12月7日 亨進様のみ言 

Newfoundland Sanctuary Church サンクチュアリ教会 1515

皆さん、来てくださってありがとうございます。

皆さんに感謝しています。

また、国進お兄さんに感謝いたします。

兄は、お父様に侍るために全てを犠牲にして韓国へ仕事に行きました。

韓国の組織の全てが腐敗寸前の所にいました。お父様が世界的な摂理のためにしていることを利用して、幹部たちが教会の資産をどんどん吸い取っていました。
お父様が自然へと出て行かれ、海に出て、世界に出て摂理を進めているとき、人々を救おうとしている時、韓国の幹部は自分の領域を作って搾取していました。
私たちは、日本の食口たちが開放されないのではないかと心配していました。

国進お兄さんは2004年に韓国へ行きました。その時は、お父様はお兄さんが財団に行くようにと用意していました。しかし、そこの幹部たちは椅子さえも用意しませんでした。お兄さんを邪魔者にし、後ろの方にいるだけにしていました。
そういう環境にいながら、財団の様子をお兄さんは把握していきました。

国進お兄さんは会社を経営して既に実績をあげていて、アメリカで破綻した会社を自分の手で成功に導いていました。
その業界では、海外では10位に入るほど成長させていましたので、財団にいる人たちがどれほどアマチュアであるか分かっていました。どれほど悪い人たちであるか、見破っていました。
自分のためにお金を持って行こうとし、自分たちのお金を増やそうという人達でした。

その1年後に、お父さまは財団の責任を国進様に任せました。
100億円の赤字を解決し、ついに100億円の黒字を出すようになり、実績を出していきました。
実績を出したので、国進様が韓国の経済誌の表紙を飾ったり、韓国でも注目を浴びていました。

その時に私はハーバードで修士をとり、博士号を取ろうと準備していましたが、韓国へ一時行った時に国進様が、「貴方が来てくれると良いな。日本の食口が開放されないとならない。」、等々と話し合いました。
それで私は韓国にそのまま残り、最初は韓国の神学大学へ行き、麻浦の教会で牧会をはじめました。

お父様は、真の子女が下から牧会を始めた姿を見て非常に喜ばれました。
その後は、青坡洞本部に行き、協会長、世界会長等、いろいろとやり、嵐のようでした。
最後の2年はそのような活動をやめて、お父様に侍る生活をしました。
それが、私たちにとって最も素晴らしい、恵みの時となりました。

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参考動画


統一財団理事長時代のTVインタビュー映像2012/4月
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