亨進様の神学―その4

ある韓国食口のサイトに亨進様ヨナ様について一人の食口(二世)がある見解を寄せていました。    『ある韓国2世の感想』 のつづきです。

*ここで述べられる見解はサンクチュアリ教会の公式見解ではありません。


亨進様は「文鮮明師もキリストだ」と解釈したのだ。

このような新しい神学的理解がなされる前まではイエスの存在は神秘だった。もちろん正統キリスト教会内での話だが。

(キリストは)人間性と神性を同時に備えた非常に特異な存在と信じられた。彼は太初、神様の創造の働きに直接参加した「ロゴス」という存在の受肉したものだと信じられてきた。神秘的にならざるをえない。

ところがこの方が十字架で復活した後、約1900年経ったある日、はるか遠い極東アジアの小さな国、韓国、それも定州という素朴な村に現われる― 当時、「文龍明」と呼ばれた16歳の少年の前に。そしてこの神秘的なキリスト思想の真実を明らかにした。

「私は特別な存在ではない―君と同じ人間だった。しかしすべての人類は、知って見れば、基本的に神の息子、娘である。だからあなたも私のようにキリストになることができる。私のようにキリストになれ。そして天の父のために私が完成できなかったことを代わりに成就して欲しい」という宗教的啓示を与えたのだ。

イエスは生前「誰でも天におられるわたしの父の御心を行う人が私の兄弟姉妹だ」(マタイ12:50)と呼ばれるなど、周囲の人間と自分をずっと同じ種類の人として扱っていた。したがって、イエスがこのように明かした可能性は非常に高い。間違っていたのは中世のカトリック教会だったのだ。私たちはあえて口にはしないものの(キリスト教会の中では)皆が同意するように、彼らは教会の権威のためにイエスを神格化したのだ。まるで朝鮮人民共和国が金日成をそうしたように。

ともかくもイエスからこのような啓示を受けた少年は、実際その仕事を果たす。最終的に彼は後に「文鮮明・キリスト」に変身し、自己にしたがってすべての人類がキリストになる道を示すことになる。

これは<龍明少年の復活節啓示>の話だが、神様の約束がようやく世界的に成就するために成約の宗教を誕生させたという話だ。このようなことが実際にあったのか、また、間違いなく私が言ったとおりに事実が展開したのかどうかは宗教において実際にはそれほど重要でない。事実の有無に関係なく宗教は必ず創造神話を持つ必要がある。建国神話のようなものが必要だ。それがあって初めて、それを中心に論理的整合性を持つ一貫した神学システムを作ることができるからだ。重要なのは、事件が真実かどうかではなく、その神話を通して、この宗教がどのようなメッセージを伝えようとしているのか、またそのメッセージが人類全体にとってどのような意味を持つのかという事の方がはるかに重要だ。

2015년 5월 5일 생츄어리교회 설교말씀  주님의 신부    YouTube

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