「天のお父様、天のお母様」は古代土着宗教への逆戻り 亨進ニム説教 2/28/2016その3

2016年2月18日説教 「絶対的な神様」 【英語説教日本語訳】その3
写真をクリックすると動画になります。

Absolute God Feb. 28 2016 Rev. Hyung Jin Moon Sanctuary Church Newfoundland PA on Vimeo


Absolute God   Feb. 28  2016   Rev. Hyung Jin Moon   Sanctuary Church Newfoundland PA on Vimeo2

このスライドには「私たちには父なる神様と母なる神様がいる」と書いてあります。
これは家庭連合のものではありません。「神様の教会世界福音宣教協会」という韓国に存在する、かなり以前に創設されたカルト宗教のものです。

これは韓オモニではありません。この教団の教祖らしき人です。
彼女は自分のことを神様の生まれ変わりである聖なる女性だといっています。どこかで聞いたような話ではありませんか?

「神様は母の温かい愛をもった真の隣人」と書いています。韓オモニとまったく同じイデオロギーを持っています。

報酬を受けとって自分たちの知っているお父様の言説とは全く異なる神学を作り出し宣伝している家庭連合の似非神学者たちはお父様と直接接点のなかった人たちです。せいぜい郭 錠煥などを通して話を伝えるだけでした。お父様との個人的関係がありません。お父様が家族の中でどういう存在であられたのか知る由もないのです。

私はお父様の息子であり家族の中で暮らしてきました。私の家族の中で起きたことを逐一知っています。愚かな神学者が私の父と父の家族を神学的に扱っているのです。いかにそれが愚かしいことかわかりますか。

お父様は私の実の父です。お父様の家庭は私が育った家庭です。家族には秩序がありました。父が家族の主体的位置に立つ主体でした。その事実を歴史から消し去ることができるとでも思うのですか?嘘をつかない実の子女がいる限りそれは無理な話です。

お父様を愛しているから私は真実を語ります。世間に対してお父様を飾り立てようとも思いません。お父様もありのままでおられることを望まれました。

古代エジプトにイシスという神聖な女神がいました。頭の二本の角の間にある赤い円盤は子宮を象徴しています。子宮はすべての生命を育むなどという子宮神学です。偶像崇拝信仰ではありふれたものです。

これはヒンズー教寺院にある女神の絵です。最高母神です。多くの手に車輪や武器を持ち奴隷を殺します。最高の母なる神、これも何も新しい発想ではありません。聖書を試しに少し読めばわかります。

家庭連合の新しい教材スライドを見ましたか。
そこでこう言っています。

旧約の神様は律法の神、近寄りがたい恐ろしい神様、新約の神様は父なる神様で、成約の神様は父なる神、母なる神として存在する。

成約時代は完成の時ですから神学が大昔に逆戻りするなどということはあってはなりません。聖書が誕生する以前、5千年から8千年前のインドではすでに母なる最高神の崇拝が行われていたのです。

現代でも、ガイア思想や、古代エジプト女神を現代風にアレンジしたもの―頭に子宮を象徴したものをのせ胸から母乳が滝のように流れ大地を潤す―があります。

でも母乳を得る前に種(精子)が必要ではありませんか (笑)。

現代のフェミニストの中にもこういう偶像崇拝のイメージを称賛する人もいますが、大体においてこうした母なる神が生命をはぐくみ、養い、宇宙を抱き愛するとイメージします。

一方で男性はすべて汚れていて忌まわしい役に立たたない存在だとみなし、種、精子を軽んじます。

天のお父様、天のお母様という概念は、古代女性神のような肥沃さの象徴ではなく2性のカップルであり父母である、と家庭連合の神学者は言います。しかしすでに8千年前のインドの土着宗教であるヒンズー教の中心的伝統こそラダ・クリシュナという「聖なる父母」でした。男性の体現と女性の体現が存在しその2つが出会うための神話的な物語が続きます。これもどこかで聞いた話ではありませんか。というよりも、全く同じだというのです。

Absolute God   Feb. 28  2016   Rev. Hyung Jin Moon   200Sanctuary Church Newfoundland PA on Vimeo

これが成約の神学だとするなら、なぜお父様はヒンズー教のグル(導師)ハリ・クリシュナ・グルとして来られなかったのでしょうか。なぜプロテスタント福音派キリスト教徒としてやってこられたのでしょう。統一原理は聖書的摂理を展開しています。

今、家庭連合が教える神学はまさしく8千年前のヒンズー教の神学です。

また別の新宗教で聖なる男性が聖なる女性と共に神様と霊交するというものもあります。この教えも結局、人間が神になることを教えているのです。自分が神だという信仰です。

エデンの園で蛇はエバになんと言いましたか?「食べても死にません。神のごとくなるでしょう。」それと同じ、馬鹿げた誘惑だということです。
神の如くになり、自己崇拝せよというのです。

Absolute God   Feb. 28  2016   Rev. Hyung Jin Moon   Sanctuary Church Newfoundland PA on Vime

チベット仏教にもチベット語で父母を意味する2性の神がいます。チベットの僧と1年間ともに生活していたのでよく知っています。

新しい教えなどではないのです。脳死状態、無教養な人間を装いたければ「天の父母は新しい神学だ」と信じ続ければよいでしょう。しかしこのような内容を信じるひとを形容する言葉はただ「愚か者」です。

古代の異端偶像崇拝信仰です。新しいどころではありません。

どのようなものが新しいのですか?3日儀式こそ新しいというのです。キリストの花嫁とキリストの体がきちんと定義できたことこそ新しいというのです。強固なキリスト教に基づく結婚を手にするのです。異端でも相対主義でもありません。

シヴァとパールヴァティー、ヴィシュヌをとラクシュミ、ラダとクリシュナなどヒンズー教には聖なる夫婦と呼ばれる神がいます。これが現代的だというのですか。成約時代だというのでしょうか。偶像崇拝のヒンズー教です。

Absolute God   Feb. 28  2016   Rev. Hyung Jin Moon   Sanctuary Church Newfoundland P.png宗教を少しでも学んだことのある人に聞いてみてください。このようなことを聞かされた彼らは「空は青くない」「岩は固くない」と言い張る人を見る目であなたを見るでしょう。

聖なる女性、聖なる男性の神学はルーシェルにまで遡るほど古いというのです。神様の主体性を奪い中性化するものです。この地に真の自由をもたらすためには神様の主体性が必要です。絶対的に必要だというのです。同等の両性神では決して真の自由を得ることはできません。一方が自由だといっても他方が違うというからです。実際、家庭連合で起きていることです。

お父様が「これが聖典だ」とおっしゃったのにオモニは「違う。私が決めたものが聖典です」といいました。だから破滅するのです。

 

こんなものが新しいといえますか。古代の遺物です。私は嫌というほど見聞きしてきました。
シヴァとパールヴァティーの一体化。父母一体です。夫婦一体です。ここには主体の位置がありません。

もし神様が人類に主体格父として自由をお与えになるとすれば、この区別なき主体対象のイメージをひっくり返してしまわなければなりません。

これらの偶像崇拝のすべてが、一つの例外もなく形成する政治形態は何だと思いますか。
それは全体主義です。全体主義に引っ張られるということです。

だからこそ聖書は自己崇拝せず、神のみを礼拝せよと警告するのです。自己崇拝を始めるや否や何が起こると思いますか。

大きな力を持つ政治勢力が自分達を自己崇拝し始めるとどうなりますか。

スーパーエリートたちが文字通り自己を「神がかった者」だと思うことでしょう。そして自己崇拝を完全に正当化します。そしてすべてのカルト宗教哲学を吸収しますが、その根にあるものはサタン信仰です。

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