9月2日 文亨進師 【韓国語説教日本語訳】

2015年9月2日 亨進様 説教

こんにちは、皆さん。(歓声、拍手)今日は皆さんと共に礼拝を捧げることができますね、、。海を越えて、ここまでよく来てくださいました。そのような驚くべきお父様の恩赦の中で私たちは生きています。今日は礼拝を終えた後、中国料理ブッフェに行き、その後、救世軍に行きます。皆さんはご存じないと思いますが、救世軍はこのような田舎で、物をとても安く売っています。

冬に外で寝るとき、とても寒いです。なので、防寒のために、ウールジャンパーやウールセーターを買おうとしましたが、普通のスーパーマーケットでは一つにつき200ドルもするのです。とても高いです。買えません。ですが、救世軍に行き、神様の恩赦がそこにあるならば(笑)、カシミアのブラウスやセーターを5ドルで買うことができます!

そこに行き、帽子や手袋を作る、そのような楽しいことを、今日する予定です。そして、その後、ゲンダーマウンテンに行きます。そこはアウトドア関連の店です。そこには、テント、大きな釣竿、カヤック、銃などがあります。そこで、山で人がどのように住んでいるのか、皆さんと一緒に楽しい勉強をしようと思います。面白そうですか?(拍手)でなければ、ここで一万拝敬拝をしましょうか?(笑)

皆さん、そこまで運転してくれる二人に大きな拍手を送りましょう。(拍手)この人たちが、夜寝ずに、熊を警戒して、銃を持ちながら巡回してくれているでしょう?このロバートさんとその家庭はここに初めから住んでいました。私たちがここに来て、彼の家庭と出会い、日本人の奥さんと出会いました。キョウコさんという日本人の奥さんですが、一生涯一生懸命働かれ、私たちと出会ったときは、大きな病気を抱え、治療を受けていらっしゃいました。

キョウコさんは侍でした。キョウコさんには韓国の先祖がいました。先祖であるその韓国人が日本に移住したのです。なので、キョウコさんの中には韓国と日本が共存しているわけです。

彼女は体の中の大きな悪魔と戦っていました。なので、私は朝鮮時代の韓国の侍の刀をキョウコさんに渡し、「悪魔がキョウコさんの体の中に入ったので、もう一度悪魔がでてきたとき、刀で切って、その内容を勝利してください」と、言いました。

今までキョウコさんは悪魔が自分の部屋に入ってくる夢を、ずっと見ていたそうです。ですが、悪魔を退治する刀がなかったのです。ですが、私が刀をあげた2日後、その悪魔が部屋に入ってくるとき、朝鮮時代のその刀を振りかざし、悪魔にきりつけたところ、その悪魔が二つに裂け、消えたというのです。

彼女の肝臓には、桃ほどの大きさの瘤があったそうです。ですが、そのような霊的な戦いをした後、病院にいって検査を受けたところ、その瘤が治療後初めて小さくなっていたというのです。彼女の家族は本当に喜びました。

その後、ロバートさんとキョウコさんが私を訪ねてきて、「この刀をお返しします」と言いました。私は彼らに、「キョウコさん、あなたはこの刀を放さず、最後まで戦いなさい」と言いました。ですが、これからは自分でできると言い、その刀を私に渡しました。その数ヵ月後、彼女は霊界に行きました。

彼女が霊界に行く直前に、私は彼女の家に訪ねていきました。彼女はベッドに横になり、私を見ながら言いました。「私が傲慢でした。この病気に一人で勝つことができると思いましたが、その刀を最後まで放さず、お父様の名前を叫びながら戦っていたら、結果が変わっていたでしょうに、、、。」 その2日後、彼女は霊界に行きました。

私たちは私たちの力で、サタンの攻撃に勝つことはできません。全身武具を纏い、自らの力で戦おうとするならば、サタンは私たちを引き裂いてしまいます。人間の力で戦うことはできないのです。

聖霊の剣、信仰の盾、義の甲冑、真理のベルト、平和の靴、救いのヘルメットを纏い、サタンと向かい合い、祈祷の槍を投げ、近づいてきたときには、聖霊の剣で戦い、サタンを切らないといけません。

剣は、相手が近くにいるときに使うのです。遠くにいるときには、矢か槍を投げるのです。サタンが近くにいるとき、槍で戦っても、サタンは入ってきます。聖霊の剣で戦わなくてはなりません。聖霊の剣、それは神様のみ言葉です。

神様のみ言葉を開くということは、すでにサタンと近くで戦っているということです。ダイストモスマカイラ、これは両先端が刀となっている剣を言います。サタンが近くにいるとき、その剣で悪魔を刺すのです。ダイストモスマカイラ、両先端が鋭く、また、両先端が口であるという意味です。つまり、口が2つついている剣という意味です。

神様のみ言葉、これが一つ目の口です。また、私たちがそのみ言葉を読み、叫ぶとき、2つ目の口となり、その剣が現れるようになります。そして、サタンを刺身としてしまうのです。(笑)食べることはしませんが、刺身のように薄く切ってしまいます。(笑)このようにお話していたら、2,3時間と時間が過ぎ、夕飯でブッフェに行かなくてはならないですね、、、。(笑)

イ会長もとても立派な方です。お父様を裏切らない人です。背は低いですが、全世界の目覚めたシックたちの尊敬を受けるようになります。最も難しかったとき、誰一人前に出てこようとしない状況の中、体の大きい武道人でもなく、生涯、機械工業をされた背の小さい方が、大きな心で私たちの前に現れてくれました。

体が小さいので、弱く、勇気が無いのではありません。体が小さくても、お父様を愛する心が大きいのです。サタンと戦うときも、髪の毛が全て抜けても、戦い続ける、神様の種の力を受けたイ・サンヨル将軍となったのです。皆さんも、やさしそうにみえますが、綺麗に着飾っておられますが、サタンにとって最も恐ろしい人々となったのです。アジュ。

私たちには何もありませんが、私たちにはお父様がいらっしゃるので、お父様を捨てなかった私たちには、全宇宙よりも大きい愛との関係があるのです。審判が来て、私たちが全て死んだとしても、パリセ人たち、悪魔たちが私たちの首をはね、血を流すようなことになっても、お父様を信じる者たちがそれで終わるようなことはないのです。血を恐れてはなりません。

鹿や熊、狸を捕まえ、その足を縛り吊るし、皮を剥がすとき、「あー、ここに私たちが食べる肉があったのだな~」と悟ります。それは、スーパーで売っている肉ではなく、生きている動物たちが自分の命を犠牲にして捧げた肉です。

鹿の膝頭を茹でて補薬を作ります。熊の膝頭も高いと聞きました。現代人たちは自然とあまりにも離れてしまいました。プルコギ、カルビ、サムギョプサル(豚のばら肉)、チョッパル(豚足)、など、何も考えず、美味しいと言って食べますが、それがどこから来たのか、全く知らないのです。

動物たちの血が吹き出るとき、気持ち悪いと言って、逃げてしまいます。魚を切り、刺身を作る時、あまり血がでませんね?ですが、魚と哺乳類は全く違います。哺乳類を食べるために皮を剥がすとき、全身から血が出ます。その後、筋肉をそぎ落とさなくてはなりません。

魚の内臓は小さいですね?鹿の内臓は重く、大きく、長いです。体の中に手を入れて、切り、内臓を取り出さないといけません。そのとき、血が勢いよく流れ出ます。「私にエネルギーを与えるために、この一つの生命が消えるのだな」ということを、経験するようになります。

その恐ろしい現実を経験するようになります。狸の肉は茹でて、お湯で1時間半ほど煮ます。ねずみ一匹を食べる方法も知らないといけません。ねずみ一匹で3度ご飯を食べることができます。

ねずみを捕まえ、まず茹で、内臓をとり、筋肉を剃ると、肉はほとんどありません。100カロリーにも満たないのですが、それを食べるとき、このネズミも自分にエネルギーをくれるのだなと、感謝をします。

ネズミを茹でた後、まず、肉で一度ご飯を食べます。その後、数時間後、今度はネズミを茹でた湯でもう一度ご飯を食べます。なぜなら、肉に含まれていた栄養分が、茹でたお湯にそのまま残っているからです。

その後、今度はネズミの骨を2時間煮て、その骨の中の成分を出します。すると、その湯の中には目に見えない栄養分が出てくるのです。このように、ネズミ一匹で一日を飢えることなく生きることができます。

リスも捕まえ、斧で手足、頭を切り、背中に小さく切りつけ、そこに手を入れて皮を剥ぎます。その後、内臓を取り、ネズミのように煮て食べることもできます。ムササビはリスよりも大きいので、煮ると、鶏肉のような味がします。

ですが、殺したいからといって殺してはいけません。動物を捕まえ、その命を奪ったならば、その命に敬意を払って食べなければなりません。ネズミを殺したら、その命を尊敬する方法は何か、食べてあげることです。そうすることで、その要素がより高い段階に行き、神様の息子娘と繋がるようになるのです。

私は元々、僧侶たちと修行していたとき、6年の間、野菜だけを食べました。6年間、肉を口にしませんでした。ですが、野生に来て、また、一人だったら気が楽ですが、ヒヨコ5匹と鹿1匹(笑)を養っていかなくてはいかないので、このような方法を全て学びました。

過去、お兄さんたちから学んだ内容を、ここでもう一度活用するようになりました。そのようにしながら、子供たちは今まで何も考えず、売られている肉をただ食べてきたけれども、この肉がどのように、どこから来たのか知らないといけないと、そう思いました。

そうしてこそ、感謝する心が沸き、また、神様が私に力をくれるために、生きている動物を下さったのだと、自然と共に生きる真理を知ることができるのです。私たちの生活をみてみるとき、人々は何も考えずに暮らしています。ですが、何かを殺さなければならず、その生命を吸収しなければならないのならば、この授受作用の方法が完全に違ってくるのです。

自分が直接その命を絶ち、その責任を守りながらそれを吸収するのと、何も考えず、スーパーに行ってあれこれと買って食べるのとは、天地の差です。「あー、私がこの動物の命を奪ったのだなあ。」と思いながら、「リスよ、ありがとう。狸よ、ありがとう。お前の体を子供たちに見せ、準備しながら、子供たちがお前の子供たちを見るときに、感謝することができるようにするからな。」と、このように自然界と完全に繋がって生きていくことができるのです。

何も考えず、殺し食べ、殺し食べるのではなく、このような自然の法を学ぶのです。狸の皮を剥ぐときに、その狸の匂いがナイフにつきます。手にもその匂いがつきます。その匂いを嗅ぐと、吐き気を催します。石鹸でいくら洗ってもその匂いは落ちません。

それにも全て意味があります。忘れるなというのです。何か一つでも食べるときに、その命を絶ち、お前の命を補充するために与えた、私の恩恵恩赦恩寵であると、お父様が仰っているのです。

それを考えながら、狸の皮を精誠を持って剥いであげます。足の方から逆さまに剥いでいくので、一番最後は鼻の部分です。最後に鼻の部分をナイフで切ると、完全に皮が剥がれます。その小さな黒い鼻をみるときに、私の家で飼っている小犬たちも同じような鼻を持っています。その子犬たちを見るときに、「あー。お前たちも鼻があるのだな。お前たちも小さな黒い鼻があるのだな~。」と、このような4次元の自然の法を学ぶようになるのです。

そのような内容を経験しない子供たちはインターネットにはまり、ゲームの世界で生きるようになり、現実と自然と授受作用することのできる方法が全くわからないのです。何も考えず、ただカルビを食べ、ゲームをしながら、その肉がどこから来たのか、全く想像もできないのです。

そのような人たちを天使長たちが捕まえていくのです。一度も他の命を絶ち、それを吸収したことがないので、死が恐ろしく、自分の体を犠牲にするということができないのです。

ですが、自然と共に生き、動物たちと共に生き、死と生の自然の法をみながら、天使長が私を殺しても私は恐くない、血が流れても私は恐くないと、こう思うのです。そうすると、心情世界に心情要素が入ってきて、心と心情を強くすることのできる息子娘となるのです。

湖で魚をとるのですが、まず、そこらへんを歩いているコオロギを手で捕まえ、それを小さなフックに刺し、魚たちが驚かないように静かに歩きながら、糸をたらし、魚がフックを口にした瞬間、糸を引っ張らなくてはなりません。その後、魚を気絶させなければなりませんが、娘はそれをとても恐がりました。

ですが、2年、3年と、自然の中でくらしていくうちに、今や娘も、魚を糸で釣り、気絶させ、自分のナイフで調理をする、海洋自然勇士の女性になりました。毎朝、訓読会が終わった後に、大きい子供たちはお父さんと平和軍警察の訓練をしながら、短銃、長銃、散弾銃の安全な使い方と、自分の体を守るためのナイフで戦う武道と、木の枝で戦う武道などの訓練をしています。

そのような訓練を受けた女性たちは、自然に入っても、「キャー、気持ち悪い、汚い」と、その次元を越え、悪い哺乳類、4つ足の哺乳類であれ、2足の哺乳類であれ、それらを振り払うことのできる力をもっているのです。

恐ろしい怪物のような筋肉をもった悪い者がやってきて、家に入り、その女性に性暴力を振るおうとしても、その者を警察訓練で5秒内に制圧することができます。そのような女性たちはサタン世界が作った女性たちとは天地の差なのです。船も運転することができ、釣りもでき、ワニも恐くない、そのような女性。今回、私の妻も七面鳥と鹿の狩にいく予定です。

七面鳥を捕まえるとき、クルクルという、雄七面鳥がだす特有の声を真似します。雄の七面鳥はその声を聞くと、敵対心から体を大きく膨らませて近づいてきます。七面鳥の目はとても敏感で、少しでも動くと人を発見し、逃げてしまいます。

国進兄さんも、完全に木の色の服を着て、声を出しながらじーっと、七面鳥が近づいてくるのを待ちます。その後、七面鳥が手の届くところまできたら、さっと捕まえます。そして、弟を呼び、「美味しそうなのを捕まえたぞ~」と言うのです。去年は大きな七面鳥を捕まえました。

それを見ながら、私もこれを学ばなくてはと思ったのです。国進兄さんは、立派な狩人です。皆さんもご覧になったでしょう?ライオンも捕まえ、チーターも捕まえました。そのような、この世界のどこに行っても、動物を捕まえて回りの人たちに食べさせ、生かすことのできる自然能力狩専門家なのです。

そうして、国進兄さんが鹿の皮を剥いだ時、私は大きな事を感じました。そこで、国進兄さんが言ったのは、「私がこの動物の命を奪ったのだな、、。また、同時に神様はこのように人間に恐ろしい責任をくださったのだな。ありがとう、鹿よ。」

私は15年前に、他のお兄さんたちと狩りに行きましたが、そのように捕らえた動物に敬意を示し、感謝を表するのを初めて見ました。鹿を殺した後、「私がそいつをどれだけ早く殺したか見たか?」と言いながら、その動物を切り裂き、その血を飲めと言うような、そのようなお兄さんではありません。

静かに鹿を吊るして、少しずつ皮を剥ぎながら、自分の家庭と回りの人たちをまた食べ生かしてくださり、お父様ありがとうございますと、敬意を払うその姿を見ながら、「あー、このような姿勢で臨む狩りならば、私も鹿を捕まえてみよう」と思ったのです。

過去に経験した狩りでは、鹿をただ殺し、はははーと言いながら、血を飲む、そのようなものだったので、とても気持ち悪く、その後、17年以上狩りをしませんでした。自然を愛する態度ではなく、自然を利用する態度での狩りであったので、非常に気分が悪く、その後、狩りを完全に止めてしまいました。

ですが、ここ、野生の荒野に来て、国進兄さんが狩りをする態度と哲学を見ながら、「あー、これは正しい心情だ」と思いました。このような狩りならば、教育になり、感謝を覚え、狩りを通して、自然を守る人となることができるのです。

全ての鹿をいっぺんに捕まえてはいけません。そうすると、来年がないのです。「自分がどんなに力が強く、どんなに早く動物を殺すことができるのか見ろ。ハハハ!」と、このようにすると、自然世界が滅びます。次の世代が無いのです。鹿たちが繁殖することができないのです。

なので、国進兄さんが狩りをするときは、年老いた鹿を捕まえます。子供の鹿は決して捕まえません。もう一度地に帰る直前の鹿を捕まえ、その鹿を地に帰してあげながら、「お前の皮を私の家に敷いて、多くの人たちがお前たちに感謝の心を持つことができるようにするからな。」

それを見ながら、このような心で狩りをすることができるならば、私が17年間しなかった狩りをしてみよう、そう思ったのです。万物主管をこのようにできるならば、これは正しい態度であり、神様に感謝を捧げるものなのです。なので、私は今度、七面鳥の狩りをしようと思っています。

今、弓矢を射る練習もしています。ある黒人のシックの方が韓国で弓矢を買ったそうです。ですが、自分は年をとったので、これをどこかに売ろうかと思っていたところ、私が弓を射るのを知り、これを使ってくださいと、その弓矢をくださいました。なので、今度、韓国の矢で、鹿を狩りに行きます。

いっぺんに大量の動物を殺してしまうことは、自然と共に生きるということではありません。鹿を狩り、それで冬の間、家族を生かし、春になると、花と食べることのできる草を採り、自然の高級食です。どんな高級レストランでも食べることのできない自然食品です。

蛹とミミズ、幼虫を煮て、タンポポの花を小麦粉につけて、チヂミを作ります。秋になると、どんぐりの木とへーゼルナッツの木、またヒコリの木を探し、そこに落ちているどんぐりや実を小川に2,3日つけておきます。そうすることで、その中に入っている酸など、体に悪い要素が出てきます。その後、それを潰してどんぐりパンを作ることができます。

たんぱく質が豊富な粉です。そして、鹿をさばくときに別に取っておいた鹿の脂肪をバターとして使い、どんぐりの粉を上に乗せると、バターパンになります。どんぐりバターパンができるのです。(笑)

春に、どんぐりの木に行き、小さな釘で幹をコンと撃つと、そこから蜜が出てきます。世界で最も美味しい蜜です。ここは冬が6ヶ月続きます。6ヶ月の間凍っていた木が、春になり、地中から吸う全ての要素を、幹を通して葉に伝達します。その中間に小さな穴をあけ、そのエキスを私たちに分けてくれるのです。その蜜を食べるとき、「この木が私に自分の命を分けてくれているのだな」と思うのです。

荒野では、熊や恐ろしい動物が行ったり来たりしても、その自然と一緒に生き、季節と共に動きながら、お父様の保護圏の中に、お父様の恩赦圏の中にいるということを実感するのです。

悪魔のような者たちが、お父様は清平にだけいらっしゃると言いますが、お父様は聖霊の恩赦で、愛する息子娘たちが、お父様お父様と叫びながら求めるとき、お父様が常に側にいらっしゃるということを悟り、「私は知らなかった、お父様はいつも私の隣にいらっしゃったのか」と、悔い改めながら、聖霊と共に、侍りと喜びと幸せがあふれる、祝福絶対性夫婦家庭となるでしょう。アジュ。

審判がきて、命が絶えても、私たちは永世をみつめます。霊界でお父様の横にいくことのできないならば、地獄にいくのです。お父様は神様であられるので、霊界でお父様の横にいることができるならば、その空気は愛の空気です。

そして、その空気を吸うと、その霊人体が呼吸をし、爽やかな空気よりも1000次元高い愛の空気を呑むようになります。ですが、お父様を捨て、機嫌をうかがい、お父様を削除する輩についていき、奴隷となり、お父様を裏切るならば、それらはお父様の横にいくことはできず、暗い底、自分たちと同じ泥棒と裏切り者がいる所にいくのです。

霊界で息もできず、澄んだ空気も吸うことができません。サタンを選んだので、サタンに侍り、サタンの横にいるしかない悲惨な永世を送るようになるのです。誰にも、5%の責任分担が付与されているということを思うときに、この瞬間、愚か者たちの機嫌をうかがいながら、何の考えもなく生きてはいけないのです。

み言葉とお父様をつかんで求めながら生きてこそ、5%の責任分担を完遂し、お父様を称え、栄光の賜物を歌う本物の天一国主人となるのです。アジュ。数百人、数千人の世界の万民たちがこれを悟り、魔術師の魔術から解き放たれ、サタンの魔法の罠である暗い穴から抜け出し、お父様を称えることのできる、澄んだお父様の恩赦恩恵恩寵の空気を吸い、悔い改めながら、「お父様、お父様。あなたを忘れてしまった私の命を奪っても当然であるにもかかわらず、もう一度生命を与えてくださるあなたの恩赦の前に、無限の感謝と栄光を帰します。アジュ。」と、言いながら生きることのできる私たちとならなければなりません。

皆さんもリスやネズミの肉、狸の肉、、、そのような内容を経験しながら、国に帰っていかれたら嬉しいのですが、、、(笑)。ですが、早く逃げてしまおうと、明日、帰国されるのですね、、。(笑)

これから、忙しく、また恐ろしい時代を生きるようになっても、私たちは常に、ダイストモスマカイヤ、神様の全身武具を身につけ、信仰の盾と、聖霊の神様のみ言葉の剣でサタン圏を滅ぼし、お父様を称え、高め、お父様の名前を叫びたいときに、お父様!と叫ぶことのできる世界となるでしょう。アジュ。

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