2016年4月17日「天国の種をまく人」【英語説教日本語訳】全文

Kingdom Sower April 17 2016 Rev. Hyung Jin Moon 1 Unification Sanctuary Newfoundland PA on Vimeo.png
 
今日はマタイ13章から始めましょう。聖書をお持ちの方はご覧下さい。
ところで2週間前には同じ章で「麦と毒麦」について見ました。今日見るのはマタイ13章の中でも最も有名な箇所です。

マタイ13章
13:1その日、イエスは家を出て、海辺にすわっておられた。 13:2ところが、大勢の群衆がみもとに集まったので、イエスは舟に乗ってすわられ、群衆はみな岸に立っていた。 13:3イエスは譬で多くの事を語り、こう言われた、「見よ、種まきが種をまきに出て行った。 13:4まいているうちに、道ばたに落ちた種があった。すると、鳥がきて食べてしまった。 13:5ほかの種は土の薄い石地に落ちた。そこは土が深くないので、すぐ芽を出したが、 13:6日が上ると焼けて、根がないために枯れてしまった。 13:7ほかの種はいばらの地に落ちた。すると、いばらが伸びて、ふさいでしまった。 13:8ほかの種は良い地に落ちて実を結び、あるものは百倍、あるものは六十倍、あるものは三十倍にもなった。 13:9耳のある者は聞くがよい」。
13:10それから、弟子たちがイエスに近寄ってきて言った、「なぜ、彼らに譬でお話しになるのですか」。 13:11そこでイエスは答えて言われた、「あなたがたには、天国の奥義を知ることが許されているが、彼らには許されていない。 13:12おおよそ、持っている人は与えられて、いよいよ豊かになるが、持っていない人は、持っているものまでも取り上げられるであろう。 13:13だから、彼らには譬で語るのである。それは彼らが、見ても見ず、聞いても聞かず、また悟らないからである。

この最後の12節を見て下さい。この部分は非常に不思議な聖句です。11節から見てみましょう。

13:11そこでイエスは答えて言われた、「あなたがたには、天国の奥義を知ることが許されているが、彼らには許されていない。 13:12おおよそ、持っている人は与えられて、いよいよ豊かになるが、持っていない人は、持っているものまでも取り上げられるであろう。

謎めいた聖句だとは思いませんか。その意味が分からなくとも何となく実感することはできます。この部分についてはキリスト教世界では多くの注釈、解説がありますが、一度、自由社会、天一国憲法の観点から見て下さい。天一国憲法の中で神の王国の謎について詳細に描かれています。

天一国憲法の観点から見る時「おおよそ、持っている人は与えられて」の「持っている」とは何を持っているのでしょうか。それは天一国憲法の知識だといえます。

そして持っている人は「いよいよ豊かになる」とあります。神の国について知り、その祝福を受けそこで暮らす人々は、自分達がこの世で最も自由な国を造り出そうとしていることを自覚しています。人々、仲間と協力して作る、より自由な結社、より自由な交易が確保される大きな自由と機会のある社会。これは現実に人々が生きて生活する世界です。
地上天国は現実に人々が生活する場所だというのです。決して天使の舞うディズニーランドのような夢の世界ではありません。

2週間前に「麦と毒麦のたとえ」で見たように、王国には「毒麦」も存在するのです。イエス様が語っているような問題を含む雑草もそこに生えるということです。そこに天使が登場して麦と毒麦を分けて毒麦の方を火に投げ入れましたね。

そこでエンジェル(天使)の語源であるアンゲロス(άγγελος)という言葉について学びました。神聖な天界の天使の意味とは別に、体を持つ天使を意味していると言いました。

聖書の記述に、天国に行くと「天使のようになる」とあります。天使は力を持つとともに天国では仕える者です。「平和警察」「平和軍」を想起して下さい。それはすべての市民・国民が為に生きる精神の発露として隣人を守る役割を「平和軍」「平和警察」を通して果たすということです。そこには連邦警察も連邦軍も存在しないのです。

歴史的にも中央権力として存在する「武力」こそ最も危険な存在であるということを我々はよく知っています。独裁者がそれを掌握することはいともたやすいというのです。この天使長的サタン的パターンが人類堕落歴史の中で何度も何度も繰り返されるのをいやというほど見てきたのです。

アダムに与えられたものは王国であり、アダムはそこで王になるべきでした。そして全地を統治するはずだったのです。アダムとエバが主権者です。しかし王国は堕落し、取り上げられ、その結果ルーシェルが王国を盗み取りました。この世の王子、この世の王になったのです。

サタンはイエス様を何と言って誘惑しましたか。お金や権力で誘惑したのではありません。この世の王国をもって誘惑したのです。自分にひれ伏すならこの世の王国を与えようと言って誘惑しました。試練から戻ったイエス様は繰り返し、繰り返し神の国の福音を宣べ伝えました。

12節の「持っている人は与えられて、いよいよ豊かになる」の意味はなんでしょう。王国とその憲法を持っている人は自由の意味を知り、自由な取引と自由なコミュニティづくり、そのネットワーク形成を通してすべてにおいて良好な結果を得ることができます。実体の天国がまだ現実になっていないとしても霊的には天国圏に入っているのです。
誠実な仕事相手を求め、双方が得をするような解決策を求めることで豊かになることが可能です。

一方、「持っていない人は、持っているものまでも取り上げられるであろう」の意味は何か。神の国の神秘を悟らない人、その憲法の知識に欠ける人、神の国がどのように建てられるのか分からない人々は、社会主義や共産主義といった一方に偏った考え、「妬み」を促進する思想に捉われる。この者はあなたよりも多く持っている、恵まれている、それは悪であり、自分達に権力を与えてくれるなら奴らから奪い取り上げてあなたに分け与えよう、などとささやきます。その言葉に乗ってしまうと政府の奴隷になるのです。

その結果持っているものまで取り上げられてしまいます。それは自由を売った代償です。社会主義、共産主義などを採用すれば、皆さん自身の胸の内で「嗚呼、自分は犠牲者だ」「権力を使って他の人の財を奪い取らせよう」などと考えるようになるでしょう。まるで悪魔です。ですから世界の社会主義、共産主義国を見て下さい。結局、国民は持っているものまで取り上げられてしまいます。その約束は偽りです。すべての国民は平等であるべきだ、世界のプロレタリアートよ立ち上がって大企業、資本家を排除せよ、資本と権力の集中がなされればそのあと自然に分散されるというマルクスの甘い言葉はけっして実現などしません。その中央権力による支配は強まることはあっても緩むことなどないのです。

天一国の体制と社会主義、共産主義、寡頭政治などの中央支配との違いが際立ちます。天一国を所有するものはますます豊かになる、これです。一方、天一国を持たざる者、社会主義、共産主義、寡頭政治などの中央支配体制では最後には持っているものまで取り上げられてしまうのです。まさに共産主義国の実態だというのです。

私はお父様の命で共産国家を何度か訪れたことがあります。この目で見ました。隣町に行くのでさえ地元の役人に届けを出さなければならないのです。別の通りに車を自由に進めることすらできません。独裁国家のなれの果てです。

このような観点で聖句を見る時、その意味を明確に知ることができます。

マタイ13章
13:18そこで、種まきの譬を聞きなさい。 13:19だれでも御国の言を聞いて悟らないならば、悪い者がきて、その人の心にまかれたものを奪いとって行く。道ばたにまかれたものというのは、そういう人のことである。 13:20石地にまかれたものというのは、御言を聞くと、すぐに喜んで受ける人のことである。 13:21その中に根がないので、しばらく続くだけであって、御言のために困難や迫害が起ってくると、すぐつまずいてしまう。 13:22また、いばらの中にまかれたものとは、御言を聞くが、世の心づかいと富の惑わしとが御言をふさぐので、実を結ばなくなる人のことである。 13:23また、良い地にまかれたものとは、御言を聞いて悟る人のことであって、そういう人が実を結び、百倍、あるいは六十倍、あるいは三十倍にもなるのである」。

これも謎めいたみ言です。通常は信仰観から解釈します。もちろんそういう見方もできます。しかしこれも王国の観点からみて下さい。イエス様は天国理想を知る方でした。エデンの園、神の王国をもう一度地上に取り戻そうと、弟子たちに毎日祈りなさいと命じられました。

天におられるわたしたちの父よ、
み名が聖〔せい〕とされますように。
み国が来ますように。
みこころが天に行われるとおり
地にも行われますように。
・・・

明らかにイエス様は天国とはどういうものであるかご存知でした。しかし当時の人々はローマ帝政の下で暮らしていました。生まれてこの方ローマによる支配のもとで生きてきたのでイエス様のいう王国を理解することができなかったのです。あたかも共産国家で生まれ育った人々に天一国憲法の意味、自由社会を講義するようなものです。一体どうしてそういう社会が可能であるのか分からないのです。

マタイ13章
13:18そこで、種まきの譬を聞きなさい。 13:19だれでも御国の言を聞いて悟らないならば、悪い者がきて、その人の心にまかれたものを奪いとって行く。道ばたにまかれたものというのは、そういう人のことである。 13:20石地にまかれたものというのは、御言を聞くと、すぐに喜んで受ける人のことである。 13:21その中に根がないので、しばらく続くだけであって、御言のために困難や迫害が起ってくると、すぐつまずいてしまう。 13:22また、いばらの中にまかれたものとは、御言を聞くが、世の心づかいと富の惑わしとが御言をふさぐので、実を結ばなくなる人のことである。 13:23また、良い地にまかれたものとは、御言を聞いて悟る人のことであって、そういう人が実を結び、百倍、あるいは六十倍、あるいは三十倍にもなるのである」。

上の聖句でイエス様は「み言を聞いて悟らないならば、悪いものが来て奪い取っていく」と説明されています。また「石地にまかれたもの…御言を聞くと、すぐに喜んで受ける(が)…御言のために困難や迫害が起ってくると、すぐつまずいてしまう」と言われ、「いばらの中にまかれたものとは、御言を聞くが、世の心づかいと富の惑わしとが御言をふさぐ」と言われました。

ここで知っておかなければならないことは、ひとたび天一国と天一国の到来を知るとプレッシャーを受けるようになるということです。皆さんは攻撃を受けるようになります。これは重要なことです。なぜなら天一国がこの世のものではないからです。人類史上このような王国がなかったからです。過去の王国とは徹底的に異なっているのです。

ですから天一国の王国としての神秘、自由と責任、天一国憲法の奥義を知るとき世の中から圧力を受けるようになるのです。悪いものが奪い取っていく、み言のための困難や迫害が起こってくるようになる。「悪いもの」とはこの世の富の偽りによって誘惑する者達です。

世界の富豪を見て下さい。全体の1%ではありません、0.01%の超富豪のことを言っています。ある調査によれば世界全体の富は数千人の手に握られていると言います。そして彼らはわずか数行の巨大銀行に関係する者達です。

では聖句のようなことがどのような仕組みで起こるのでしょう。

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マモン(新約聖書では富をあらわす言葉として現れる)は巨大銀行という神でありお金という神です。神とマモンの両方に仕えることはできません。全世界の金融、お金の流れをコントロールしている。このことがどれほど馬鹿げたことか分かりますか。

そしてそれらは実質的に共産主義、社会主義、寡頭政治を支えています。では一体なぜ巨大銀行が中央集権の思想を支持するのかというと、「大きな政府」を志向するからだということができます。「大きな政府」一つをつかんでしまえば、3億人の人を説得する必要などありません。3億人の人の心をつかむより、「大きな政府」一つをつかんで動かす方が簡単だからです。それできるなら政府の軍隊まで動かすことができるというのです。そして競争相手をつぶし自分を有利にすること国の立法などを通して可能になるのです。

それだけにとどまらず巨大教会やカトリック教会にまで融資しています。ローマ法王は巨大銀行や国連の政策、ゲイ問題などを100%支持しています。世界政府構想を100%支持しているのです。

そして「大きな政府」は大企業とメディアをコントロールします。天一国では私企業がメディアを所有することを禁止しています。それは違法行為なのです。なぜそうするのかを知ることが重要です。天一国でメディアは個人に委ねます。企業ではなく個人が所有するのです。CNNなどのメディアを企業が所有することを許しません。

アメリカには200を超えるチャンネルがあります。それを3つか4つの企業が所有しているというのです。つまり3、4人が全国の人々の見聞きする内容を決めているということになります。信じられないことです。

テッド・ターナー(CNN創業者)とディズニー、そしてマードックなどの巨大メディアによって大概のメディアが支配されているのです。だから年がら年中くだらないメッセージを聞かされるというのです。家庭も親もそんなものはどうでもいい、結婚もくだらない、子供の方が何でもよく知っている、ドラッグがかっこよくて、フリーセックスがいい。そのようなメッセージで溢れかえっています。

人々の幸せや人生を破壊するメッセージです。不幸になり、意気消沈している人々のほうが支配しやすいからです。こっちに行けと言えばすぐそっちに行くでしょう。賢明な人、天一国を理解し、権力構造を知り、中央集権に対する自由と責任を理解する人々は好まれません。

巨大金融が大きな政府を好み、その政府は大企業、巨大メディア、巨大な宗教教団をコントロールする。この構造をサタンは愛するのです。

マタイ13章の中でイエス様は「悪いものが来て奪い取っていく」「困難や迫害が起こる」などと外部からの圧力について話しておられます。

皆さんが若者だったとして高校や大学で「アメリカの中央銀行制度はやめた方がいいと思う」「大きな政府が結婚に口を挟むべきではないと思う」などと発言すれば直ちに迫害されるでしょう。

今週、20から30人の様々な人種からなる若者がある大学でトランプ候補支持の集会を開こうとしていると、おそらくはジョージ・ソロスの資金提供を受けるNPOの何百人もの学生たちがやって来て議論するならまだしも、ただただ「人種差別主義者!」と連呼して妨害しようとしました。

共産主義、社会主義、寡頭制などすべての独裁主義のやりかたです。聖句になんとありましたか?

「悪いものが来て奪い取っていく」「困難や迫害が起こる」

トランプ氏を支持する者は人種差別主義者?トランプ候補を支持する黒人は「自分は人種差別主義者ではない、そもそも黒人なのだから」という他ありません。移民を拒めば人種差別主義者といわれるのです。難民を家に迎え入れなければ人種差別主義者だと非難されるのです。家の鍵をかけるだけで人種差別主義者と呼ばれるかもしれません。

家に鍵をかけること、その必要性は誰もが理解します。負債の上で借金を重ねると負債が膨らむことも誰しも理解できるでしょう。

しかし「まかれた種」奪い取るために「人種差別主義者!」と連呼し迫害するのです。天一国の仕組みが分かり、天国の種に気が付くと、迫害を受けるということです。

皆さんの中で「陰謀論信奉者」と呼ばれた人はいますか。私は自分が陰謀論者だと呼ばれるとき、ではあなたはこの世の悪に関しては「偶然論者」ですねと応えます。悪は組織的に関連性をもって起きているのではなくすべて「たまたま」「偶然に」起こっていると考えているのですねと。それはあまりに非論理的でしょう。

天一国の仕組みを理解するとき、追い立てられ迫害されるということです。

ニューヨークタイムズが昨日書いていましたが、トランプでさえ9・11の報告書から28ページを削除したと言います。その理由はサウジアラビア政府が圧力をかけたからです。もし9・11事件でサウジアラビアを非難する文言をいれるなら数千億ドルの資産を投げ売りすると脅しをかけたのです。これには尻尾を巻かざるをえないでしょう。
この28ページは上院で「サウジ問題」と呼ばれています。これまで「イラクがやった」と言われ続け、国民がいわば「洗脳」された内容とは全く異なるものです。そしてイラクに攻め入って罪のない人々を何千人も殺したではないですか。そして石油を奪った。これは国民が聞きたがらない真実です。

この28ページのサウジ問題が浮上してきました。昨日ニューヨークタイムズが報道しました。この世のすべての事件は偶然に生じると信じている人々は真実に向き合わなければなりません。

サタン世界では背後にいる者を隠すある幻想、幻の煙幕を張るのです。それを見せ続けているのです。働いて黙って税を納めよ、そのすべての背後に目をむけるな。何も不都合などはない、だまってIRS(アメリカ合衆国内国歳入庁)に小切手を送り続けなさい。こう仕向けられているというのです。

また、23節にはこうあります。「良い地にまかれたものとは、御言を聞いて悟る人のことであって、そういう人が実を結(ぶ)」

真に天一国のしくみと天一国憲法の描く自由と責任について「聞いて悟る」とき「実を結ぶ」のです。そしてその実は「百倍、あるいは六十倍、あるいは三十倍にもなる」。

これもこの聖句の謎です。イエス様はなぜ「百倍、あるいは六十倍、あるいは三十倍にもなる」とおっしゃったのでしょうか。この点は天一国において非常に重要な問題です。

社会主義、共産主義などの全体主義と自由な体制の違いは全体主義では平等な賃金、平等な成果を約束することで嫉妬心を煽りますが、神様側の自由な体制では機会の平等を保障しますが必ずしも平等な成果を約束しません。

「百倍、あるいは六十倍、あるいは三十倍にもなる」、つまりその成果はどれだけ人々に奉仕したのか、社会の役に立ったのか、その高で決まるのです。ただしその自由な交流への機会は平等に開けています。
結果はあなた自身の奉仕の内容で決まるのです。

例えばアクアポニックス(さかな畑)に懸命に精力を投入して、日夜、顧客のためにより効率的で生産的なもの、より廉価なシステムのための改良に取り組むなら、顧客から祝福を得るでしょう。彼らは進んであなたの商品を買い求め、ビジネスを支援してくれるでしょう。

狂ったように顧客のために奉仕し、為に生き、社会に良きものを提供し、人々の暮らしを向上させる。そうすると百倍の祝福を受けるでしょう。そこまで熱心ではない供給者がいれば顧客は比較してより熱心な供給者を祝福するというのです。

機会は平等だけれども結果が異なるということです。自由な社会では無限の機会が存在します。共産国では仕事を自由に見つけることは難しいですが、自由な体制ではその自由に基づいて、雇い主が気に入らなければ職場を変えれば良いだけです。移動の自由があります。

どれだけ他の為に生き、愛し、奉仕するかで成果は「百倍、あるいは六十倍、あるいは三十倍にもなる」のです。

マタイ13章

13:31また、ほかの譬を彼らに示して言われた、「天国は、一粒のからし種のようなものである。ある人がそれをとって畑にまくと、 13:32それはどんな種よりも小さいが、成長すると、野菜の中でいちばん大きくなり、空の鳥がきて、その枝に宿るほどの木になる」。

人類の堕落歴史ではその政治体制は全体主義に継ぐ全体主義でした。堕落以後、ほとんどの期間を全体主義の下で暮らしてきました。その間ずっと天使長の主管を受けてきたのです。

アッシリア、バビロン、ローマ、中国、日本、すべてにおいてそうでした。文化こそ違え同じ体制であったということです。おなじ寡頭制、専制的な体制であったのです。アフリカやフィリピンでも同様でしょう。根は同じものなのです。

天一国は種として始まります。人々の嘲笑を買うほどとても小さな種です。しかし巨大な衝撃をもたらします。小さなからし種を軽んじてはいけません。大きな樹になるのです。

大きな樹に成長するとき、そこに可愛らしいスズメだけが巣作りするのでしょうか。聖句には樹には「空の鳥」が宿るとあります。ハゲワシも空の鳥ですね。鷲もハヤブサも空の鳥です。ただし猛禽類(もうきんるい)です。この樹に巣をつくるのは虫をついばむ可愛らしいスズメだけではないのです。

天一国には鷲やハヤブサも宿るということです。自由と責任の天一国では中央銀行、独占的教育、中央主導の金融供給、中央軍、中央警察などの一切は法によって禁止されています。そこに多くの空の鳥がやって来るのです。そうした理由で天一国の人権条項の第二が自己防衛の権利になっているのです。自分や配偶者、子供、隣人に対する危険を見極める力が天一国の安全にとって重要な鍵になります。わかりますね。天一国の安全保障です。

天一国には悪人も入ることができるのです。麦と毒麦のたとえでも話しましたが、収穫がなされるまでは悪もそこに留まるという話です。天一国を考える場合、善人ばかり集まっているという理想主義的な考えからは離れなければなりません。ほとんどの人は信用に値する人たちでしょう、しかしそうでない人もいることを想定しなければなりません。全員が選択の自由をもつので悪を選ぶ人も中にはいてもおかしくありません。しかし強制的に悪を選択させるような破滅に至らせるような社会ではもちろんありません。

天一国においては善悪及び危険を見極めることが非常に重要になって来ます。あらゆる種類の鳥が天一国という樹に巣をつくるからです。天一国には悪人はいないなどと理想主義者の考えに浸ってはいけません。すべての聖句はその存在を告げています。

マタイ13章

13:33またほかの譬を彼らに語られた、「天国は、パン種のようなものである。女がそれを取って三斗の粉の中に混ぜると、全体がふくらんでくる」。

イエス様は「三斗の粉」と言われました。小麦粉の3つの部分と考えてもいいでしょう。そこに小さなパン種を入れるのです。

アメリカの独立戦争はどのような経過で起こりましたか。当時の三分の一の住民はイギリスからの独立に反対していました。また別の三分の一は無関心でした。残りの三分の一が独立派でそのために闘う者に資金を拠出しました。そして全人口の3パーセントが武器を持って戦いました。それを30パーセントの人が支えたのです。この3分割には大変興味があります。

三斗の粉、3分割された粉に入れられたパン種はそのすべてを膨らませたのです。全体主義の体制では嫉妬心を煽り、政府が持つ者から取り上げるように仕向けます。しかし自由の体制では全体の水位が高くなり豊かになることですべての人が恩恵を受けるのです。もちろん船の大きさは人それぞれであるとしても水位が上昇するとすべての船も上がるというのです。全国民の生活水準が上がるということです。アメリカの貧困層も最貧国では貧困とはなりません。その水位が違うからです。

天一国憲法を適用するなら全体が膨らみ始めるのです。すべての国民の生活水準が上昇するのです。個々人では異なるかも知れませんが、全体が一様に上がるということです。これを全世界に適用するのです。小さな天一国憲法が全世界に及ぶということです。聖霊を感じて奮い立ちます!

マタイ13章

13:44天国は、畑に隠してある宝のようなものである。人がそれを見つけると隠しておき、喜びのあまり、行って持ち物をみな売りはらい、そしてその畑を買うのである。

つまり宝の隠れた畑に投資するということです。畑ならどこでもいいという訳ではありません。投資をするなら宝の隠された畑に投資しなさいということです。投資をするなら天一国憲法のある所に投資しなさいというのです。そこは大きく膨らみ豊かになるからです。
イエス様は何と言われましたか?「聞いて悟るとき」豊かに実ると言いました。

ここに集う私たちは一握りに過ぎませんが、今世界中からこの場所に向かっての移動が始まっています。まさにここに天一国憲法が宿り、天一国の秘密が息づいているのでこの(ニューファンドランドという)畑に向かってやってくるのです。

マタイ13章
13:45また天国は、良い真珠を捜している商人のようなものである。 13:46高価な真珠一個を見いだすと、行って持ち物をみな売りはらい、そしてこれを買うのである。

ここで天国は「畑の宝」ではなく「商人」と譬(たと)えられています。これは大変興味深いことです。国進兄さんの天一国の経済、天国の経済についての話を覚えていますか。天一国での具体的な経済についての話です。天一国は具体的経済システムを持たなければなりません。商人としても側面も必要なのです。聖句の商人は真珠の代金を支払わずにそれを盗みましたか。

そうではありません。もしそうなら政府が何か法律を制定して真珠を取り上げるということになり大きな政府を支持する話になってしまします。

この商人は正当な代価を払って真珠を手に入れたのです。盗んではいません。天一国では「正当な取引」という概念が本当に重要です。透明性の高いきちんと契約の則った正しい取引です。透明性のある機関によって保障された商取引。

これこそ取引する双方にとって満足な結果を生み出す天一国の核心的かつ枢要な経済原則だというのです。どれだけ消費者のために奉仕するか、どれだけ他者を愛するかという生産者サイドの経済学です。これが天一国にはたらく「見えざる手」です。アダム・スミス(近代経済学の父)は「見えざる手」の正体をはっきりと知ることはできませんでしたが、「見えざる手」という言葉を用いました。

マタイ13章
13:47また天国は、海におろして、あらゆる種類の魚を囲みいれる網のようなものである。 13:48それがいっぱいになると岸に引き上げ、そしてすわって、良いのを器に入れ、悪いのを外へ捨てるのである。 13:49世の終りにも、そのとおりになるであろう。すなわち、御使たちがきて、義人のうちから悪人をえり分け、 13:50そして炉の火に投げこむであろう。そこでは泣き叫んだり、歯がみをしたりするであろう。

この部分は「麦と毒麦」のところでも話しました。天一国でも共産主義や社会主義を志向するアリストテレスのいう「甘やかされた第三世代」は生じるでしょう。安易にものを与えられて育った結果、さらに無償の給付を求めて大きな政府をつくろうとする者達です。こういう三世が出てくることは避けることができません。しかし天一国では中央に権力を集める政府をつくることは禁止されています。ですから目的を果たそうとするなら暴力革命に訴える他ありません。

そうなると(聖句あるように)「御使たちがきて、義人のうちから悪人をえり分け、 炉の火に投げこむ」のです。その「御使い」は平和警察、平和軍です。

13:51あなたがたは、これらのことが皆わかったか」。彼らは「わかりました」と答えた。 13:52そこで、イエスは彼らに言われた、「それだから、天国のことを学んだ学者は、新しいものと古いものとを、その倉から取り出す一家の主人のようなものである」。マタイ13章

天一国も盟誓はすべて「天一国主人である私(家族)」から始まります。「天一国の僕」ではありません、それでは家庭連合になってしまいます。「天一国の僕である私(家族)」を喜んで唱えさせるのは家庭連合です。

お父様が下さったのは「主人である私」です。

キリストと共に相続する天一国の主人は倉から新しいものも古いものもすべて取り出すことができるのです。神様がアダムに約束されたものをイエス様はサタンを追い払ってすべて取り戻します。だから「天国のことを学んだ学者は、新しいものと古いものとを、その倉から取り出す一家の主人のようなものである」というのです。

「倉から新しいものと古いものを取り出す」。新しいもの古いもののどちらも成就する。これを「成約」とお父様は呼ばれました。これは天一国の聖約です。神様と天一国国民との間で交わされた聖約だということです。

天聖教877(英語版)
自分では、だんだん下がりながら苦労ばかりしているように見え ますが、だんだん高くなるのです。統一教会は、打たれながら大きくなります。一つの家に10人が住んでいるとすれば、公的な目的のために10人の反対を受けながらも我慢に我慢を重ねる人が、その家庭の主人になるのです。すなわち、天国の主人になるのです。(142-289,1986.3.13)

ここでいう「公的な目的」は社会主義のそれではありません。自由と責任における「公的善」です。自分の後始末は自分でつけること、自分のことは自分で守ること、自分で魚を釣り、木に登り、星を見て天文学の計算をする、そして人工的で皮相的なビデオ・ゲームや韓国ドラマのとりこにならず自然からダイナミックな感動を得ること、以上の事柄を子供たちに教えるのです。生きていることを実感するような本物の感動、神様への讃美を教えるのです。

天国のことを考えると本当に喜びに包まれます。
 
 
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