韓オモニの堕落について-国進ニム

4/10 式典後の懇談会から

Q   A   One Day Workshop   April 9  2016   Unification Sanctuary Newfoundland PA   YouTube.png

ここにいる皆さんは原理を勉強されましたね。統一原理を知っていますね。
イエス・キリストが地上に来られ十字架上で亡くなられ霊的救いのみがなされました。それだからキリストは再臨しなければならないのです。いかに肉的救いをなすか。

血統と王国とは何ですか?王国とは「誰」を指しますか?原理を考えあわせる時、「王」という表現は私には控えめ過ぎて物足りない感じがします。

王こそが王国なのです。創造原理を見る時、アダム的人物は霊肉の後継者として息子を残さなければなりません。それこそが原理の目的であり、創造目的ではありませんか。父子の関係です。摂理的に重要なことは霊肉共に主体的相対の役割を世代を継いで伝えていくことです。

イエス・キリストの十字架刑を考える時、主体的相対の役割が霊的にのみ継承されたことが分かります。なぜなら弟子の誰一人としてキリストの血統を継ぐ者がいなかったからです。

では弟子がキリストの血統を継いでいないとすれば彼らの血統は何ですか。(サタンの血統です)
その通りです。
弟子たちが受けた祝福は条件的な祝福でした。なぜなら霊肉共に血統をつなぐ息子が存在しなかったからです。弟子たちは霊的に侍りましたが肉的にはそうしていません。だから祝福は条件的なものとなったのでした。イエス・キリストの時には霊肉共の救いを受けることができなかったのです。

再臨主、真のお父様を中心に起こった問題を見る時、天聖経を見れば分かるのです。お父様はそこでお母様についてどう語っておられますか。真の母は神の血統から来ると言っておられますか、それともサタンの血統から来ると言っておられますか。

天聖経は明快に「お母さまは天使長の血統から生まれた」と書いています。特別に用意されたサタンの娘です。天聖経にはそうあります。お父様のみ言はそれに関して30年以上一貫しています。お母さまが受ける祝福はキリストの花嫁になるための条件的なものだったのです。神様の種を植える畑としての役割を果たさなければならなかったのです。

キリストの種によってお母さまの畑からサタンのものではない神の血統を収穫できるのです。だからサタンの娘としてのお母様の役目を神学的に理解するとき、お母様がむしろサタンの娘でなければならないことが分かります。「精子神学」の基礎を理解すれば、メシアの種はサタンの子宮から神の血統を収穫しなければならない必然性があるということが分かるのです。
 
お父様が神の血統を最もサタン的な子宮から生み出すことができれば、それ以外のサタン的子宮からいつでも神の血統を収穫できるようになるのです。それが条件的祝福を受けたサタン的血統をもつお母さまがキリストの花嫁になるという重要な役回りでした。

あくまでも条件的祝福なのでその使命を果たさなければなりません。そうしてこそ真の母の位置を守ることができるのです。

原理的に見る時、真の母の責任はいかなるものでしょうか。エバの位置を完成すること、これでしょう。エバの位置とは何でしょう。対象的相対です。これを完成させなければならなかったのです。完成した対象とはどのようなものでしょうか。それはいかなる状況に置かれても対象の立場を離れないということです。主体になろうなどということを夢にも思わない女性だということです。自己を完成させて主体的相対に付き従うのです。

アダムについて考えてみる時同じことが言えるでしょう。アダムは主体として主体的相対の位置を完成しその位置を決して離れてはなりません。だから天使長はイエス様に「この世の栄耀栄華を与えるので自分にひれ伏せ」と誘惑しました。しかしそれをするとアダムは主体の位置を離れ天使長の対象の位置に立つことになります。創造理想的にはアダムは主体として対象的立場に立つ天使長を主管しなければなりません。

だからその誘惑に陥ることがアダムの堕落となるのです。もちろんキリストはその誘惑を拒絶するでしょう。原理は中心人物がその位置を守ることを要求しています。その観点から再臨主であられる真のお父様の生涯を見る時、お父様は決して一度も主体の位置を離れることはありませんでした。その生涯の最後の日まで主体的相対の位置を守り抜いて行かれました。

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お母様ですがお父様が生きておられるときは対象としてお父様に従っておられましたがお父様の聖和後、その対象の位置を離れ主体の位置に立ってしまいました。原理的には対象的相対の位置を離れたエバの堕落という他ありません。エバとしての使命に失敗したのです。

この事実をどう原理的に解釈しても「対象的相対の死」とみなさざるを得ないということに気付きます。「対象的相対の死」は「エバの堕落」を意味します。

このようにエバは堕落しましたが、お父様は主体としての位置を全うされたので、お父様の種をもつ後継者が二代王として立ち、お父様の使命は二代王に引き継がれたのです。そしてお父様の霊肉を受け継ぐ三代目の王が再臨主、真のお父様の実体として地上に立つことになったのです。
 
ですから条件的祝福を得た韓オモニがその使命を完遂できなければ元の位置に戻る道はありません。ですから一部の人が主張するように二代王とお母さまが和解して過ぎ去った日々は水に流す…といったことは原理的に許されないのです。

条件的祝福を受けた者がひとたびその位置を離れたならもうそこに戻るすべはないのです。お母様は堕落の血統、天使長の血統から生まれた事実を忘れてはなりません。別の人物にその使命は移される他ないのです。
 
 
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