お父様のウルグアイでの御言―原文とその日本語訳

シャボン玉さんが、当ブログの「お父様に近い者は裏切るんだよ―文鮮明師御言選集から」で紹介した御言の原文とその日本語訳を提供して下さった。韓日翻訳のプロとはいえ、親切心から無償で翻訳の労を惜しまずに資料を提供して下さった事に心より感謝を申し上げたい。

(み言葉選集 312巻 179~180p. 『’祝福を通した摂理』 1999.10.15 ウルグアイ)

真の父母は今まで堕落した世界の復帰の道を歩んできたというんだね。
神様は縦的な位置に立っておられ、全部、円形に一つになって方向を変えて回せなかった。
進めていくには自分の家庭を通して行かなければならないので
先生の家庭を中心にして、神様と先生が一つになり、このヒマラヤの峠を越えて行こうというんだね。
7合目、八合目まで、もうすぐなんだね。

そのような意味から、先生の家庭までもサタンが侵犯できるよう全て許可してやったというんだね。
それで、ありとあらゆることが起きたよ。
孝進を見れば、孝律の顔を殴り、「あいつ、殺してやりたい」と息子たちは皆、そう言うんだね。
孝進は「あいつを殴り殺さなければならない」と言い、
皆が、顕進も国進までも「ろくでもない輩は殴り殺さなければならない」と。
「盗賊の奴らめ、誰も信用ならない」と。
そう言うんだね。それは自分の思いではないんだね。

※訳注:때려죽인다:直訳だと「殴り殺す」ですが、
韓国では頭にくると「ぼこぼこに痛めつけてやる」という感じで使います。
ここでは、『悪の組織だから、懲らしめて息の根を止めなければならない』
といったところでしょうか?

み旨のため、最も近い側近が裏切るのです。
先生の息子の中からも裏切る者が出なければなりません。
「先生を殺す」と、「売ってしまおう」というようにです・・
なぜそうなのかといっても、それは仕方がありません。
皆、裏切るので、打たれて奪ってくる方法において、
悪が善を打ったことを蕩減復帰するようになれば、
それによって、その根が引き抜かれるというのです。

今の時が最後のときになったということを皆が知らなければなりません。
先生の 息子娘が祝福を受けても離婚し、一緒に暮らせないという者まで
出てくることを心配しているのです。 何の話か分かりますか?

そのような境界を越えて行っている時であるというのです。
サタンが神様を過ぎて神様の体まで、アダムとエバの体まで侵犯したので、
その子孫の復帰時代にはその寝室にまで入ってきて傷を残すというのです。
しかし、峠を越えるようになれば、春が来て全て溶けるのです。

その王子を殺すことはできませんが、肉体を全て切り刻み
傷をつけるところまでいってこそ、ようやく止めるというのです。
それが最後ではないですか? 傷を残せる最後のところは何ですか。
生殖器です。生殖器。血統を汚すことまでするというのです。

(以下の部分は『金容成のブログ』から借用)

それ以上、サタンが要求するものが有るわけがありません。

 ありとあらゆる噂がたっても捕まえて殺すことはできません。
殺せば完全に地獄に行き、救いであろうが何であろうがないというのです。
そのことを全て捨てて、底なし地獄に落とすというのです。
そのためサタンもそれができないようになっているというのです。
このような全てを知って、自分たちが行く道の前に自信を持って行かなければなりません

 【 原文】
[1] 참부모는 지금까지 타락한 세계의 복귀적인 길을 걸어왔다는 거예요.
하나님이 종적 자리에 서 있지, 전부 원형으로 하나되어 방향을 틀어서 구를 수 없었다구요.
굴러가는 데는 자기 가정을 통해서 가야 되기 때문에 선생님 가정을 중심삼아
하나님과 선생님이 하나돼 가지고 이 히말라야 산 고개를 넘겨주자 이거예요.
7부 능선, 8부 능선까지 다 왔다구요.

(말씀선집 312권 179p. ‘축복을 통한 섭리’ 1999.10.15 우루과이)

[2] 그런 의미에서 선생님 가정까지도 사탄이 침범할 수 있는 허락을 다 해줬다는 거예요.
그래, 별의별 일이 다 벌어졌다구요.
우리 효진이를 보게 된다면 효율이 뺨을 갈기고 그놈의 자식, 다 죽이래.
전부 다 아들들이 그래요. 효진이는 그놈의 자식, 때려죽여야 되고,
전부 다 현진이나 국진이까지도 거지같은 패들을 때려죽여야 된다는 거예요.
도적놈의 새끼들, 전부 다 믿을 수 없다는 거예요.
그런 거예요. 그것이 자기 마음이 아니라구요.

(말씀선집 312권 179p. ‘축복을 통한 섭리’ 1999.10.15 우루과이)

[3] 뜻을 위해서 제일 가까운 측근자가 배신합니다. 선생님의 아들 가운데서도
배신한 자가 나와야 돼요. 선생님을 죽이겠다고 팔아먹겠다고 말입니다. . .
왜 그러냐 하면, 그건 별수 없어요. 전부 다 배신하기 때문에 맞고
빼앗아 오는 법에 있어서 악이 선을 치던 것을 탕감복귀하게 되면,
그것으로 말미암아 그 뿌리가 뽑혀나가는 거예요.

지금 때가 마지막에 왔다는 걸 모두가 알아야 됩니다.
선생님의 아들딸이 축복받은 것을 이혼하고, 같이 못 산다 할 수 있는 놀음까지
나올 것을 걱정하고 있는 거예요. 무슨 말인지 알겠어요?

그런 경계를 넘어가고 있는 때라는 거예요.
사탄이 하나님을 지나 하나님의 몸까지, 아담 해와의 몸까지 침범했기 때문에
그 후손의 복귀시대에 그 안방까지 들어와서 흠을 내는 거라구요. 그것이 마지막이에요.
그러나 고개를 넘게되면, 봄이 오면 다 녹아납니다 –

저 왕자를 죽일 수는 없지만 전부 다 살을 자르고 흠을 내고야 그만둔다는 거예요.
그것이 마지막 아니에요? 흠낼 수 있는 마지막이 뭐예요? 생식기예요, 생식기.
핏줄을 더럽히는 놀음까지 한다는 거예요.

(말씀선집 312권 180p. ‘축복을 통한 섭리’ 1999.10.15 우루과이)
 

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