12月20日クリスマス礼拝説教 【英語説教日本語訳】(その1)

12月20日クリスマス礼拝説教(その1)文亨進師

VimeoSanctuary Church Sunday Service  Dec.20th  2015

クリスマスを迎えようとしている今日。素晴らしいときです。

ところでイエス様の本当の誕生日が12月25日でないことはご存知でしょう。実際は異教の祝日でした。キリスト教徒は礼拝を見つかれば殺されるので異教の祝日と同じ日に礼拝をおこないました。つまり異教の神を礼拝しているように見せて、イエスに礼拝を捧げたのです。こういうわけで12月25日はイエス様の本当の誕生日ではありません。

 聖書ではルカ書の2章でこう言っています。

 …、マリヤは月が満ちて、初子を産み、布にくるんで、飼葉おけの中に寝かせた。客間には彼らのいる余地がなかったからである。さて、この地方で羊飼たちが夜、野宿しながら羊の群れの番をしていた。

 イエスの誕生日についてジョナサン・カーン(訳注:ラビ、牧師。ハービンジャーの著者)が詳しく調べています。それによると、羊飼いが夜、野宿しながら羊の群れの番をするのは1年に一度、羊の出産時期です。牧場を経営している人はわかると思いますが、その時期は1年に一度、エルサレムでは3月か4月です。ですからほぼ春の初めだと言い切ってかまわないでしょう。ジョナサン・カーン氏はユダヤ教のラビでもあるのでイスラエルの風習に通じています。その彼がイエスの誕生日は春の最初の日だと推定しています。新緑がめばえすべての命が再生する時期にイエスが生まれたというのです。

 ですから12月25日はキリスト教文化の上での祝日であって、本当の誕生日ではないということです。それは間違いないことです。

 イエスについて、キリストについて考えてみたとき、彼は霊的救いのために死んだことが分かります。彼を信じるものが永遠の命を得るために、すべての人類の罪を担って死にました。私たちの罪のために彼の血が支払われたのです。十字架上で流された血によってわれわれの罪が許されたのです。皆さんの中で罪のない人はいますか。

 皆さん正直ですね。今まで一度でも嘘をついたことがあるとするならばそれは嘘つきです。フルーツケーキや飴、チョコレートなどをお母さんの目を盗んで食べたならば、それは盗人です。こうなると私たちは全員、罪人ということになります。また情欲をもって自分の配偶者以外の人を見るとき、それは姦淫であるとイエスは言いましたね。「ああ、なんと素晴らしい人だ、一緒にいたいものだ」と思ったことのない人はいますか。韓国ドラマなんてそればかりでしょう?男性ばかりではなく女性も、ドラマの中で作り上げられた女性化した男性に対してうつつを抜かすでしょう?私たちはこのように嘘つきであり盗人であり姦淫者だというのです。だから神様の前に義なるものとされるには私たちにも「救い」が必要だというのです。神様の周りには罪のかけらもないからです。

 宗教者はよくこう言います。「あなたよりも私の方が神聖な人間だ。あなたは自分の人生をだめにしている。なぜならあなたはこんなことをし、あんなことをしているから…」。そういう彼らも罪人なのに。

 私たちは宗教を追求しているのではありません。神様との関係回復を目指しています。イエスはカトリック教会や聖公会などの宗教を作るのが目的だったのではない、と何度もお父様は仰いました。イエスは生きた神様として人間と神様の関係を回復させるために来られたのです。だからクリスマスにキャロルを歌ったりすることが問題ではありません、それは宗教です。単なる宗教活動、宗教儀式に過ぎません。最も重要なことはキリストとの関係です。

 イエスは組織を作ったのではありません。中央集権のピラミッド型組織を作りませんでした。逆にそうしようとする人々を排除しました。ローマ帝国に奉仕する両替商をどうしましたか。蹴り上げたうえ、鞭で追い払ったのです。当時の鞭をご存知ですか?先がいくつにも分かれているのです。それでもって、文字通り20人以上の両替商を打ちのめしたのです。イエスも闘い方を知っていたということです。総合格闘技を知っていたのではないでしょうか(笑)。

 人はイエスをあまりに女性化してきました。弱々しく語る方ではなかったということです。罪に対しては激しい人でした。キリストの力強さを理解すべきです。私たちは罪を持ったまま神様の前に出ることはできません。キリストを通して、キリストの流した血の代価によってキリストの霊的救いだけでなく血統、聖書でいう「キリストの種」を受け継ぐというのです。これがこの世とわれわれを区別するものです。「あなたがたのうちにいますのは、世にある者よりも大いなる者なのである。(1ヨハネの手紙4-4)」ということです。キリストとの関係が大切だということです。では統一教会ではどうだったか。

 ほとんどの人はお父様と会ったことのない人たちです。お父様の近くで暮らしたことのない人がほとんどです。天使長の下で暮らしていました。「お父様がこうしなさいと言っていますよ」という韓国幹部のもとで信仰生活を送っているのです。

 だから私が食卓の上で子犬を走らせ、お父様の型に鳥をのせたりすると、宮殿でのエチケット違反とされたのです。そんな愚かしいルール、馬鹿げた規制をだれが作ったのでしょうか。

真の子女がお父様と自由に関わることまで介入するのです。それは天使長たちであり韓氏オモニであったのです。オモニの堕落を見ました。言うのも辛いことですが、これが現実だから仕方ありません。

 先週、ニュージャージーのいくつかの家庭と食事を共にしたのですが、ニュージャージーは共産化されたかと思いました。(訳注:ニュージャージーには米国家庭連合最大の教会クリフトン教会がある)だから急いで自由の地に戻ってきました。

 お父様は荒野の人でした。アマゾンのジャングルに15年間いたのです。ジャルジンに行ったことのある人はいますか。建物が建つ前ですか、建った後ですか。建った後に行った方はかなり快適に過ごせたことでしょう。しかし以前はジャングルとアナコンダ、クモとこんなに大きな蚊がいるだけでした。生まれて初めてあんなに大きな蚊を見ました。

いたるところにいるのです。決して快適なところではありません。エアコンの効いた生活を送っている者からすれば、年がら年中、気温50度、湿度120%かと思うほどです。

 お父様はそういうジャングル、または危険な大海原での生活の繰り返しでした。公海での釣り、アラスカでの釣りを経験した人は分かると思いますが、それはとても危険なことものです。命を失った人も大勢いるのです。そのようなところに90歳を超えてもまだ行かれていました。お父様はヘリコプター事故の後では満足に立つこともできませんでした。アウトドアがただ好きだからという理由でできることではありません。お父様の生き方を見てください。常に体を荒野(ミドバー)に置いておられました。ミドバー、神様のみ言に出会える場所です。自然に快適であることを求めることはできません。自分の好きに制御できないのです。天気、風、動物、何が現れるかわからないのです。それに対応しなければなりません。

 また韓国人幹部が自分の砦を築こうとするのをお父様はことごとく崩してきました。それが黄であれ郭であれ朴であれ金であれ…。お父様は無作為に人事されました。組織作りを考える人がそのようなことをするでしょうか。突然に無作為人事で入れ替えるのです。ふつうそのようなことをすれば組織が崩壊してしまいます。

お父様の狙いは彼らが権力を自分に集めようとすることを挫くことでした。

 世界中のサンクチュアリ教会をコントロールする気などないと私が言うと人々は「王国を築くのではなかったのですか?」と言って驚きます。韓国人幹部などのような詐欺師を作らないために、神様と共にあるためにそうしているのです。自由にするのです。私たちは王国を作るのではなく、王国に向かって行こうとしているのです。

つづく

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