2016年3月6日 亨進ニム説教 【英語説教日本語訳】その3

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家庭連合の憲法と天一国合衆国憲法と見比べてください。天地の差があります。しかも白と黒ほど違っているのです。

聖書の中で「来るべき千年王国であなた方は共同の相続人になるだろう」とキリストは預言しています。神の人々がキリストと共同相続人になるということは政治的現実を踏まえてみる時どのような状態を意味するのでしょうか。

「最高委員会」が全地を統治するところでそれが可能でしょうか。一般市民がそれぞれの私有財産を所有し、管理、開発することができ、それを守ることができてこそそれが可能だというのです。そこでは皆が「王の道具」を持たなければなりません。

では「王の道具」とは何でしょう。そもそも王であるためには何が必要ですか。領土とそれを守る軍隊、武器が必要です。

あまたの全体主義国家、共産主義国、社会主義国家をみても国民の私有財産を認めている国はありません。すべて公有資産です。だから共産国に行くと公園が汚れているのです。

そこでは国民が自分の領地の王になることが許されません。もちろん王のようにそれを守る武器を保持することも認められていません。
しかし天一国でそれが可能です。この既成概念とは上下ひっくり返った王国では可能だというのです。

みなさんが自分の土地を持ち、それを自分が管理し自分で守る。それができて初めてキリストの共同相続者になれるのです。
それが地上天国の政治的現実の基礎になります。そこにキリストが王の王として立つのです。聖書の預言がこうして実現します。私たちの天一国憲法では独裁の憲法とは異なりそのようになっているのです。

まず、自由社会のなかでの争いは必ず悪いものばかりではないということを理解しなければなりません。悪くはないのです。

聖書にパウロ書簡というものがあります。パウロがテサロニケ、コリント、エペソ、ガラテアなどの教会に書き送った手紙です。そこでパウロは各教会の様々な問題について書き綴っています。あるものは性的堕落の問題、金銭問題、異端教義問題などを各教会は抱えていました。パウロを非難する教会もありました。

こうした問題に対してパウロが答えていたのです。重要なことは、原始教会はこれらの書簡を隠さなかった、反対者や敵がキリスト教会も問題を抱えているということを知られるからといって隠さなかったということです。

私たちは外部から内部問題を隠そうとする傾向があります。外に対して、ここに天の王権がありすべて理想的にうまくいっていると見せたいのです。それは真実ではありません。
私たちはイメージ作り、幻想を作るために集まったのではありません。天国を築くために集まりました。

今回の問題を通じて、私はこのことが重要だと思うのです。多くのメンバーが、ほとんど全員ですね-ローデスさん(サンクチュアリ教会PAスタッフ)がどうだ、こうだ。本当に我慢できませんなどと 私や家内に言ってくるのです。昨日もこれについて話をしました。

考えてみて下さい。私はここで「いいですか皆さん。反対者に内輪揉めしているではないかと嘲笑されるので、この問題を外に漏らしたくありません」と言うこともできます。まあ家庭連合も絶え間ない内部抗争を抱えてはいますが。

しかし私たちはそれとは異なります。真実を隠し、偽りを装いたくありません。成熟した大人として話をします。信仰によって集まった私たちです。

「淫婦」にもならず、お父様を売ることもしませんでした。ですからある意味、独立心を持った人が多く集まっています。皆がそうするからといって、それに従うことをしません。だから個性がぶつかり合うこともあるでしょう。

問題をいかに聖書的に解決していくのかが重要です。聖書では人と問題を起こしたときは2人の証人を伴って直接交渉せよとあります。

大勢の人が私と家内に「ローデスさんをどうにかして下さい」と苦情を述べに来ました。それをローデスさんも知っていることでしょう。聖書が勧める方法は直接交渉です。2人の証人をともない直接話し合うことです。

ローデスさんは教会のスタッフであり、公的人物です。たくさん仕事を抱えています。泣いているだけでは問題は解決しません。神様も彼女を強められています。例えば彼女が椅子に掛けて泣き続けても皆、「幼すぎる」と言って却って腹を立てるだけでしょう。

ですからこの問題には真剣に聖書的に対処しなければなりません。「私たちの間ではいさかいなどありません」と偽りの顔を外に見せることなどしたくありません。

実際、ただ2人の人だけが国進兄さんの所へ行って苦情を述べました。「苦情の処理」は天一国合衆国憲法の人権規定にあります。苦情を公的な人に申し立てる権利があります。
憲法に即して問題を考えなければならないのです。だから自分の意見を述べたりローデスさんに何かあった時、直接話をすることについて気まずく思う必要などないのです。
偽りの平穏を装うのではなく、問題に愛をもって大人の対応をして欲しいのです。2人の証人を伴って話し合うことです。一緒に祈ることもいいでしょう。

ほとんどのメンバーが私や家内のもとにこの問題について話をしに来ましたが、誰一人直接、ローデスさんに話をしに行った人はいません。これは問題です。聖書的な意思疎通ではありません。不平不満が必要であれば言い合えるようにしなければなりません。

ロビーやジャマールさんは直接、私のところにやってきますし、国進兄さんの所へも行きます。むしろそうすることはいいことだと思います。みなさん国進兄さんにも話しできるでしょう。兄さんはローデスさんにとても大きな影響力を持っています。兄さんは毎週日曜日ここに来ていますから不満がある時は国進兄さんにも話して指導を仰いでください。
証人2人を伴うならば、あの時こう言った、いや言っていないという争いを後で避けることができます。

パウロの書簡にあるように教会として対処しなければなりません。愛をもって神様の栄光のために働けるように解決するのです。
押し隠すことなく、すべてうまくいっているかのように偽ることなくいきましょう。結局そんなことをしても内部から崩れます。誠実に、かつ透明性をもって向き合うのです。結局それが正解なのです。

だから私たちの中でいつも「争うな」と言って問題を収めようとする人がいたら、どう言いますか。「争ってもいいですよ、ただし殺し合いだけはしないでください」といいましょう(笑)。
争いは悪いことばかりではありません。子供の喧嘩が絶対悪だというのは家にいるお母さんだけです。そこにお父さんがいれば「ちょっと位、喧嘩もいいだろう」となるのです。喧嘩は人格形成につながります。

私たちはシュタージ(旧東ドイツの秘密警察)ではありません。争うなと命令する全体主義政府ではないのです。いさかいも構いません。闘ってください。意見が合わないときもあるでしょう。ただ殺し合いだけはやめてください(笑)。

愛するから争うときもあるでしょう。愛しているから兄弟喧嘩もするでしょう。
兄弟喧嘩などしないという偽り事を言うのはやめて下さい。兄弟は喧嘩するものです。この綺麗事が宗教をだめにします。真実ではないでしょう。私たちを子供として愛して下さる絶対主体であられる天のお父様との関係に悖(もと)ります。私たちは完成人間ではありません。

皆さんは今、ローデスさんのやることなすことに腹を立てているかもしれません。しかし彼女は自分で起業しビジネスを営んでいます。これまですべて自分一人でやってきました。「彼女は人に任せることをしない。課題を割り当てても全部自分でやろうとする」などの不満を数多く聞きました。確かに腹立たしいでしょう。特にチームを組んで行動するときには憤りを感じるでしょう。

でも彼女の立場に立てば、そういうことに慣れていないのです。これまでずっと全部自分でこなし、小さなイベントを開催してきたのです。神様が限界を超えさせようとしているのです。

私は国進兄さんを信じています。私よりもずっと人を見る目があります。これまで何千人という人を用いてきました。人の資質を見抜くのです。最初は完全から程遠くてもその人の中に何かを見たら、それを信じるというのです。

昔兄さんが韓国に人を送ってきたことがありますが、私はその人を見て最初「冗談でしょう」と思いました。それまでカリスマ的教会指導者を見慣れてきたからです。
とにかく国進兄さんがいくつかイベントを担当する彼女の中に何かを見出したのです。

私は兄さんを信じます。
受け持った企業体をすべて成功させてきた人です。もちろん完璧だとは言いません。

ローデスさんも目の回る忙しさでした。600人もの人に文字通り一件一件連絡していたのです。たしかにあれこれ仕事を抱え込み過ぎだったといえるでしょう。

エルダーさんはローデスさんの良き理解者ですが彼女によく「ローデス、自分であれこれ動き回らないで全体を見て指示して下さい」といっていました。誰も完璧ではありません。しかし問題が起きれば逃げずにはっきりさせて下さい。
つづく
 
 
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