お父様聖和直後の天正宮 その4 (ジレンマ)

10/25亨進様 説教より―

オリジナルの天聖経には結婚や結婚における絶対性の重要性への言及が何百とありました。それが数十か所にまで削られました。このように途方もない変更がなされたのです。

静かにこれらのことが進行する中、私(当時世界会長)は公的な場で幾度か

「皆さんお母様を信じて進みましょう。お母様は最善を尽くしておられます」

などと語りました。それはお母様の顔を立て面子を保ちたかったからです。自分でできる限りはそうしたかったのです。現実世界に対応しながら、お母様が大惨事を招く前になんとかお母様の信仰を守ろうとしたのです。お母様を愛する息子ですから・・。

お母様が過ちを起こすや否や、目立つ所に立って「お母様は失敗した」と大きな音でラッパを吹くことがこの私に出来たと思いますか。「お母様、そのようなことを公的な場でおっしゃることはよいことだとは思いません。むしろこれこれこういう風にいたしましょう。さもないと審判を受けることになります」と警告しました。かなり初期から言い続けました。「私は宗教を学びました。もしこれをなされると、教会を永遠に割ることになります」。取り巻きは「亨進様、そんなことは起こらないでしょう」などといい加減なことを言いましたが、「お父様がやるなと言われたことに手をつければ教会を割ることになります」とお母様にはっきりと言いました。今になって教会は揺らぎ始め、幹部同士で裏切り合い、新たな組織を立ち上げるものも出て来る有様です。これを当時お母様に警告したのです。

・・・

あらゆることが目まぐるしく起こったので整理することができませんでした。そのような中、基元節に「国進様が新天聖経をお母様に奉呈して下さい」という申し出があった時、その申し出を兄さんはきっぱり断りました。私はと言えばまだ若くナイ-ブな息子でした。

本当にどうしようかと思いました。世界教会が期待している。すべての教会員は私が相続者だということを知っている。だからお母様を助けなければならない。お母様の気持ち、感情も尊重しなければならない。お母様の気持ちを傷つけたくない思いがありました。お母様を守り頼りになる息子として立ちたかった。基元節の式典では私からお母様に玉璽(ぎょくじ)を奉呈する場面がありました。

これを根拠に「相続権をお母様に渡した」という人がいますが、カエサルの物をカエサルに返しただけです。私が戴冠式でお父様から授かったのはそのようなゴム印ではなく八大教材教本でした。


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お父様聖和直後の天正宮 その4 (ジレンマ)」への2件のフィードバック

  1. 6500truefamily の発言:

    真の父がその人生をかけて子女たる人類に永遠の宝物として残して下さった8大教本は、亨進様とそのご子息が永遠に守り抜かれるでしょう。いや、食口一人ひとりが、そうしていく責務があります。
    また、お父様を愛するならば、それをお守りし、その権威と威光をお守りしたいと考えるのが当然です。
    勝手にみ言葉を改ざんし、自分のものとして扱えば、それは天の著作権にひっかかってしまいます。

    いいね: 1人

  2. miya の発言:

    「若くナイーブな息子」であられた亨進様が、再臨主キリストの「代身者・相続者」として通過してこられた苦汁・苦闘の世界、「滂沱の涙」の道が慕われます。迷える羊たちは、亨進様が「二代王」として強く立ってくださったがゆえに、いま再びキリスト「お父様」を掴むことができます。希望があります。深く感謝申し上げます。

    いいね: 1人

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