亨進様の分派活動について― 韓国祝福2世

ある韓国食口のサイトに亨進様ヨナ様について一人の食口(二世)が感想を寄せていました。    『ある韓国2世の感想』 のつづきです。


私たちが神との関係を回復するために何よりも重要なのが、まさにこのような率直さと純粋さだと思う。

なぜなら、神様も心でみ言を語られる方だからだ。神様は最初から口をお持ちでないことは言うまでもない。また信仰が育っていくときに侵される最も悪しき習慣は「自己欺瞞」であるからだ。自分自身をだますとき、人は自己合理化を完璧にするため、本能的に自分で自分に嘘をついているということさえ認識しないことが多い。だから危険なのだ。

例えば、亨進様の分派活動について憤る理由が何であるか聞くと「真のお母様に対して親不孝だからだ」あるいは「摂理全体の大義の為」と答えることができるが、本音は「あの人が訳もなく嫌い」ということから生じる場合もある。

例えば見た目は黄色い韓国人であっても、中身はアメリカ人である「バナナ」のイメージが私の気に障る、などというものだ。

または「教会にはただでさえ頭の痛い問題が多いのに、なぜ余計な問題の種を作るのか、世の中の恥ではないのか?」「これまで精誠を込めてきた自分の人生が無駄になる」という理由で腹を立てている可能性だってあるかもしれない。このとき自分自身を欺いてはいけない。自分が怒る本当の理由を率直に認めたほうがよいのではないか?

素直でないというのは「誠を尽くしていない」ということを意味する。誠を尽くさない信仰になぜ神様が応えなければならないのか?そのような場合、神様はむしろ私たちが自己欺瞞をしてまで隠したい本当の問題が何であるのかそちらに関心をもたないだろうか?

なぜなら、まさにそのような深層心理的理由こそ、私たちが神様の前に胸を開くことができない本当の理由であるためだ。胸を開かなければ私たちの心の成熟は本当に遅くなる。神様はこのような成長障害を何とか癒そうとなさるだろう。そこでどうにかその問題点を外に引き出して解決することができるよう、刺激する状況をずっとお作りになる。 神様は率直で真面目な方でいらっしゃる。

これから、私は今統一教会員の耳を震わせている文亨進様について語ろうとしている。これまでの研究を通して、私はこのテーマについて最大限の論理的整合性を持つ新しい肯定的な解釈ができたと思っている。しかし、それがどんな奇抜な効果を与えるとしても、神様を探すにあたっての知的アプローチは、神様に直接胸を開く愛の方法に遥かに及ばないということを明確に言っておこう。 心情は明らかに原理に先んずる。 私の最後の本論は次のとおりだ。

つづく

2015년 5월 5일 생츄어리교회 설교말씀  주님의 신부    YouTube

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