な信頼を持っていました。アダムとエバは人類全体を代表します。神は自由と責任を人類に与えました。それは信じられないほどのことです。この世界のエリートを見たとき、反対なのです。彼らは人間の潜在的な力を解放させようとしません。中流階級を解放させようとしません。何故なら中流階級は彼らの敵だからです。ですから歴史的にも彼らは中流階級に反対してきました。しかし、天一国の自由と責任の中では、自由と責任は守られます。結果に対する責任は現実のものですが、あなたは自由です。

お父様がおそらく最も重要だとされていたことの一つが、精誠の「誠」という誠実さを表す漢字で、言葉が実現するという意味になります。左側が言葉で右側が「なる」です。言葉が成る、言葉を本当のものにする、言葉を実現するということです。天使長の介入がない場所では、皆さんは正直な人間にならなければなりません。自分が不正直な人間だとしたら、どうやって他人とビジネスをするでしょうか。あなたが不正をする人だと皆知っています。別の人が彼は不正をする人だと伝えます。彼は不正をするから彼とビジネスをしてはいけないと言います。自由社会で、あなたが不正直な人間だとしたらどうやってビジネスをしますか。あなたは自分の行動の結果に責任を負うのです。悪なる行動は重大に罰せられます。それは、誰かがあなたを叩いて罰するわけではなくて、人間の自然な相互関係によって執行されることになります。何故なら人間には神の似姿として善に導こうとする意識があるからです。原理で本心と呼ぶものです。自由社会では、本心が生きており、活性化されています。私たちが悪いことをして、人をだましたりすれば、同じぐらいにしっぺ返しに会います。本心はそれが悪いことだと知っており、社会自体が、ほとんど霊的な方法と同様に、そのような行動を罰するのです。単にそういう人を相手にしなくなることによって、そのような人の夢を支援しなくなることによってです。なぜなら不正直だからです。ですから正直や誠実、契約履行、約束を守るといったことが、あの人のところに行ってみたい、あの人と取引したい、仲間になりたいという評判につながります。政府がそうしなさいと言わなくても、自然にそのようになります。私たちには直感があり、本心があるからです。霊的な直観もあります。誰が価値ある人なのか、損害のもとになるのかを感じ取る能力があります。

勤労。他の人に尽くす。透明性。ある姉妹が、お父様に侍った二年間で悟った最も重要な原則は何だったかと私に尋ねました。私は彼女に、透明性です、と答えました。お父様の生き方には透明性がありました。完全な透明性です。個人的な時間がまったくないのです。独りになることがありません。行事があるときでも、人が入ってきます。リーダーたちが自分の地位を上げようとして人を連れてきます。自由な時間、プライベートな時間はありません。これは大げさで簡単なように思えるかもしれませんが、実際そうではありません。簡単ではないのです。ライブカメラが24時間向けられて、全世界が見ているようなものです。お父様が行われることも、すべて透明性がありました。清平や韓お母様が行ったこととはまったく違いました。お父様は訓読会でいつもご自分がされたことを語られました。金曜日に誰かと話しましたが、麗水で狩猟や漁業、農業の開発をされていました。

自由社会で謙虚になる方法を学びます。あまりにも大きな約束をしすぎないようにすることを学ぶべきです。もし実現できなかったらどうしますか。みんなはあなたを信頼できないと思うでしょう。取引できません、仲間になりたくありません、と言うでしょう。自然に悟るのです。政府や公共機関がこうしなさいと言わなくても、自然に学びます。なぜなら、人々は自由であり責任を持つからです。約束するときは控えめにすることを学びます。自分が奉仕する人を喜ばせてください。顧客のために余分に働いてください。そのような原理を学んでいますね。為に生きるということを学びました。お父様は、愛の核心は他の為に生きることだと言われました。お父様がどのように為に生きたか考えてみてください。政治的な活動をしました。商業的な活動をしました。この地上に天国を作ろうとしていました。人々が現在のシステムから離れて自分で稼ぎ、自立するのを助けるシステムを教えました。

<つづく>

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