「真の父母一体」を考える―その3 『文字の奴隷になってはいけない』

 
真のお父様による「真の父母一体化宣布」はお母さまが好きなことをしてもよいという、いわば白紙の委任状なのか。

家庭連合のメンバーの中には白紙委任ととらえている人が多くいるようだ。

 「真の父母一体」を考える―その1の中でも述べたが、お父様の宣布、大会はそれまでの勝利を確定させるためのものであり、勝利圏を保存、セーブする効果をもっているということを史吉子先生の解説・証言をもとに説いた。その意味で宣布は過去の勝利圏を確定・保存するものであり未来を主管するものではない。むしろ将来のアクシデントに備えて過去の勝利を一つ一つ保護するものであると述べた。だからお父様の聖和後に韓お母さまが暴走して、真の母の位置を離れたとしても「真の父母一体化宣布」のおかげでご聖和以前に立った「真の父母の勝利」は確定されておりそれをサタンは奪うことはできないわけだ。(お父様に感謝!)

 絶対視していいのは神様だけで、「宣布」の文言を絶対視するのはよくない。神様が人間に事実を事実としてとらえる作用-悟性、理性を与えられた目的を考えるべきだろう。

 お父様はアメリカでのマディソン・スクエア大会で「文字の奴隷になってはいけない」と叫ばれた。イエス様が十字架につけられたのもイスラエル人が本心の自由をなおざりにしてトーラー(旧約聖書)の文言を絶対視することで文字の奴隷になっていたからだ。

米国よ神に帰れ!   YouTube14

 イスラム過激派が平然と無差別に人々を殺し自分も自殺するのも、またイスラムの聖典、コーランの文言を絶対視し文言の奴隷になっているからだ。コーランの中に頻繁に出てくる「神の道のために奮闘することに務めよ」という聖句がある。この「奮闘する」と日本語に訳されている部分の原語(アラビア語)がジャハダでジハードの語源になった。またコーランには天国に関するとても魅力的な描写があり、これが殉教者の終の棲家だという主旨の聖句があるが、これがイスラムによるテロを推進する原因の一つになっていると考えられている。

 原理講論にもこうある。

 我々は今日に至るまで、聖書の文字のみにとらわれ、イエスが雲に乗って来られると断定する立場から聖書を読んできたので、聖書もそのように見えたのである。しかし、イエスが雲に乗って来られるということは、現代人の知性をもってしては、到底理解できない事実であるから、我々は、聖書の文字が物語っている、その真の意味を把握するために、従来とは異なる角度で、もう一度、聖書を詳しく調べてみる必要があるのである。 (P562 聖書を見る観点)

 
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「真の父母一体」を考える―その3 『文字の奴隷になってはいけない』」への3件のフィードバック

    • お父様は一貫して神様と摂理中心に動かれるお方でしたね。私たちはそのお父様の御心を汲むべきだと思います。宣布=約束を、韓総裁の絶対化に利用すべきではないですね。

      いいね

  1. 石黒晴夫 の発言:

    神様がアダムとエバの責任分担に、干渉出来かったように真のお父様が干渉されず、韓オモニは、再臨主の対象の位置を守るべきだった。 我々においても、干渉を受けず責任分担を全うすべきと思います。

    いいね: 1人

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