「仕える人」だったお父様 ― ヨナ様説教

6月21日礼拝の中で亨進様の後、ヨナ様が行った短い説教の中からの抜粋―


イエス様は地上にこられてどのように人に仕えるかを教えて下さいました。ご自分が仕えられるためではなく、仕えるためこられました。その生涯路程を見るとき、多くの逸話が残っています。

十二弟子の足を洗われたり、多くの人々を癒されたり・・。

ついて回る大勢の人々を癒すとき、おそらく肉体的、精神的、霊的にも疲れ切った事もあったと思います。5000人の群衆を5つのパンと2匹の魚で養われたりもしました。本当に仕える生活を見せて下さいました。

お父様の生涯をみるとき、お父様が仕える人生を生きてこられたということが分かります。お父様は20代のあるとき「神の妻」だという女性に仕えたことがありました。僕の僕の立場を知るためにその女性の家に出かけて洗濯や掃除などをされたそうです。また30代後半、300人を超えるメンバーの名前を書き出して毎朝、繰り返し彼等のために祈られたと言います。仕える思いがなければそのようなことはできません。「300人が私に従っている。私は侍られるべき人間だ」などとは思われないのです。キリストの侍る心なしにそのようなことはできないということです。

麗水での長時間の訓読会のあと「今から釣りに行く。みんなに刺身を振舞ってやろう。」とおっしゃって太陽が照りつける中一日中海に出られ、夕食までにはたくさんの魚を釣ってこられて麗水の修錬生に振舞われました。

そしてあくる朝5時の訓読会では「昨日の刺身はどうだった?美味しかったか」と皆に聞かれるのでした。お父様は本当に仕える生活をしておられました。またある時、幹部や周りの人たちを昼食に連れだして、レストランで「おまえたちは私に侍っている、仕えているというが、本当は私がおまえたちに侍っているということを分かっているか」とおっしゃいました。

お父様は言葉だけでなく身を持って侍る姿、愛する姿を現されました。

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